2017
04.14

今年の桜

 心身ともに低空飛行の今年は鶴舞公園や山崎川に行く余力が残念ながら乏しく、通勤途中に通過する名大病院の桜並木を仕事の行き帰りで撮ってみました。

 満開の様子。

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 すっかり開いた花もあれば、つぼみのものも。成長のスピードは人それぞれで良いよね。成長することに変わりはないのだし。

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 これは別の日の朝に撮影。雨に濡れた桜もまたしっとりとして、違った感じになりますね。

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 仕事の帰りの夜桜。駐車場のライトで偶然にも照らされているのでした。闇に浮かぶ白い桜は妖艶な感じすらあります。

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 お月さまと。この対比も良いのではないでしょうか。

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 本数の多くない桜並木でしたが、木の一本一本、花の一輪一輪、それぞれの綺麗さを改めて確認できました。
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2017
04.09

好きなゲームは?

 患者さんとの診察で、どんなゲームが好きですかという話題になりました(どんな診察や…)。

 自分のゲーム遍歴はスーパーファミコンで止まっており、セガサターンとかプレイステーションとかは触ったことがなく。スーパーファミコンでXYボタン、LRボタンが出た時はすでに「あかん、もうついて行けないんちゃうか…」と危機感を持っておりました。今はグラフィックも音楽もすごいんですよね。ファミコンやゲームボーイのドット絵や3和音の音楽なんてのは、今の人たちには陳腐かもしれません。

 持っていたハードは、ファミコン、ディスクシステム、ゲームボーイ、スーパーファミコン(しかも内蔵テレビ)でした。PCエンジンはちょとお金持ちの子の家にあるみたいな。

 そんな中で何が好きかと言われたら、そうですねぇ…



聖剣伝説(1991年 ゲームボーイ)
Sa・Ga2 秘宝伝説(1990年 ゲームボーイ)
クロノ・トリガー(1995年 スーパーファミコン)




 でしょうか。いずれも当時のスクウェアがつくった名作ソフト。旧エニックスのドラクエ3なんかも良かったんですけど、自分はこの3つが好きで好きで。Sa・Ga2はソフトの入った箱が異様に大きくて、ファミコン用ソフトかと勘違いしたくらいです。

 特に好みは聖剣伝説ですねー。基本的に1人旅であり、サブキャラクターが入れ替えで旅に加わるスタイル(操作できるのは主人公のみ)。このサブキャラクターとの別れが切なくて。アマンダやマーシーの主人公に対する思い、愛情であったり、希望であったり、それが素敵なメロディとともに伝わってくるのでした。チョコボも良い味を出しており、自らの身を顧みずに主人公を助ける行動には感動したものです。理念だけではなく、主人公の人間臭さもちょこっと顔を出していたのも良い感じ。ラストだって、ヒロインとの別れが何とも言えず、”さよなら”というセリフの美しさ、そしてそれの持つ1つに絞れない意味、これを知った名作中の名作。全く飽きずに、たぶん30回くらいは少なくともクリアしてますし、慣れてくるとかなり短時間で終わるので1日に2回クリアしたりなんてのも。

 これは懐古厨の戯れ言ではありますが、ゲームボーイの3和音がまた悲しさや寂しさを表現するのにぴったりなんです。ドット絵もこちらの想像力で補完できますし、あの小さな画面の中にありとあらゆる感情を詰め込んでくれていたなぁと懐かしく思います。

 Sa・Ga2はニンテンドーDSで、聖剣伝説はPS vitaやスマホで、クロノ・トリガーは様々な機種でリメイクされたようですが、やっぱり個人的には思い入れの強いゲームボーイ版の聖剣伝説をもう一回してみたいなぁ(リメイクをプレイしたことはないですけど)。思い出補正と言われるように、昔の記憶の中で醸成されているのでしょうが、もう新しいことを学ぶ容量が年齢とともに無くなってもいるんでしょうね…。
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2017
04.03

風邪がくすぶって…

 今年に入ってから風邪をよくひいてます。しかも1回1回が長引いてしまっておりまして。しかも、風邪が終わりかけたら急性副鼻腔炎になるという何とも教科書的な経過を辿ります。今は左顔面が痛い。この2017年、元気だぞ! という瞬間に遭遇しておりません。だらだらとどこか不調で。これも年齢かなぁ。

 ちょっと体力的に弱っているのです。疲れやすいし、寝ても身体が重いし、体重もちょっと減ってるし。うーん、あんまり良い気がしないです。ブログの更新が止まったら何かあったと思ってやってください(おい)。たぶん大丈夫ですけど。

 しかし、こんな感じに下降線を辿っていると、ふと「大学の同級生のみなさんは何をしてるかなぁ…」と思うことがあります。自分は人の顔と名前を覚えるのが苦手で、大学で6年一緒でも交友関係は実に狭かった。その狭い中でも「どうしているかしらん?」とちょろっと。弱っている時ってこうなることがたまにありませんか? ない? しかも残念ながら自分には小中高の記憶がほとんどなく、大学でギリギリなのです…。「なんでそんなに覚えてないの!?」と良く言われます。

 そんな同級生の中には、北欧に行って研究をバリバリしている人がおり、将来の教授かしらと想像してみたり(彼の学生時代のアダ名も”教授”でした!)。東北に行った人もいて、2011年の地震で大丈夫だったかな? とも。そういや後輩で九州に行った人もいたなぁ。知っている中では多くの方は卒業大学の医局に入って県内に残ったはず(今は知りませんけど)。自分は大学を離れて愛知県に来たので、誰がどうしたというのは細かく分からず。そもそもぼっち傾向が強かったのでね、そういうつながりがない…。

 しかも、愛知に来ても何の研究成果も出せずに終わり、今はひっそりと病院でヘドロのように沈殿して、そして体調が悪くなって風邪が治らずでございますよ。「何やってんだろうな…」と自分に失望をせざるを得ず、そうなると他人が羨ましくなる。そういう時だけ同級生を思い出して、ずいぶんと勝手な人間だなぁ、うーん。

 いかんですね、弱っている時は変な考えしか浮かんでこない。こういう時は治すことに専念なのですが、毎日疲れと重さが積み重なる感じがしてて、何となくイヤだなぁという気分。
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2017
03.31

臨床のワンフレーズ(18):飛行機とカサブタ

 精神症状は、それに頭がとらわれることでまさに精神症状となります。不安はとらわれなければ症状ではなく日常の感情ですし、幻聴だって、とらわれずに聞き流せたりうまく相手をすることができれば症状ではなくなります。ちなみに、ある慢性期統合失調症の患者さんは「幻聴がなくなっちゃうのはさびしいな。少し残るように、薬なんとかなんないか?」と言います。

 精神科医は、あの手この手で症状を軽くしようとしますが、その”軽くする”は、決して量的ではなく質的なものと言えましょう。患者さんには「不安って、普段私たちが持っている気持ちと同じです。不安がなくなってしまったら、それはロボットになっちゃうことかもしれませんよ。大事な感情です」とお伝えすることが多いです。

 そして”症状”は急に改善するととても不自然ですし、良くなったり悪くなったりを繰り返しながら全体として改善していきます。ゆらぎながらだんだんと、というのがこちらとしては安心できるもので、笠原嘉先生はじわじわ改善するさまを”タマネギの薄皮を剥くように”なんていう例えをしていたような記憶があります。自分は少し系統の異なる2つの比喩を使います。

自分「○○さん、症状ってよくなったり悪くなったりを繰り返しながら、少しずつ上向きになっていきますからね。短い間隔で見ちゃうと、良くなった! あぁ悪くなった…、ってなって、それに○○さん自身が揺さぶられちゃいますからね」
患者さん「そうなんですねぇ」
自分「飛行機と同じで、離陸するまでの滑走と安定飛行に乗った時って大きく揺れませんよね」
患者さん「はい」
自分「離陸して安定飛行に入るまでの上昇中って、揺れることありませんか?」
患者さん「あー確かにそうですね」
自分「それと同じで、症状も上昇中は揺らぎがあります。でもそれは安定飛行に入るまでは必要な揺らぎですので」
患者さん「はい」
自分「短期的に見ちゃうと、さっき言ったように症状の揺らぎに翻弄されちゃうので、揺らぎは織り込み済みとして、長期的なスパンで見ていきましょう」

 というのが飛行機の例え。揺らぎをあるものとしてまずは認識してもらうと、とらわれが少なくなります。そして、長期的な視野を持ってもらうことも強調しています。

 もう1つはカサブタの例え。

自分「○○さん、症状ってカサブタみたいな感じで治っていきますよ」
患者さん「はぁ」
自分「カサブタって、つい剥がしたくなるんですけど、ペリっと剥がすとどうなります?」
患者さん「痛いし血が出ますよね~」
自分「ですよね。症状も気になって無理になくそうとすると大変だし、また血が出るみたいにひどくなっちゃいます」
患者さん「それでカサブタみたいってことですか」
自分「そーなんです。カサブタは自然にポロッと取れて気がついたら傷が治ってるっていうのが本来のもので、症状も同じと考えてください」
患者さん「自然にポロッと取れますか」
自分「はい。早く治そうとして剥がすのではなく、そのままにしておく。するとだんだん小さくなってポロッと行きます。大事なのは、なんとかしようと思いすぎないこと。剥がして血が出てまたカサブタが出来て、の繰り返しにならないことが大切です」
患者さん「なかなか難しそうですね…」
自分「ですね。確かに難しいんですけど、これからも診察の時にまた取り組んで行きましょう」
患者さん「はい」

 こんな感じ。

 一回の説明でうまくいくことは少ないので、診察のたびに”とらわれ”や”ゆらぎ”を話題にします。その流れでマインドフルネスを紹介することもありますし、ワークブック形式が好きなら書き込み式のセルフヘルプ本を紹介して、それも診察で話題にしていきます。
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2017
03.29

何だか切ないね

 さだまさしさんのグレープ時代の歌に、”追伸”という歌があります。女の子の片思いと失恋を歌い上げていて、自分の好きな曲でもあります。今回は、その歌詞をちょっと考えてみようかと。

 好きな男の子の指に包帯が上手に巻かれてある場面が登場します。女の子は「誰が巻いてくれたんだろう」と気になる。”上手に”巻かれてあるというのが別の女性の存在を示唆していますね。怪我に気づき、上手に包帯を巻く女性というのは撫子的でしょう。詩の冒頭にも”撫子の花が咲いた”とあります。ちなみに、その咲いた後に”芙蓉の花は枯れた”と続き、女の子の失恋を示唆しています。芙蓉は花言葉に恋人を表現するものがありますが、枯れたことで恋人になれなかった感じが出ています。深く読みすぎると、指に巻いてある包帯は指輪を想像するかも?

 思いを打ち明けられず、結局は失恋してしまう。誰かと楽しそうに話す”あなたの声が眩しくて耳をふさぐ”というフレーズが出てきて、切なさを感じます。でも眩しいというのは、諦めきれないようなあこがれをも示しているかもしれません。でもあこがれは届かないからこそあこがれなんですよね。”声が眩しい”なんて、さすがさださん。自分は思いつきません、そんな表現。

 ここに出てくる女の子は、かなり内気でなかなか言い出せない子なんだろうなぁと思います。鴎外の本を意中の男の子から借りているのですが、たぶんそこでしか話しかけられない、共通の話題がつくれない、何となくそんな思春期の女性像を想像します。決して活動的で運動が得意なイメージは湧いてきません。文学少女タイプ。でもものすごくこの男の子のことが気になっていますよね。包帯を巻いているとか、誰かと楽しそうに話しているとか、細かいところを見ていて、好きで好きでしょうがないんだろうなぁと感じます。

 その子は男の子のことを思ってベストを編んでいたのですが、その色が白。清潔さや純粋さを表しますし、これは穿った見方ですが、冒頭の包帯の白さも連想します。でも、失恋したことで”ほどき始めましょう”と言う(実際にほどいてはいないんでしょう)。でも”最後のわがまま”と前置きして、”肩巾を教えて下さい”と。失恋したけどその男の子のことが忘れられない気持ちが出ています。

 そして、女性は失恋すると髪を切るというのは定型的な言い回しですが、この女の子もそうです。しかしそれで「スッパリ忘れました!」とはいかず、”私 髪を切りました”と歌詞に出てきます。この”髪を切りました”がまさに追伸になっていると思います。忘れたいけど忘れられないこの思いを、追伸として”髪を切った”と告げる。相反する行為がとても繊細な乙女心を表現していると感じました。髪を切ってイメージの変わった私を見てほしい、好きだったんですよと伝えたいというのもあるのかもしれませんね。

 で、この男の子の方は女の子の恋心に気づいていたのかどうか。たぶん、ちょっと気づいていたんだろうなぁと思います。冒頭に”あなたがとても無口になった秋に”とあり、無口になるっていうのは、思春期らしいですよね。自分で気づいたか、同級生から「お前のこと好きなんじゃねーの?」と言われたか、意識をしている感じがあります。でも付き合っている子や他に好きな人がいてちょっとギクシャクした印象。

 でも、ひょっとしたら包帯を巻いたのは男の子のお母さんかもしれないですし、失恋というのは女の子がその思春期心性で解釈したのかもです。歌詞の中には決定的な描写がないので。しかしながら、思春期の子はそういうものだと思います。ひとりで色々と考え悩む、そんな苦しさというか甘酸っぱさというか、それがうまく表現されています。

 最後に考えてしまうのは、この女の子は何歳くらいなんだろう? というところ。個人的には中学というよりは高校じゃないかなぁと。ここは分かりませんが、”ベストを編む”という行為や失恋で髪を切るっていうのを中学生がするかしらんというところ。あとは森鴎外を読んでいるところです。鴎外はやっぱり高校生くらいからじゃないかな? と勝手に想像。他には、歌詞を通じて女の子から大人びている印象を受けるので、やっぱり高校生かなぁ。

 さださんの歌は良いですね。人の生き様である”あこがれ、ありがとう、さよなら”。これらを歌わせたらさださんの右に出るものはいないのではないでしょうか。しかもこの”追伸”は20代前半の歌ですよ。すごすぎるのだ。
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