2017
02.28

ガッテンはしてません

Category: ★精神科生活
 この前当直をしたら、運悪く(?)一睡も出来なくてですね、そこから睡眠リズムが大いに狂ってしまって大変でした。

 当直が終わった日はイヤに頭の中が忙しくて眠いけど眠くないような感じで、お昼寝できず。そして夜も寝られず、結局2時間くらいだったでしょうか。そして、その次の日も疲れているのに寝られないような状態となっていて、お昼寝できず。そしてまた夜も寝られず。色んな考えが頭の中をめぐるにいいだけめぐりまとまらず、過覚醒の状態。本を読んでも眼が滑るというか、字を追おうとしても追い越してしまうんです。

 このままにしておくとヤバいなぁと思ったので、その翌日はトラゾドン(レスリン/デジレル)を飲んでしっかりと寝るようにしました。それを3日続けたら神経の興奮も収まって、普通の睡眠リズムに復活。あのまま行ってたらどうなっていただろうかとちょっと怖かった(たぶん軽躁に入ってその後に鬱転していた)。さすがに2日連続で寝られず3日めも危ういのであれば、早めに介入したほうが良いかと思います。

 でもほんとうに残念なのが、若い時、研修医の時などは当直で徹夜してもパフォーマンスはそんなに落ちなかったんですけど(他覚的には落ちていたと思いますが)、まさかここまで衰えていたとは…。ま、若くても徹夜後は本人の気づかないところで注意力が落ちていますから、気をつけてください。

 ちなみに、自分が研修医の時は当直明けでも通常勤務でした。でもその病院も最近は当直明けなら翌日を午前だけの仕事として後は帰るようにと言われることが多くなったそうです。当直していると徹夜でなくても眠りの質が悪く、翌日の勤務でものすごくミスが多くなるのでございます。いわんや徹夜をや。自分自身にとっても危ないし、患者さんに何かあったら大変。よって、きちんと休みましょうと言われています。それが大事ですね。こんな風に当直後の休みの話が出ると、昔の医者は「なんだ、オレが若い時はな…」と語るのですが、それによってものすごいミスが存在していたのだと思いますよ。

 良くないのが、当直明けでも上の先生に言い出せなくて結局休まず仕事をしているという状況。特に若手や研修医はそうなのです。これは結構多くて、上級医の先生はしっかりと理解して休ませてあげてほしいなと思います。上級医みずからが休むと、若手も休みやすいですね。睡眠を軽視せず、というか睡眠を第一に考えて行動したほうが、結局は自分自身と患者さんのため、病院のためになります。

 いやぁ、でもあの時はトラゾドンがあって良かった。あれでリズムを取り戻せたのは大きい。以前も何回かそういうことがあって、その時はブロチゾラム(レンドルミン)が手元にあったからそれを使って事なきを得ましたが、今回はそれがなかったのもあってトラゾドン。トラゾドンは抗うつ薬ですが睡眠薬としても使用し、自分も愛用(?)してます。睡眠薬って使い方を間違えなければ人助けをしてくれますね。どこぞの番組は短絡的な放送でやらかしましたけど。
Comment:4  Trackback:0
2017
02.24

仮に、のお話

Category: ★精神科生活
 精神疾患の診断に、現在のところ血液検査はまだまだ役に立つものが出てきていません。

 うつ病においてBDNFという栄養因子が血漿中で低下しているのが見られるという報告もありバイオマーカーとして期待されていますが、上昇しているという報告もありますし、統合失調症でも双極性障害でも低下しているとも言われ、なかなか現実問題として役立つかと言われると難しい…。BDNFは値が変化していれば”何らかの精神疾患かもしれない”くらいの立場なのだと思います。しかも精神疾患なら100%変化しているというわけでもないですしね(ここ大事)。

 仮に、抑うつを訴える患者さんにおいて、うつ病か正常の抑うつ気分かを鑑別する感度・特異度がともに80%のバイオマーカーが出てきたとします(他の精神疾患の鑑別は念頭に入れていません)。陽性尤度比4であり陰性尤度比0.25なので、まぁまぁの有用性を持っていると言えるでしょうか。しかし、大事なのは


尤度比のみで疾患の有無は決められない


 ということです。検査をするのであれば、必ず検査前確率とセットで用いましょう。いくら優秀なマーカーでも検査前確率を抜きにして語ることは絶対に出来ません。これはHIV感染症のスクリーニング検査が好例でしょう。診察でも診察前確率を常に考慮し、病歴でも病歴前確率ありきです。

 とは言うものの、精神科医はこういった検査値の解釈に異様に弱いという残念な事実(?)を忘れてはなりません。そんなうつ病のバイオマーカー(仮)が出てきて臨床応用された時に危惧するのは、上記と関連して


値が低いからうつ病じゃない、値が高いからうつ病だ


 と誤って判断してしまうことです。精神科はこれまで科学というものにコンプレックスを持っており、その中でバイオマーカーが出てきたとなれば「やっと精神医学も科学の一員か!」という期待のもと、結構計測されるような気もします。

 使用するのであれば、言うまでもないですが正しい判断が求められます。検査値の解釈に振り回されるのは、科学でもなんでもありません。そして個人的にですが、バイオマーカーは待ち焦がれている存在ではあるものの、バイオマーカーの登場で精神科の診断は劇的に変わらないのかなぁと感じています。うつ病と双極性障害を簡単に見分けられる超優秀なものが出てきたら話は別ですが、はてさて、そんな凄いのが誕生するのでしょうか。

 抑うつ気分を主訴に来院した患者さんがいたとしましょう。ここではシンプルに”うつ病か正常か”とだけ話題にしますが、精神科医は患者さんのお話や様子から「うつ病らしくないなぁ」「うつ病かどうか微妙…」「たぶんうつ病、かな?」「間違いなくうつ病だわ」というような、正常の抑うつ気分とのスペクトラム的な重症度を見立てます。DSM-5で言うなら、「うつ病かどうか微妙…」の辺りまでを”抑うつ気分を伴う適応障害”が多くを占めるかもしれません。「たぶんうつ病、かな?」は”抑うつ気分を伴う適応障害”と”軽度うつ病”が混在しているでしょうか。「間違いなくうつ病だわ」は”中等度~重度うつ病””精神病性の特徴を伴ううつ病”を指す感じでしょうか。

「うつ病らしくないなぁ」:”正常の抑うつ気分” ”抑うつ気分を伴う適応障害(DSM-5)”
「うつ病かどうか微妙…」:”抑うつ気分を伴う適応障害(DSM-5)”
「たぶんうつ病、かな?」:”抑うつ気分を伴う適応障害(DSM-5)” ”軽度うつ病(DSM-5)”
「間違いなくうつ病だわ」:”中等度~重度うつ病(DSM-5)” ”精神病性の特徴を伴ううつ病(DSM-5)”

 そう分類すると、多くの医者の対応はこうなるでしょう。

「うつ病らしくないなぁ」→生活指導
「うつ病かどうか微妙…」→生活指導
「たぶんうつ病、かな?」→医者によって異なる
「これはうつ病だわ」→間違いなく治療

 うつ病のバイオマーカーを使いたくなる時は、「うつ病かどうか微妙…」「たぶんうつ病、かな?」というラインになります。

 問題外なのは、精神科医が「うつ病らしくないなぁ」と感じる、つまりは検査前確率がかなり低い時にバイオマーカーを測ること。仮にそれがあるカットオフ値を超えていたとしても、検査前確率が低ければRule inにはなりません(かえって困ってしまう感じ)。カットオフ値以下であれば安心材料にはなるでしょうけれども、「らしくないなぁ」と感じた時点で抗うつ薬による本腰を据えた薬剤治療はほぼ行ないません。ここで検査値に慣れない医者が検査前確率を無視して「検査値が高いからうつ病だ!」と早とちりしてしまうのが怖いところです。

 同じく問題外は、精神科医が「これはうつ病だわ」と感じる、つまりは検査前確率がかなり高い時にバイオマーカーを測ること。仮にそれがあるカットオフ値以下だったとしても、検査前確率が高ければRule outにはなりません。カットオフ値を超えていれば安心材料にはなるでしょうけれども、「これはうつ病だわ」と感じた時点で多くは抗うつ薬による治療を行ないます。ここで同じく検査値に慣れない医者が検査前確率を無視して「検査値が低いからうつ病じゃない!」と早とちりしてしまうのが怖いところです。

 全か無かでとらえてしまわないかどうかが不安。精神科以外の内科クリニックでもCRPを1回測っただけで「CRPが8.2だから感染症だ。抗菌薬を出そう」と考えてクラリスロマイシンやセフカペンなんかを出してしまうことがまま見受けられますが、考えていない好例、つまりはアホと言えますね(ここでたくさん敵をつくる)。

 ではこの「うつ病かどうか微妙…」「たぶんうつ病、かな?」というライン、検査前確率をちょっと贔屓目の50%にしてしまいましょう、その辺りでバイオマーカーを診断の一助にしたとします。陽性尤度比4で陰性尤度比0.25であれば、マクギー先生に倣って足し算式とすると、陽性尤度比4は+30%、陰性尤度比0.25は-30%弱になります。そのような状態で用いるのなら、うつ病の診断に一定の役割を果たしてくれるでしょう。

 しかし、精神科医がうつ病かどうか迷う時というのは、うつ病の重症度という軸で見るならば「うつ病だとしても軽度かなぁ…?」という時でもあります(しつこいようですが、ここでは他疾患の鑑別を考えずに進めています)。その際にバイオマーカーを使用してうつ病だとしても、このような事実があります。


軽度のうつ病に抗うつ薬はあまり効かない


 すなわち、抗うつ薬を使わずに、例えば漢方薬、亜鉛、ビタミンB12+葉酸などの治療を養生訓に乗せることでも一定の抗うつ効果が望めることをも示唆するのです(亜鉛やビタミンB12+葉酸は抗うつ効果を持つとも言われますし、漢方薬は自分が頻用してますし。どちらも良質なエビデンスは乏しいのですが)。

 このようなうつ病は、井原裕先生のおっしゃるように生活習慣病としての側面を持つと言っても良いでしょう。患者さんの生活習慣の改善を第一義として診療することこそが治療になります。これにはさらに、診察の間隔を細やかにして経過を追うという


時間軸の有効活用


 という側面もあります。養生をお伝えして生活習慣の改善をしてもらうことで経過を追い、それでもちょっと調子が悪くなるようならその時点で抗うつ薬による治療を開始しても遅くはないのでは、と思っています。

 となると、「うつ病かどうか微妙…」「たぶんうつ病、かな?」というラインにおいては、バイオマーカーを使用してもしなくても、それほど現在の治療に大きな変化は生まれないというのがあるべき姿ではないでしょうか。”うつ病=抗うつ薬治療の対象”ではありません。生活習慣の改善が基本姿勢であり、軽度のうつ病はそれによって十分回復します。その事実を強く頭に入れておくべきでしょう。

 バイオマーカーはあくまでも参考に。それに依存してしまいたくなるような状態、つまりは診断に迷う状態の多くは正常と踵を接しているでしょう。そうであるならば、バイオマーカーの有無にかかわらず生活習慣の改善こそ治療の第一選択であり、時間軸をうまく使うことにもなります。

 もちろん、治療薬の選択に影響を与えるようなバイオマーカー、例えばこれこれが高ければEPAやアスピリンなどの抗炎症治療を組み込む方がベターだ、これこれが高ければSSRIがしっかり効くタイプのうつ病だ、などが出てくるとそれはそれでありがたいかもしれませんし、今回はシンプルにするため話題にしませんでしたが、他疾患との鑑別が高精度で可能になるようなバイオマーカーが開発されると嬉しくはなります(特に双極 vs 単極)。ただ、それもきちんと鑑別疾患同士の検査前確率を考慮して、診断を焦らず時間軸を有効活用するというのが前提になってくるでしょうけれども。

 バイオマーカーの登場で診療技術が疎かになってはいけません。むしろ、検査前確率をしっかりと推し量る緻密さが要求されるのではないかと思います。検査前確率を考えないということは、患者さんの苦しみ・つらさを見ないことにつながります。患者さん自身が人と人とのあいだで苦しんでいるのであれば、適切な治療が求められます。それを「BDNFが下がってないからうつ病じゃない」として何も介入しないのであれば、それは精神医学の終焉を意味します。そうなっては決していけません。
Comment:0  Trackback:0
2017
02.17

コテコテじゃなくても

Category: ★精神科生活
 以前にも記事にしたことがありますが、精神科領域で有名な漢方薬の使い方に


神田橋処方


 というのがあります。神田橋條治先生という超有名な精神科医が考案した処方でして



四物湯(or 十全大補湯) + 桂枝加芍薬湯(or 小建中湯 or 桂枝加竜骨牡蛎湯)



 という、2剤を合わせたもの。これは何に対して用いるかというと、フラッシュバックなんです。「そんなフラッシュバックなんて、精神科医以外は診ないでしょ~」と思われるかもしれませんが、このフラッシュバックはかなり広い意味でのフラッシュバックでして、重度の心的外傷ではなくても「会社のことがフッと思い出されて、つらくなる」「仕事着を見るだけで泣けてくる」など、そんなのも含みます。そう考えて患者さんに問診すると、結構な頻度で引っ掛かってきます。特に最近はお仕事関係で休職する患者さんも多く、そういった人たちにこのような症状が出てきます。あとは、PICSという概念があるように、集中治療を受けた患者さん(とそのご家族)もそのような症状に悩まされることがあり、悪夢が多い、寝付けないといった患者さんがいたら聞いてみると良いかと思います。「集中治療室にいた頃のアラームの音が頭に浮かんできて、怖くなる」「たぶん意識が朦朧としてたと思うんですけど、色んな人が僕を覗き込んでいたのが鮮明に残っていて、パッとそれが思い出されてくる」などのお返事は多いのでございます。

 フラッシュバックを広義にとらえると、精神科医以外でもそれを抱えている患者さんに多く接している、ただそれを問診していないのだということが分かってくるかと。その時には上述の神田橋処方を使ってみてください。ただ、四物湯は高率に「胃の調子が悪くなる」と言われるので、その時は四物湯に四君子湯+αを合わせた十全大補湯にしておいた方が良いかもしれません。しかし、十全大補湯ももたれることがあるため、そういった場合は四物湯に六君子湯を噛ませると良いです(これは私見)。補気薬や補血薬は胃に来ることがあるので、陳皮や半夏といった理気薬が重要。桂枝加芍薬湯に関しては基本的にこの方剤を用いますが、お子さんなら水飴を混ぜた小建中湯にしてみたり(飲みやすい)、不安が強いかたなら桂枝加竜骨牡蛎湯に変更します。桂枝加竜骨牡蛎湯は桂枝加芍薬湯から芍薬を減量した桂枝湯(桂枝湯の芍薬増量が桂枝加芍薬湯ですが)に竜骨と牡蛎を加えたもの。しかし、以前にコメントをいただいたことがありますが、桂枝加竜骨牡蛎湯が合わなくて桂枝加芍薬湯だと合うという患者さんもいます。また、桂枝加芍薬湯だとダメで桂枝加竜骨牡蛎湯だと良いという患者さんがいるのも事実。ここはとっかえひっかえしてみるのが良いかと。

 実際の用量としては、最大手のツムラさんを例としますが


・四物湯2包+桂枝加芍薬湯2包
・十全大補湯2包+桂枝加竜骨牡蛎湯2包
・四物湯2包+小建中湯4包
・四物湯2包+六君子湯2包+桂枝加芍薬湯2包


 など。基本的には2包ずつかなぁと思っています。小建中湯は水飴が多く他の生薬が少なくなっているので4包が良いかと。2週間から1ヶ月もあれば症状は軽くなります。

 しかし、なぜこの組み合わせが効くんでしょう??? 補血重視でおそらくは心血虚を狙っているというのは分かりますが、フラッシュバックという、情動を強く揺さぶるものがこの生薬の組み合わせで改善するというのはなかなか謎です。地黄の持つチカラ? 東日本大震災のPTSDに柴胡桂枝乾姜湯を用いて有効だったという報告もありますが、こっちはまだ納得できます。柴胡は精神科領域でとても大事な生薬であり、実際に神田橋処方でなくても柴胡加竜骨牡蛎湯や大柴胡湯でフラッシュバックが軽くなる患者さんもいます。ただし、柴胡を長期に使うなら柔肝と言って補血(+補陰)作用のある生薬もある程度使うべきで、それを怠ると間質性肺炎などの副作用をもたらします。そういった意味では神田橋処方の方がクセのない処方ではあるかと思います。

 精神科医も精神科医以外の先生も、広義のフラッシュバックにはぜひ注目してみてください。「昔の嫌な記憶が、ワケもなくパッと出てくることはありますか?」とか「ちょっとしたきっかけで昔の嫌な記憶が沸き起こってくることはありますか?」というのが良い質問でしょう。後は悪夢があればそれから広げても結構です。精神症状があり診ている外来患者さんや、ICUを経験したことのある患者さんなどが最初の対象となるかと。

 フラッシュバックで言うと、外傷性の幻聴もそれに入ります。どんな精神疾患でも外傷性の幻聴があり、それには抗精神病薬が効きづらいとも言われます。統合失調症でも、「○○が悪口を言ってくる」など、決まった対象であればその可能性があります(絶対、ではありません)。入院患者さんでも外来患者さんでも、他の人にいじめられて、それがしつこく被害的な幻聴となって襲ってくるということがあるので、その時は神田橋処方を使用してみる良い機会だと思います。
 
Comment:1  Trackback:0
2017
01.20

終診にする時

Category: ★精神科生活
 患者さんの状態が良くなって、お薬も少しずつ退いてゼロになっていく過程。それは、精神科からオサラバする道のりでもあります。その中で、そして終診の時も患者さんにお伝えすることがあり、一般的には以下のようにすることが多いでしょうか。これを基本にして、色々と後は柔軟に変えております。


自分「○○さん、随分と良くなって、お薬も次でゼロになりますね。ゼロになってから3回くらいはちょっと来てください。○○さんの元気な顔を見せてほしいので」
患者さん「分かりました」
自分「そして太鼓判を押せたら、ここからオサラバということで」
患者さん「はい、ありがとうございます。先生のおかげでここまで良くなりました」
自分「あら、そう言ってもらうとすごくありがたいんです。でもね、○○さんが養生をしっかりしてくれたからこそ今があるんですよ。私とかお薬はあくまでサポートですから」
患者さん「あ、先生よくそれ言ってましたね」
自分「そうですね。あと、病気になる前に戻ったっていう感覚ではいけませんよ」
患者さん「病気の種、ですね。先生の口癖」
自分「お、さすがですね」
患者さん「先生からいっぱい勉強しましたから」
自分「私から言うことなくなっちゃいましたね。それがいちばんですけど」
患者さん「そうですね」
自分「じゃ、次回でお薬をゼロにして、そこからあと3回くらいって感じにしましょうか」
患者さん「はい」
自分「もしすごくつらくなったら、また来てください。無理はしないように、限界の三歩手前の感覚ですよ」
患者さん「はい。ありがとうございます」
自分「○○さんは”休み下手”だったけど、本当に今は休み上手。身体とこころの声に耳を傾けながら、病気の前とはひと味違う生活をしていってくださいね」
患者さん「はい」


 ”先生のおかげ”とか”ありがとうございます”とかを言われるとそれはやっぱり嬉しいもの。でも、患者さん自身がしっかりと取り組んでくれたからこそなのだ、という気持ちがやっぱり強いです(白状すると、ちょっとは自負もあるけど…)。だから、それは素直にお伝えをしますし、医者なき後の人生、その人が自分自身の身体とこころをモニタリングして”精神科医いらず”な生き方、患者さん自身が治療主体なのだという生き方をしてもらえたら、それがいちばん良いこと。もちろん、苦しいなと思ったらいつでも来てもらってちょっとした助言や必要に応じてお薬は使います。「もう医者にかからないように」と考えすぎると限界まで我慢してヘロヘロの状態でやってくることがあるので、そこは我慢せずに”限界の三歩手前”で来てもらうようにと念押しします。再発してまた精神科にかかることは決して恥ずかしいことではないのです。ここも強調しておく必要があるでしょう。

 個人的には「せっかく病気になったのだから、この病気から何かを学ぼう」という姿勢が大事だとは思います。でもそれを口には出しません。病気になった苦しさは患者さんにしか分からない部分があり、その言葉を医者からぽいっと言うのは、患者さんにとって暴力的にすら感じられることがあります。だから、患者さん自身から「そういえば、病気になってこういうことを学んだなぁ」と思ってくれるように、色んな誘い水を治療の中でします。しかし、最終的にそう思えなくても悪いことではありません。患者さんなりの病気と向き合う姿勢があるので、それを無理やり変えるのは”角を矯めて牛を殺す”ということにもなるでしょう。自分としては、患者さんがだいぶ楽になって治療の雰囲気も柔らかくなった時に「○○さんにうつ病がやってきて色んな経験をしたと思いますけど、どんなことがありました?」とか、「うつ病になった頃の○○さんにアドバイスするとしたら、どんなことがありますか?」などと聞くこともあります。そして、良くなって終診とする日は「○○さんの周りに同じように苦しんでいる人がいたら、ぜひ支えてあげてください。○○さんの経験は大変でしたけど、活かすこともできてとても大切なものだとも思っています」ともお話をします。もちろん病気の種類によりますが。

 終診というのは精神科の中で特殊なもので、おそらく精神科医が10人いたら10通りの方法があると思います。かつ、同じ精神科医でも患者さんの病気や年齢などで随分と言うことも異なってきます。極端な例だと、20代と70代の患者さんでは、やっぱりこちらからの言葉もかなり変わります。出来るならば、他の医者のを見てみたいもんですね。
Comment:11  Trackback:0
2016
11.10

デモ禁止!

Category: ★精神科生活
 時期が時期だけにタイトルはキナ臭さがありますが、あのデモンストレーションの”デモ”ではありません。問診上の発言でなされる「でも」でございます。これは逆説を表し、古くは懐かしの評論文読解で「大事なところ!」として取り上げられた記憶のあるかたもいらっしゃるかと。


なるほど~だ。しかし~ではないだろうか。


 という、アレです、アレ。大学受験で小論文を勉強したかたは、「良いか、イイタイコトは逆説で書け」と教わったかもしれません(樋口式とか…)。

 この「でも」は結構強力でして、前に言ったことを打ち消してしまいます。だから、対話でこの言葉を使うのはリスキー。

患者さん「車に乗ろうとしたらいきなり息が苦しくなって…」
医者「でも調べてみたところ、異常なかったんですよ。大丈夫」

 こういう表現だとちょっと患者さんは取り付く島もないという感覚になるでしょうか。ちょっと変えてみましょうかね。

患者さん「車に乗ろうとしたらいきなり息が苦しくなって…」
医者「車に乗る時に苦しくなったんですね。でも調べてみたところ、異常なかったんですよ。大丈夫」

 これだとどうかな? 患者さんの言葉を繰り返して、前よりは柔らかくなりました。人によってはこれでO.K.ですが、これでもちょっとなぁというかたもいる。それだけ「でも」の力は強く、言葉の繰り返しのクッションを取り払っちゃう可能性もあります。

患者さん「車に乗ろうとしたらいきなり息が苦しくなって…」
医者「車に乗る時に苦しくなったんですね。びっくりしたでしょう」
患者さん「はい」
医者「いきなりそうなると不安になるのも無理はないですね。でも調べてみたところ、異常なかったんですよ。大丈夫」

 認証(validation)が入ることで、かなり良い感じ。ここまで来ると「でも」の強さは小さくなったでしょうか。いやいや、「でも」はこの組み立てをもひっくり返しちゃうこともあります。相手の意見を抑えて自分のイイタイコトを前面に出す手法なので、「でも」を使うとdia-logueになりづらく、mono-logueと受け取られてしまいそう。

 ということで、「でも」を他の言葉に置き換えてみることを推奨します。逆説ととられないような工夫ですね。

患者さん「車に乗ろうとしたらいきなり息が苦しくなって…」
医者「車に乗る時に苦しくなったんですね。びっくりしたでしょう」
患者さん「はい」
医者「いきなりそうなると不安になるのも無理はないですね。そこで調べてみたところ、異常なかったんですよ。大丈夫」

 「でも」を「そこで」に変えてみました。ちょっと良くなった気がします、何となく(どうかな?)。「そこで」に限定する必要はないのですが、この言葉は流れをそのまま受けて次に持っていってくれます。逆説のような流れの屈曲を感じさせないのがポイントかと。「そこで」以外には「実際に」なんていう表現のしかたもあるかしらん。

 流れがいきなり曲がると、相手は「おっ、何だ何だ。こっちの言うことは否定するのか」と感じることが多いのです。「でも」は言い合いになりがちでして

医者「でもね」
患者さん「いやでも先生」
医者「うーん、でもねぇ」

 こんな感じになると、お互い「聞いてもらえなかったなぁ」というくすぶりが出てしまいます。対話では流れを折り曲げないことが原則で、曲げるにしても緩やかな曲線を描くように。もちろん意図的に「よいしょ!」と曲げることがあり、それは患者さんに「おっ?」と注目してもらうためであります。

 自分は「でもねぇ」という言葉がつい出てしまうことがあるので、意識的に注意して言い換えるようにしております。
Comment:4  Trackback:0
back-to-top