FC2ブログ
2018
09.25

キャンパス大移動

 9月23日は、東京大学で "オープンダイアローグと中動態の世界" というシンポジウムを聞きに行きました。13時~16時40分のあいだ。自分としてはかなりの意気込みを見せており、12時前には大学に到着して開場を待とうという気持ちでいたのです。なぜなら、定員450人のところ満員御礼!ということで、視力の悪い自分としては前の席を確保してしっかりと見ておこうと思ったのであります。

 8時29分のこだまに乗り、11時過ぎには東京駅に到着。そこのほんのり屋でおむすびを食べることに。というか、東京に行くと大体ここでお昼を食べているような。

RIMG1586.jpg

 鮭のおむすび! 美味しい。値段は高いけれども (270円…)。

RIMG1587.jpg

 で、腹ごなしも済んだことだし、いざ東大。案内の地図によると、正門をくぐって13号館の1323号室で行なわれる、とのこと。いやー、このままなら本当に一番乗りかも、ひょっとして。

 東大の正門。

RIMG1588.jpg

 安田講堂。

RIMG1589.jpg

 こんな感じのところもあるのか。ずっと続きそうな。

RIMG1591.jpg

 13号館をきょろきょろと探すと、見つけたのが




工学部13号館




 「工学部…?」と疑問に思うも、演者の國分功一郎先生は東工大で哲学を教えているから、別に工学部でもおかしくはないか、と了解。しかし、450人が入るような大きさの建物とは思えず。「別の13号館があるのかな…?」と思ってさらに彷徨い探してみるも、見つからず。「おっかしーなぁ」と、キャンパスに立てられている地図と持っている案内の地図を見比べてみると、あれ? 案内の地図に書かれているのが




駒場キャンパス、だと…?




 そして、ここは




本郷キャンパス…?




 その瞬間、一気に汗が吹き出してきて、「やばい…!」と。そうなのです、この大事な時に限ってキャンパスを間違えてしまったのです…。

 東大って言えばこのキャンパスしか知らないし、そもそも東大なんて縁もないし恐れ多いし、行ったことあるのも河合臨床哲学シンポジウムくらいだし (それは本郷キャンパスなのです)。あ、今年は行ければ行きたい。毎年12月上旬に河合臨床哲学シンポジウムがあるんですよねー。て、そんな余裕は今ないし。案内の地図に赤門が記載されていないのも変だなーと思ってたけど、「ははぁ、有名すぎるからあえて記載していないんだな。さすが東大」とこれも勝手な了解をしていたし! そもそも正門とか安田講堂とかのんきに写真撮ってる場合じゃないよ! ていうか工学部13号館ってやっぱりおかしいよ! 演者が東工大だからって工学部の建物で哲学と医学のシンポジウムするわけないじゃん! などいろいろなことが頭の中をぐるぐる。

 キャンパスにシンポジウムの案内が全然なくて「あれ?」と思っていたら、こんなことだったとは。そこから大急ぎで駒場キャンパスまでの道のりを調べ、電車に。ゲルマン民族なみの移動です。また乗り換えがあって面倒、これが。

本郷三丁目→(丸の内線)→赤坂見附→(銀座線)→渋谷→(井の頭線各駅停車)→駒場東大前

 という順で行けと私のガラケーが教えている。赤坂見附だなんて、吉田拓郎の "地下鉄に乗って" ではないかと一瞬考えましたが、口ずさむ余裕は一切なし。よし! ギリギリ13時には間に合うか!

 すべてがダッシュで進んでいきました。しかし、人間焦ってはよろしくなく、渋谷で井の頭線にまさに飛び乗った瞬間に気づいたのが



快速に乗ってしまった…



 無残に過ぎゆく駒場東大前…。「何だよー、東大は各駅停車かよー」とどうにもならないこの時間。そして降りたのは下北沢。人生初だよ、こんなところに降りたの。そこでまたなぜそんな選択をしたのか不明ですが、「よし、もうタクシーで行こう!」と下北沢の改札を降りる。

 想像していたのは、改札を降りたら客待ちのタクシーが停まっている姿。しかし、実際は細い道路をたくさんの歩行者が行き交う光景。下北沢ってこういうところなの? と思いながらタクシーを探して走る。すると、幸運なことに1台のタクシーが来るではありませんか! しかも空車!

 タクシーに乗った時間は12時58分 (たしか)。開始までには間に合わないかもだけど、及第点だなと思ってひと安心。しかし、道は細く歩行者がゆっくり歩いているので、タクシーもゆっくり。


何なんやこれは…


 ついていない時はトコトンついていないのだ…。東大初体験者のしがちなミスをすべて経験したような気がする。

 やっと多少広めの道に出て駒場キャンパスに。きちんと案内の看板も立っていた! しかし写真を撮る余裕は一切なく走り過ぎる。見つけた13号館も広くて安心。

 結局着いたのは13時をとっくに過ぎてしまったけれど、幸いなことにはまだ開始されておらず (細かい説明がなされていた様子)、着席してちょっとしてから国分先生のお話が始まったのでした。良かったー。一番乗りするつもりが、まさかのビリ (推定) になるとは思いもせで。

 約4時間、面白く話を聞きました。しかし疲れた。話を聞いて疲れたのではなく、それ以前の行動で疲れた。もうおむすび食べてた頃がなつかしい。安田講堂をパシャリと撮っていた余裕はどこに。

 で、ぞろぞろと帰っていく風景を思い出したかのように一枚カメラに。
 
RIMG1593.jpg

 もうお土産を探すような体力的余裕もなく、定番すぎる "東京ばな奈" と "銀座のいちごケーキ"。

RIMG1594.jpg

 銀座のいちごケーキって、前は模様がいちごの絵じゃなかったでしたっけ。変わりましたよね (たぶんかなり前)。

 あ、そうだ。シンポジウムの内容ですよね。斎藤環先生のお話は外在化 (これも中動態と接点がありますね) がメインでしたが、それ自体はブリーフセラピーでよく行なわれているなーと。高木先生の "未来語りのダイアローグ" も、黒沢先生のタイムマシン心理療法的だなぁと思いました。しかし、それらが様々な人たちのダイアローグの中で動くというのが効果的なのでしょう。しかもそこで即興的に何かが生まれてくる。台本のない、誰も結末を知らない劇のような。精神分析では、患者さんがこころの台本を持っているとして、そこを治療者とともに探っていきますが、オープンダイアローグはその台本がないのですね。どうなるか分からない、でもその中で患者さんも治療者もシステムの一部として働くのだと思いました。あらかじめ合意形成なんてできないのだ、と斉藤先生がおっしゃっていましたが、まさにそうなのでしょう。

 責任についても、いったん免責されることで、そこから新たな責任、本来的な責任が湧き上がってくる、というのが強調されていました。現代の私たちの持つ "責任" というのは、"堕落した責任" なのだ、と。本来は決してそうではないのです。そこに絡んでの "意志"。能動/受動は「お前がやったのか」「お前がやらされたのか」と尋問をします。意志は、ある人に行為を所属させる (責任をもたせる) ことができます。こころの中で無からの創造が起こっていると仮定し、その人に責任を取らせるのです。しかし、純粋なゼロからの自発性などこころの中にあるのだろうか? というのがポイント。責任という言葉を考え直し、応答すべきことに応答すること、応答しなければならないと思って中動態的なプロセスが湧くこと、これが大事なのだということでした。

 やはり神の存在というのは大きかったのではないでしょうか。古代ギリシア (アリストテレスなどよりも前) には意志は存在しなかったという国分先生のご発言もありましたが、やはり神が登場して神への従属・神との対立という中で生まれたと思われる意志は、能動/受動というシステムで動くものなのです。古来のゾーエー/ビオスでは、現代でいう意志は不要だったはずです。ゾーエーという中動態のエンジンとも言えるような概念がそれを支えていたのでしょう。古代ギリシアや神の誕生というのを考えると、確かにハイデガーをもうちょっと深く知るべきでしょうし、そうだとすると木田元あたりとうまく合わせられないかしらん、と考えました。日本の言葉でいうと、みずから/おのづから に私自身としては注目。この2つの言葉が同居しているのが中動態なのではないか、とも思うのです。みずから行なったことが、おのづからみずからに作用してくるというのが中動態なのだとも言えるのでしょう (たぶん)。

 オープンダイアローグを考えると、精神科医や臨床心理士が診察室で患者さんが来るのを待つという今の医療システムは、無くなりはしないまでも今より縮小していくのかも? 患者さんのところにチームが行く、ということ自体がとても治療的ですよね。当日の話にはなかったですが、患者さんが来るのではなく、私たちが行くという転換。これは大きいと思いました。そして、その中でみんながシステムの一部 (患者中心ではない、とあえて言いましょう) となって新たな、予想だにしない多様な意見が立ち上がってくる。これが "効く" のかもしれません。私個人としては、このシステムを "あいだ" や "あわい" と呼びたい衝動に駆られますが。

 今回のシンポジウム、参加者みんな「おー」と感動したかも。この「おー」というのも中動態ですね、そういえば。だとすると西田幾多郎の純粋経験だってまさにそうだ! 色々と広がって面白い。広がったついでに私は、最近のわざとらしい "おもてなし" って大嫌いです。"もてなす/もてなされる" と明確に区別されて、それは「もてなしてやっている/もてなされて当然」という、人間の醜いことこの上ない感情が見え隠れします。"おもてなし" と強調された時点で、"おもてなし" は失われてしまっていると言えるでしょう。おもてなしは行為の中に自然と立ち現れるべきものなのです。

 という、最後にまじめな考え (参加したので) を述べましたが、やっぱりキャンパスの間違いはとても焦るし疲れるというのが正直な感想です。

トラックバックURL
http://m03a076d.blog.fc2.com/tb.php/2224-63bf3145
トラックバック
コメント
もなか先生へ。

今回の先生の記事を拝読しまして…昔むかしの記憶を思い出しました。
本郷の東大キャンパス…。
とても小さな頃ですね…東京の本郷に祖父母が住んでおりました。
祖父母の所へ訪れる時にですね…何線だったかは覚えておりませんが…確か地下鉄だったかと思います。
「根津」?と言う駅で降りて…トコトコと歩き…東大キャンパスの中を抜けて行くのです。父に連れられて。
懐かしいです。
今でもぬけられるのかしら…?笑
違う処にもキャンパスがあるのですね∑(๑º口º๑)!!

先生の徒労話…結構あるある話のような気がします(笑
お疲れ様です。
東西南北dot 2018.09.28 21:30 | 編集
>東西南北さん

ありがとうございます。
地下鉄の千代田線に根津駅があるようですね。
自分も東大といえば本郷キャンパスという固定観念でして、まさか駒場キャンパスだったとは。
東大トラップは恐ろしいです。
m03a076ddot 2018.09.29 16:21 | 編集
先生、こんばんは。

東京駅のおむすび屋、賑わっていますね。

東大、教養課程は学部問わず駒場だったかと思います。井の頭線の急行に乗ってしまわれたようで、お気の毒様です。(東京といっても都心部ではない場所に長年住んでいる私には、東大というと本郷よりもこちらが先に想起されます。)

ところで、もしも東京にまたおいでになる機会がありましたら、よろしければ日暮里のエキナカで買えるコンビーフまたはコンビーフサンドをお試しください。決してお安くはないですが、私は絶品だと思います。
元メイラックス減量中dot 2018.09.30 20:13 | 編集
>元メイラックス減量中さん

ありがとうございます。
今月また東京に行くのですが、日帰りで慌ただしいので、日暮里まで足を伸ばせないのが残念。
しかも、駅のおむすび屋さんに寄る時間もなさそうなのです。
とても悲しい…。
m03a076ddot 2018.10.07 21:16 | 編集
もなか先生

ほんのり屋さんに初めて行ってきました。
もちろん先生お勧めの鮭おにぎりを選択。
おみそ汁も一緒に注文して、ほっとくつろげました。
お勉強の内容は、CARE (Child-Adult Relationship Enhancement)-子どもと大人の絆を深めるプログラム-でした。
もなか先生の講演情報知りたいな。
しらたきdot 2018.11.20 21:13 | 編集
>しらたきさん

ありがとうございます。
CAREで親子のお互いのストレスが軽くなり子育てにゆとりが出ると、精神科的にも嬉しいですね。
私は専門の精神科ではお呼びがかからず、非専門の漢方ばかりの講演で、何となく自分で不思議な感覚です。
m03a076ddot 2018.11.26 17:14 | 編集
管理者にだけ表示を許可する
 
back-to-top