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2018
07.21

HbA1cに別れを告げよう

Lipska KJ, et al. Is Hemoglobin A1c the Right Outcome for Studies of Diabetes? JAMA. 2017 Mar 14;317(10):1017-1018. PMID: 28125758

 タイトルは言い過ぎてしまいましたが、今回は糖尿病診療のアウトカムの設定について。これまではHbA1cを下げれば血管リスクや死亡リスクが下がるだろうと考えられていましたが、最近行われた臨床試験では決してそうでもないことが言われています。そんな内容のことを言った短い論文。

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 2型糖尿病の治療目標は合併症を減らしQOLを改善し、出来るならば生命予後を改善することです。ここ数十年、こういった目標を達成するには厳格に血糖値をコントロールすべきだと複数のガイドラインで示されています。加えて、1990年代にFDAはHbA1cをアウトカムとして治療薬を承認することとなりました。この考えは、HbA1cの目標値達成に焦点を当てることで、治療法にこだわらずリスク低減を目指すものでした。これは脂質低下に関する初期の考えと同様であり、心疾患リスク低減や生存期間延長のためにHbA1cによって血糖値を厳格に評価する臨床試験が行なわれ、それが失敗しているにもかかわらず生き残っているのです。
 心血管イベントをアウトカムとして最近行われた2型糖尿病への臨床試験は、これまでのアプローチとは異なるものでした。これらの試験では、HbA1c低下は同様であったのですが、薬剤によってアウトカムへの影響が異なりました。例えば、エンパグリフロジンやリラグルチドはプラセボと比較して心血管イベントや死亡を減少させました。これは上乗せ試験であり、ベースとなる治療薬はHbA1c値が群間で同様になるように調節されていました (コメント:上乗せ試験はちょっと無理のある試験だと個人的には思います)。これら試験の結果は薬剤のタイプが重要であることを示しており、薬剤の効果は血糖値を下げるだけではないのです。結果として、糖尿病領域の創薬は、代用のマーカーへの歴史的な信頼から心疾患や死亡率といったアウトカムを評価する試験に向かっています。

●アプローチの進化
 何十年にも渡り血糖値のコントロールは糖尿病治療の領域で確立された目標であり、これはDCCTやUKPDSで支持されていました。これらキーとなる試験によって、血糖値を標準治療よりもHbA1c7%ほどにタイトにコントロールすれば、1型糖尿病 (DCCT) や新しく診断された2型糖尿病 (UKPDS) でアウトカムを改善することが分かりました。しかし、これらはスタチンやレニン-アンギオテンシン系阻害薬といった心保護作用のある治療が広く使われる前のものであり、HbA1c値が今日よりも概して高かったのです。その後、3つの大規模臨床試験によって、HbA1cを7%より下げても心血管のリスクは軽減しなかったことが判明しました。さらに、このタイトなコントロールでも網膜症や腎不全といった細小血管合併症にはほとんど効果がなかったのです。同時に、ある種の血糖降下薬 (ロシグリタゾン) はむしろ心血管リスクの増加と関連していました。そのため2008年に、新しい血糖降下薬には心血管リスクがないことを承認後の試験で示すよう、FDAは決定しました。
 それにより、新しい血糖降下薬への心血管イベントへの効果を評価するような大規模臨床試験が多く行なわれました。血糖コントロールが心血管アウトカムに与える影響を調べる試験と比較して、これらの試験は血糖コントロールを同じような状況にして心血管への様々な戦略の効果を評価することとなりました。それを行なうために、これらの試験はプラセボと新薬を比較したのですが、ベースとなる治療はその地域のガイドラインに則って調節されました (コメント:先述の上乗せ試験のことです)
 これらの試験の中には、いくつかの新薬が心血管への有益性を持つことを明らかにしたものもありました。例えば、エンパグリフロジン (SGLT2阻害薬) とリラグルチド (GLP-1アゴニスト) が有意差をもって心血管イベント、心血管死亡、全原因死亡を減少させました (コメント:有意差をもって、と言っても超ギリギリです)。セマグルチドというもうひとつのGLP-1アゴニストは心血管イベントのリスクを減らしたのですが、心血管死亡や全原因死亡は減らさなかったのです。こういった試験とは対照的に、DPP-4阻害薬の大規模試験は心血管イベントにおいてプラセボと非劣性でした (コメント:有意差がつかなかった)。ある試験では、サキサグリプチンによって心不全による入院リスクが有意に上昇しました。これらの試験において、アウトカムに対する治療の効果は、血糖コントロールのわずかな差とは不釣り合いなものでした。よって、観察された効果は血糖降下作用の違いとは関係がないようです。
 これらの試験は糖尿病診療の進化を示すものです。血糖降下薬の効果を理解するには、HbA1c以外のアウトカムを評価する必要があります。

●エビデンスの非対称性
 FDAによる勧告後に行なわれた試験から、2型糖尿病の治療決定に重要なエビデンスがもたらされました。しかし、2008年以前に承認された昔の薬剤と同様に、新薬の中にもこういったエビデンスを欠いているものが多いのが実情です。
 メトホルミンは2型糖尿病の第一選択薬として推奨されていますが、心血管リスクへのエビデンスは主に20年以上前に行われたUKPDSでの小さなサブグループ (n=342) に基づいたものです。エビデンスレベルは今の数千人規模のランダム化試験と比較できるものではありません (コメント:メトホルミンを神格化してもいけないことを示しています。この冷静さは大事ですね)。同様に、メトホルミンとともにもっとも使用されているスルホニルウレア (SU薬) については、心血管イベントをアウトカムにした試験が存在しません。2型糖尿病へのインスリン使用も、そのアウトカムに関してほとんどデータがありません。例外がORIGIN試験であり、軽度のHbA1c上昇を示した新規診断の2型糖尿病や糖尿病前症の患者さんに対してインスリングラルギンを使用しても、心血管イベントは上昇しなかったというものです。結果として、古くて廉価な薬剤の心血管への安全性におけるエビデンスは、いくつかの新薬のエビデンスと比較して限定されたものとなっています。

●ガイドラインの意味合い
 多くのガイドラインはいまだに主な到達目標を血糖値としています。ガイドラインは合併症や低血糖の危険性や治療計画を実行できる能力に基づき血糖値の目標を個別化すべきとしていますが、より深い転換が求められています。
 最近の試験に基づくと、治療は単に血糖値だけではなく特異的な合併症や固有のリスクを目標とすべきです。心血管障害を合併しており再発のリスクが高い場合、エンパグリフロジンやリラグルチドといった心血管リスクを下げる薬剤が好ましいかもしれません (コメント:かも、です)。薬剤の種類や数を考慮せずに血糖値のみを目標とする治療は現在のエビデンスからは遠いものとなっています。
 同様に、特異的な目標に狙いを定める考えは、HbA1cを下げる手段の重要性に疑問を投げかけます。患者さんの合併症や好み、血糖値を下げる方法によって血糖コントロールは考えられるようになるでしょう。

●試験デザインの意味合い
 FDAは2型糖尿病に用いられる薬剤が細小血管イベントを増やさない (願わくは減らす) という市販後試験を課してはいません。実際に、FDAはHbA1cを下げる薬剤について "細小血管合併症の長期的なリスクを減らすという考えは合理的である" という見解を示しています。それゆえ、"薬剤の承認にあたってHbA1cをプライマリエンドポイントとするのは容認できる"のです。
 最近のエビデンスからは、この想定が確たるものでないことが示唆されます。血糖値を下げる薬剤なら何でも細小血管合併症のリスクを減らすとは言えません。例えば、エンパグリフロジンは群間での血糖コントロールはほとんど違いがなかったにもかかわらず (コメント:ここにはletter to the editorで指摘がありました)、腎に関するいくつかのアウトカムを改善しています。セマグルチドも腎症のエンドポイントを改善していますが、そのいっぽうで網膜症のリスクが増加しているのです。現在行なわれているCANVASではカナグリフロジンによる下肢切断リスクを見ています (コメント:2017年にNEJMで結果が出ましたが、下肢切断に関してはカナグリフロジン群で2倍という結果になりました。イベント発生率はカナグリフロジン群で6.3/1000人-年であり、プラセボ群で3.4/1000人-年でした。N Engl J Med. 2017 Aug 17;377(7):644-657. PMID: 28605608)
 血糖値のみを基にしたアウトカムを用いるのは、臨床における意思決定でもはや容認できるものではありませn。医師や患者さんには、薬剤のクラス間、そしてクラス内においてアウトカムの差異を示すエビデンスが必要であり、現在の薬剤で実証的な試験が望まれるでしょう。

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 以上です。HbA1cからは離れようじゃないか、という意見はごもっともだと思います。あくまで代用のアウトカムであり、かつ死亡という根本的なところにそれがあまり関与しないのではないか、ということですね。HbA1cはほどほどに、そして患者さんがあまりそれに縛られすぎずに生活を味わえるようになるのが結局は大事なのだと思います。最大のアウトカムを“幸せ”にしたいものですね。

 ただ、個人的には上乗せ試験というのがちょっと怪しい感じだなぁという印象が拭えず、それによってエビデンスを叩き出した薬剤は「うーん」と頚を傾げてしまいます。上乗せ試験は、ベースとなる糖尿病治療薬にプラセボを乗せる群と実薬を乗せる群とに分けます。これだと明らかに実薬群でHbA1cが下がるので、プラセボ群でもHbA1cを良好にコントロールするようにしています。これがエンパグリフロジンを用いたEMPA-REG OUTCOMEとリラグルチドを用いたLEADERで採用されました。

 ここで、EMPA-REG OUTCOMEにおけるHbA1cの推移を示した図を見てみましょう (N Engl J Med. 2015 Nov 26;373(22):2117-28. PMID: 26378978)。

エンパグリフロジン

 これを見ると、プラセボ群では血糖コントロールをさぼっていると指摘されても言い訳ができないでしょう。LEADERでも同じで、ずっと8%くらいをうろうろしています。対して実薬群では実薬を入れるので当然ガクッと下がります。最終的な血糖値の差は0.35%という数値ではありますが、差があるのは事実であり、薬剤そのものの効果とは言えないのではないか? 本論文へのLetter to the editorでそのような意見でした (JAMA. 2017 Jul 11;318(2):200. PMID: 28697248)。

 これに対して著者らは、差は小さいものだと反論し、この差の小ささに "不釣り合い" に心血管リスクに対して効果を示すのだと指摘しています (JAMA. 2017 Jul 11;318(2):200-201. PMID: 28697251)。そして、タイトに血糖コントロールをした3つの大規模臨床試験を例に出し、標準グループとタイトな治療のグループとでHbA1cはそれぞれ0.7% (N Engl J Med. 2008 Jun 12;358(24):2560-72. PMID: 18539916), 0.9% (N Engl J Med. 2008 Jun 12;358(24):2545-59. PMID: 18539917), 1.5% (N Engl J Med. 2009 Jan 8;360(2):129-39. PMID: 19092145)の差があったにもかかわらず、心血管イベントや死亡率において、タイトな治療グループでは改善が見られなかったと指摘します (これはタイトすぎて逆に悪かったんじゃないかとも自分は思いますが)。また、EMPA-REG OUTCOMEで見られた小さな差はサキサグリプチンやシタグリプチンを用いた試験 (サキサグリプチンはN Engl J Med. 2013 Oct 3;369(14):1317-26. PMID: 23992601  シタグリプチンはN Engl J Med. 2015 Jul 16;373(3):232-42. PMID: 26052984) でも見られており、それぞれHbA1cのプラセボとの差は0.2%と0.3%でありながら、いずれも心血管イベントや死亡率を減少させなかったことも挙げています。それだけにEMPA-REG OUTCOMEとLEADERの試験結果は注目すべきだ、ということを言っているのですね。このように意見を交換できるのは建設的だなぁと思います。

 ただ、いずれも効果としては決して大きいものではなく、特にEMPA-REG OUTCOMEは10mg群と25mg群のそれぞれではプラセボと心血管死で有意差がつかず、両者を合わせたものでようやくP=0.04 (だったかな?) を出したというものです。これは最初から合わせるように試験が設定されていたから問題ないと言う人もいますが、「合わせるって何なんや…」という根本的な問いもありますし、そもそも両者を合わせたことでプラセボ群よりもn数が2倍になっています。nを大きくすると有意差はつきやすくなるため、フェアな比較ではないでしょう。試験結果に則った誇張のない説明をするならば「エンパグリフロジンはプラセボよりも心血管死を増やすことはなく、安全と考えられる」とすべきだったのではないでしょうか。

 自分としてはEMPA-REG OUTCOMEにおけるn数の違い以外にも注目しているところがあり、それは上乗せ試験の宿命とも言えるものだと考えています。

 それは、盲検化が破られているのではないか? という疑問。上乗せ試験の性質上、ベースとなる治療薬に実薬かプラセボを乗せるため、実薬群で血糖値が下がります (当然すぎる)。よって、少なくとも治療者は「あ、こっちが実薬だな」と分かるわけです。下がらなかったらプラセボですし、下がったら実薬です。二重盲検とは言い難く、単盲検、いやひょっとしたら患者さんも分かってしまうのではないでしょうか。仮にプラセボの方でも血糖コントロールがうまくなされたとしても、“追っかけ”になります。どうあがいても最初に実薬群で血糖値が下がるので、それに合わせてプラセボでも下げることになるでしょう。この仕組みは容易に分かるもので、やはり盲検化が破られているのです。「じゃあさ、ベースの治療なんてせずにプラセボと新薬だけのガチンコ対決をすればいいじゃないか」とお思いのかたもいるかもしれませんが、それは倫理的に許されません。HbA1cがガンガン上昇していくのを傍観するのはダメなのです。しかもそれで盲検にならなくなりますしね。この“盲検化が破られる”のは、上乗せ試験の致命傷だと考えています。

 そして、糖尿病治療薬で言えば、どの薬剤も心血管死や全原因死亡に関して有意な違いはなく、異質性はありながらもメトホルミンと併用することで個々の薬剤のHbA1c低下作用が強まる、というのを示したメタアナリシスもあります (JAMA. 2016 Jul 19;316(3):313-24. PMID: 27434443)。HbA1cを下げる力、体重を若干下げる作用、低血糖の危険性の少なさ、そして薬価を考えるとメトホルミンが第一選択というのは現実的である、という内容 (そしてSU薬は旗色が悪い)。まぁそうだろうなーと思います、自分も。心血管リスクを下げるかどうかはUKPDSの結果だけでは言えるものではないのでしょうけれども、廉価というのが医療経済的にも魅力的ですし、長年使用されてきたことからリスクについても多くが分かっています。SGLT2阻害薬やDPP-4阻害薬は新しいので薬価も高く、長期的に見てどうなのだ? というのは分かりません。これからそういう部分が明らかになっていくでしょうけれども、メトホルミンをしっかり使いこなすことが今も昔も変わらないのでしょうね。ということで、大日本住友製薬さんにはぜひメトホルミンの徐放剤なんぞをつくっていただいて、添付文書でも1日1回投与をO.K.にしてもらえると助かります。
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コメント
もなか先生。

医療従事者ではありませんが、二重盲験は知っていました。一方で上乗せ試験は知りませんでした。勉強になりました。

実薬投与群の血糖値に合うように、プラセボ投与群には標準治療薬の投与量を調整(増量)する、という理解で正しいのでしょうか。もしもこの理解で正しいのでしたら、「有意な結果が得られたとしてその効果は新薬単体での効果ではなく、血糖値をある値にまで下げることを目標としたとき、標準治療薬の一部を新薬で置き換えることが血糖値以外のものに与える効果」ということになるのでしょうか。

単純な二重盲験は倫理的にも、そして気付かれて二重盲験にならなくなることからも不具合、上乗せでも二重盲験にならなくなる不具合、そしてもしも私の理解が正しいのであれば、上で述べたようなすっきりしない結果解釈…… よい試験方法が存在してくれることを、願っています。

ところで、倫理的に許されないことを行ってはいけませんが、近年はヒトを対象とした実験が、随分難しくなってきたような気がいたします。
元メイラックス減量中dot 2018.08.13 01:24 | 編集
>元メイラックス減量中さん

ありがとうございます。
おっしゃるとおり、上乗せ試験でベースの治療もいじっていいという条件であれば、出てきた "効果" は純粋な新薬の効果とは言い難いという難題があります。糖尿病治療ではHbA1cを高いまま放っておくことは許されず、プラセボ群も治療を開始せねばならないので。
そして、記事でも指摘したように、盲検が破られるのではないかという危惧もあるのです。
ご指摘の通り、臨床試験は多くの縛りが出てきて、製薬会社も勝算がないと行ないづらいところがあります。
そのため、試験自体を非常にわかりにくく設定して煙に巻くような手法も出てきているような気もします。
精神科領域では新薬が出にくく、製薬会社の中には撤退したところも多くなり、そうなると私たち精神科医も困ったなぁと悩んでいます。
本当に薬剤関係はブレイクスルーが生まれておらず、ちょっと閉塞感がただよっています。
m03a076ddot 2018.08.14 08:53 | 編集
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