2018
03.24

子どものためは誰のため?

Category: ★本のお話
 医学書院さんから出ている滝川一廣先生の『子どものための精神医学』を読みました。と言っても読んだのは約1年前なのですが、感想をまとめる体力がなかったという残念な事情でした。

 滝川一廣先生はおヒゲがとっても魅力的で、ダンディなお方でございます。自分は滝川先生のファンなので、先生の書かれた本はだいたい眼を通しているのでした (ストーカー並み)。特に認識の軸と関係の軸を用いた精神発達の図はレジデントだった当時の自分には眼からウロコで、頭の中のもやもやが一気に吹き飛んだ、爽快な納得感を得たものです。自分も発達の説明をする時はその図をたびたび引用しております。この『子どものための精神医学』はその図をより深くかつ分かりやすく説明しており、認識の軸をピアジェの仕事に、関係の軸をフロイトの仕事に対応させています。フロイトの "○○期" や "エディプスコンプレックス" の説明は今の日本に合うようにもなされており、また性的な印象の強いフロイトの考えを無理なく (上品に?) 紹介しています。だいぶフロイトへの抵抗感が少なくなるのではないでしょうか。でもそれで「なるほど!」と思ってフロイトを読むとやっぱり「…」となるのですが。

 もちろん疾患の説明も子と親と社会との関係性という観点からなされており、以前の著作でなされたものをさらに噛み砕いています。そこを読んでいて分かるのは、青木省三先生の『こころの病を診るということ』の感想記事でもお話ししたのですが、みんな "生き抜いているのだ" という視点の暖かさだと思います。こういう状況で患者さんは自分なりの対処で必死に生き抜いてきた、このことに対し私たちはもっと敬意を払わねばなりません。そして、その人が、その人の重要な他者が、より "ゆとり" を持って今後の人生を過ごしていけるように、私たちは全力を注ぐ必要があるのです。それは薬剤治療でもあるし、私たちのいる診察室の雰囲気でもあるし、私たちが "人薬" になるようにすることでもあるし、患者さんの生きている生活世界への配慮でもあるのです。また、思春期の非常に繊細な悩み (性や不登校やいじめについてなど) も社会と絡めて丁寧に書かれてあり、読み進めるたびに膝を打つこと数知れず。

 この本を読んで一番「おっ」と思って色々と連想したのは、何の変哲もない部分かもしれませんが、185ページの "子どもを理解するとは、その体験を理解することである" という一文。これを読んで、自分は下坂幸三先生の "患者さんの腑に落ちる説明" を連想しました。日々の忙しい診療の中でつい忘れがちですが、私たちと患者さんとのクロストークで重要なのは、この "腑に落ちる" ということなのです。それはまさに私たちが患者さんの "体験" を理解した一瞬でもあります。言葉でやり取りし、こうなのか? いや違うか、こうか? いやそれも違う、などを繰り返し、その果てに「そうなんですよ!先生」と患者さんの "腑に落ちる" 時がやって来る。私たちの言葉が患者さんの身体に染み入った証拠でもあります。滝川先生の "体験を理解すること" というのは広くこのように考えられ、それは上っ面の専門用語 (徘徊、自閉、感情失禁…) だけでは届かない次元。さらに自分の連想は続き、この体験を理解する、理解しようとする姿勢は、昨今話題のユマニチュードやオープンダイアローグにもつながってきます。ユマニチュードは「あなたを尊厳のある一人の人間として、愛をもって接しますよ」という表明です。工夫された言葉によって、身体によって、認知症患者さん一人一人の体験を理解しようと努めることです。そしてオープンダイアローグは、日本では斎藤環先生が中心となって進めていますが、特に統合失調症患者さん (他の状態にも広げているようですが) の急性期に医療チームがかけつけ、まさに対話するというもの。しかも、患者さんの病的発言を批判することはありません。「あなたの発言、あなたの世界を、ここにいる私たちは興味をもって聞きます。孤立することはありませんよ、対話していきましょう」という宣誓でもあるのです。まさにこれは "体験を理解する/理解しようとする" ことでしょう。精神科医療というのは、種々の意味での孤立の緩和が大切ですが、その基本姿勢が、滝川先生の一文に凝縮されていると言えるのだと思います。もうちょっと付け加えると、理解するのみならず "理解しようとする" と自分がプラスしているのは、全部を理解することの難しさと、その "理解したつもり" を避けるためです。理解しきれないところがあるというのも理解する、という視点が大事で、「立場の違う人間、しかも健康な人間が全部を分かった気になるなよ」という部分に対応しています。

 人は、人と人との "あいだ (あわい)" に生きています。それは、その "あいだ (あわい)" に生かされているのだということがより分かります。そしてさらに、その"あいだ (あわい)" を活かす力をも人は持っているのだとも再認識させられ、人 (特に子ども) の力強さ、関係性の尊さにこころ打たれずにはいられません。現代は良くも悪くも親と子の "あいだ (あわい)" が濃密になっており、ほどよさという "ズレ" が生じにくくそれが "窮屈さ" となり、また社会からは離れてしまう点も指摘されています。また、この本のタイトルは『子どものための精神医学』です。そして、第一部のはじめに "日々の暮らしのなかで子どもたちと直接かかわる人たち (中略) にとって、子どものこころの病気や失調、障害を理解したりケアしたりするために役だつことをめざす本である" と述べられています。彼らに役立つ本を目指した、それはとりもなおさずまさに "子どものため" でしょう。そして、この本の内容は児童精神医学を超えて、患者さんがどうやって (死なずに) 生きているのかを知るための本でもあります。"子どものため" というタイトルの中には、まさに子どものためであるのと同時に、かつて子どもであった人たちのため、という意味も含まれている、そう感じました。

 精神医療にかかわる人であれば、手にとって読んでみることをお勧めします。と言っても、既にバカ売れしてしまっている本でして (羨望)、医学書院さんは笑いが止まらないことでしょう。でも、こういう "良い本" がきっちりと売れてくれるのは素晴らしいことなのですよ。450ページ以上あるのに2500円+税という良心的な設定ですしね。
トラックバックURL
http://m03a076d.blog.fc2.com/tb.php/2189-dce77c10
トラックバック
コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2018.03.24 19:31 | 編集
もなか先生

本のご紹介をありがとうございます。
現在、青木省三先生の『こころの病を診るということ』を読んでいます。患者の立場ですが、自分の経験した症状は「うつの症状だったのか~」とか、医師の話していた言葉の意味を知れたりと勉強になります。そして、精神科医はこんなに優しく患者を診て下さっているのだと知り、感謝の気持ちでいっぱいです。
次は、『子どものための精神医学』を読んでみようと思います。
しらたきdot 2018.03.25 20:22 | 編集
こんばんは

いつも楽しく拝見させて頂いてます。

私は双極性障害を持ちながら、看護師をしています。精神医学の奥深さをしみじみと感じています。

今回、滝川一廣先生の『子どものための精神医学』の本が気になりました。

それで、先ほど図書館で貸出予約を致しました。
まずは読んでみようと、、、

「かつて子どもであった人たちのため」

今の私自身にも、学びが得られる本だと思っています。
とても楽しみです
momodot 2018.03.27 22:21 | 編集
年末騒いだツケがまわりまして、だりー日々でしたが、先生はお加減いかがでしょうか?
「かつて子供だった大人におくる」
星の王子様を思い出しました。
本当に大事なことは目では見えないんだよ、心でみるんだ。
子供と同じ心で見ること。
大事な事を一緒に見ることが、子供から大人へのプレゼントなのかもしれませんね。
さくらdot 2018.03.30 22:10 | 編集
管理人用閲覧コメントをくださったかた、ありがとうございます。

あわいの濃密については、ぜひこの『子どものための精神医学』を読んでいただければ…! という宣伝になりました。
"とりもなおさず" は口癖みたいなものでして、ついここでも出てきてしまいました…。
m03a076ddot 2018.04.03 09:28 | 編集
>しらたきさん

ありがとうございます。

青木省三先生の本や滝川一廣先生の本はどれも読みやすくなっています。
精神科医というとあまり良いイメージがなくネットでは悪者扱いになっていますが、すてきな精神科医もいるのだよ! と、多くの方々に知ってほしいです。
m03a076ddot 2018.04.03 09:31 | 編集
>momoさん

ありがとうございます。
「かつて子どもであった人たちのため」は滝川先生の本に明示されてはいないのですが、私が読んでそのように実感しました。
患者さんを看るため、そして自分自身を愛おしむための視点を得るにもとても役立つものと思っています。
m03a076ddot 2018.04.03 09:33 | 編集
>さくらさん

ありがとうございます。
相変わらず易疲労感は抜けませんが、仕事量と相談しながら過ごしております。
ともに見る、共視像がとても大事ですね。
子どもにはいつも多くのことを気付かされますね。
m03a076ddot 2018.04.03 09:35 | 編集
管理者にだけ表示を許可する
 
back-to-top