2017
09.09

事前確率とセットでね!

Category: ★研修医生活
 研修医の先生に論文を読んでもらって解説をしてますよーというお話を1つ前の記事でしました。その中で、時間がある時は事前確率の大切さを説くことがあります。もうすっかり尤度比の使い方も世の中に根付いたかと思っていたのですが、意外にもそうではないことに気づき、ちょっと解説するようにしました。自分が研修医の時は誰も教えてくれなかったしなぁ。

 例えば、この論文。

Antunez E, et al. Usefulness of CT and MR imaging in the diagnosis of acute Wernicke's encephalopathy. AJR Am J Roentgenol. 1998 Oct;171(4):1131-7. PMID: 9763009

 ここでは、Wernicke脳症に対するMRIの感度が53%、特異度が93%となっています。もっと感度が高いよ!とする論文もありますが、例としてこれを。研修医の先生にこの感度と特異度をどう思うか聞きますが、多くは「特異度が高いから診断に役立って、感度が低いから除外には向かない」と、バシッと答えてくれるのであります。感度や特異度というのは、例えば、感度80%の所見というのは”病気を持つ人”の80%に見られる所見だということを示します(Positive in desease)。いっぽう、特異度80%の所見というのは”健康な人(その病気を持たない人)”の80%に見られない所見だということを示します(Negative in health)。実は、自分はこの辺りをちょっと正確に理解していなかった時期があり、そのため過去の記事でも間違った記載が存在し、そこは修正を入れておきました。大事なので言い方を変えてお話しすると…

 感度とは、想定する病気を持っていると判明している人たち(患者さん)にその検査をした場合、どのくらいの割合で検査が陽性になるのか? という指標です。だからその病気を持っていない人(健康な人)にこの検査をしたらどうなるのかは、実は感度からだけでは分からないのです。健康な人でも陽性になる可能性が十分に考えられます(偽陽性)。

 特異度とは、想定する病気がないと判明している人たち(健康な人)にその検査をした場合、どのくらいの割合で検査が陰性になるのか? という指標です。だからその病気を持っている患者さんに検査をしたらどうなるのかは、実は特異度からだけでは分からないのです。患者さんでも陰性になる可能性が十分に考えられます(偽陰性)。

 そして、この感度と特異度は連動しているので、別々に見ると誤解を生むことがあります。特異度がものすごく高いけれども感度が著しく低い検査の有用性などは、盛んに指摘されていますね。感度5%、特異度98%の検査があったとして、それが陽性なら「特異度の高い検査が陽性! Rule Inだ!」と考えがちですが、決してそうではない。特異度はあくまで”病気がない人の中でその検査が陰性になる割合を示すもの”なのです。”特異度が高いからRule In” ”感度が高いからRule out” というのは、多くの場合はそれで問題ないことが多いのですが、実際はちょっと早計なのでございます! 感度と特異度は別個に考えてはいけない。自分は研修医の時、ここを完全に勘違いしておりました…。

 「あくまで病気がない人の中での話で、患者さんに当てはめられない??」と頭がこんがらがってきそうなので、要は感度と特異度っていうのは、単独ではなくつなげて考えねばならないのだと言うことにして、そのためのツールである”尤度比”のお話に移りましょう。

 感度と特異度をがちゃがちゃ計算して出て来る”尤度比”ですが、研修医の先生に尋ねると

自分「感度と特異度をバラバラに見ると間違うから、尤度比にしてみようか。尤度比って知ってる?」
研修医「…」

 となることが稀ならずあり、尤度比をしっかり教えることも大事やなぁと考えるに至ったのであります。それが今回の記事をつくるきっかけになりました。計算してもらい数字を弾き出してもらうと、感度53%、特異度93%はだいたい

陽性尤度比:7.6
陰性尤度比:0.5

 となります。計算式は”陽性尤度比=感度÷(1-特異度)”であり、”陰性尤度比=(1-感度)÷特異度”です。尤度比というのは尤もらしさ(もっともらしさ)を示すものですが、英語の Likelihood Ratio の方が分かりやすいかもしれませんね。Likely な度合いを示します。陽性尤度比は”所見が陽性の時の尤もらしさ”を、陰性尤度比は”所見が陰性の時の尤もらしさ”を意味しています。尤度比が1というのは尤もらしさを全く動かしません。感度50%、特異度50%というやつですね。大まかな動き方は

10:尤もらしさぐぐっとup!
5:尤もらしさちょっとup
1:ピクリとも動かない
0.2:尤もらしさちょっとdown
0.1:尤もらしさぐぐっとdown!

 となります。例えば、陽性尤度比5、陰性尤度比0.1の検査があったとすると、その検査が陽性の時は、ある病気の尤もらしさがちょっとupし、陰性の時は尤もらしさがぐぐっとdownするということになります。

 「おー、尤度比は便利だな」と思うかもしれません。しかししかし、感度だけ、特異度だけで物事を見てはいけないのと同様に、尤度比だけで考えても間違いのモトになってしまいます(めんどくせぇ)。尤度比を運用するために欠かせないのが”事前確率”でして、「この検査をする前の段階で、患者さんがこの病気である確率はどれくらいだろう?」というのが代表例。この”見積もり”いかんによっては、尤度比のインパクトもだいぶ変わってきてしまいます。「尤度比だけで物事は決められない」と覚えておきましょう。

 役に立つのがノモグラム(nomogram)というもので、これを使うと事前確率の大切さがひしひしと伝わってくるのではないでしょうか。

nomogram.png

 ある検査を想定すると、左側のバーが検査前確率、真ん中のバーが尤度比、右側のバーが検査後確率。検査前確率と尤度比をつないだ線をぴーっと延長して右側のバーにぶつけると、検査後確率が判明するというスグレモノ。分かりやすいように、感度99%、特異度99%というものすごく優秀な検査を想定しましょう。ELISAによるHIV抗体検査が実はこれ以上に優秀な検査であり、確か国試の公衆衛生でも出てきたような?? で、この尤度比を計算すると、

陽性尤度比:99
陰性尤度比:0.01

 これはすごい! この検査が陽性なら必ずその病気をRule in、陰性なら必ずRule outにできそうな気がしてきます。しかし、ここでちょっと冷静になりましょう。検査前確率が0.1%というややレアな病気(鑑別でほぼ想定していない病気という意味)の場合はどうでしょうか。それでもそんなに興奮できるかどうか。

 とある病気の検査前確率0.1%という時、この陽性尤度比99という検査をしてばっちり陽性になった。さて本当に「この病気だ!」と言い切れるのか? nomogramを使ってみると…

nomogram 2

 なんと、検査後確率はほぼ10%なのです! ハイパーに優れた検査が陽性でも、こんな結果だなんて…。

 これから分かるように、検査(診察も)をする時は、「この患者さんがこの病気を持っている確率はどんなもんだろう?」という”見積もり”をできるだけ正確に行なう必要があるのです。このセッティングを疎かにして絨毯爆撃的に検査をしてしまったら、いざ陽性になった時にミスリードとなってしまいますし、陰性でも同じこと。

 では最初に戻り、Wernicke脳症に対するMRI(陽性尤度比:7.6、陰性尤度比:0.5)を見てみましょう。アルコール依存症で、ここ1ヶ月ほど食事もあまり摂取しておらず、そういえば歩き方が何となく変だな…と思った時、Wernicke脳症の検査前確率はかなり高そうです。80%と見積もってみましょう。「これはWernicke脳症っぽいなぁ。MRIだなこれは」と思って撮りました。結果は特に異常所見なし。さて、Wernicke脳症を否定できるかどうか。

 同じくnomogramを使うと…

nomogram 3

 あれ、検査後確率が80→70%程度に下がっただけ。全然否定できません! 検査前確率を50%と考えても、検査後確率は30%以上残っています。この例えをすると、研修医の先生は「おー」と感心してくれることが多くてですね、教え甲斐があるなぁと実感するのでございます。よって、闇雲に診察や検査をするのではなく、常にその一歩手前の確率、診察前確率や検査前確率といった事前確率をできるだけ正確に考えることが大切です。常に事前確率とセットで尤度比を考える、そこを忘れないようにしましょう。すなわち、検査をするなら問診と診察で、診察をするなら問診でそれぞれきちんと鑑別疾患の事前確率を想定しましょうね、ということなのです。

 ちなみに、McGee先生の本にはnomogramではなく以下のような足し算方式が載っており、それを眼にしたことのある研修医の先生もいるかもしれません。

0.1:-45%
0.2:-30%
0.5:-15%
1:動かず
2:+15%
5:+30%
10:+45%

 これは事前確率が10-90%、言い換えれば救急外来や一般外来の初期に鑑別に挙がってくるような病気の時に使うことができます。「この患者さん、肺炎の検査前確率は40%くらいかなぁ」と思った時に、陽性尤度比5の検査が陽性になったら、40+30で検査後確率は70%と考えることができます。「この病気の可能性はかなり低いなぁ」という時はnomogramを使用しましょう。

 ただし、検査前確率というのは”見積もり”なので、正確無比ではありません。患者さんの病歴や診察などから「この病気の確率はこんなもんかな…?」という感覚的な確率(言い方は変ですが)なのであります。よって、特に初期研修医1年目のうちは事前確率を”なさそう””あるかも””ありそう”の3段階くらいにまずは分けてみて、その上で尤度比を10、5、0.2、0.1くらいを目安にこれまた感覚的に検査後確率を推定していく、というやり方が良いのかなと思っています。もっと勉強して経験して種々の病気のゲシュタルト(岩田先生風に?)が分かってくると、患者さんの像とのつながり具合からもっと事前確率が細かく、例えば5段階くらいに分かれてくるようにも考えています。そうしたら、尤度比ももっと緻密に運用できるかもしれませんね。

 ということで、感度、特異度、尤度比のお話でした。これらだけで診断をしてはならず、常に一歩前の確率を考えましょう、というのがいちばん大事なところではありますが。
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