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2018
01.17

身体疾患と心的外傷

 心的外傷と聞くと、戦争や悲惨な事故や震災などが思い浮かぶかもしれませんが、注意を払えばそれは多くの人に深く浸透していることが分かります。

 最近はPICS (ピックス) という概念がメジャーになってきていますが、その概念の1つに、ICUでの治療体験が心的外傷になるというのがあります (本人やご家族含めて)。

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 他にも、不整脈の苦しい発作を経験した人、がんと診断されてその告知を受けた人、ALS(筋萎縮性側索硬化症)と診断されてその告知を受けた人、くも膜下出血の激痛を経験した人、治療薬の副作用が激烈で苦しんだ人などなど。そんな人たちにもそういった経験が心的外傷として刻まれてしまうことがあります。がんの治療に関して言えば、外来化学療法室の前を通れなくなった、点滴で受けた抗がん剤の赤い色が目に焼き付いて、それ以来鮮やかな赤い色を見ると吐気がするようになった、という患者さんもいるのです。

 当の本人たちからは自発的に「これこれこういうことでフラッシュバックが起きて大変だ」と語られることはないので、医療者側が疑って、侵襲的になりすぎない問診をすることが大事です。疑うポイントは、不眠や悪夢といった睡眠関連の症状。不眠は過覚醒から来ているかもしれませんし、寝ると悪夢を見るので怖くて眠れないということもあります。悪夢を見るというのであれば、「その悪夢は、昔あった嫌な出来事とリンクしていますか?」などと聞いてみると良いですし、フラッシュバックを聞くのであれば「昔あった嫌なことがパッといきなり思い出されてつらくなることはありませんか?」などが適切かと。患者さんがYESと答えたら、「話せる範囲で結構ですので」と前置きしてから「教えてもらえますか?」と聞いてみましょう。

 身体疾患の症状や告知や治療経過は、心的外傷になります。医療者はそこに気づくことが大事。心的外傷は、昔の出来事が残念ながらその人の中で歴史にならず、いつも現在に襲いかかると考えましょう。目標は、それが歴史になってくれること。過去に起こったことは変えようがありませんが、歴史になれば見方は少し変わるかもしれません。そのためには、現在の生活にゆとりを得ることが大事。今がつらいのに過去に遡って心的外傷を根掘り葉掘り聞くのはさらに傷口を広げかねません。それは経験豊かな治療者に限るべきでしょう。

 今回は身体疾患について述べましたが、高齢者では戦争体験が尾を引いていることがあります。自分の担当した認知症の患者さんは、急に叫んでベッドにもぐるということをしていたのですが、その時に「爆弾が来る!」と言っていたのが忘れられません (戦争でギリギリ生き延びた過去を持っていたと後になってご家族から聞きました)。統合失調症患者さんでも、発症当時の言い表せない恐怖感や周囲の人の「あいつは狂ってる」という心無い発言が外傷体験となり、それが幻聴となることもあるのです。いじめの被害も例外ではなく、大きな傷を残す人が多いのです (Am J Psychiatry. 2014 Jul;171(7):777-84. PMID: 24743774)。あと最近は、大きな体験ではなく日常生活の中での出来事が心的外傷になる患者さんも増えてきました。無視された、上司に怒鳴られたなど。狭義のPTSDには入らないのですが、広く心的外傷として考えておくと有用です。自分は勝手に "日常型の心的外傷" なんて呼んでますが…。
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コメント
もなか先生へ

いろんな傷をかかえる方がいるのですね…。
本当に辛いこと(言葉にする程単純な表現はできないこと)って
なかなか語れないものですね…。

先生はきっとひきだしてゆくのが上手なのでしょうね…。
先生の患者様が羨ましいです。(笑)

自分の歴史になってゆく過程が今はわかるような、わからないようなの
位置にいるような感じです。

毎日規則正しい生活…または大きな変化がないようにすると
本当に安定してきますね。

ありがとうございます。
東西南北dot 2018.01.20 21:49 | 編集
>東西南北さん

ありがとうございます。
外傷体験は多いように思います。
その全てをPTSDとするのは過剰だとは思いますが、外傷体験があるのだなと思って診察することが大事なのかもしれません。
ゆとりをもった生活の繰り返しが大切なのだと思います。
その先で、過去が歴史になる下地が整っていくようなイメージでしょうか。
m03a076ddot 2018.01.23 10:41 | 編集
最中先生

お久しぶりです。
「PICS]という概念、恥ずかしながら初耳でした。勉強になりました。たしかに先生のおっしゃる通り、患者さんへの病名告知は慎重に行わないといけませんね。
ただし治療関係に入る前には病名告知を含めたICをしっかり行うようとも指導されてますよね。1例として私が知る範囲では、「境界性人格障害」と診断した方にそう病名告知した結果、「PTSD」になったと裁判になった例があるそうです。訴訟結果は存じませんが色々と難しい世の中になりましたね。


通りすがりの精神科医dot 2018.01.26 11:28 | 編集
>通りすがりの精神科医先生

ありがとうございます。
最近はいろんな概念が出てきて、追いかけるだけでも大変ですね。
病名告知に関しては、精神科では状態像にとどめることも多いようにも思います。
経過を見ないと病名レベルの診断が難しい場合も多いですし。
そのPTSDを発症したとした裁判は、最高裁まで争われて原告(PTSDになったとして損害賠償を請求した側)の敗訴となったようです。http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=81272
まさか最高裁まで争われるとは…という印象でした。
m03a076ddot 2018.01.27 11:10 | 編集
>最中先生

例の件、最高裁まで争われたのですね・・ 
わざわざお調べ頂きありがとうございました。

中部地方に最強寒波が到来しておりますので、お互いに風邪など引かないよう頑張りましょうね。それでは。



通りすがりの精神科医dot 2018.01.29 14:03 | 編集
>通りすがりの精神科医先生

ありがとうございます。
とても寒く、元北海道民のプライドもなく厚着で生活しています。
m03a076ddot 2018.02.03 09:00 | 編集
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