2016
10.08

足元を見ながら

 『医薬ジャーナル』の2016年10月号に、”Choosing Wiselyと薬剤師”という論考がありました。これは自分で見つけたわけではなく、知り合いの薬剤師の先生が「これ読んだんですけど、新しいことがどんどん出てきてうかうかしてられないなって思いましたよ。先生どうですか?」と言いながら見せてくれたのであります。

 そこには”(…)医療の川上にいる医師に比べて,相対的に川下にいる薬剤師は無駄な医療をポリファーマシー以外に実感しづらいのかもしれない。”という記述があり、ほーなるほどなぁと思ってしまったのです。見せてくれた薬剤師の先生も「そこですよねぇ」と。確かに言われてみれば。書いているのが薬剤部の教授なので、薬剤師の先生がたの身内。身内だからこその厳しさ(期待を込めての)があるのかもしれませんね。

 しかしながら、日本では”やっと”ポリファーマシーが色々と話題になって医者も薬剤師の先生も積極的に動き出してきた時でもあります。まずは足場を固める意味でもポリファーマシーにみんなで一生懸命取り組むことが大事かなぁとも思いました。ポリファーマシーも”必要なポリファーマシー”と”不必要なポリファーマシー”があります。そこを見抜くには、お薬のことはもちろん、患者さん自身の身体、患者さんの生きていく上での考えかた、そして患者さんの置かれた状況など、多因子に思いを馳せることが求められます。ポリファーマシーというこの一言にはたっくさんの意味が込められています。そこを深めていくと、必然的にChoosing Wiselyにつながってくる、そう考えてもいるのであります。お薬そのものに強くなれるし、患者さんが人と人との”あいだ”で生きていくことについても悩みながら考えていくクセが付くし。その先には”賢く選ぶ”が待っていてくれそうな。ちょっと楽観的すぎ? ポリファーマシーの解決の先にはChoosing wiselyがあるんだなという認識でもそんなに悪くはないような気がしないでもない、たぶん、もしかして。

 医療についてみんなが考え始めてきたこの潮流。「こんなんじゃいけない。ポリファーマシーでとどまるな、Choosing Wiselyに乗り遅れるな」という強い意志は情熱も感じてイイコトだと思いますが、ようやく灯ったポリファーマシーへの取り組みそのものをまず大きくしていくのも求められると思います。そうすると、その小さな火は先まで照らすように成長するのではないでしょうか。まだねづいてすらいないので、そこで色々と先のことをやって根腐れを起こしてしまってはもったいない。Choosing Wiselyをしっかり見据えながら、目の前のポリファーマシーにまずは必死になって取り組んでみても悪くはないかなと感じています。「Choosing Wiselyってのがあるのか。よーし、”そのためにも”ポリファーマシーをしっかり勉強しよう!」という心意気、みたいな。

 ただ、これはちょっと物事をゆっくりめに考える精神科医だからかもしれませんし、あくまでも自分1人の意見ですので。「そんなんじゃ遅いんだよ!」というご意見もあるかと思いますし、既に積極的にポリファーマシーについて考えて行動している方々にその先を提示していただきたくことで、ポリファーマシーに取り組み始めた医者や薬剤師の先生にとっての道筋になるとも感じています。そこへの過程を温めていくのが今の段階では大事かもしれない、ということでして。
トラックバックURL
http://m03a076d.blog.fc2.com/tb.php/2074-a1345a71
トラックバック
コメント
管理者にだけ表示を許可する
 
back-to-top