2016
07.18

糖尿病とエビデンス

Category: ★本のお話
 能登洋先生の『最新 糖尿病診療のエビデンス』を読みました。

 と言っても発売された時に読んだのでほぼ1年前ですけど。この前ちょっと読み返してみたのです。

 糖尿病治療におけるエビデンスを○×形式でまとめてくれていて、門外漢にとってはありがたい。さらには最初の方にエビデンスの扱い方がちょろっと述べられていますし、各項目でも示されたエビデンスをどう読むかというのをしっかりと解説してあります。糖尿病診療にもちょっと詳しくなれて、エビデンスのどこに注目するかも学べるのであります。しかも200ページ未満ですから読む意欲も出て来る。自分は糖尿病を専門で診ているわけではなく軽症を対象としているのですが、専門にされている先生でも一度ブラッシュアップのためにご覧になってはいかがでしょうか。エビデンスをどう解釈するか、についても勉強になりますよ。

 能登先生は統計の本も数多く出していますが、内容は被っているので、買うならどれか1冊で良いかと思います。でも気になるところがあって、今回の本でもそうなんですが、メタアナリシスを読む際の注意点として


メタアナリシスはエビデンスレベルの最高峰に位置づけられることが多いが、実は含まれる研究の妥当性によって、そのレベルが変わる。特に、未発表データ(エビデンスレベル「なし」)が含まれる場合は、メタアナリシスのレベルも「なし」となるため、読む価値はほとんどない。


 と書かれてあります。メタアナリシスも採用する文献によって確かに結論が異なってきますし、最近流行のネットワークメタアナリシスは著者が恣意的に操作可能な感じが否めません。精神科領域ではMANGA studyがそのネットワークメタアナリシスで抗うつ薬の有効性などを比較しましたが(Cipriani A, et al. Comparative efficacy and acceptability of 12 new-generation antidepressants: a multiple-treatments meta-analysis. Lancet. 2009 Feb 28;373(9665):746-58.)、あの結果は正当なものでないと思っています。後に行なわれた他のメタアナリシスでは”有効性に差はない”とされていますよ(Gartlehner G, et al. Comparative benefits and harms of second-generation antidepressants for treating major depressive disorder: an updated meta-analysis. Ann Intern Med. 2011 Dec 6;155(11):772-85)。ここでこの本に戻ると、「おや?」と思うのは”未発表データが入るのは好ましくない、メタアナリシスのレベルを下げる”というところ。自分は統計に詳しくなく、本を読んで「うーん、分からん」と感じてまた別の本を買って「うーん、やっぱり分からん」ということを重ねてしまっている状況ですが、未発表データを外すことについては「??」と思いました。

 未発表データというのは、製薬会社主導の臨床試験で製薬会社にとって好ましからざる結果になった時、公表せずに闇に葬ったものが含まれる、という認識でいます(全部じゃないですよ)。また精神科の例で申し訳ありませんが、たとえばラモトリギン(ラミクタール®)。これはうつ病エピソードへの治療効果が喧伝されているんですけど、効果がなかったと結論付けられた論文で未公表のものが実は存在しまして、それを考慮するとうつ病エピソードそのものへの効果は大きくないとされるのです(Amann B, et al. Lamotrigine: when and where does it act in affective disorders? A systematic review. J Psychopharmacol. 2011 Oct;25(10):1289-94.)。こういうことがあるから、きちんと発表されていないものまで目を通したほうが良いと考えていたのですが。でも確かに発表されていないということは論文としての体をなしていないということにもなるのかもしれません。難しいですね。

 話題のSGLT2阻害薬について、この本はEMPA-REG OUTCOME(Zinman B, et al. Empagliflozin, Cardiovascular Outcomes, and Mortality in Type 2 Diabetes. N Engl J Med. 2015 Nov 26;373(22):2117-28.)の結果が出る前に出版されているので心血管イベントの軽減については触れられていません。あの試験の解釈は難しいみたいですね。。。

 また、低炭水化物食、いわゆる糖質制限食の死亡リスクについては”確固たる結論を出すことはできない”と述べてあります。糖質制限と言っても色々ありますしね。タイトなものからゆるいものまで。そして糖質を制限した代わりの食事内容など。個人的にはほんのちょっとの制限(ご飯の主食を半分くらいにする程度から)をして、それをお豆腐やお魚に置き換えるのであればそんなに悪さはないかと感じています。が、これはあくまでも自分の意見に過ぎません。

 糖尿病治療は学会があまり機能していない、と思います。いや、むしろ変に機能していて医者の薬剤選択をミスリードしているのか…? 『科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン2013』も経口血糖降下薬の記載は優劣をつけずに横一線なんですよねぇ。。。メトホルミンを第一選択にしっかりと据えていない時点で”科学的根拠に基づく”という言葉が虚しく感じます。廉価であり最も大血管障害や死亡のリスクを減らすことが出来るというのがUKPDSで明らかになりましたし(Effect of intensive blood-glucose control with metformin on complications in overweight patients with type 2 diabetes (UKPDS 34). UK Prospective Diabetes Study (UKPDS) Group. Lancet. 1998 Sep 12;352(9131):854-65.)、アジア人でもそれは示されています(Hong J, et al. Effects of metformin versus glipizide on cardiovascular outcomes in patients with type 2 diabetes and coronary artery disease.)。もうね、日本人は違うからと言い張って世界の流れから取り残されるのは笑いものになりかねません。UKPDSを大きく覆すような試験がない限り、メトホルミンの第一選択は揺るがないでしょう。

 そういうことばっかりやってるから、糖尿病学会と聞くと「胡散臭い」というか「その程度」というか「製薬会社と結びついてるんでしょ」というか、そんな印象になってしまうのではと思うのです。特に製薬会社と学会の関連性はクリーンさが強調されるべき時代。世界の潮流に素直に目を向けないと、変なところで疑われてしまいます。李下に冠を正さずって昔から言うでしょ。ま、ひょっとしたら李(すもも)を本当にゲットしようとしているのかもしれませんけどね。メトホルミンも発売されたばかりの新薬(薬価が高い)も横並びでは、ガイドラインとは言えないでしょう。そして発売されて日の浅い新薬がバンバン使われる現状はいかがなものか。

 正しい治療、それは患者さんのための治療ですが、それをするために今回の本は1つの参考になると思います。もちろん他にも良いものが出てきていますし、『ここが知りたい!糖尿病診療ハンドブック Ver.2』もお勧めできる内容です。


追記(2016年7月20日):ついこの前のJAMAにも、第一選択にメトホルミンを使ってその後は病態に合わせて次の薬剤を選ぶべき、というメタアナリシスが出ましたね(Suetonia C. Palmer, et al. Comparison of Clinical Outcomes and Adverse Events Associated With Glucose-Lowering Drugs in Patients With Type 2 Diabetes A Meta-analysis. JAMA. 2016;316(3):313-324)。結論部に

All drugs were estimated to be effective when added to metformin. These findings are consistent with American Diabetes Association recommendations for using metformin monotherapy as initial treatment for patients with type 2 diabetes and selection of additional therapies based on patient-specific considerations.

 と記されています。
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コメント
管理人用閲覧コメントをくださったかた、ありがとうございます。

『糖尿病診療ガイドライン2016』でも残念ながら”日本人は病態やライフスタイルが異なる”として各薬剤を並列しています。
こういうことばっかり言ってるから…と記事内容の繰り返しのため息が出てきてしまいます。。。
そして”専門医”の先生がたも新薬ばっかり使いますね。
DPP-4阻害薬がバカ売れしている現状はどうなんでしょう。
メトホルミンが使えない状況であればもちろん良いと思います。
しかし、世界的にはまずメトホルミンが使えるならそれをしっかり使って、2剤目をさてどうするか、という流れです。
EMPA-REG OUTCOMEでも、エンパグリフロジンはメトホルミンに上乗せして試験が行なわれています。
決してエンパグリフロジン単剤治療を推奨しているわけではありません。
そこを糖尿病診療に携わる日本の医者は忘れてはならないでしょう。
m03a076ddot 2016.07.20 19:11 | 編集
管理人用閲覧コメントをくださったかた、ありがとうございます。

ガイドラインは確かに重要ですが、糖尿病学会のガイドラインはガイドラインになっておらず、各製薬会社の顔色を伺っている感じもして好きではありません。
第一日赤の食堂は本当に立派で、びっくりしてしまいました。お値段も相当ですが。
文献や本の数はどんどん多くなり、選別するのがとても難しいですね…。専門の先生が指摘してくださると「そっか、なるほどなぁ」と思います。変な言い方をすると、文献も最近は書き方が巧妙になってきているので、なかなか自分では気づかないところもあり。。。
精神症状の治療主体は患者さんであるという意識はとても大事だと思います。もちろん症状が強すぎる場合は医者やお薬がちょっと肩代わりをしますけれども。
名古屋はとても暑いです。。。ここ数日は少し曇っているのでしのぎやすいのですが、いかんせん北海道出身の身には毎年つらいです。
m03a076ddot 2016.07.23 14:48 | 編集
管理人用閲覧コメントをくださったかた、ありがとうございます。

糖尿病学会の本には、各製薬会社を敵に回さないような配慮を見てしまいます。
本当かどうかは分かりませんが、そのように疑ってしまう内容ですね。
図書館はしっかり利用させてもらおうと思います。webで手に入らない論文も多いので。
ありがとうございました。
m03a076ddot 2016.07.26 14:32 | 編集
はじめまして、栄養療法について勉強していてたどり着きました。栄養療法の全6回?の記事で自分の頭の中のもやもやがスッキリまとまった感じがしました。ありがとうございます。
精神科医でありながらここまで栄養療法について理解されている先生はなかなかいないと思われます。
そのうえで糖尿病治療について、ご存じかもしれませんが江部康二先生の糖質制限についてはどう思われますでしょうか?
「糖尿病治療のための!糖質制限食パーフェクトガイド」という本が非常に良くまとめられおり読みやすいと思います。
糖質制限を知ると従来の糖尿病治療のように何種類もの薬の使い分けに頭を悩ますこともなく、糖尿病専門医でなてもコントロールできると思います。
多忙とは思いますがぜひ先生のご意見をお聞かせ願いたいです。
ボールdot 2016.08.06 15:45 | 編集
>ボールさん

ありがとうございます。
栄養療法はまさにフロンティアですね。
糖質制限については、個人的に”プチ制限”はとても良いと思っています(北里大の山田悟先生のスタンス)。
自分も糖尿病患者さんの治療では”メトホルミン+プチ制限”を組み合わせて対処していることがほとんどです。
ただ、タイトな糖質制限は肯定的な論文もあれば否定的な論文もあり、結論がなかなか出ていないものを大々的に勧めるのもちょっと気が引けるところもありまして。
スタンスとしては、プチ制限をしてもらって「良いね!」と感じてくれたら制限度合いを患者さん自身で変えてもらうようにしています。
栄養療法は”過ぎたるは及ばざるが如し”を繰り返しているので、糖質もプチ制限くらいにしておくのが(広めるためにも)
現実的かなと感じています。
m03a076ddot 2016.08.11 09:46 | 編集
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