2016
09.07

歯が痛い、舌が痛い

 歯の痛みや舌の痛みで歯医者さんに行っても「異常なし」と言われて困ってしまう人たちがいます。「こんなに痛いのに異常がないなんて…」と不思議に思い、別の歯医者さんに行ってみる。そこでも「異常なし」と言われ、また別の歯医者さんに。。。耳鼻咽喉科を受診してみても結果は同じ。そういう経験をしている人がチラホラといるのです。ひとまとめにすると”口腔内の慢性疼痛”とも呼べるような状態であり、これには疾患名がきちんとありまして、大きく”非定型歯痛/特発性歯痛(Atypical Odontalgia/Idiopathic Odontalgia)”と”口腔内灼熱症候群/舌痛症(Burning Mouth Syndrome/Glossodynia)”に分かれます(以下、それぞれをAO、BMSと略します)。この疾患を医療者が知らないと「異常がないから気のせいでしょ」「年のせいでしょ」ということになり、「だから治らないよ」と告げてしまう可能性だってなきにしもあらず。自分は立場上こういう患者さんを診ることがあるのですが、歯科医の先生は知らないことがままあるようで、患者さんが「どこに行っても異常がないって言われて、自分でネットで調べたら”舌痛症”っていう病気にそっくりの症状だった」と初診で述べることもあります。

 さて、この2つの疾患ですが、その定義も細かいわけではなく、そして病態も現時点では不明。しかも診断がついて治療を行ったとしても治りづらく、長期化すると抑うつなど精神症状も呈することが言われています。患者さんのQOLはガタ落ち…。自分も治療には難渋しておりまして、とっても苦しい(いちばん苦しいのは患者さんでありますが)。

 ここでは文献を1つ参考にしながら、AOとBMSについて少しまとめてみます(Forssell H, et al. An update on pathophysiological mechanisms related to idiopathic oro-facial pain conditions with implications for management. J Oral Rehabil. 2015 Apr;42(4):300-22. PMID: 25483941)

 International Headache Society(IHS)によると、AOは持続性特発性顔面痛(Persistent Idiopathic Facial Pain)のサブグループであり、以下の定義を共有しています。

persistent facial and/or oral pain, with varying presentations but recurring daily for more than 2 h per day over more than 3 months, in the absence of clinical neurological deficits

 そしてさらにAOは以下が付言されます。

the term AO has been applied to a continuous pain in one or more teeth or in a tooth socket after extraction, in the absence of any usual dental cause

 患者さんとしては歯が長期間に渡り痛いのですが、そこに臨床的にも検査上も明確な器質的な異常を認めません。顔、頚、肩にまでその痛みが波及することもあります。歯科治療後に症状が出て来ることが多く、3.4%ほどが経験するそうです。女性に多く、40代がピークともされています。歯が痛いなら抜けば良いじゃない、と思うかもしれませんが、不思議な事に痛いとされる歯を抜くと別の歯が痛くなったり、歯のあった歯茎が痛くなったり…。非常に謎めいた疾患です。患者さんは抑うつ的になることもあるため、うつ病が原因でそうなるんじゃない? と言われることも在るのですが、うつ病がAOをもたらすとは現在のところ考えられてはいません(むしろ、原因が分からず治療も捗々しくない痛みが長く続くので抑うつとなる、ということ)。

 BMSもIHSの定義によると

an intraoral burning or dysesthetic sensation, recurring daily for more than 2 h per day over more than 3 months, without clinically evident causative lesions

 となっています。舌に限らず口腔粘膜が焼けるように痛い、もしくは何か変に痛いような感じがする、というのが主な症状。そういった痛みに加え、半数以上に口腔内の乾燥感を、最大で70%に味覚異常を伴います。「火箸を当てられるように痛い!」と表現することもあり、その痛さの壮絶さが伝わってきます。まさに口腔内”灼熱”症候群。そうではない痛みの患者さんも多々。もちろん検査はすれど異常は出て来ず…。診断基準を厳密に適用すると、成人の3.7%ほどがBMSなのだそうです。女性のほうが多く、女性の5.5%に対し男性は1.6%となっており、かつどちらも年齢を経るごとに有病率は上昇していきます。最も多いのが60-69歳の女性で、12%がBMSともされています。AOとは異なり歯科治療後に多いわけでなく、過半数は誘引が不明です。痛みは末梢神経の解剖に従わず、大抵は起床後に最も軽く夕方に最も強くなります。また、食事中はむしろ痛みが軽減することも多いようです。BMSはいくつかメディエーターの研究がなされており、例えば口腔粘膜においてTRPV1とNGFとP2X3受容体の発現増加が観察されています。唾液中のサイトカインについては論文間で上昇/低下がバラバラであり一致を見ていません。ただ、IL-1βをより産生する遺伝子型が認められたとする報告がいくつかあります。

 病態は不明なものの、いずれも神経障害性疼痛の範疇ではないか、とする説が今は有力です。それに基づき治療を組み立てますが、薬剤では抗うつ薬や抗てんかん薬が主に用いられます。

 ここからは文献から離れてお話を。

 患者さんはこういった薬剤のことを聞くと「私ってうつ病なの?」「てんかんだって??」と疑問に思うことがあるので、決してそうではないことを強調しておきます。「痛みに対するバリアを修復する働きがあるんですよ」などと説明すると良いでしょう。抗うつ薬では三環系抗うつ薬やSNRIが選択肢となり、最近ではSNRIのデュロキセチン(サインバルタ®)が頻用されるでしょうか。効果は三環系抗うつ薬、特にアミトリプチリン(トリプタノール®)の方が高いのですが、副作用や相互作用(しかも患者さんは高齢なことも多い)との兼ね合いで、まずはデュロキセチンかと。そこは立場によって異なるため、どちらが絶対に優先だとは言い切れません。抗てんかん薬ではカルバマゼピン(テグレトール®)やガバペンチン(ガバペン®)、そしてその派生のプレガバリン(リリカ®)あたり。いずれも少なめから始めてゆっくり増やすことが肝腎。他にはクロナゼパム(リボトリール®/ランドセン®)も効果があるとされます。ベンゾジアゼピン系ですが抗てんかん薬としての働きもあるからでしょうか。他にもいくつかありますが、主要な薬剤はこれらになるでしょう。ただ、薬剤は全員に効くわけではなく、痛みをゼロにするのはとても難しいことは最初にお話ししておく必要があります。

 薬剤のみならず、生活での”養生”も欠かせません。痛みへのとらわれが強いと生活がそれ一色になってしまうので、痛みがあっても目的をする行動を1日1日積み重ねることの大切さを重視します。理想的には、痛みのなかったあの頃と同じような振る舞いをしてもらう、というスタンス。痛いからと諦めていた旅行や外食などは、むしろ積極的に行なってもらいます。それは、痛みがあっても出来るんだという目線を得てもらうため。イメージとしては、痛みでモノトーンになってしまった生活に彩りを与える感じです。最初から旅行はちょっと自身がないのであれば、スモールステップとして出来そうなことからやってもらいます。ただ、こういった”養生”の目的は痛みをゼロにすることではありません、実は。痛みがあっても思うような日常生活を送ることが出来るという実感が大切なのであります。それを経験すると、痛みへのとらわれから脱して、距離ができるでしょう。そこから痛みを眺められれば、長期的には痛みの方からサヨナラしてくれるかもしれません。

 ちなみに漢方薬も治療に用いられますが、特に”女性・高齢”という観点から方剤を組むことが多いようです。エストロゲンは抗炎症作用を有しており、これの減少が女性において慢性疼痛に一枚噛んでいるかもしれないという仮説もあります。漢方薬の雑誌では、四物湯と加味逍遥散を合わせて出しているという先生がいました。口腔内乾燥感を伴うことも多く、”女性・高齢”というのも考慮すると血虚や瘀血を中心に方剤を組んでみるべきでしょうね。中には疲れると痛みが強くなるという患者さんもいまして、そういう人には補気剤を合わせて出します。もちろん天候に関連しているのであれば利水剤を入れますし、患者さんの状態によって方剤は変わります。個人的には瘀血の関与は大きいように感じており、特にBMSの夜間に増悪するというタイプは瘀血の可能性がありそう。桃核承気湯や通導散なんてのは使いたいですね。でも今の病院は駆瘀血剤の採用がないので処方できないという残念さ。むむむ…。
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