2016
05.01

化学療法による嘔吐とそれの予防薬剤を整理

 今回は、以下の論文で知識の整理をしました。

N Engl J Med. 2016 Apr 7;374(14):1356-67.
Navari RM, et al. Antiemetic Prophylaxis for Chemotherapy-Induced Nausea and Vomiting.

 その中から病態生理・薬理・ガイドラインをかいつまんで見てみましょう。専門外ではありますが…。自分のコメントを入れる時は、**印で挟んでおります。

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 化学療法による嘔吐は5つのカテゴリーに分類されます。

・Acute:化学療法開始24時間以内に始まる。多くは5-6時間後にピークを迎える
・Delayed:化学療法開始後24時間から数日(2-5日)以内に始まる
・Breakthrough:適切な予防を講じても始まる
・Anticipatory:以前に化学療法で嘔気嘔吐を経験した際、それに対する反応として治療開始前に始まる
・Refractory:化学療法で何度も繰り返す(anticipatoryを除く)

 こういった嘔吐のメカニズムは分かってきており、特にドパミン、セロトニン、サブスタンスPの関与が知られています。化学療法に用いる薬剤は最後野にある受容体を刺激しますが、この受容体は腸管の迷走神経上行線維末端終末にも存在します。この上行線維は脳幹に刺激を送り、脳幹は関係臓器に下行性のシグナルを送り、嘔吐反射をもたらします。

 化学療法による嘔吐はperipheral pathwayとcentral pathwayの両者が関係するとされています。化学療法開始24時間以内に活性化されるのがperipheral pathwayで、これは主にacuteの嘔吐に関わります。抗がん剤は腸管からセロトニンを放出させ、それが迷走神経上行線維の5-HT3受容体を活性化し、脳に刺激を送ります。いっぽうcentral pathwayは化学療法開始24時間以降に活性化され主にdelayedの嘔吐に関わりますが、acuteにも一枚噛んでいるようです。サブスタンスPは末梢の神経伝達物質であり、中枢のNK1受容体を活性化します。正確なメカニズムはまだ不明なものの、5-HT3受容体とNK1受容体のクロストークが化学療法による嘔吐に一定の役割を果たしているのではと考えられており、脳に存在するドパミン受容体も関与します。よって、嘔吐の予防として用いる薬剤は、ドパミン受容体、5-HT3受容体、NK1受容体のアンタゴニストであることがほとんどです。ただし、こういった嘔吐はオペラント条件付けとも関係し、例えばクリニックに向かうエレベーターに乗る、化学療法に携わっていた医療者にばったりと会うなど、環境因子も絡んできます。しかも治療後数年経っても嘔吐を誘発することもあり、その詳しい機序は深く研究されていません。

**個人的には心的外傷としての位置づけで考えても良いかなと思っていますが、どうでしょうね。PTSDと聞くと精神病院の専売特許に聞こえるかもしれませんが、重大な疾患の告知(がんやALSなど)、ICUでの体験(PICSという概念がありますね)などにより発症することも多いのです。精神科以外でも潜んでおりますので、特に頑固な不眠や悪夢を見るという患者さんでは気をつけてみてください。高齢者だと戦争体験も未だに尾を引いています**

 さて、予防のために用いる制吐剤の種類については、歴史的な観点から述べられていました。

 1970年代まではドパミン受容体アンタゴニスト、例えばメトクロプラミド(プリンペラン®)、プロクロルペラジン(ノバミン®)、ハロペリドール(セレネース®/リントン®)などが主力でした。しかし、1978年にFDAがシスプラチンというプラチナ製剤の抗がん剤を認可してから、状況が一変。この抗がん剤は副作用に強い嘔気嘔吐、特にacuteのものがあるのです。それに対しては高用量のメトクロプラミドとデキサメサゾン(デカドロン®)などのグルココルチコイドを併せて用いることで予防することとなりました。それ以降は1990年代初頭に5-HT3受容体アンタゴニストが現れるまで、化学療法による嘔吐の予防薬剤は進歩なく沈黙の時代を過ごすことになってしまいました。

 1991年、初の5-HT3受容体アンタゴニストであるオンダンセトロン(ゾフラン®)がFDAに認可され、瞬く間に広がっていきました。これまでの高用量メトクロプラミド-デキサメサゾンに対するオンダンセトロン-デキサメサゾンの優位も示され、世代交代の幕開けとなったのです。1997年にはグラニセトロン(カイトリル®)とdolasetron(日本未発売)が認可され、薬剤の種類も豊富になりました。同年、初のNCCN制吐療法ガイドラインが、翌年にMASCCガイドライン、さらにその翌年にASCOガイドライン、2001年にはESMOガイドラインが後を追う形で次々に作成されました。2003年には、第二世代の5-HT3受容体アンタゴニストが産まれます。それがパロノセトロン(アロキシ®)であり、半減期が長く、受容体への親和性も高く、また5-HT3受容体に結合するとpositive cooperativity(正の協同作用)を示します。この正の協同作用によって、結合により5-HT3受容体を内在化(細胞質内に移行させる)することで、5-HT3受容体とNK1受容体の働きとクロストークを阻止します。これらの特性から、acuteとdelayの両カテゴリーの嘔吐に対してもより高い効果を発揮することとなりました。

 5-HT3受容体アンタゴニストは薬剤開発が進みましたが、NK1受容体に対してはどうだったのでしょう。1990年代には着目されていましたが、市場に出るのは2003年のアプレピタント(イメンド®)まで待たねばなりませんでした。このアプレピタントは5-NT3受容体アンタゴニストとデキサメサゾンと併せて用いることで、高い有効性を示しました。2008年にはホスアプレピタント(プロイメンド®)が認可されています。そして、2013年から2015年の間に、netupitant(日本未発売)とrolapitant(日本未発売)という2つのNK1受容体アンタゴニストが第2相と第3相の試験を終え、特にdelayedのカテゴリーの嘔吐予防に有効でした。netupitantは半減期が90時間で高い親和性を持ちます。そしてアプレピタントと同様にCYP3A4を阻害するため、デキサメサゾンの投与量は注意をする必要があります。FDAは2014年にnetupitant300mgとパロノセトロン0.5mgの合剤を認可しています。そしてrolapitantは半減期が180時間で主にCYP3A4によって代謝されます。CYP2D6を中等度に阻害し、BCRP(Breast Cancer Resistance Protein, ABCG2)とP糖蛋白を阻害します。このことから、これら酵素の基質となる薬剤との併用には注意が必要であり、治療域の狭い薬剤では避けるべきです。このrolapitantは2015年にFDAに認可されています。

**ちなみに、CYP2D6とP糖蛋白を阻害する向精神薬といえばパロキセチン(パキシル®)です。これも相互作用には気をつけるべき薬剤**

 その他の薬剤として特記すべきはオランザピン(ジプレキサ®)でしょう。非定型抗精神病薬であり、NCCNガイドラインにも組み込まれています。アプレピタントとほぼ同等の効果を持ち(両者ともパロノセトロンとデキサメサゾンとの併用において)、特にdelayedの嘔気コントロールに優れていました。さらに、breakthroughの嘔吐にも効果を示すことも示されています。他には抗てんかん薬のガバペンチン(ガバペン®)や合成カンナビノイドのdronabinol(日本未発売)やnabilone(日本未発売)も評価されてきています。ガバペンチンはやや厳しいようですが、合成カンナビノイドは一定の効果があるようで、5-HT3受容体アンタゴニストやNK1受容体アンタゴニストが十分な効果を示さないような患者さん、そしてanticipatoryの嘔吐を呈する患者さんに有効かもしれません。

**個人的には、オランザピンなどの抗精神病薬を精神病性障害以外への患者さんに使用すると死亡リスクが上昇すること、また心血管リスクなどにもなることなどから”精神科的に問題のない患者さんへの抗精神病薬の使用”にためらいがちではあります(他の領域を知らない精神科医の単なる考えです)。ただ、化学療法中という限られた期間、そして投与量も少なくするのであれば、そして何より患者さんの治療中QOLの改善に大きく役立つのであれば、使用も肯定されるべきなのでしょうね**

 現時点で各ガイドラインは、催吐性リスクの高い薬剤やアントラサイクリン系をベースとした化学療法レジメンを組んでいる患者さんに対して5-HT3受容体アンタゴニストとNK1受容体アンタゴニストとをデキサメサゾンと併用することを、そして催吐性リスクが中等度の薬剤を使用している患者さんでは5-HT3受容体アンタゴニストとデキサメサゾンの併用を、催吐性リスクが低い薬剤を使用している患者さんにおいてはデキサメサゾンや5-HT3受容体アンタゴニストの単剤療法を、それぞれ薦めています。

 Refractoryの嘔吐に対しては、制吐レジメンの変更を考慮すべきであり、それは作用機序の異なる薬剤の追加、5-HT3受容体アンタゴニストの用量調整、同じ作用機序の中での薬剤スイッチングなどです。催吐性の高い薬剤を使用しており嘔吐コントロールが付かなければ、オランザピンを含んだレジメンが推奨されます。不安の高い患者さんでは、ロラゼパム(ワイパックス®)やアルプラゾラム(コンスタン®/ソラナックス®)の追加が薦められます。

 多くの患者さんが化学療法による嘔吐に対して嫌な経験を持っているため、anticipatoryの嘔吐に対しては十分な情報を提供し、最も適切な制吐レジメンを用いることが求められます。不安が極度に強い患者さんには、化学療法前夜に抗不安薬を使用することも考慮すべきとされています。

 制吐剤の副事象は多くないようです。5-HT3受容体アンタゴニストでは頭痛や便秘が最も多く、第一世代の5-HT3受容体アンタゴニストではQT延長が認められています。NK1受容体アンタゴニストでは無力症、疲労感、しゃっくりが見られます。オランザピンの最もコモンな副事象は眠気、起立性低血圧、便秘となっています。

**、オランザピンの副作用について、自分としては耐糖能異常をもたらすことや少ないとはいえ錐体外路症状(アカシジア含む)も気にすべきかなと思います。アカシジアによる落ち着かなさを”焦燥”ととらえないことが大切。ちなみにオランザピンは日本で糖尿病に禁忌となっています**

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 と、こんな感じで眺めてみました。だいぶ自分の頭がすっきり整理出来たかなぁと感じています。論文にはミルタザピン(リフレックス®/レメロン®)の話が出て来なかったのですが、この薬剤はH1受容体アンタゴニストかつ5-HT3受容体アンタゴニストとして働くため、制吐作用も結構ありますよ。かなり眠くなるので、7.5mg/dayやもっと少なく3.75mg/dayなどでも良いかと思います。特に若年患者さんがかなり眠さを覚えますね…。意外と高齢患者さんは平気なことが多い(H1受容体のダウンレギュレーション?)。オランザピンも良いですけど、ミルタザピンもなかなかなものではないかと思っております。D2受容体を阻害する力はないためその点で劣るのかもしれませんが、オランザピンより安全に使用できるでしょう。また、オランザピンは薬価が高いんですよね(後発品がやっと出ましたけど)。。。非定型抗精神病薬の薬価をぐんと引き上げた張本人でして、10mg錠がほぼ500円。500円玉を飲み込むのかぁと一時期は言われたものです。ただ、それまでの抗精神病薬よりも優れた効果を発揮するため、この薬価に文句をいう人が少なくなっていった感じでして。強気の価格設定にはそれなりの理由があったのだなぁと感じております。それに、制吐作用で使用するなら10mgなんて使わないでしょうし、もっと価格も安くなるんだろうね、、、と思っていたら、アプレピタント(イメンド®)は薬価が80mgで約3000円、パロノセトロン(アロキシ®)やホスアプレピタント(プロイメンド®)は薬価が約15000円!!! ケタが違いました…。制吐剤は高いなぁ。。。オランザピンが可愛く見えてきてしまう。
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コメント
はじめまして。
化学療法とは全然関係ないのですが、吐き気つながりで。
私は躁うつと、発達障害とを抱えています。
昨年、ストレスからくると思われる激しい吐き気(胃が空なら胆汁らしきものまで吐くレベル)に襲われていた時、プリンペランもナウゼリンも効かなくて苦しんでいました。
たまたま飲んでみた(というか、半夏厚朴湯と間違えて買った)半夏瀉心湯がよく効いてくれて、1,2日で吐き気が止まりました。
合う人が多いかどうかは判りませんが、証の合いそうな人な人には試してみてほしいな、誰かの目に留まるといいなとコメントした次第です。
mikaidot 2016.05.02 20:39 | 編集
抗がん剤もそうなんですが…
やはり「癌」というだけれ鬱状態になる方も多いようですし
原因不明の病というのもありますから、そういうかたの心理的な部分って
精神科以外では適当にあしらわれているようですね。
眠れなければユーロジン飲めば良いよ。
鬱状態ならSSRI
とか。
当たる事も多いのですが、はたしてそれで総合的に良いのか?と疑問もありますね。きちんと精神科との連携してほしいなと思う所はあります。

しかし、抗がん剤の副作用の嘔吐症状でもそこまでわかっているのですね。
きちんと化学療法の方にいかせるとよいですね。
特に製薬会社は売るだけではなく、こういった事例も上手に宣伝して欲しいですね。

さくらdot 2016.05.03 17:14 | 編集
>mikaiさん

貴重な体験談、ありがとうございます。
漢方薬も効果を発揮することがありますね。
半夏瀉心湯の中の生薬では、半夏と乾姜が主な制吐作用を担っています。
他に、黄芩と黄連が胃の炎症などを改善し、ストレスから来るイライラや嘔吐も抑えます。
人参と大棗と甘草も胃を健やかにする作用を持ちます。
総じて、みぞおちの下の何となく引っかかる感じ(胃の動きの悪さ)を通し、嘔気や下痢を軽くしてくれる漢方薬になっています。
半夏厚朴湯も吐き気止めに頻用されますが、半夏瀉心湯も使われることがあります。
漢方薬も質の良い臨床試験を行なって、薬剤の選択肢に(大手を振って)なれればと思います。
効く漢方薬があって本当に良かったですね。
m03a076ddot 2016.05.04 11:34 | 編集
>さくらさん

ありがとうございます。
心身一如とは良く言ったものだと思っています。
ただ、精神科も外来で忙殺されていると時間がなくてとりあえず睡眠薬となりがちではあります。
難しいところですね…。
抗がん剤の副作用も分かってきているので、それが患者さんのより良い生活につながってくれることを期待しています。
薬価の高さは何とかしてほしいものですが、製薬会社もたくさん投資しているのでジェネリックが出る前にしっかり回収する必要がありますし。。。
日本の医者は皆保険のためあまりコストを考えずに医療をしてきた経緯があります。今回、抗がん剤のオプジーボ(免疫チェックポイント阻害剤)の薬価の高さがニュースにもなり、国が滅ぶレベルだと話題になっています。
もちろん患者さんの生活が第一ではありますが、コストをしっかり考えて医療を行なわねばならない時代だと思いました。それは一部の患者さんに対して結果的に冷たくなってしまうものでありますが。
m03a076ddot 2016.05.04 11:41 | 編集
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