2016
01.27

エビデンスに基づく、とは

 EBMはもはや医療ですっかり根付きました。初めて文献に登場したのは、1992年のJAMA(Evidence-Based Medicine Working Group. Evidence-based medicine. A new approach to teaching the practice of medicine. JAMA. 1992 Nov 4;268(17):2420-5.)。それ以来急速に広まっています。

 ただし、言葉というのはそこに込められた信念が抜け落ちて、表面的な部分だけ伝わってしまうことが往々にしてあります。そして、EBMも例外ではない、と自分は思っています。

 EBMとは何なのか? 悲しいことに、言葉が独り歩きしてしまい、Evidence "Soaked" Medicine、同じEBMという略語を用いるならばEvidence "Biased" Medicineになってしまっているフシがあります。実際にEBMをそのように解している医療者も多いでしょう。

 しかし、決してそのようなことではないのです。大事なのは、Evidence "Based" Medicineであるということ。その点は繰り返し指摘されており、例えば


"Evidence based medicine is the conscientious, explicit, and judicious use of current best evidence in making decisions about the care of individual patients"


 であり(Sackett DL, et al. Evidence based medicine: what it is and what it isn't. BMJ. 1996 Jan 13;312(7023):71-2.)、さらには


"In any one situation the patient’s clinical state and circumstances may predominate"
"evidence alone does not make decisions"



 なのです(Haynes RB, et al. Physicians' and patients' choices in evidence based practice. BMJ. 2002 Jun 8;324(7350):1350.)。

 つまりは、エビデンスのみでは決して医療は成立せず、それを武器としながらも個々の患者さんを目の前にしてどう”利用するか”または”利用しないか”を考え抜いて臨む、これがEBMの原義です。だからと言って「エビデンスを使わなくても良い」というわけではなく、患者さんに利益を全くもたらさないような独りよがりの治療はいけません。”単なる風邪に抗菌薬を出す”とか、”糖尿病治療にメトホルミンを使わない”とか、そんなのはダメダメです。もちろん副作用や身体状況で選択する/しないはありますよ。絶対ではありません。

 目の前のエビデンス、そして目の前の患者さん。それぞれをしっかりと見通して診療を考えていく過程がEBMなのですが、残念ながら、エビデンスに偏った/浸かった医療として解釈されてしまっています。その間違ったEBMは患者さんを置き去りにし、カウンターとしてNBMという概念を出現させ、現在はEBMとNBMは相互補完的であるとする意見もあります。NBMはNarrative Based Medicineの略で、患者さんのストーリー性を重視して医療を進めていこうという考え。

 しかし! しかしです、繰り返しになりますが、本来のEBMは”個々の”患者さんに対して最良のエビデンスを使う/使わないという選択を提供するものであり、それは患者さんのストーリーを読むということでもあります。すなわち



本来のEBMはNBMを内包している



 と思うのです。批判を承知で言うなら、EBMの間違った理解がNBMを産んだのかもしれません。EBM出現前は経験による医療であったため、”エビデンス”を用いることが衝撃的だったのでしょう。結果的に”エビデンス”のみが強調されてしまい、EBMは曲解されてしまったのです。

 同様に、NBMもあくまでNarrative "Based" Medicineであり、エビデンスを否定するものではありません。Narrativeのみが前面に出てどんどん入り込む危うさには重々注意しなければならないと思いますし、特にエビデンスを嫌う医療者(結構いますよ)はそこに足を掬われる可能性があります。Narrative(物語/ストーリー)は様々に解釈されてしまい、それはプラスにもマイナスにもなります。精神科医としては、かなり”取り扱い注意”の物件ですよ。ちょっと知識をかじっただけの医療者がそこを知らずに介入すると、患者さんの内的世界に土足で入り込むことになります。NBMを否定するつもりはありませんが、そのような概念が名付けられたことでNarrative性を変に強めてしまわないかが心配ではあります。興味本位に覗くことは人を傷つける、そう覚えておきましょう。
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コメント
たしかに感で入り込んで込まれると「これからどう展開させる気?」と思うこともありますが、医師的には何らかのエビデンスはあるのかもしれない。経験のエビデンスって個人裁量なのでしょうね。精神科は特に。私の職種でもデーターにはでてないけど、過去経験でこうした方がうまくいくかな?というのは様子を見て使いますし。しかし最近エビデンスって報道がよく使うのでちょっと違うぞ??感がしていたのですが、この記事を読んで納得。
さくらdot 2016.01.31 08:52 | 編集
>さくらさん

ありがとうございます。
エビデンスとエクスペリエンスがほどよく混在すると良いのかもしれませんね。
精神科は特に”疾患”とされているものが症候群なので、人それぞれで症状発現のメカニズムが若干異なるのでしょうし。
心理では河合隼雄先生が先鞭をつけた事例研究が発展しているので、経験の「こうした方が良いかな?」が良く考えられているなぁと感心してしまいます。
m03a076ddot 2016.01.31 10:00 | 編集
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