2016
05.07

痛みへの関わり~お薬と態度

 2016年2月29日、アミトリプチリン(トリプタノール®)が末梢性神経障害性疼痛への適応を取得しました。そして追いかけるように同年3月18日、デュロキセチン(サインバルタ®)が慢性腰痛症に伴う疼痛への適応取得。それと絡めて”痛み”への対処について少しお話をしようかと。以前にも似たようなお話をした記憶はありますが、せっかくなので。

 アミトリプチリンやデュロキセチンに代表される抗うつ薬は以前から痛みに対して適応外でよく使っていましたが、適応が降りたことで大手を振って使用することができるようになりました。中でもアミトリプチリンは三環系抗うつ薬の1つで、昔々につくられた抗うつ薬。抗うつ効果は明確でありますが、眠気や便秘や口渇などといった副作用の問題でうつ病に対して第一選択で用いることはほぼありません。今はSSRIやSNRIやNaSSAが使われます。

 「”抗うつ薬を痛みに使う”って、どういうこと?」「痛みは気分の問題なのか?」と思うかもしれません。そうではなく、痛みが伝わる神経そのものに効果を発揮するのです。具体的には、痛みの調節をする神経というのがありまして、主にそこへ作用することで、痛みを軽減してくれます。図では辺縁系(Limbic system)から中脳水道周囲灰白質(PAG)と吻側延髄副内側部(RVM)を通り、脊髄後角に入る下行性の神経ですね。この神経が痛みを強めたり弱めたりという働きをするため、そこに働きかけると痛みが軽くなるのです。

痛み伝わり

 ”抗うつ作用とは別である”という認識は重要で、ここを強調しておかないと患者さんに「抗うつ薬ってことは、気のせい/うつ病だと思われたのかしら…」と要らぬ心配をさせてしまいます。私は”バリア機能が弱まっている”と説明しており、普段はバリア機能がうまく働いているためちょっとした刺激を跳ね返してくれますが、疼痛に悩む患者さんはバリア機能が弱まっているために、刺激を通してしまい、結果的にそれが痛みとして認識されてしまうのです。

バリア機能

 「抗うつ薬はその”バリア機能”を回復する作用があるから使うんですよ。○○さんがうつ病だからと言っているのではありませんのでね」と添えてみましょう。そして、”バリア機能を回復する”ことを共通目標として、養生をお伝えします。痛みへのとらわれ状態になると、「痛みを何とかしないと!」という焦りがこころのゆとりをなくし、さらに痛みを強めてしまいます。生活が痛み一色、モノトーンになってしまうでしょう。そうではなく、”痛みはあるけれども”生活の色合いを豊かにすることが大事。「痛いから外出をやめる」のは痛みの思うツボ。痛いけれども、外出はやめない。しなくなっていた趣味を再開してみる。そういったことをして、生活に色を足していくようにすると、痛みの占める割合は”相対的に”少なくなります。言うなれば、”ながら族”的な生活を心がけてもらいます(若い人は”ながら族”って言っても「?」という顔をしますが、これも時代の流れか…)。痛みを気にしないようにするのではなく、気にしていても良いのです。

とらわれ
 
 痛みと対決をすると必ず負けるので、不本意かもしれませんがとりあえずは講和条約を締結します。そうして、「痛みがあるからできない」と諦めていたことをやってもらいます。「痛いから旅行なんて…」「前は良くウィンドウショッピングしてたけど、今は痛くて…」というようなことを、痛みがあることを前提としてトライ。もちろん最初は失敗しますし焦ります。医療者は難しさを受容し、患者さんがくじけないようにエンパワメント。痛みは行動に影響を与えこそすれ、完全に支配するものではありません。痛みがあっても行動する/しないは、実は患者さん自身が決められるのだ! と気づいてもらうように、ゆっくりと働きかけます。お薬のみならず、養生をしっかりと行なうこと。この両輪で痛みに取り組んでいくようにします。感覚としては、養生の方がとっても大事。お薬はサポートですね。

 そして、痛みは単なる生理学的な現象ではありません。前帯状皮質や扁桃体、海馬、前頭前皮質、側坐核などなど、様々な脳の部位が関与しています。つまりは不安、恐怖、記憶などが痛みを修飾します。もちろん抗うつ薬はそこにも効果を示しますが、そこを強調すると患者さんは「やっぱり気のせい…」と思ってしまうため、その部分はあくまでも”修飾”であるという認識を。

痛みの飾り

 で、アミトリプチリンですが、痛みを軽くする作用は確かに強く、NNTは3くらい。これは結構すごい値でして、3人にアミトリプチリンを使うと痛みが50%ほど改善する患者さんが1人出てくるというもの(純粋なプラセボ効果を除いて)。対して武田鉄矢のCMで有名になったプレガバリン(リリカ®)やSNRIであるデュロキセチン(サインバルタ®)はNNT5-6くらい。「3人に使って痛みが半減するのが1人!? それですごいって言うの!? 全員に効くわけじゃないの!?」とびっくりしてしまうかもしれませんが、お薬ってそういうもの。そして、臨床をしていると医療者はこの”NNTが3”という数字に勇気づけられるのです。「NNT3か。よし!」と、こちらもお薬に希望を乗せることになります。この思いが患者さんに伝わるのが大事かなと。お薬に精神療法を込める(プラセボ効果を最大限引き出し、ノセボ効果を最小限に抑える)ことが臨床家の役割の1つでもあり、NNTはそれを支えてくれることもあるのです。変に聞こえるかもしれませんが、「NNTが3というのは、NNTが3であるということを意味する」とでも言えましょうか。それをどのような文脈で用いるかが求められ、それ次第で色合いは変わってくるのです。そこを考えるのが大事。

 他の抗うつ薬と違い、なぜアミトリプチリンは高い効果を出すのでしょう? 実はモノアミンの再取り込み阻害作用以外にもオピオイド受容体への結合、NaチャネルやCaチャネルの阻害、Kチャネルの活性化、そして抗炎症作用などを持っており、これがその馬力を見せるスパイスかもしれません(Verdu B, et al. Antidepressants for the treatment of chronic pain. Drugs. 2008;68(18):2611-32.)。慢性疼痛の末梢性感作や中枢性感作のメカニズムを考えると、アミトリプチリンの作用の広さはNNTの低さに結びついているんだろうなと推測されます。こういった様々な作用を持つことに対して”ダーティドラッグ”なんて言われていますが、このダーティさが今は注目されているのです。

 とは言うものの、アミトリプチリンはやっぱり”使い方”を知っておくことが肝腎要。ダーティに注目とは言いましたが、やはりそこはダーティなだけあって、色んな好ましくない作用を持っています(コインの裏表的な)。薬剤相互作用、QT延長、躁転、過鎮静は特に注意すること。相互作用を少し詳しく述べると、CYP2C19を強く、CYP1A2を中等度に、CYP2D6とCYP2C9を軽度に阻害しますよ(Schellander R, et al. Antidepressants: Clinically Relevant Drug Interactions to Be Considered. Pharmacology. 2010;86(4):203-15.)。舌痛症など口腔内の痛みに対しても用いますが、使い方を知らないと思わぬ落とし穴にハマってしまいます。特に舌痛症は中年から高齢者にかけて多くなるため、アミトリプチリンの持つ抗コリン作用が認知機能低下に結びつく事実を考えるとちょっと難しいところ。リスクとベネフィトをよ~く考えて、そして患者さんと相談して共に決めていきましょう。いっぽうデュロキセチンはアミトリプチリンが持つ広範な副作用は少ないものの、嘔気嘔吐や不眠がより目立ちますし、SIADHや同じく躁転にも注意(それ以外にももちろんありますが)。相互作用については、CYP2D6を中等度に阻害します。肝機能障害、腎機能障害では注意が必要で、重度であれば禁忌になります。あと、これは以前にも書いたのですが、アミトリプチリンやデュロキセチンはやはり”向精神薬”であることを肝に銘じましょう。痛み止めのような軽い気分で出すべきものではなく、慎重さを必要とします。乏しい知識で処方してはいけません。間違えないで欲しいのは、決して使うなというわけではないということ。デュロキセチンで痛みが良くなった人も多いですし、デュロキセチンもプレガバリンも効かなかった患者さんでアミトリプチリンが奏功した人もたくさんいます。状況を鑑みて使うべき時には使うという姿勢は大事。これは強調しても良いでしょう。

 ちなみに、アミトリプチリンの神経障害性疼痛に対しての用法用量は、”通常、成人1日10mgを初期用量とし”と記載されており、うつ病の用法用量よりも低く設定されています。デュロキセチンは20mgから開始して60mgまでなのでうつ病と同じ設定ですが、20mgから開始すると結構な確率で嘔気が来ます(経験的には3割くらい)。そこで、自分は10mgから開始することにしており、こうすると忍容性がアップ。デュロキセチンはカプセルのお薬で20mg製剤が最小単位ですが、処方箋のコメントに”脱カプセルで”と書いておくと10mgやもっと少ない量出の処方もO.K.です。ちょっとした細やかさで患者さんへの副作用を少なくすることが出来ますよ。

 オマケとして、痛みに限りませんが、精神療法的な態度として医療者にはこの辺りの本をオススメしておきます。1つは『不定愁訴のABC』でして、バリア機能が弱まるという表現はこの本に書かれており、認知行動療法的な取り組みについても触れられています。もう1冊は『方法としての動機づけ面接』で、どうやって患者さんのモチベーションを保つような面接をするか、というもの。雰囲気はつかめるような気はします。そして、最後は『よくわかるACT』です。自分はACTを診察の基本にしているのでACT関連の本はあらかた読んでみましたが、中ではこの本が最も理解しやすいと感じました。
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コメント
SSRIは上記と同じように痛みには効果があるのでしょうか?

レクサプロとジェイゾロフトの効果の違いはどういった点でしょうか?


ノラdot 2016.05.07 19:27 | 編集
色々な薬が色々な方面で使われるのは面白いですね。
しかしサインバルタがそんなことに使えるとは。
武田鉄矢があったので、なんとなく理解はできるけど。
あれで躁転したらどうするんだろうか?とは思います。

痛さとか、辛さとかあまりそれに集中しちゃうとダメなんでしょうね。
まあ、本気で疼痛管理レベルになると話しは別ですが、心理的なことも
大きいでしょうから。
嫌だなと思った時、堂々と開き直って嫌なもんだよ。って思えると楽に
なるような気がします。
さくらdot 2016.05.08 15:09 | 編集
>ノラさん

ありがとうございます。
SSRIなど各薬剤の疼痛への効果は以前の記事(http://m03a076d.blog.fc2.com/blog-entry-1936.html)をご覧ください。
レクサプロとジェイゾロフトは同じSSRIで、疼痛に対してガチンコ比較はされていないと思います。ただ、効果は恐らく似たようなものでしょう。

m03a076ddot 2016.05.10 08:21 | 編集
>さくらさん

ありがとうございます。
抗うつ薬をあまり考えずに痛みに処方すると、躁転が怖いところですね。
精神科以外でバンバン使われるのはちょっと抵抗があります(精神科医の中にもいい加減な医者がいますが…)。
武田鉄矢はリリカを販売している企業のCMに出ていましたね。リリカもあれはあれで考えて使って欲しい気もします。
痛みに対しては、おっしゃるように開き直りが出来るようになれば(痛みとお付き合いしていこうという悟り?)、だいぶ本人も楽になるのだと思います。
しかし、そこに至るまでにはたくさんのつらい経験をくぐり抜けねばならず、一筋縄ではありませんね…。
m03a076ddot 2016.05.10 08:26 | 編集
管理人用閲覧コメントをくださったかた、ありがとうございます。

痛みが強いと交感神経が賦活されて血圧も上がることがありますね。
みんなで相談できる環境って、学習やその動機づけには大切だと思います。
そういう場がないのは非常にもどかしいのでしょうね。
m03a076ddot 2016.06.03 09:57 | 編集
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