2016
06.16

医者に魔法なんてありませんよ

Category: ★精神科生活
 抗うつ薬や抗不安薬に代表される向精神薬ですが、最近はうつ病でも軽症の患者さんが多く受診し適応障害の患者さんもたくさんいるため、お薬の効果もやや鈍い感じがあります。軽症のうつ病には抗うつ薬の効果は弱く、適応障害であればなおさら。抗不安薬は”問題を先送りにするお薬”という認識が良いでしょう。飲んだその時は楽になるけれども、問題は消えたわけではありません。

 患者さんが勘違いしていること、また医療者もそうなのだと思いますが、お薬そのものに環境を変える力はありません。具体的には、残業を減らす効果もないですし、旦那さんとの仲を取り持つ効果もありません。息子さんの反抗期を鎮める効果も認めなければ、上司の機嫌が良くなるような効果も当然ないのです。軽症の患者さんや適応障害と呼ばれる患者さんは、多くが環境依存性の症状、言うなれば人と人との”あわい”の緊張による症状が主役になっています。そこにお薬”だけ”を使っても、大した効果は出てきません。もちろん、お薬によって症状から少し距離を取ることが出来ると、自分自身の”とらわれ”に気づいて事態が好転していくこともあります。これは間接的な効果と言えるでしょう。

 どんな症状においても、お薬というよりも基本的な”養生”が最も功を奏します。”運動、お酒、睡眠、会話”の4つを主軸として、生活面を考えていくこと。これが純然たる治療です。派手に見えないかもしれませんが、だからこそ効いてくるとも言えるでしょう。軽い運動はもちろんgoodです(Bridle C, et al. Effect of exercise on depression severity in older people: systematic review and meta-analysis of randomised controlled trials. Br J Psychiatry. 2012 Sep;201(3):180-5.)。お酒が身体とこころに与える影響は言うまでもないでしょう。”ビールであれば1日に上限500mL、休肝日を週に2日つくること”が大事。アルコールに問題のある患者さんはかなり多く、AUDITでスクリーニングをかけて”美味しく安全に飲む”をお勧めしましょう。日本人は不眠の対処にアルコールを用いることが特に目立つとも言われます(Soldatos CR, et al. How do individuals sleep around the world? Results from a single-day survey in ten countries. Sleep Med. 2005 Jan;6(1):5-13.)。アルコールは”最悪の睡眠薬”なので、それはストップすること。『アルコール使用障害特定テスト使用マニュアル』と『危険・有害な飲酒への簡易介入: プライマリケアにおける使用マニュアル』は医療者必読です(いずれもPDF)。眠りも欠かせず、睡眠リズムがバラバラであったり、睡眠時間が足りなかったりすると必ず響いてきます。また、特に高齢者では会話、すなわち人との関わりが重要。孤立は精神症状を悪化させます。人生に彩りを持ってもらう、”あわい”を豊かにしてもらうのがポイントなのです。

 このような、とっても基本的なところを指導しない医療者が多いと思います。ここを改善してもらうだけで、精神症状は軽くなるのですよ。この手応えを掴んでほしいなぁと思っています。もちろん軽症や適応障害に限らず、多くの患者さんにとって基盤中の基盤になります。お薬だけでは効果不十分で、単なる不眠の患者さんにも、「眠れないから睡眠薬ね」ではなく、きちんと厚労省の12ヶ条などを参考にして養生をこころがけるようにお願いしています。不眠をきっかけに生活全体を見直してみようではありませんか。

 最近は、「お薬じゃなくて他の方法は…?」と聞いてくる患者さんもいます。「何かお薬ありませんか?」という患者さんも多いのですが、それに混じって。そういう患者さんには以上のような”養生”をお伝えして、後は行動療法のことなどもお話しはするのですが、一部に


え、私がやるんですか…?


 という反応を見せる患者さんがいます。聞くと、”医者は薬以外に症状を良くする方法を知っていて、それを患者さんに行なうと良くなるんじゃないか”と思っていた、と答える人が少なくありません。しかし残念ながら


そんな魔法はありません!


 医療はドラクエではないのでした…。養生は患者さんがするもの。行動療法もバタバタした外来でこなすには、ワークブックを買ってもらって自宅の時間を有効利用して患者さんに取り組んでもらいます。医者はその方法を教えて、後は診察でサポートをしていく存在。患者さんは”あなた治す人、わたし治してもらう人”と思いがちですが、治す人は患者さん自身という意識を。言ってみれば、お薬というのは患者さんの頑張りをある程度肩代わりしてくれているのです。お薬なしで何か良い治療を受けるだけで改善するというのは、ちょっと違う。医者は患者さんの主体性を重視し「あなた治す人、わたし支える人」というスタンスなのです。

 自分は、診察の早めに「治療の基盤は、○○さん自身が行なう養生なんですよ。地味かもしれませんけど、それが大事」とお伝えしています。決して主役はお薬ではなく、患者さん自身。治療に主体的に取り組む姿勢をお願いするのです。養生が出来ていなければ基盤がボロボロになっています。その上にお薬を乗せても、ガラガラと崩れてしまうでしょう。思った効果は発揮されません。

 そして、医療者の中でも医者は”ほめベタ”なことがとても多いと思います。患者さんが”やろうとしても出来なかった”ことに対して叱責で追い打ちをかけることが多々あるように感じます。養生養生と言ってきましたが、実際に患者さんにやってもらうと達成は結構難しく、そこを医者はモチベーションを下げずにエンパワメントしていく必要があります。それを怒ってしまったら、患者さんはさらに萎縮してしまうでしょう。続けてもらうように工夫する技術を身につけるのはお仕事の1つです。外来が終わって診察室を患者さんが出て行く時には「よしッ、今日からまたやってみるぞ」と思ってもらうように送り出すのが大事。「はぁ…」とトボトボ帰らせないように努力する必要があります。それはお給料に含まれているでしょう。

 ただ、重症であればまずはしっかり身体とこころを休めるようにすること。自分で何かを行なうということは、それだけ考えますし疲れます。それにはガソリンが必要でしょう。ガス欠の状態になっている時に「軽く運動しましょう」と言うのは酷以外の何者でもありません。回復を行なって”患者さん自身で動いても大丈夫だな”と思った時に、養生や行動療法は行なわれるべきであります。この順番は必ず守りましょう。

 ちなみに、純粋な不眠に対しては『自分でできる「不眠」克服ワークブック:短期睡眠行動療法自習帳』がとてもお勧め。すぐに効果は出ませんが、睡眠から生活を見直すことは、他の精神疾患の予防にもなってくれると考えても良いでしょう。”良眠は一日にしてならず”でして、しっかりと患者さんが主体的に取り組むという姿勢が大事ですし、精神疾患に併存する不眠にも効果的。実際にやってもらい、診察でもこの本を持ってきてもらって話し合うこともお忘れなく。医療者もこの本を”行動療法入門”として行なってみると良いと思っていまして、不眠の患者さんにお伝えするポイントが良く分かりますよ。この本の著者から何か御礼の品をもらっても良いんじゃないかというくらいに(?)、患者さんに紹介しております。
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コメント
薬や、医者が魔法使いでないと気づいてからが本当の治療のはじまりなのかなぁと感じます。
ノラdot 2016.06.18 22:14 | 編集
症状が結果であれば、その原因を突き止めて
結果を良くしようと働きかけるのが医療。
原因から結果に対する理由を医療とともに受け入れて
実践するのが患者。
特に目に見える検査結果の見えない精神科の場合
受け入れ困難になりやすい傾向があるのかな

ともかく、先生方ご苦労様です。

さくらdot 2016.06.19 13:00 | 編集
管理人用閲覧コメントをくださったかた、ありがとうございます。

患者さんに気づいてもらうように、診察室での対話を押し付けにならないように繰り返すことが大事なのかもしれませんね。
リンクはご自由になさってください。
良い本は正しく安心できる知識を提供してくれる良い武器だと思います。
m03a076ddot 2016.06.19 14:03 | 編集
>ノラさん

そうですね。医療者に抱く万能的な理想を捨ててもらうことは必要だと思います。
それは、治療の始まりでもあり中間地点でもあり終わりでもある、と言えるかもしれませんね。
m03a076ddot 2016.06.19 14:11 | 編集
管理人用閲覧コメントをくださったかた、ありがとうございます。

良い精神科の先生なのですね。
おっしゃるような考え方も素敵だと思います。
実はひょっとしたら、医者の魔法がかかったというよりも、患者さん自身が回復魔法を持っていることに気づいてもらう、ことかもしれませんね。
医者が魔法を持っていたとすれば、それは恐らく断片的で不十分な魔法だと思います。
何でも不思議に治してしまうような万能的な魔法ではなく、患者さんに「わたしが治す主体なのだ」と時間をかけて気づいてもらうような、そして患者さん自身に治す力があるのだと感じてもらえるような、そんな間接的なものかもしれません。
魔法というよりも、松葉杖のような地道なものとイメージすると良いでしょうか。
m03a076ddot 2016.06.19 14:17 | 編集
>さくらさん

ありがとうございます。
精神科では原因がなかなか分からないことが多く、昔々は「内因性だ!」「いや心因性だ!」というような、医者の意見が全く一致しないような言い争いもありました。
原因は恣意的なこともあり、見ようによっては何でも原因になってしまう危惧もあります。
原因に固着してしまうと、患者さんは自ら動くことをせずに他責的になる可能性もありますし。
解決志向的な原因を見つける(つくる)ことが大切かもしれませんね。
患者さんが納得して、回復に向けて足場を作っていけるような。
m03a076ddot 2016.06.19 14:22 | 編集
管理人用閲覧コメントをくださったかた、ありがとうございます。

わざわざご報告、感謝です。
ブログは雑多な内容ですが、暇な時に覗いていただくと更新されている、かもしれません。
m03a076ddot 2016.06.24 17:55 | 編集
管理人用閲覧コメントをくださったかた、ありがとうございます。

もし以前の主治医の先生に診てもらいたい思いが強いのであれば、今の先生に打ち明けて紹介状を書いてもらうのもひとつの方法かもしれません。
ただ、変わったばかりだと場がこなれないので、新しい先生も少し様子見になっていると思います。
引き継ぎというのは難しいもので、しばらくはぎこちない感じが続くのはやむを得ないかもしれません。
時間をかけて少しずつ波長を合わせていくのも治療のうち、とは思います。
m03a076ddot 2017.05.17 17:58 | 編集
管理人用閲覧コメントをくださったかた、ありがとうございます。

相性はありますね。不思議です。
急がず焦らず、波長を合わせていくような感覚も大事になってくると思います。
m03a076ddot 2017.05.30 23:54 | 編集
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