2015
12.23

精神病院での薬剤減量は高い成功率が求められる

Category: ★精神科生活
 精神病院は非常に特殊なところで、20年や30年も入院している患者さんがいます。慢性期の統合失調症や精神遅滞の患者さんがほとんどでしょうか。彼らにはもう行く当てもなく、家族も抱える力が低下していて引き取ることができません。最悪の場合は家族に連絡すら付かないのです(もう連絡してくれるなと言われることも)。今でもソーシャルサポートは決して進んでいるわけではありませんし、患者さんが退院して住めるグループホームをつくろうと思っても地域住民の猛反対にあって悲しくも頓挫することが多いと聞きます。昔はなおさらだったでしょう。受け皿がないまま病院で長期に入院し、社会を生きる力がとても小さくなっている気がします。時代というものの残酷さを垣間見る瞬間。

 そんな彼らの処方内容を見てみると、いにしえの処方が連綿と続いているのを見ます。例えば、ハロペリドール15mg/dayとクロルプロマジン150mg/dayとレボメプロマジン150mg/dayとリスペリドン6mg/dayなんていう処方が1人の患者さんに入っていることもしばしば。昔はとにかくドパミンD2受容体を根絶やしにすることが大事だと言われており、このような多剤大量療法が時として行なわれました。また、ちょっと調子の悪い時があれば抗精神病薬を新たに追加され、後は減量されずにそのまま…ということもしばしば。ただ、あまりにも多く投与すると前頭前野のドパミンD2受容体をも強く阻害し、意欲や自発性の低下につながることが現在は示唆されており、そんなに無茶な処方を新たに行なうことはほとんどありません。何をどうやっても症状が一向に改善しない治療抵抗性の患者さんであれば、気がつけばこのような感じになっていることはあるかもしれませんが。

 レジデントは上記のような”慢性期で安定している”とされる患者さんがたを担当することが多いのですが、彼らは本当に”安定している”のかどうか。薬剤の副作用だけを取り上げてみても、歩き方がぎこちなくなっていたり流延があったりろれつの回らなさがあったり、慢性期ならではの無為自閉も大量処方の影響が否定出来ないようにも感じられます。そして現代の精神医学を学んでいるフレッシュなレジデントは、この多剤大量に衝撃を受け、どうにかしたいと考えます。

 多剤そのものはすべて悪とも言い切れないのですが、どうしても足し算すると大量になりがち。抗精神病薬は、前述の前頭前野への影響や錐体外路症状といった副作用以外にも、深部静脈血栓症の増加( Jönsson AK, Spigset O, Hägg S. : Venous thromboembolism in recipients of antipsychotics: incidence, mechanisms and management. CNS Drugs.,26(8):649-662,2012)やQT延長に繋がること(Wenzel-Seifert K, Wittmann M, Haen E. : QTc prolongation by psychotropic drugs and the risk of Torsade de Pointes. Dtsch Arztebl Int.,108(41):687-693,2011)が明らかになっています。代謝異常を生じることも多く、それは心血管イベントのリスクにも。統合失調症患者さんへは、抗精神病薬のほどよい”中等量”の投与がもっとも死亡率を下げることが示唆されており(Torniainen M, Mittendorfer-Rutz E, Tanskanen A, et al. : Antipsychotic treatment and mortality in schizophrenia. Schizophr Bull.,41(3):656-663,2015)、そこを目指したいところ。大量投与や無投薬は、実は死亡率を上げてしまうかもと言われており、この”ほどよさ”が肝腎。

 そのような知識を持っているレジデントは、当然のことながら減量に取り組みます。「長年このままだから、オレがひとつ減らしてみよう!」と意気込んで減らすでしょう。しかし、いざ実際に慢性期の患者さんの薬剤減量を行なってみると、意外にも(?)うまくいかないことが結構あるのです。安定しているはずなのに、少し減らしたら落ち着かなくなる…。そして、看護師さんからは「今度新しく来た医者はすぐに処方を減らす! せっかく安定してるのに!」と言われます。実際に自分は以前に勤めていた病院で、最初の頃はこのように看護師さん同士で囁かれていました…。辞める直前になってそんなことがあったとポロッと言われまして。

 患者さんは多剤大量処方で長らく”安定”しています。だから減らすのは何事だ! という考え。一理はあるかもしれません。特に看護側からすると、減量によって状態が悪化する患者さんを見ると「なぜ減らすんだ!?」と思うでしょう。レジデントも「やっぱり減らしたらいけない患者さんなのか…」と思い直し、元の処方に戻し、以降は触れずにそのまま…、なんてことが多々あります。しかしながら、慢性期の患者さんは高齢化を迎えています。多剤大量のままでは、誤嚥による窒息や転倒による頭部打撲が命取りになりかねません。それ以上に、大量処方による死亡(特に心血管イベント)が問題となっていくでしょう。

 退院できないまでも、せめて副作用を軽くして少しでも楽に過ごしてほしい。そう思うのが人情なのではないかと思うのです。精神病院の手垢にまみれていないレジデントであればなおさら。臨床ではこの”人情”を大事にしたいところでして、押し付けがましい人情はダメダメですが、そっと感じる人情は必要なのだと考えています。しかし、実際に減量してみると患者さんの状態が悪化してしまう。ここをどうするか?? が課題なのです。そして、悪化させた場合、看護師さんからの突き上げが正直なところ多いのが実情。「何で減らすんですか?」「先生の処方の意図が読めません!」と実際に言われたこともあります(しかも最近…。つらいですわ)。

 そうなると、タイトルの通り”減量する時は高い成功率が求められる”、つまりは悪化させずに減量しなければならないという、かなりのプレッシャーがかかります。それにくじけて減量をしなくなるレジデントも多いでしょう。「この患者さんはこの処方じゃないとダメなんだな」と理屈を付けて、そのままとなります(もちろんそういう患者さんも残念ながら存在します)。減量に失敗した場合、かなりの痛手を被ります。患者さんの状態悪化もそうですが、看護師さんからの白眼視という形で。

 ただ、それを以て看護師さんを「理解が足りない」「勉強していない」と悪者扱いするのは正しくはないでしょう。ずっと変わらず過ごしている患者さんの薬剤を減量して症状を悪化させるという面のみをとらえると、処方を変える意味はないのです。このまま平和に過ごしてもらいたいという思いが看護師さんにあり、レジデントに対しての意見も決して悪気はないのです。ポンとやってきた、どこの馬の骨とも知らない若いレジデントが患者さんの生活も考慮せずに薬剤をささっと減らして悪化させているのを見ると、たしなめたくなる気持ちは当然とも言えましょう。看護師さんは患者さんと長い付き合いがあり、家族的な意味合いをそこに見ることもできます。他者としてのレジデントが変に介入してゴチャゴチャになってしまったら、それは不愉快ですし介入の意味は不明に映ります。「いったいあの医者は何をしたいんだ?」「患者さんの何を知っているんだ!?」と感じるでしょう。

 そのようにならないために、医者側が抗精神病薬の大量処方がどのような負の意味を持つかを、説得にならないようにお話しすべき。上述のように、看護師さんには長年患者さんを看てきた中で培った看護師さんのフレームがあります。若手のレジデントには若手なりの理論的なフレームがあります。そこを対決させては事態は改善しませんし、その最大の犠牲は患者さんであることを忘れてはならないでしょう。看護師さんの思いをいったん汲み取り、そのうえでこちらの意見も考えてもらうことが必要。

 「でも実際に減らすと悪化するじゃないか!」というご意見はごもっとも。自分もそこはすごく苦労しており、今でも暗中模索。ただ、受容体のアップレギュレーションという概念を知ってからは、減量が状態を悪化させる機序が何となくイメージされるようになってきました。長年の大量処方でガチガチに受容体を抑えていると、カラダはその反応として新しく受容体をシナプス後部につくります。その状態で減量するとブロックが外れた受容体に伝達物質が結合しますが、新しく出来た受容体に結合する伝達物質の力がそれにプラスされ、”減らした以上に響く”ことになるのです。”ちょっと”減らしたはずが、実はそうなっていない。これが慢性期の患者さんが”少し減らしたはずなのに悪化してしまった”という不思議な状態を作り出す説明の一端であると考えられます。

 よって、減量する際は本当にごく微量、かつ1回の減量ペースもかなり遅くします。自分はハロペリドール9mgとその他抗精神病薬が複数入っていた患者さんに対してハロペリドール0.3mgだけ退いても2日後に見事悪化したことがありますが、それ以降は0.1mgという超微量の減量、かつ1回の減量も1-2ヶ月の間隔としたところ、悪化なく減量できています。これくらいの繊細さが求められるのです。減量ペースを遅くするのは、アップレギュレーションした受容体が減量に慣れて少し減ってくれることを想定(というか期待)してのこと。気の遠くなる作業ではありますが、これは若手がなすべきことだと思っています。自分1人が担当している間にはキレイな処方にならないかもしれないけれど、それを次のレジデントが引き継いでくれるかもという期待を込めて行なってみましょう。

 薬剤の減量の仕方は画一的な方法がなく、経験の中から学ばざるを得ないところがあります。受容体のアップレギュレーション(刺激する薬剤であればダウンレギュレーション)を考慮に入れて、石橋を叩いてもまだ渡らないくらいの用心深さを持つことが、精神病院での慢性期患者さんの薬剤減量で成功率を高める1つの方法だと思います。

 もちろん、患者さんが減量を望んでいない時は実行しません。長年飲んでいる薬剤が変わることをとても不安視する患者さんも多いため、同意が得られない時は無理強いしません。そこは忘れずに、というか一番大事なところです。患者さんの存在を無視して薬剤のみ見て調節するのは、医者のエゴでしかないでしょう。
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コメント
精神も変わり果て、帰る場所も行く場所もないなんて、つらすぎます。お医者様や、関わる方々の心遣いに感謝します。
kanasiidot 2015.12.24 18:28 | 編集
精神科医は、たとえ表に出さなくとも、割と一生懸命患者のことを考えてくれているのかもしれないと最近思うことがあります。
ノラdot 2015.12.24 21:51 | 編集
>kanasiiさん

ありがとうございます。
何十年も入院して、病院が終の棲家になる患者さんは、昔の精神科治療の名残かもしれません。
ご家族の中には、こちらが「最期くらいは病院に顔を出して看取ってほしい」と思っていても全く来ずに遺品すら引き取りに来ないという方々もいらっしゃいます。
患者さんが貯金をしていれば、そのお金だけ受け取って去っていくご家族もいます。
ただ、それを全て弾劾するべきものではないのでしょう。
ご家族には、ご家族しか知り得ない様々な歴史があり、上記もその中で産まれた行為なのかもしれません。
患者さんが苦しんでいるのと同様、ご家族もつらい思いをしているのだとは思います。
とは言え、病院で死にゆく患者さんの不遇さを感じずにはいられません。この人はこんな人生で良かったのだろうか、と考えることもあります。
それでも、患者さんは病院に対して感謝を述べながら亡くなることもあります。彼らの精神は全く統合の失調なんてないのではないか、むしろ純粋なのではないかとすら思われることも多いです。
いずれにせよ、精神障害というだけでここまで不遇を味わわねばならない時代は終わりにせねばなりませんね。
m03a076ddot 2015.12.25 12:57 | 編集
>ノラさん

ありがとうございます。
そうですね。
医者は決して「あなたのことを考えていますよ!」と前面には出さないと思います。
そっと後ろで松葉杖のようにサポートする存在です。
もしそんなアピールをする医者、特に精神科医がいたら、ちょっと押し付けがましくて疲れるかもしれませんね。
医者は、ことさら言わずに、黙って患者さんを見つめるもの、と考えています。
m03a076ddot 2015.12.25 13:01 | 編集
精神科医です。私も、多剤大量処方の慢性期患者さんを2年かけてゆっくり減量~単剤化して次の担当医(ベテランの先生)に引き継いだところ、3ヶ月後には前以上の多剤大量状態に戻っていたという悲しい出来事がありました。その先生なりのフレームがもちろんあるのでしょうが、結果的には患者さんを翻弄しただけになってしまったと少し悔やまれました。難しいですね。
あゆ@STdot 2015.12.26 08:48 | 編集
>あゆ@ST 先生

ありがとうございます。
なかなかお薬の問題は難しいところですね。
みんな悪意を持ってやっているわけではないので、情熱というか考え方がぶつかってしまうことも確かにあります。
減らすことも自己満足になってはいけませんし、患者さんが第一にならねばならないですし。
慢性期の患者さんの医療については、大きな検討課題だと感じています。
そして、こういった多剤大量を新たにつくらないことも大切ですね(もちろんそうせざるを得ない患者さんは除きますが)。
m03a076ddot 2015.12.28 10:57 | 編集
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