2015
10.16

矢勝川の彼岸花

 ちょっと前になりますが、9月の末に矢勝川でお散歩。

 何故かと言うと、ここは新美南吉の童話『ごんぎつね』の舞台でして、登場人物の一人である兵十がうなぎを獲ろう頑張っていた川なのです。その『ごんぎつね』にも登場する彼岸花がたくさん(200万本!)植えられており、それを見に行きました。

 ただ、残念ながらピークを過ぎていて多くが枯れてしまっており…。でも綺麗なところも多く、見事な赤色にウキウキ。この彼岸花は様々な異名がありますね。毒を持っており、動物や虫を避けるために、田畑や墓地にも植えられた経緯があります。彼岸花の仲間の植物が持っている毒が、なんとアルツハイマー病認知症のお薬であるガランタミン(レミニール®)の成分です。毒が薬になった好例。

 ちょっと矢勝川の様子を画像でご紹介いたしましょう。

 半田口駅で下車。ごんぎつね推しがひと目で分かります。

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 あらら、こちらも。

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 彼岸花までは680mだそうで。

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 歩いて行くと、おぉ、マツバボタンですね。

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 紫。

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 白。

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 あら、田園。のどかな感じがしますね。

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 ”実るほど、頭を垂れる、稲穂かな”とはまさにこのこと。

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 今度はコスモス。

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 珍しいですね、紫と白のハイブリッド。

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 歩いていると、見えてきました。

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 本命の彼岸花さん。

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 これはもうアップで撮るしかない。

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 白く抜けているのは、ピークが過ぎていることを示しています。本来であれば真紅なんですが。それでもこの白の色合いがかえってコントラストを付けてくれている気もします。

 もうちょっとアップ。画面いっぱいに。

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 おー、とってもミステリアスな気分。この世の彼岸? あの世の彼岸?

 もう少し歩くと、もうちょっと咲いているところに遭遇。良いですねぇ。

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 一輪の強調。

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 ちょっと見上げてみましょう。角度が違うと顔つきも異なります。

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 これは黄色の彼岸花。

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 赤色とは異なり、謎めいた感じは受けません。

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 こちらは白色。多くが枯れていますが、凛とした印象。

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 枯れた彼岸花も、来年また咲くためにお休みですね。咲くためには一度枯れる必要がありますし、枯れることで次世代へ受け継ぐことも出来るのでしょう。

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 彼岸花を見終わって、ぷらぷらと歩く。良いですねぇ、田園が広がり、その道を、ご夫婦でしょうか、2人で歩いている風景。

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 ひっそりとのぼりも立っています。さすがにピークを終えたのでお客さんはまばらでした。

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 でも、そんなに人がいないというのが、彼岸花の神秘なところとちょっとフィットする感じもします。ガヤガヤ大勢だと、花の見た目の美しさしか取り出せないかもしれませんね。

 ま、彼岸花にそんな意味はなくて(非・意味として)人が勝手にそう感じて付与しているのだ、とも言えてしまいますが、もともと内在していたと考えると世界が躍動し色が走りつながる感覚になります。

 さらに歩くと、躍動するごんぎつね。

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 おや。

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 そうだなぁ、ちょっと生家を見てみようかしら。とは言え、トイレにまで”南吉トイレ”と自分の名前を付けられるのは、新美南吉も複雑でしょうね。。。

 で、これがその”南吉トイレ”です。いたって普通、ちょっと小綺麗な。

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 内部も南吉らしさ(?)は無し、と。

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 こちらが生家。

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 生い立ちの地、と碑が立っております。

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 なんと、グループホームも”ごんぎつね”を強調。

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 歩いていたら帰りの駅が分からなくなり、さまよっていたら何故かシャトレーゼ発見。

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 気づいたら、バター入りのとらやきを買ってしまっていた…。

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 うむ、んまい。

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 歩き疲れた身体に、あんの甘さとバターのまったりとした塩気がまた嬉しい。

 ということで、最後は無事に駅も見つかって帰ったのでした。

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 ピークの時は確かにもっと綺麗だろうな、と思わせるものでした。でも人の少ない時期もまたそれはそれで良かったんじゃないかなぁとも感じています。

 さて、矢勝川は『ごんぎつね』の舞台でしたが、その『ごんぎつね』は小学生の頃に皆さん教科書で読んだ記憶があるかもしれません。著作権が切れているので、今は青空文庫で全文読むことが出来ます(コチラ)。何か切なくなる、でも淀んだ哀しみではなく澄んだ愁いとも呼べるような、そんな余韻を残す作品ですね。

 ごんと兵十はすれ違いで、ごんの最期になって、兵十は全て分かります。読者は、最期にならなければ分からなかったと受け取るか、最期になって分かってもらえたと受け取るか。作品ではごんが撃たれた瞬間の記載はポツリポツリとして、読者の想像を掻き立てます。


”そして足音をしのばせてちかよって、今戸口を出ようとするごんを、ドンと、うちました。ごんは、ばたりとたおれました。兵十はかけよって来ました。家の中を見ると、土間に栗が、かためておいてあるのが目につきました。
「おや」と兵十は、びっくりしてごんに目を落しました。
「ごん、お前だったのか。いつも栗をくれたのは」
ごんは、ぐったりと目をつぶったまま、うなずきました。
兵十は火縄銃をばたりと、とり落しました。青い煙が、まだ筒口から細く出ていました”



 このように終わります。新美南吉の家族関係もとても複雑で、彼は分かり合いたい気持ちが強かったのかなぁとも思います。でも、作品では死と引き換えにせねばならなかったところに、自分は何となく哀しい離断、でも澄んだ何かを感じます。新美南吉自身は『ごんぎつね』発表から2年後に喀血、そして29歳という年で結核によって亡くなってしまいました。

 『ごんぎつね』や『手袋を買いに』は繰り返し読むべきものでしょうね。人生経験によって感想が変わってくるのも、醍醐味だと思います。
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コメント
彼岸花凄いと思ったら、トイレもだしてきた もなか先生 は偉大だと…
修学旅行で初めて京都に行った時に清水寺で彼岸花に初対面して
不思議な花だと思っていました。
なんというか気高く深く、赤のなかの赤。

読むのも良いのですが、朗読を聞くと言う手もあります
http://www.amazon.co.jp/児童文学朗読CD集-新美南吉童話選集-1-岸田今日子-朗読/dp/B000BGIEE2

こどものお誕生日祝いに頂いたものですが、岸田さんの声で語られると
また趣がかわりました。

今の教科書にも「ごんぎつね」って掲載されているのでしょうか?
「かわいそうなぞう」とこれは思い出すたび切なくなってきますし
そういう感性を子どもの頃に育むようにとお役所も考えていたのかな?

ところで、話題が変わって申し訳ないのですが一度に書きますね。
「まさし」のお持ち帰り冷凍餃子。
上手く焼けました。説明書通りで。
期待してはいなかったのですが、きちんと羽もつくし、味もあまり変わりませんでしたので。皮もいい感じでしたね。
通販でも取り寄せる価値あると思います。
ただし、油の量が凄い事がよくわかりましたので、そんなに食べてはいけません!!

さくらdot 2015.10.17 13:30 | 編集
こんばんは

彼岸花との出会いは義父の葬儀でした。大往生でしたので穏やかに見送ると,一面の彼岸花。言葉にできない何かが胸に込み上げてきました。以来お目にかかってないなぁ。
球根を植えたのですが南の島では花を咲かせなかったのです。黄色いショウキズイセン? は自生しているのですが。

『ごんぎつね』『手袋を買いに』
久し振りに読んでみたくなりました。
annedot 2015.10.17 19:47 | 編集
>さくらさん

ありがとうございます。
トイレにもひと工夫欲しかったところでございます。
朗読もまた感じ方が異なるかもしれませんね。
正嗣の餃子、家で作ってもきちんと羽根がつくんですね!
あの羽根はプロ的な感じがしています。
ただ、油は確かに量が多くなりますよね…。餃子の皮って油の吸収がすごい気がしています。
m03a076ddot 2015.10.19 15:21 | 編集
>anneさん

ありがとうございます。
彼岸花はいろんな意味を持つ花ですね。
『ごんぎつね』や『手袋を買いに』は、シンプルな文の運びですが、だからこそ切々たるものが迫ってくるのかもしれません。
作家さんはすごいなぁと思ってしまいます。
m03a076ddot 2015.10.19 15:27 | 編集
管理人用閲覧コメントをくださったかた、ありがとうございます。

確かに彼岸花は真紅であり、流血をイメージさせることも多いようです。
不吉な異名も数々持ちますが、一方で崇められていることもあり、両義的ですね。
以前の主治医の良い話を患者さんがする時は、こちらへの希望を暗に示唆しているか、嫉妬して欲しいと考えているか、過去への執着か、医師に対してどう感じているかなど様々な理由が考えられますが、自分は深く追わずに流しながらも、視点をそこから現在につなげてもらうような感じにしています。
外来は時間がなくてかなり忙しいので、それで気分を害する余裕がないだけなのかもしれませんが。
m03a076ddot 2015.10.19 15:35 | 編集
管理人用閲覧コメントをくださったかた、ありがとうございます。

そのことで精神科医がブレることは少ないかもしれません。いろんな状況に遭遇しているので、慣れっこになっている可能性も。
精神科医は、患者さんが感情を露わにしたりこちらの感情がゆさぶられたりした時、立ち止まって考えるクセがついているので。
ただ、あからさまなことが何回も続くと「ムッ」とする可能性もありますが。
自分が若い時(今もまだ若いと勝手に思っていますが)は、嫉妬はありませんが短気でしたよ。研修医の時は勉強しない後輩を怒鳴ってましたし。
今はだいぶマイルドになったかもしれません。。。
m03a076ddot 2015.10.21 09:50 | 編集
管理人用閲覧コメントをくださったかた、ありがとうございます。

若さは”頼りない”というイメージを患者さんに持たれることも多いですが、知識に貪欲なことも多いため、こと薬剤に関してはより適切な方向になっているのではないかと思います。滅茶苦茶な処方をする若い先生はそんなにいない、と自分の中では思っています。。。
白あん、という形容は面白いですね。
個人的には、白あんは王道ではないけれどもたまになら良いよね、的な感じでしょうか。
一定の距離がある、という風にも言えそうで、精神科的に良いかもしれません。
m03a076ddot 2015.10.24 09:34 | 編集
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