2015
10.12

教育としての病歴や診察

Category: ★研修医生活
 研修医の先生には、やはり病歴と診察という基本中の基本を大事にしてもらいたい、と思っています。検査というのは、検査前確率あってのもの。それをより正確に近づけるには、病歴と診察がどうしても必要になります。陽性尤度比10の検査があっても、検査前確率1%と30%とでは全くもってその意義が異なるでしょう。検査を活かすも殺すも、病歴と診察次第です。

 そして、最近の若い人は「病歴と診察、大事なのは知ってますよ」と答えてくれます。さらに、それらにもエビデンスが入り込むことで、「この病歴の感度特異度は○○%」などが分かってきており、それも若い人の知的欲求を掻き立てているでしょう。『The Patient History(聞く技術)』や『Rational Clinical Examination(論理的診察の技術)』や『Evidence Based Physical Diagnosis(マクギーの身体診断学)』などがその代表格で、そういったエビデンスを診断経過にまとめ入れた『Symptom to Diagnosis(考える技術)』は名著でございますね。上田先生の『内科診断リファレンス』はチート級の出来でしょうか。

 とは言え、これら病歴や診察のエビデンスは、医者によって大いに異なるというのは強調しておくべきことでしょう。以前にも記事にしましたが、研修医がマクギー先生の本を見て「何だ、肺炎の診断に聴診なんて大したことないじゃん」と思うことだって実はあります。それで聴診をしなくなるのであれば、その時点でその研修医の聴診能力はストップしてしまい、自らの言葉が自らの診察技術を言い当てることになってしまうのです。大事なのは、限界を知りつつも”繰り返す”こと。肺炎が聴診で分からなくてCTで分かった場合、答え合わせのようにしてその部位の音を注意深く聴いてみることです。健常部位とよーく比較すると、わずかな気管支呼吸音化が聴き取れるかもしれません。そこで得た繊細な感覚を、次の患者さんのために覚えておく。”分かること””分からないこと”を繰り返し繰り返し吟味することで、本に載っている感度特異度を凌駕することだって可能です。鮮やかな技術は、泥臭い練習の地層があってこそ。

 また、診察所見をとらえることで感動を産むこともあり、それが研修医にとって大きな経験の第一歩になってくれるでしょう。例えばIII音の存在。呼吸苦の患者さんでIII音が聞こえたら心不全の可能性がめちゃくちゃ高まることは周知の事実だと思います。ただ、感度が恐ろしく低いのが玉に瑕。これをどう受け取るか? 「III音の意義は、聴診器の性能が良いかどうかを知るところだ」と皮肉を言う人もいますが、鼓膜に触れてくるようなあのIII音を聞いて、「あ! 心不全だ!」と発見することの驚きを伴った喜び(患者さんは苦しいのですが)。確かに感度が低いためRule outには使えませんしRule inも他の検査で出来てしまうのもありますが、だからと言って省いても良いのか。これが聴こえることで謎が一気に解決に向かう快感とも言える感情は、診察への強い興味をそそるものです。しかもその時に指導医が「これがIII音だよ。呼吸苦の患者さんでこれが聴けたら心不全の可能性がとても高いんだ。よく見つけたね。この感覚を忘れないようにしていこう」とでも言ってくれたら、この研修医はどんなに嬉しいことでしょう、どんなに診察に真面目になるでしょう。その体験は、何にも代え難いものだと思います。

 診察は、診断にもそうですが経過を追うことにも役立ちます。腱反射は他の人と所見が一致しないことも多いのですが、自分自身の中では再現性がありますから、それを経過を追うことに使えます。頚静脈の怒張も、症状改善とともに見えにくくなっていきます。そして、入院患者さんを丁寧に診ることは、それ自体が治療効果をもたらすことも知るでしょう。「診断に役に立たないから」と切って捨てるのではなく、触れることは、医療の原点だと思います。

 病歴も同じですね。聞き方によって患者さんの答えは変わります。労作性呼吸困難を聴取する時に「運動する時いつもより苦しく感じませんか?」と聞いても、その”運動”は何を指すのか? 患者さんは良く分からないから「いいえ」と答えるかもしれません。でも、その患者さんを知る指導医が「○○さん。いつもあのスーパーに買い物行っとるでしょ。最近そこの行き帰り、ちょっと歩いててしんどいなぁって思うことない?」と聞くと、患者さんは「あーそうだねぇ。先週くらいから途中で一息つくようになったかねぇ」と答えます。これこそ、病歴の中に生活を織り込む技術であり、患者さんその人を診ていたからこその聞き方。病歴の感度特異度を上げるためには、患者さんを知ることがとっても大切になってくるのです。その指導医の姿を見た研修医は、患者さん1人1人の生活が透けて見えてくるような関わり方を心がけるようになるかもしれないでしょう、人間的な医学というものの醍醐味を知ることになるかもしれないでしょう。

 よって、生活に棲む病歴、そして修練として、”手当て”としての診察。これらは決して軽視するべからざるものです。患者さんとの”あいだ/あわい”を意識させ、自分自身にとってもレベルアップとなるという事実を見据えて、これから学んでいくことが大事でございますよ。
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