2015
05.29

嘔気嘔吐という訴え

Category: ★研修医生活
 5月の中旬、久々に研修医勉強会を再開しました。1年次研修医は初々しい感じで、昔は自分もこうだったんだなぁと懐かしくもなりました。

 1人に救急外来の症例発表という生贄になってもらい、鑑別の仕方をたどり、どのように考えていくかを一緒に勉強。その後は鑑別診断の仕方をレクチャー。自分の知識もだいぶ古くなってしまっていますが、総論は不変ということで…。でも一緒に学ぶというのが近いでしょうか、やっぱり。

 発表は嘔気嘔吐で来院した高齢女性患者さん。嘔気嘔吐というと研修医は消化管をどうしても思い浮かべがちであり、他にはスポット的な知識として心筋梗塞(特に下壁梗塞)を暗記している、ということが多いのです。

 鑑別疾患を挙げてもらっても、やはり回答は消化管の疾患に集中します。これでは見逃しがかなり出てしまうため、そのフレームを外す必要があります。よって、



嘔気嘔吐は全身症状である



 と考えましょう。実に数多くの、しかも消化管疾患以外の疾患でこの症状は出現します。研修医の時に”嘔気嘔吐は全身症状だ”と知って、随分と頭のなかがスッキリした記憶があります。もちろんこの鑑別は嘔気嘔吐だけでは絞れないので、患者背景(年齢性別、薬剤歴、既往歴、手術歴など)や随伴症状でまずふるいにかけていきます。

 ちょっとリアルタイム風に追ってみましょうか。

 年齢を考えると、高齢では症状の輪郭がぼやけるため、どんな疾患も非典型的でとらどころのない病歴になりうると考えておきます。お薬手帳を眺めると、この患者さんは10種類以上のお薬を飲んでおり、甲状腺ホルモン、ステロイド、抗TNFα抗体製剤、COX-2阻害薬、PPI、ワーファリン、インスリン製剤などなど。薬剤歴からは、見逃してはいけない疾患の中で甲状腺機能異常や敗血症や消化管出血や脳出血やDKAや副腎不全の確率が特に高まるような印象。既往歴では糖尿病と関節リウマチが明らかであり、両者とも心疾患リスクを高めます。関節リウマチが心血管リスクになることを知らない研修医もいますが、知識として覚えておくと良いかと思います(Maradit-Kremers H, et al. Increased unrecognized coronary heart disease and sudden deaths in rheumatoid arthritis: a population-based cohort study. Arthritis Rheum. 2005 Feb;52(2):402-11.  Fischer LM, et al. Effect of rheumatoid arthritis or systemic lupus erythematosus on the risk of first-time acute myocardial infarction. Am J Cardiol. 2004 Jan 15;93(2):198-200.)。この辺りの疾患を鑑別の最上部に挙げておきましょうか。

 病歴前に確認すべきものとしては、他にバイタルサインがあります。救急外来ではお話を聞く前にバイタルが分かっていることが多いので、見てみましょう。BP110/60mmHg、HR100/min、BT36.4℃となっています。血圧が高齢にしては少し低め? HRは100で頻脈です。ふむ。バイタルだけではなかなか重み付けがなされないでしょうけれども、頻脈はイヤダなぁと感じてスピーディに運びたいと考えます。

 軽く手を触りながら、残るバイタルである呼吸数を意識しながら話を聞きます。RR14/minで、手はやや冷たい感じで汗ばんではいません。脳血管障害の可能性は少し下がった? 病歴では、もともとADLは自立していたそうですが、3日ほど前から嘔気嘔吐と倦怠感が出現し(嘔気嘔吐→倦怠感の順)、歩けなくなってきたそうです。生の言葉では「吐きそうな感じ、吐いちゃった」「えらくて動けない」という表現でした(”えらい”は愛知の方言です)。救急外来にも車いすで来院してきており、顔はしんどそうで、本人はあまり話さず付き添いのご家族が話します。「3日前まではこんなんじゃなかったのに…」と不安そう。この時点でタダゴトではなさそうだ、すぐに帰宅させることは難しそうだ、という印象。吐瀉物の色は「分からない」、転倒などの外傷は「たぶん無いと思う」と(大腿骨の骨折はどうでしょう)。見逃してはいけない疾患の中で、上に挙げた特に確率の高そうな疾患を優先的に考えますが、発症から3日が経過していると考えると、DKAは考えづらいでしょうか。脱水が著明という印象でもないし。3日経てば心筋梗塞ならさすがに心電図や血液検査で所見が出るだろうな、とイメージ。鑑別疾患を考慮しまずは心電図、ポータブルレントゲン、採尿・採血とルート確保を行ないながらもう少し病歴と診察を。

 と、思っていたら静脈血ガスにてHb5.7という値が返って来ました! なんと。ここで鑑別のトップに消化管出血が踊り出たため、ぱっとオムツを外してみると黒色便がべっとりと…! Rule inの所見が登場しました。

 その後、採血結果も出てBUN/Creが50以上、PT-INRが何と10以上になっていました…。これは消化管出血ですね。上級医を素早く呼び輸血をオーダー。

 この患者さん、複数の医院で色々なお薬をもらっており、恐らくは相互作用でワーファリンの代謝が阻害されてしまったか、もしくは服薬を間違えて多く飲んでしまったか。。。いずれにしても処方されていたお薬そのものが多すぎる。できるだけ通院する医院は最小限にした方が良いですね。

 ちなみに研修医の1人から「BUN/Creが50以上ですよね。血算がなくて仮に生化だけだと出血じゃなくてdehydrationの可能性も否定出来ないと思うんですけど」との質問がありました。高齢者のdehydration評価は難しく、身体診察では有用なものがほとんどありません。腋窩の乾燥やCRT延長も実は「うーん…」という内容(Fortes MB, et al. Is this elderly patient dehydrated? Diagnostic accuracy of hydration assessment using physical signs, urine, and saliva markers. J Am Med Dir Assoc. 2015 Mar;16(3):221-8.)。今回は血液検査でAlb2.5、UA3.0、Na140という結果から「BUN/Cre>50のdehydrationなら、血液が結構濃縮して高齢者ではAlbが正常値~高値、UA高値、高Na血症になると思う。でもそれが認められないから、やっぱり出血じゃない?」と答えておきました。

 ということで、今回の勉強会では、見積もりの仕方を中心としました。救急外来では特に病歴前、診察前(病歴後)、検査前(診察後)のそれぞれで各鑑別疾患の感覚的な確率を自分の頭のなかでイメージしてみる訓練がとても大事ですよとお話ししました。

 加えて、尤度比のことも少し話題にして、必ず事前確率とセットで使うことを強調しました。いくら尤度比が優秀な診察や検査でも、それ単独では意味をなしません。事前確率1%と50%とでは、陽性尤度比が10という優れた検査が陽性でもまったく検査後確率が変わってきます。研修の最初のうちにそういったことを学んでおくと、その後の勉強が捗ると思います。がんばれ研修医。
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コメント
吐き気についての記事拝見しました。私も数年前からストレスによる吐き気
が収まらず困っています。今ではまた吐き気がでたらどうしようと思うと
吐き気がしてしまうという悪循環になっています。
胃カメラや脳MRIでは異常がありませんでした。
一時的に抗不安薬などを使いこの悪循環から抜け出すことはできる
のでしょうか?もちろんCBTなども併用して行こうと思っています。
インタックdot 2015.05.29 22:27 | 編集
>インタックさん

ありがとうございます。
身体に異常がないという前提としておきます。
抗不安薬を頓服で用いて改善するのであれば、それをうまく使って良くなる患者さんもいます。ただ、良くなるからと言ってたくさん飲んでしまうと依存を形成するので、それはオススメできません。
抗うつ薬の中でもミルタザピンというお薬はそれ自体が吐き気を抑える作用を持つので、使われることもままあります。
認知行動療法を行なうのであれば、それが一番良いのかもしれませんね。
m03a076ddot 2015.06.02 08:09 | 編集
先生具体的なご意見ありがとうございました。
一つ質問なのですが、ミルタザピンは心因性とも取れる
吐き気にも有効なのでしょうか?
インタックdot 2015.06.02 11:58 | 編集
>インタックさん

ありがとうございます。
医療は不確実であるということを知っておいていただきたいのですが、お薬や心理療法を含めた治療というのは「効くこともあれば効かないこともある」のです。
ミルタザピンも確かに有効な患者さんもいますが、驚くくらいに効かない患者さんもいます。
m03a076ddot 2015.06.04 20:02 | 編集
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