2015
05.20

治療の目標は

Category: ★精神科生活
 ある統合失調症の患者さん。親御さんに対する妄想が強固でご家族がかなり大変な状況になっており、自分が以前まで勤めていた病院に紹介され入院となりました。「私には結婚して夫がいるんです。お母さんがそれを認めてくれなくて」と話します。他にも様々な妄想があり、ご家族にも危害が及びそうな状況でした。

 糖尿病があり使える薬剤も限られ、しかも使ってもなかなか効果が出ません(自分のいた病院は、クロザピン使えませんでした)。うーん、と困った挙句にブロムペリドール(インプロメン®)を選択したところ、これがやたらと効いてくれて症状は良くなりました。定型抗精神病薬の中では、他にチミペロン(トロペロン®)やモサプラミン(クレミン®)やピパンペロン(プロピタン®)などを自分は比較的使います。

 さてこの患者さん、症状”は”良くなりました。しかし…。

患者さん「今までのことが違うって分かって…。夫もいません。こんな年じゃ結婚もできないし、お母さんに対してしてきたことを思うと恥ずかしくて…」

 と語ります。症状というベールを剥いでしまったために、患者さんは現実に直面してしまいました。。。その後もところどころ妄想が入り混じりながらも、今後の人生を悲観するようなことを話します。


しまった…


 というのが率直な感想。幻覚妄想を軽くするというのは、いわゆる”代用のアウトカム”です。本当に大事なのは、すなわち”真のアウトカム”は、”幸せ”なのだということを強く実感。幸せと言っても苦労も何もなくハッピーハッピーというような幻の幸せではなく、地に足の着いた、患者さんが「これからも生きて行こう」と前を見ることができるような、ささやかな幸せ。

 患者さんは、つらい現実を幻覚妄想というベールで何とか覆って暮らしていたのだと思います。それを薬剤治療で無遠慮に剥いでしまい、生身をさらけ出させてしまった。これは自分の失態でしょう。他のお薬が効かず硬直した状態にちょっと焦ってしまって、力技になってしまった感は拭えません。しかもブロムペリドールがスパーンと効いちゃって(効き過ぎて)、こちらの下準備が間に合わなかったこともあります。もっとしっかりと下支えをしながらゆっくりと症状を軽くすべきでした。

 実際に、幻聴がなくなってさびしい思いをする患者さんもいますし、症状が一気に改善したと思ったら自殺を図る患者さんもいます。上述の患者さんも自殺のハイリスクと考え、かなり注意深く観察を行ないました。

 叶えられないかもしれませんが、理想を言えば、患者さんが妄想の中で無理せず暮らしていけるような、そんなところがあれば一番良いのかもしれませんね…。浦河の”べてるの家”はそれに限りなく近いことをしている先駆者だと思います。一度見学に行ってみたいんですよね。

 妄想は、魚にとっての水のような存在とも言えるでしょうか。水の中にいる魚には、水が見えず自分が水の中にいるとは思わないでしょう。同じく、妄想にひたっている患者さんは、それを妄想とはっきりと認識はしません。そして、水から離れたら魚は苦しさを感じます。患者さんも「それは私の妄想だったんだ」と理解してしまうと、現状の苦しさに圧倒されます。

 お薬、特に向精神薬は、それ単独では真のアウトカムに結びつきません。あくまで代用のアウトカムの改善を狙うもの(降圧薬や血糖降下薬などもそうですね)。それを真のアウトカムに近づける、つなげるものは、私たちが行なう精神療法なのだと思います。精神科医のみが行なうような狭義の精神療法ではなく、どんな医療者も行なう、患者さんを支えるための身近で常識的な精神療法。それによって、患者さんは自分自身で生きていくための道しるべを見つけて歩んで行くものなのだと思います。
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コメント
大変深い思慮から生まれた文章に感じました。
精神症状と聞けば、悪いもの、無くさなければならないものと思い込みがちです。また、症状によって周りの家族の方が苦しんでいれば、なかなかそういう視点に立つ事も忘れてしまいがちです。
右肩が痛いのは、実は左肩の歪みを身体が補おうとしている、とか。右肩にだけ湿布を貼っても幸せにはなれませんよね。
今回の話を大切に胸の中にしまっておきたいと思いました。
くすりやひるやdot 2015.05.20 21:49 | 編集
と唸っております。たしかに薬で症状は落ち着けても完治と呼ばれる状態はない。ある意味病というより、そういう個体なんだよ私は。そんな私を私のままで置いておいてくれる所ってなくて、お薬使って社会適応させている状態‥とも言える。ただ、あまり求められてもいないので、かなりゆるい適応で充分。
統合失調症ではないので、先生の意図していることとは違うでしょうが、なんか考え込んでしまいました。先生の花のお写真とか見てるとホッコリするのですが、たまに自分の存在にホッコリすることもある。なんだか宇宙のかけらだ自分!!と変な視点を持ったり。なんだか意味のわからないコメントになり申し訳ないです。
うたdot 2015.05.21 15:33 | 編集
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dot 2015.05.21 17:00 | 編集
治療とは何なんでしょうか。症状を抑えれば幸せ、とも限らないのですね。治療が患者が幸せになるためのものならば、治療しないほうが幸せということもあるのかもしれないですね。症状が改善せず、絶望する人、症状が改善し、困惑する人。
難しいです。

でも、症状改善したその先にこそ、温かい人の存在があれば、また少し違ってくるかもしれませんね。
ノラdot 2015.05.21 21:03 | 編集
>くすりやひるやさん

ありがとうございます。
症状は、患者さんがつらさに何とか対処しようとしている証でもあると思っています。
何の配慮もなしに取り上げてしまったら、患者さんはつらさに圧倒されてしまうことになります。
月並みですが、症状にのプラスの意味を考えながら折り合いをつけるというのが目標なのかもしれませんね。
m03a076ddot 2015.05.22 09:40 | 編集
>うたさん

ありがとうございます。
そうですね。統合失調症でも”統合失調症という生き方”を出来ることが最も良いのかもしれません。
健常とされている側の経済・社会にすべて患者さんを当てはめるのは、患者さんにとってかなりの苦痛にもなりますし、自尊心も低下してしまうでしょう。健常の傲慢のようにも思えます。
そういう意味では、北海道の浦河は本当に凄いなと感じています。
もちろん2つの生き方はスペクトラムでありくっきり分かれるものではありませんが、色の違いをお薬が取り持つような感覚でいるのも重要かもしれませんね。
m03a076ddot 2015.05.22 09:47 | 編集
管理人用閲覧コメントをくださったかた、ありがとうございます。

4月から自分はこれまでの病院を辞めて外来の患者さんを診なくなっており、大学院に籍を置いて養生しているような状態です。
ご希望に沿えずにすみません。
返信しないのは無視をしているような気分になるので、いちおうコメントをさせてもらいました。
m03a076ddot 2015.05.22 09:52 | 編集
>ノラさん

ありがとうございます。
症状もゆっくりとほぐしていき、その間に医者や看護師さんがサポートして「症状が軽くなっても大丈夫」と患者さんが思えるようになることが治療の目標です。今回はあまりにもスパッと効きすぎてしまったことと(びっくりするくらいに効いてしまいました)、自分が焦っていたことが反省点だったと考えています。
おっしゃるとおり、”症状改善したその先にこそ、温かい人の存在があれば、また少し違ってくるかもしれません”という言葉がすべてなのだと思います。医療者は少し遠くから見守る人であろうとしますし、ご家族がいれば病気に対する理解を深めてもらいますし、訪問看護やデイケアなどで人とのつながりを保ってもらおうとします。ゆとり、あたたかみ、がやはり人には大切なのだと感じています。
m03a076ddot 2015.05.22 09:58 | 編集
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dot 2015.05.22 19:48 | 編集
管理人用閲覧コメントをくださったかた、ありがとうございます。

離脱症状があっても活動ができたという事実はとても大事だと思います。
特に出現している離脱症状は、純粋な症状に患者さんの不安や怒りなどがプラスされて増幅され複雑になっていることが多くなっています。
症状があっても活動しようとする、活動してみるということは、離脱症状へのとらわれを少しずつほぐしてくれるものだと思っています。
進行性の難病のかたがたは、死がどうしてもはっきりと見えてしまい、限られた生命なのだと強烈に認識させられますね…。その中でも、この生命を精一杯生きようと最終的に考える患者さんが多くいらっしゃいます(キューブラー・ロスの死の五段階)。いっぽうで、絶望のまま一生を終える患者さんもいらっしゃいます。
どちらが良いということはなく、どの患者さんも、自分自身の一生を懸命に生きている姿なのかもしれません。
ここは答えの出ない問題なのでしょうけれども。
離脱症状への取り組み方は、以下の記事もご覧になってみてください。

http://m03a076d.blog.fc2.com/blog-entry-1556.html
http://m03a076d.blog.fc2.com/blog-entry-1745.html
http://m03a076d.blog.fc2.com/blog-entry-1839.html
m03a076ddot 2015.05.26 07:51 | 編集
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