2015
03.05

臨床のワンフレーズ(9):医者と薬は松葉杖

Category: ★精神科生活
 患者さんにとって医者はどんな立場であるべきでしょうか?

 コーチの様な立場として? 人生のガイドの様な立場として? 二人三脚の様な並走者として?

 科や患者さんの状態などにも依るんでしょうけど、精神科では


松葉杖


 が適切かな? と思っています。「オレが治してやる!ついて来い!」 みたいな感じだと、患者さんがその治療者なしにはやっていけなくなってしまうことがありまして、おんぶにだっこ。”教祖と信者”的な関係とも表現でき、そういうのって最初は良いんでしょうけど、治療の過程において信者(患者さん)は「教祖様の言うことは絶対!素敵!」と盲目的となり、また「教祖様に逆らってはいけない、機嫌を取らないと…」の方に振れると何も言えなくなってしまいます。教祖(治療者)は信者の強烈な崇拝に気分が良くなるものの、それを維持しなければならない気持ちに駆られます。教祖であることを演じ続けなければ、信者を引き留めることはできない。濃密な2者関係をずっと維持しなければならず、それに耐えられなくなると「何でオレの言うとおりにしないんだ!」と怒る。すると関係性は瓦解してしまいます。信者は萎縮してしまうか、見捨てられたと強く傷ついてしまいます。こんな関係性やその破綻は、患者さんの日常生活にも強い負の影響をもたらしてしまうでしょう。以前の記事では


この治療者”が”良い、ではなく、この治療者”で”良い、という関係


 がお互い肩肘張らずにゆとりをもって取り組める最適なものだとしました。ほのかな温かみのある信頼関係は治療的ですが、”盲信”をしてはなりませぬ。それがどんなに有名な治療者でも。ということで、松葉杖という言葉はそんなに悪くはないのではないか? と密かに思っています。

自分「○○さんは、こころを骨折したっていうと分かりやすいかもしれませんね」
患者さん「あ~、骨折ですか」
自分「ちょっと無理がかかって折れた。その骨折を治していくのが大事で、それが養生です。だから私とかお薬っていうのは松葉杖みたいなものと思ってください」
患者さん「松葉杖ですか?」
自分「必要な時は使ってもらって、必要なくなればいずれなくなっていくものです。でも回復しても同じことをしたらまた折れちゃうかもしれないので、うまくその骨の疲れに気を配っていけると良いですね」
患者さん「はい、分かりました」
自分「念押しじゃないですけど、今は必要な時だと思うので使ってくださいね」

 治療者が車いすや介護ベッドのような存在であれば、患者さんはどんどんそれに依存してしまい、独力で立つことを忘れてしまうかもしれません。松葉杖として”使う”のが大事で、その主語は患者さんです。回復に向かうには、患者さんが松葉杖を使ってリハビリをするのがポイントになりますね。ただ、最初は治療者やお薬が車いすとして働くことが求められることもあります。患者さんの状態が危機的であれば、まずは車いすになるのが適切でしょう。松葉杖になるタイミングを見計らいながら、そのように行動します。

 実際に行動をするのは患者さん。治療者はそれを松葉杖として支えて、いずれは使われなくなることを希望しています。
トラックバックURL
http://m03a076d.blog.fc2.com/tb.php/1849-dc2d031c
トラックバック
コメント
治療者と患者の関係は精神科は特殊ですよね。
医師の松葉杖という関わり。使っている患者の依存度は丁度いい間
なのでしょう。

長いおつきあいになりますので、時に怒られたり時にほめられたりしながらお互いに成長して行く関係でもあるように思います。
これは、他の科との絶対的な関係性の違いかも。
主治医も完璧ではありませんので、年輪を重ねて得ていくものもある。患者も病状の変化とともに人間的な変化もある
「今の患者のあるがままにするのではなく、本来の患者のあるようにする」
という言葉を聞いた事があります。
「本来の患者の姿」というのが治療者にも患者にも見えてくるまでに時間もかかりますが、落ち着く所に落ち着くと、心がストンとするものですね。
色々な症状はでて来るし、お薬にも頼りながらですが、常にベストの状態をイメージしながら自分をコントロールする。
完治のない病気なので、何らかの形で精神科の医師とはお付き合いして行くでしょうが、どの方になっても、「客観的に見た自分の本来性」を忘れずに一緒に歩いていきたいですね。

うたdot 2015.03.05 21:01 | 編集
先生こんばんは*・ωq


最近 考えをまとめて長文を書くということができなくなってきたのですが
先生がおっしゃっておられることは 私もそう思います



食べたいものもなく 動けなくなると困るから食べやすいものんただ食べているだけで
それがとてもつまらないです・ε・*


お腹は空くんですが いざ食べるとなると 美味しくないです。

食べものを ただ詰め込むだけってむなしいですね‥

こんひゅすぱいdot 2015.03.06 23:43 | 編集
もなかの先生
こんにちは。前半部分、少し恋愛に似ているなと思いました。過信したり盲信したりする感じが・・・。
ただ、恋愛は、この人でイイではなくこの人がイイ。になるのかな。

松葉杖を使いながらも、自分で治そうとする気持ちが大切ですね。


ノラdot 2015.03.07 10:14 | 編集
>うたさん

ありがとうございます。
そうですね、長いお付き合いになるので、お互い時間を経ることで成長というのも実感できますね。
本来の患者さんのあるように、というのもなかなか難しいですが、それを目指して取り組んでいくことが大事だと思っています。そのためには、今の患者さんのあるがままを肯定するのも、出発点としては良いのかもしれない、と自分は思います。”あるがまま”という言葉の意味(とらえ方)によっても解釈は異なってきそうですが。
m03a076ddot 2015.03.09 19:17 | 編集
>こんひゅすぱいさん

ありがとうございます。
確かに、そのような状況では、こんひゅすぱいさんの思われるような気持ちになるかもしれません。
ただ、食べたいものは無いけれども、生活のために食べようと思って食べる。このことってとても大事なのだと思います。
むなしさがおありとのことですが、食べたいものがないからという理由で食べずにいるよりも、生活を考えて長期的な視野に立って食べる、この行為は目先の安楽にとらわれない重要なものだと思います。
m03a076ddot 2015.03.09 19:28 | 編集
>ノラさん

ありがとうございます。
仰るとおりと思います。心理療法の世界でも、深みにはまると恋愛感情に発展してしまうことは指摘されています。恋愛になると”あばたもえくぼ”となってしまい、良いところ悪いところが良く分からなくなりますね。精神科では”あばたはあばただけどあばたで良いじゃない”みたいな感覚を持ってもらえることが大事なのかもしれません。
m03a076ddot 2015.03.09 19:32 | 編集
管理者にだけ表示を許可する
 
back-to-top