2015
04.21

臨床のワンフレーズ(11):医者はあきらめが悪い

Category: ★精神科生活
 長年通院している統合失調症の患者さん。強い妄想があり、診察ではそれをずっと語ります。付き添いのご家族が「長いこと薬を飲んでるけど、良くならないねぇ」と。そうしたら、患者さんは

「頭狂っとるもんで、ははは」

 と笑っていました。どうにもならない自分の病気の苦しさを笑い飛ばそうとしているのか、何となくその笑い方が淋しいような悲しいような、そんな風に受け止められました。

 どんな患者さんにも健常なこころはあります。だからこそ病を感じる自分自身がつらいのでしょう。不謹慎ですが、いっそ病に全て流れ落ちてしまえばこの患者さんも悩むことなく楽なのかな…とふと思っちゃうこともないわけではありません。でもそれは感情をなくすことでもあり、その人がその人でなくなってしまうのではないかと感じます。

 医療者は患者さんの健常なこころに働きかけて、病とうまく距離を置く、冷静に病を見つめる、そんなことを目指します。それが出来ると患者さんは”とらわれ”から抜け出て、症状は日常の悩みとなり、病は病でなくなります。

 とはいえ、長い時間がかかることもあり、治療が難しいことも確かに多いです。上記の患者さんも長年苦しんでおり、なかなか医療者の手が届かない。しかし、あきらめることだけはしてはいけない。自分の患者さんの中には、幻聴や妄想がずっと続いて「もう治らんし、あきらめたわ。先生もあきらめたら?」とドキッとするようなことを言うかたがいます。自分はいつも


「医者はあきらめが悪い存在なんだわ」


 と伝えています。中井久夫先生の本にこういうセリフが書かれてあったような記憶があるようなないような。確かに心が折れそうになりますが、当事者である患者さんのほうがどれだけ苦しんでいるか。そんな時に医者まであきらめてどうする。

患者さん「もうあきらめた。先生もあきらめない?」
自分「ん? あきらめ? ○○さんのあきらめって、どんなあきらめ? 幻聴さんとお付き合いしていこうっていうあきらめ? それとも、言っちゃ悪いけど○○さんの人生のほう?」
患者さん「うーん。へへ、人生のほう。疲れちゃったわ」
自分「そっか…。確かに苦しい生活だと思います。あきらめたくなるのも無理はないですよね…」
患者さん「うん」
自分「ですよねぇ…」
患者さん「…」
自分「…」
患者さん「…」
自分「…でもね、医者ってあきらめが悪いんだわ。なんでって言われると困っちゃうんだけど、理屈抜きで○○さんに生きていてほしいなって思うでね」
患者さん「…ふーん、面白いね先生」
自分「そう? 何とか今の苦しさと折り合いがついて、ちょっとでもこころにゆとりができればなって思ってるで」
患者さん「そうだなぁ」
自分「だから、疲れたら言ってください。○○さんが疲れたら、そのぶん私があきらめの悪さを見せるから」
患者さん「おぉ、分かったわ」

 精神科の治療では、患者さんが”孤立”しないようにこころがけます。孤立は絶望につながり、それは最悪の事態として自殺の経路となるでしょう。上記の「医者はあきらめが悪い存在なんだわ」というのは、押しつけがましくなく「あなたは孤立していないんだよ」と伝えるメッセージでもあります。これっくらいしか出来ないことも多くてそれが悔しいのですが…。統合失調症は自殺率の高い疾患でもあり、既遂した患者さんの約50%では明確なきっかけを医療者はつかめません(Heilä H, et al. Life events and completed suicide in schizophrenia: a comparison of suicide victims with and without schizophrenia. Schizophr Bull. 1999;25(3):519-31.)。この疾患を持つ患者さんに対して自分はシンプルに「理屈抜きで生きていてほしい」「医者はあきらめが悪い」の2点を伝えるようにしています。

 だからといってどんな時でも医療者に頼らせるようにしてはいけないのも事実。孤立にならないように気をつけるいっぽう、つながりすぎにもならないように考えます。つながりすぎると、患者さんがいつまでも”患者”でいるという危険性があるのです。よって、医療者は2人称(わたし-あなた という親密な関係)でもなく、3人称(彼 という他人の関係)でもなく、柳田邦夫の言う”2.5人称”的な立場をイメージし、患者さんが日常生活や社会の場で助けあいながら生活できる状況をもたらすことに腐心します。

 治療抵抗性の疾患で患者さんも医療者もつらい時だからこそ、患者さんが孤立しないように、医療者は押し売りをしない程度の”あきらめの悪さ”を示すことがとても大切なのではないかなと思っています。

 ただ、上記のように絶望から死に至るのを防ぐ”あきらめの悪さ”は必要ですが、何でもかんでもあきらめないというのも違うかもしれません。あきらめないことが”現状の否認”であり、現実から眼を背けて自分の課題に取り組まず限界を見ようとしないのであれば、”あきらめること”も重要でしょう。あきらめるという言葉は”あきらかにする”が語源とされており、現在の自分の立ち位置を認めること、そしてそこから再び歩き出すために必要な行為にもなります。
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コメント
患者は、どっかであきらめきれないから、あきらめたと口にしてみる。自身をそれで納得させようとしてる気がします。治療者を試している気もします。だから、先生のように、あきらめないという態度は患者にとっては、救いのような気がします。

でも、先生もあきらめない?はい、わかりました。では一緒にあきらめましょう、もシャレにならないですが(笑)
ノラdot 2015.04.27 21:09 | 編集
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dot 2015.04.28 20:53 | 編集
>ノラさん

ありがとうございます。
特に統合失調症の患者さんは自殺の前触れが分からないことも多く、どことなくこちらがあきらめてはいけないような雰囲気になります。
ただ、常にあきらめずにがんばっている姿勢を医者が出し過ぎると、それを患者さんは「重い」「私も頑張らなきゃいけないような気がしてきてつらい」という風に受け止めてしまうこともありそうです。
”少し隙のあるあきらめなさ”というのが良いのかもしれませんね。
m03a076ddot 2015.04.29 21:20 | 編集
管理人用閲覧コメントを下さったかた、ありがとうございます。

こういうコメント欄では雰囲気が伝わらないことも手伝って、あまり”症状”という印象は持ちません。
バカバカしいなぁと分かっているけれども考えやイメージが湧いてきて困ってしまうということを強迫観念と言いはしますが、それが近いでしょうか。
ただ、何に対しても精神症状というラベリングをすることは個人的には好きではありませんが。
m03a076ddot 2015.04.29 21:24 | 編集
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dot 2015.05.07 17:12 | 編集
管理人用閲覧コメントをくださったかた、ありがとうございます。

成功体験か否かは、その体験を本人がどう位置づけるかによって変わってくるでしょう。
頓服でしのいだという事実について「じゃあ次はひょっとしたら無しでもしのげるかもしれない」「半分の量でもしのげるかもしれない」という方向に光を当てることも可能です。
物事は、見るフレームを変えると見かたが変わってくるものだと思います。
m03a076ddot 2015.05.08 11:36 | 編集
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dot 2015.05.08 13:44 | 編集
管理人用閲覧コメントをくださったかた、ありがとうございます。

薬のおかげで乗り越えたと思っているうちは云々のところですが、乗り越えたと感じてくれていることにスポットライトを当ててもらったほうが良いかと思います。そうなると、それはそれでひとつの成功体験でしょう。そこから少しずつお薬を使わずにやっていけるかというトレーニングをしていけば良いことなので(そのトレーニングをするというのが前提ですが)。
1つの出来事を成功体験とみなすかそうでないかとみなすかはその人のものの見かたによるでしょう。
自分は成功体験という定義を広く考えています。そちらの方が柔軟性があると信じているので。
m03a076ddot 2015.05.11 14:08 | 編集
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dot 2015.05.18 09:23 | 編集
管理人用閲覧コメントをくださったかた、ありがとうございます。

SSTは確かに有効なこともあるようですが、それを行なってくれる施設を探すのが大変かもしれません。
しかし、例えばCRNは発達障害の子どもさん向けのSSTを行なっています。ちょうどこのページ(http://www.blog.crn.or.jp/lab/04/08.html)が場面緘黙に対するSSTの話題になっています。
また、”かんもくネット”のリンク(http://kanmoku.org/link.html)を見ると、手助けになる機関につながるかもしれません。
とは言え、どんな治療法も、本人が”納得”して参加することに意義があるのだと思っています。
成人していると、取り組みを示してくれる良い本も少ないのが実情でしょうか…。
それでも、『私はかんもくガール』は緘黙のことがよく分かる内容ですし、学校であれば『先生とできる場面緘黙の子どもの支援』などを読んでみてもいいのかもしれません。
場面緘黙やSSTについては自分が明るくなく、サイト紹介のようになってしまったことをご了承ください。
m03a076ddot 2015.05.20 08:22 | 編集
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dot 2015.09.08 22:48 | 編集
管理人用閲覧コメントをくださったかた、ありがとうございます。

申し訳ありませんが、その方面で知り合いはおりません。
また、仮に知り合いがいたとしても、教えたり紹介したりということはしないのが通常かと思います(診療自体に影響が出るので)。

m03a076ddot 2015.09.11 12:45 | 編集
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