2014
10.01

知らないものは分からない、知ってしまうとそう見える

 多くの医者が行なう診断へのプロセスは以下のようになるでしょうか。

 患者さんの主訴は言うに及ばず、年齢や既往歴、現病歴などなど。そういったところからそれらとフィットする鑑別疾患(候補となる病気)をいくつか思い浮かばます。そうして、思い浮かべた病気の中で違いを見比べる。その違いが今までの情報では不明であれば、患者さんから更に必要なことを引き出して、違いを際立たせていって1つに絞ります。

 思い浮かべる中でも、病歴次第では新たに別の疾患が可能性として出てきたり、また別の疾患の可能性が下がっていったり。頭のなかはかなり忙しいのでございます。患者さんから聞く時も、漠然と聞くわけではなく「この疾患の可能性はないか?」と考えながら”引き出す”姿勢がとっても重要。だから個人的には”医療面接”という言葉よりも”問診”という【問う】アクセントを強めた言葉が好きです。

 さて、鑑別疾患から診断に至る中で大事なのは、このことになります。



思い浮かばないものは診断できない



 当然っちゃ当然ですが。もちろん思い浮かんだ疾患も典型的/非典型的な経過を知っていなければ、良い病歴は取れませんし診察も異なってきます。診断に至るプロセスは、総論的な流れを学び、それと平行して各論的な部分を積極的に調べなければいけません。

 医者は思い浮かんだ疾患の間で色々考えを巡らせます。だから、想定していない疾患は候補にないのです。例えば、下腹部痛でいくつかの疾患を想定して進めていっても閉鎖孔ヘルニアが全く思い浮かばなければ診断はできません。中にはキーフレーズというのがあって、漢方で言う口訣的なヒントによってポンっと思い浮かべることができることもあります。先の下腹部痛では”多産・高齢女性・痩せ型”が出てくれば「あ! 閉鎖孔ヘルニアかも!」と思い出せます。

 そういうわけで、その候補となる疾患は医者の勉強するタイミングでも変わってきます。大動脈解離の勉強をした後では、この疾患の多彩な症状から色んな主訴で鑑別の上位に挙がってくるでしょう。ACTH単独欠損の勉強をした後だと、倦怠感を訴える患者さんの鑑別疾患に絶えずそれが入ってきて、片っ端から早朝コルチゾールとACTHを測定するかもしれません。レビー小体型認知症を学んだら、認知機能低下を来す患者さんの多くがレビーっぽく見えてきてしまうかもしれません。そして更に、鑑別の順位って、医者個人の勉強以外に世間の注目でも変わります。

 ということで、今回のデング熱。今年(2014年)、昭和20年以来約70年ぶりの国内感染として注目され、いきなり診断が増えました。この疾患は高熱と全身の筋肉痛や関節痛、1週間前後経ってから発疹出現、となります。検査値では血小板が減少することが見られることもあります。

 しかし、これまでは大原則がありました。それは”渡航歴”です。東南アジアに行ってきた! というのなら「ひょっとしたらデングさんあるんじゃない?」と想起できて鑑別の候補として出てくるかもしれません。しかし、それが一切ない状態であれば、まず鑑別疾患として出てきません。典型的な経過であっても、医者がデング熱に詳しくなければ思い出せない。自分が救急外来で当直をやっていたら、100%見逃していたと思います。

 デングが出現した! という知らせ以前は、クリニックや救急外来で働く医者のほとんどは、”発熱と関節痛”という患者さんに遭遇してもデング熱を鑑別に挙げることはしていませんでした。発疹が出てきても「何かのウイルス感染の非特異的な所見だろう。ウイルス感染ならそれもアリじゃない?」とやや強引に理屈付けをしたり「この発疹は麻疹の拡がりに似てるなぁ。成人の麻疹かな?」と思ったり(ちなみに麻疹は他の先進諸国では超レア疾患です)。

 デング熱を今回はじめて診断した先生は、実際に外国で診たことのある先生だったそうです。「渡航歴がないということ以外は典型的なデング熱の所見だった」という旨のお話をされていましたね。この先生が診ていなかったら、ひょっとしたら「日本でデング熱が出た!」というニュースはまだ先のお話で、今も「日本ではデング熱の発生は昭和20年以来ない」となっていたかもしれません(つまりは見逃したまま)。

 そんなこんなで、デング熱を渡航歴のない日本人が発症したというのは、多くの医者にとって大きなインパクトをもたらしました。そうなると、”発熱と関節痛”という患者さんがやって来た時、鑑別の上位に”デング熱”がどーんと新規に据えられます。よって、診断の漏れが少なくなりましたし、ちょっと過剰診断にもなってしまっている可能性もあります。

 個人的には「デング熱ってひょっとしたら以前からちょいちょいあったんじゃなかろうか…?」と考えています(ホントかどうかは分からないですよ。あくまでも推測として)。多くの場合は致死的でなく対症療法で治癒してしまうことも幸いして、これまでは「何らかのウイルス感染だろうけど治ったから良しとしよう」ということで片付けられスルーされていたかもしれないと言えます。意地悪く言うと、最初に診断した先生が数年前にデング熱をひっかけていたら、日本でデング熱が多くの地域で診断されるのはもっと早まったかもしれません。
 
 今回はデング熱でしたが、これは診断推論一般にも言えましょう。知らないものは診断できないということを痛感させた事例であり、また疑い出すと過剰診断にもなりえてしまうという教訓にもなります。総論を学んだら各論もつかまえる、各論を学んだら総論にしっかり還元する、これの繰り返しが大切ですね。
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コメント
今さらですが 小倉での事[そう!そう!わっしょい夏祭りもあったなぁ] 嬉しく読ませていただきました。

デング熱 家族で話していたんですが 昔からあったんじゃないの? ただお医者さんが 見つけられるようになっただけなんじゃないの? で終わりました。


どのような疾患であっても 診察される先生の中に思い浮かばなかったら 違った みたて になってしまいますね。
もなかのさいちゅうさんの様な先生方が増えますように願いたいものです!
マリンdot 2014.10.01 09:22 | 編集
デング熱毎年日本でも出てると 何かに書いてありました。ただ今回はなぜか マスコミが騒ぎ立てましたが。。。
毎年出てるのになぜ今回は騒ぐのか 何かを隠すためにマスコミ利用?と書いてる人もいて 色んな考えあるんだなーと思ってました
あさがおdot 2014.10.01 15:41 | 編集
診断も 人間のお医者さんよりコンピューターのほうが 上手にできる時代になるのでしょうか?
パイナップルdot 2014.10.02 10:27 | 編集
>マリンさん

ありがとうございます。
デング熱は増えたということを否定しませんが、少しは以前からあったかもしれませんね。
医者からすると渡航歴のない日本人患者さんでデング熱を考えるのはかなり難しいようにも思っています。
診断にいたるプロセスは大事にしたい、と考えます。
m03a076ddot 2014.10.03 16:23 | 編集
>あさがおさん

ありがとうございます。
今回は診断名というラベリングが70年ぶりになされたので、マスコミも驚いたようです。
マスコミを利用したなどの陰謀論的なものを好む人も、いつもいますね。
m03a076ddot 2014.10.03 16:26 | 編集
>パイナップルさん

チェスも将棋もコンピュータに負けてしまう時代ですものね。
診断もそうならないように努力していきたいものです。
ただ、症状も言語化する際に医学用語とその患者さんで用いる用語とで不一致が起きますし、また非言語的な部分もあるでしょうから、その辺りは人間の応用力に期待したいです。
m03a076ddot 2014.10.03 16:27 | 編集
こんにちは。現在オーストラリアで血液を勉強中の者です。モノスポットテストを検索していたらEBV関連でこちらのサイトにいきつきました。リンパ白血球比は目からうろこです。ありがとうございました。この記事も、去年わたしはデング熱にかかり(フィリピン)、興味深く読ませていただきました。結局のところ自力で治癒させましたが、相当辛かったです。最後の文章、強く同意いたします。
kiridot 2015.01.21 11:55 | 編集
>kiriさん

ありがとうございます。
デング熱は相当つらいと聞きます。目の奥のあたりの頭痛や関節痛は例られないくらいのようですね…。いくらself-limitingな疾患とは言え、回復されて良かったです。
m03a076ddot 2015.01.24 08:02 | 編集
管理人用閲覧コメントをくださったかた、ありがとうございます。

思い浮かばないと診断は出来ず、また患者さんの言葉と医療者の言葉での噛みあわなさも取り違えになってしまいますね。
”言葉”は多義的で、かつ患者さん側ももやもやした症状をうまく言い表せず、かつ医療者もそれを自分自身の言葉で理解をしなければなりません。色んな点で誤解が出てくるところだと思っています。
虫垂炎も実は診断がかなり難しく、救急外来ではどんな腹痛であっても鑑別診断の3番目くらいには残しておくようにと言われることがあります。典型的な経過を辿らない虫垂炎がかなり多く、そうなると医療者の眼を欺きます。
とは言え、出来るだけ広い視野で構えていたいと思います。なかなか難しいところもありますが。。。
m03a076ddot 2015.12.23 12:28 | 編集
管理人用閲覧コメントをくださったかた、ありがとうございます。

医者は確率で動いているので、やはり確率の高いところから考える癖があります。
となると、現在持っている病気で説明がつかないかをまず考えるようにします。
新しい病気が加わるよりは、持っている病気で説明がつく方が確率としては高いので。
レアを探しすぎるとなかなか先に進めず、また過剰な検査にもつながって医療経済を圧迫することも指摘されています。
確率の高いものや、確率が低くても見逃したら大変な疾患から少しずつ探っていくのが妥当ではあります。
ただ、せっかくの総合診療科なのにちょっと残念でしたね…。
m03a076ddot 2015.12.25 12:45 | 編集
再度のお返事ありがとうございます。

確かに、胃がんも胃潰瘍もなければストレスを疑うのは確率から考えると当然かもしれません。「胃がんでも胃潰瘍でもないから魚の骨だ!」とはなりませんものね。
そう思うと「既存の病気にあてはめるな!」というのは傲慢だったと反省しております。

期待して行った総合診療科は空振りし、消化器科でもあまり話を聞いてもらえずでモヤっとしていたのですが、先生のご意見を聞かせて頂けてよかったです。

どうぞよいお年をお迎えください。
かよdot 2015.12.26 20:37 | 編集
>かよさん

ありがとうございます。
診断はなかなか難しいですね。
ただ”時間軸”というのも大事で、時間経過に従って悪化していく、他の症状も出始めるなどあれば、詳しく検査する対象になります。
昔から医学には”後医は名医”という言葉があります。時間が経つと症状の輪郭がはっきりして、他の参考となる症状も出現するため、最初に診る医者には分からなくても後々になって診察する医者は診断可能で、必然的に”後に診る医者は診断できる=名医だ”となります。
症状の進展度合いにはお気をつけ下さい。
m03a076ddot 2015.12.28 11:02 | 編集
管理人用閲覧コメントをくださったかた、ありがとうございます。

選択肢とそれぞれのお考えはもっともなことだと思います。
そこまでしっかりと考えていらっしゃるのであれば、やはりご本人で決断すべきところではないでしょうか。
門外漢の私が軽々しく「こうしたら?」と言えるものではないと思います。
しっかりと考える価値のある内容だと思いますので。
m03a076ddot 2016.01.15 11:25 | 編集
こんにちは。
ご返信ありがとうございました。

ひとまず転院は最後の手段として、時期を見て選択肢1か2を試してみたいと思います。

ちなみに、摘出した卵巣嚢腫(成熟奇形種)を病理診断にかけたところ、幸い悪性ではなかったこともご報告させて頂きます。
かよdot 2016.01.18 16:55 | 編集
いつも、お世話になっています。
ベンゾの薬から、なかなか離れられません。
症状が良くないのでしかたがないのですが、
リボトリール1日3mgから、セルシン1日10mgに変更になりました。
種類を一気に変えて、大丈夫なのですか?
と、聞いたら、同じ系列の薬なので大丈夫と言われました。
自分は、不安症があるので、しかたがないのですが、双方の薬で、もう、1日何もやる気がおこらないのです。
これは、個人差がありますか?
なぜ変わるときに少量からでなく、多めからスタートなのしょうか?
お忙しいところすみません。いつもありがとうざいます。
まりりんdot 2016.01.19 10:47 | 編集
>かよさん

ありがとうございます。
ご自身でしっかりと考えて決断を出し、その経過もきちんと追うことが重要だと思います。
m03a076ddot 2016.01.20 01:56 | 編集
>まりりんさん

ありがとうございます。
お薬は個人差があるので、絶対にこれはダメ、絶対にこれにする、などはありません。
用量も置き換える時にやや多めを見積もるのは、そちらの方が離脱症状が出にくいと考えるためです。
せっかく置き換えても離脱症状がバンバン出て苦しいのでは元も子もないので。
m03a076ddot 2016.01.20 01:58 | 編集
管理人用閲覧コメントをくださったかた、ありがとうございます。

抗NMDA受容体脳炎は映画『エクソシスト』のモデルになった疾患で、多くは急性の精神病状態を来たし、意識障害にもなります。
疑わしい場合は神経内科になるかと思います。
腫瘍があれば切除するとほとんどは改善しますが、全例ではないようです。
専門家用の資料なら、北里大学の飯塚先生のものがまとまっています(https://www.neurology-jp.org/Journal/public_pdf/049110774.pdf)。
一般用の書籍もあり、抗NMDA受容体脳炎に罹患した患者さん自身が書かれたものです(『脳に棲む悪魔』という本です)。
一度目を通してみてはいかがでしょうか。
m03a076ddot 2016.06.09 21:03 | 編集
管理人用閲覧コメントをくださったかた、ありがとうございます。

『脳に棲む悪魔』を読んでみると、どういった疾患かのイメージが沸くかと思います。
納得の行く説明をしてもらえるということが、とても大事なのでしょう。
世の中には原因の分からない病気はたくさんあるので、原因を追求すると五里霧中、暗中模索になってしまうことがあります。
今をどうやって生きていくと良いのかというのを、生活基盤から見つめて症状への視点をずらしてみるのも重要になってくるかもしれません。
m03a076ddot 2016.06.16 22:30 | 編集
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