2014
08.29

生兵法になるのだろうか…。

Category: ★精神科生活
Curtis JR, et al. Effect of communication skills training for residents and nurse practitioners on quality of communication with patients with serious illness: a randomized trial. JAMA. 2013 Dec 4;310(21):2271-81.

 終末期における患者さんとのお話は、精神科医もドキドキもんです。前にいた病院ではリエゾン活動を精神科が行なっており、自分も少し参加したことがあります。でもどんどん病気が進行していくと、かける言葉も見つかりません。患者さんには本当に申し訳なかったのですが、病室に向かうのが苦しく感じたことも多々あります。どうすればいいんだろう、、、と思ってしまいますし、そういう時は、患者さんも同じく苦しんで不安な気持ちなんだろうな…と感じもします。

 そういったコミュニケーションの技術を良くせんがため、講習会が行なわれていますね。皆さん困ってるんだなぁというのがよく分かります。しかし、それを受けることは医療者側の不安を軽減させはするものの、果たして患者さんのために本当になっているのか? 独りよがりになってはいないか?

 上記の論文は、レジデントと看護師さんにコミュニケーションの訓練をしてケアの質がどう変わるかを見ていますが、結果はなんとケアの質は改善せず、患者さんのうつ症状がむしろ悪化してしまったそうです。。。


衝撃


 付け焼き刃じゃいかんのだ、やはり。。。

 患者さん、特に重篤な身体疾患を抱えているかたがたは自身のつらさを「わかってほしい」と思い、そして同時に「健康なお前たちにわかられてたまるか!」という、両方の気持ちを持つことが多いです。そういった患者さんに接する時は当然気を遣いますし、こちらの言葉が変に受け取られないように細心の注意を払います。

 コミュニケーションの講習会では「とりあえず共感だぁ」的なことが多いような気がします。自分も緩和ケア研修会を受けたことがありますが、共感が大事と言われたような記憶。しかし、上述の患者さんの心境を考えると


安っぽい共感は害をなす


 と考えていいのではないでしょうか。がんで苦しんでいる患者さんに対して「つらいですね」とか「わかります」とか、それって本当にそう思えていますか?

 長年診て患者さんの人生を知り抜いてる主治医が「そうか、それはつらかったね」と言うのは恐らく絶大なる効果を発揮します。これが真の共感なのかもしれません。一方、コミュケーションの講習会で学ぶ共感というのは、それを行なう時期を間違えると憐憫や同情になってしまう可能性が高いのではないでしょうか。

 講習会なんかでは学べない、患者さんの人生背景。それを日々の臨床でしっかりと聞いてきた歴史があってこその共感かもしれません。それがない状態では共感は共感たりえない。それだけ難しいものだと思います。

 私たちができるのは「今のあなたの状況であれば、そのように思うのも無理はないですね」という、やや論理的な認証というもの。ただ、それも”今のあなたの状況”というのをしっかりと患者さんに語ってもらってからという但し書きが付きます。

 ぱっぱっと共感っぽいことをするのではなく、患者さんと一緒に苦しんだり悩んだり、時には長い沈黙もありましょう。そういった姿のほうがひょっとしたら良いのかもしれませんね。

 コミュニケーションは難しい。特に重篤な身体疾患を持った患者さんとのそれは講習会などではカバーできないものなのでしょう。でも難しいからこそ、医療者には”講習会に頼り不安を軽くしたい”という思いが芽生えてくる。そんな気がしています。
トラックバックURL
http://m03a076d.blog.fc2.com/tb.php/1778-1be75a65
トラックバック
コメント
ほんと難しいと思います

安っぽい言葉は相手を不快にさせますし、
あと、年齢も関係あると思います
若造にわかられてたまるか!みたいな。。。
そう言われていた医師、ナース見かけたことあります。
末期で無くても患者さんは 辛さをぶつける事多々ありますよね。。。何度も暴言を吐かれたことあります^^;

信頼関係を築く事が大切で、どうすればそれが出来るか 悩んでた昔を今回のブログで思い出しました
あさがおdot 2014.08.29 17:40 | 編集
>あさがおさん

ありがとうございます。
本当に難しいですね。
こころは繊細ですから、なかなかインスタントな技術では対応しきれないですね。
せめて土足で患者さんのこころに立ち入らない、そんな思いを常に持っておくことが大切なのかもしれません。
何にせよ時間が必要なのだと思い知らされます。
m03a076ddot 2014.08.31 22:34 | 編集
管理人用閲覧コメントを下さったかた、ありがとうございます。

良かれと思ってやった指示やアドバイスが裏目に出る、というのはままありますね。やはり大事なのはそれを行なっても良いという状況を前もって丹念にこしらえておくことなのだと思います。
また、技術と言うのは慣れてしまうとつい”つもり”になってしまいますね。傾聴している”つもり”、共感している”つもり”…。なかなか難しいものです。慣れていないと意識して行ないますが、慣れると意識の下に沈んでしまう。そしてそのことが行為としても薄らいでしまう…。
折に触れて思い返すのが大事なのかもしれません。
m03a076ddot 2014.09.03 07:21 | 編集
管理者にだけ表示を許可する
 
back-to-top