2013
12.19

覚書その7~人格構造という軸

Category: ★精神科生活
 この章も純粋な精神分析の考え方です。発達理論や防衛機制を勉強したのでちょっとお腹いっぱいかもしれませんが、それらを基に考える人格構造というのも、患者さんを診ていく上で役に立つ精神分析的アプローチ。少し知っておいて損はないんじゃないかなと思います。なお、この“人格構造”とエーの言う“人格”は意味が異なりますので。エーの人格というのは過去と未来を貫いた、1つの通時的な存在としての人間のありようを指しています。

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 今回の“人格構造”ですが、これは精神病的人格構造境界的人格構造神経症的人格構造という3つに分けられます。発達理論で勉強した発達の進み具合を考慮してますから、世界が1人称だけの世界からだんだん進んで2人称の世界になりそして3人称が入ってくる、また防衛機制も低次なものから高次のものを優位に使えるようになってくる、そういうのを考えてその人の人格構造を決めていきます。

 人格構造は上記の3つに分類されると述べました。発達の進み具合で説明すると、神経症的人格構造ではフロイト先生の“エディプス・コンプレックス”、すなわち2人関係の世界から3人関係の世界になるところです。境界的人格構造では上手く2人関係の世界に入れるかどうかという分離個体化の時につまづいており、精神病的人格構造では1人関係の原初的な共生期のところにとどまっていると言われます。

人格構造

 カーンバーグに従って、それぞれの人格構造を示してみましょう。同一性統合の程度、防衛機制の水準、現実吟味の水準という3要素によって分類されます。

神経症的人格構造:“あいだ”はほぼ成熟しており、自己と他者との区別は保たれています。現実と想像との区別にも問題はない構造。防衛機制は抑圧をベースとした高次のものを主に用い内的な葛藤から保護しますが、使い方が不器用で硬直しています。
境界的人格構造:“あいだ”が成熟の途中で止まっており、自己と他者との区別は曖昧になっています。しかし、現実と想像との区別は可能でして、現実の生活や人間関係にも何とか適応できます。ただし現実検討能力が心的負荷により一時的に損なわれ精神病的となってしまう構造。防衛機制は分裂をベースとした低次のものを用い、内的な葛藤から保護します。この人格構造は“不安定の中に安定している”“正気とするには狂気であり、狂気とするには正気である”とも評されます。
精神病的人格構造:“あいだ”は原初の状態でして、自己と他者との区別が完全に混乱しています。現実と想像との区別もはっきりせず、現実検討能力を欠いてしまっている構造。防衛機制は分裂をベースとした低次のものを用い、バラバラになりそうな解体不安を追い出そうとしたり回避しようとしたりと試みています。

 この境界的人格構造はいわゆる“境界例”と似たような表現と言っても良いと思います(ホントはちょっと違いますが、気にしない)。

 防衛機制に注目すると、神経症的人格構造では抑圧がメインである高次のものを主に使うのですが、柔軟性がなくてそれが長期間続いてひずみが生じてしまっていると考えられます。境界的と精神病的は分裂がメインである低次のものを主に使います。分裂というのは、関係性を自らにとって“良い”関係と“悪い”関係とにスパンと分けてしまうこと。じゃあ同じ低次なものを使うんならどこが違うのか、ってことになりますが、精神病的人格構造では、身体がバラバラになるんじゃないかという内なる不安(解体不安)を追い出して、外からのものと位置づけようという試み。原初の“不安=世界”という状態を追い出して、迫害するものとして位置づけます。それは被害的な幻聴であったり、被害妄想であったり(図の①)。

 対して境界型人格構造ではもうちょっと発達が進んでいますから関係性も原初的ではありません。2人関係を上手く作れない苦しさがあり、それを解決するために万能的な“良い”関係と迫害的な“悪い”関係に戻してしまい、“悪い”関係を追い出そうとします(図の②)。

精神病的境界的

 境界型人格構造は、葛藤や苦痛な感情を“あえて意図して行動で出す”ということ。アルコール、リストカット、ひきこもり、万引きなどなど。伝える手段であるべき言葉が未熟であり、主に行動で表してしまうのが問題。すぐに抱えられなくなり、積極的に追い出しちゃいます。

 「なるほど、患者さんの人格構造はこんな風に分かれているのか。じゃあこれはどういう時に使うの? てか、使ってどんな意味があるの? 精神科がよく非難される、机上の何たらってやつじゃないの?」という質問が出てきそうですね。私たちは一般に症状を聞いてそのまとまりを疾患としていますが、それとは別の軸でこの人格構造から患者さんを眺めて見ることも求められてるんです。日本漢方の理論には、患者さんを気血水で考えるのと五臓で考えるのと2つの視点がありますが、それと同じかもしれんですね。患者さんを診察する時は「この患者さんはどの人格構造かな?」と考えてみることも大事。これは全ての患者さんで漠然とで良いので思っておいた方が良いと思います。どうして人格構造の目線を持つのが大切かというと、患者さんに接する時の心構えがそれで変わってくるからなんです。

 例をいくつか挙げてみます。神経症的であれば比較的短期間で治療が決着するかもしれません。境界的、精神病的になるにつれて、短期での改善というのは少し望みにくい。また、診察の際の柔軟性も神経症的では大きくとも大丈夫でしょうが、境界的や精神病的ではある程度一定の型の診察の方が無難だと思われます。診察の方法も、神経症的ではいわゆるコテコテの分析的な探求をしても耐えられますが、境界的では個体化を援助するような方針が適切であり、精神病的では支持的で現実的な対応が求められます。

 まとめてみましょう。発達の成熟度、つまり“他者と自分”という感覚をしっかり持てているかの幅(日常生活の世界にいられるか)が人格構造によって異なるんです。神経症的人格構造のように“他者と自分”を持てているならば、態度や発言や診察頻度といった治療者側の因子が少し変動しても大丈夫。境界的人格構造や精神病的人格構造のように“他者と自分”が確固としていない患者さんならば、治療者側の因子は変動させない方が良く、治療の枠というものをしっかり固めた方が無難ということ。境界的人格構造には「主体はあなたですよ」という雰囲気を出すことが個体化には必要ですし、精神病的人格構造に対してはわざとらしいことをしないのが良いと思います。

 防衛機制に注目すると、低次の防衛機制を用いる人格構造の場合は“悪い関係”を追い出すため、その追い出し先が治療者になるかもしれません。そうなると、患者さんは治療者を“迫害するもの”として捉えてしまう可能性もあるでしょう。前もってそういう事態を想定しておくと、びっくりしたりイラッとしたりというのが和らぎますし、何とか理解も可能になります。また、コテコテの精神分析は患者さんを退行させる(発達段階の原始的なレベルに下げてしまう)ことがありますが、境界的人格構造や精神病的人格構造ではそれが容易に起こりやすいと言われます。なのであんまりよろしくない。人格構造を視野にいれることで、そういった見通しが立つようになりますし、冷静な優しさを持てるようにもなります。臨床に役立ちそうな気がしてきませんか?

 この章の最後に、境界的人格構造とDSMの境界性パーソナリティ障害とはどう違うんだろうという疑問が湧くと思うので、それにお答えしておきましょう。先程も言ったように、人格構造による軸と症状によるグルーピングの軸の違い。別の見方からなっておりまして、横割りか縦割りかと表現しても良いかもしれません。パーソナリティ障害との関連性を示したカーンバーグの図が分かりやすいので紹介します。

見取り図

 この両者の視点を持ちましょう。この図から、パーソナリティ障害と言うのは色々な段階にあるんだなというのが分かるかと思います。水準の高い患者さんもいれば低い患者さんもいます。境界性パーソナリティ障害は境界的人格構造に含まれますが、決してイコールではないということも納得できるんじゃないでしょうか。
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コメント
はじめまして。いきなりのコメント失礼致します。
私は以前精神科の検査を受け病態水準BPOと診断されました。
引越す予定でしたので病院に紹介状を書いて頂きましたが
その後、改善されたと思い他の病院にはいかず紹介状を開封したことではじめて知りました。

てっきり境界性人格障害(BPD)だと思っていたのですが境界性人格構造とイコールではないということ。
つまり上の図の高次、低次境界性人格構造のうちのいずれか、もしくは複数に該当するということなのでしょうか?

お返事頂けますと幸いです。宜しくお願い致します。
むらきdot 2017.05.19 05:42 | 編集
>むらきさん

ありがとうございます。
BPOという言葉を使う人によって意味は変わってしまいます。
BPOをBPDと同じ意味に使う人もいますし、記事の見取り図のようにBPOに入る複数のパーソナリティ障害のどれかを指すこともあります。
その紹介状を書いた先生がどのような意味合いで用いていたか、というのが重要だと感じています。
ただ、いずれにしても現在の日常生活を大事にして小さなことに苦楽を覚えながらゆとりをどこかで保つこと、それが大切なのだと思います。
m03a076ddot 2017.05.30 23:57 | 編集
お忙しい中お返事ありがとうございます。
検査結果を見ますと人格の特徴が書かれておりましたので、それを見取り図のパーソナリティ障害の特徴と照らし合わせますといくつかのパーソナリティ障害に当てはまるのかなと思いました。

当時の私は今の自分がどのような状態にあるのか知りたいという思いで病院に行きました。
自分は普通ではないと悩むこともありましたが、それは私の個性でもあると受け止めてくれたパートナーに出会い、今は幸せに暮らしております。今後も他者を尊重しより良い関係が築けるよう努めてまいります。

貴重なご助言頂きまして、ありがとうございました。
むらきdot 2017.05.31 07:59 | 編集
>むらきさん

ありがとうございます。
精神科での障害は、生活の中で本人や周りが苦しくなるという価値基準が入ります。
個性としてとらえてくれる人がいて、日常生活にゆとりが出て落ち着いて暮らせるのであれば、それは障害ではないですよ。
素敵なかたと出会えたのだと思います。
ご自身の幸せと周りの人々の幸せを大切になさってください。
m03a076ddot 2017.06.06 11:31 | 編集
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