2013
08.21

覚書その4~器質力動論的視点を持ってみる

Category: ★精神科生活
 ここまで、ほどよい“あいだ”の重要性をお話して、そこから症状というところに焦点を当ててそれがどのようにして生まれるか、どういう意味を持つのか、などを自分なりに説明してみました。生来的な脆弱性、そして後天的にも獲得される脆弱性。そういったものを基盤として、その人の現在での“あいだ”から抱えられなさが生まれてくる。またその脆弱性を通して、抱えられないものがその人の症状として生まれてくる。“あいだ”は、後天的な脆弱性や現在での抱えられない問題と密接に関わっています。例えばPTSDは後天的な脆弱性をもたらす外傷体験が根っことしてあります。危険な、迫害的な“あいだ”です。それを基盤にして現在において外傷を想起させるような“あいだ”にあると、再体験症状が出現すると言えますね。

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 今回は、アンリ・エーによる“器質力動論”を少し紹介してみようと思います。器質力動論は精神疾患の考え方臨床的に納得のいく部分が多く、自分はは愛用(?)しています。日本には村上仁先生などが精力的に紹介して、笠原先生もその流れを汲んで使用しておりました。後輩にこの理論を話してみたら「難しくてよく分かりません」と言われてしまって撃沈した経験があるので、少し詳しめに説明してみます。

 精神疾患のメカニズムとして、昔から言われていたのは“外因”“内因”“心因”という3分類。外因というのは、身体に原因があって精神症状を来たすもののこと。甲状腺機能低下症や抗NMDA受容体脳炎が好例でしょうか。内因は統合失調症やうつ病など、何らかの脳内での変化は想定されるものの現在ではブラックボックスとされている精神疾患。心因は精神的ストレスが大きな原因とされる疾患。こんな感じで分けられていました。

 この3分法は今でも捨てたものではなく、強調すべきは器質的な原因である“外因を見逃さないため”の区切りということだと思います。心因論に終始して外因を見落とすことほど、精神科医にとって、更には患者さんにとって大きなダメージはありません。じゃあ心因と内因はどうだろう?と思うかもしれんですが、「これは心因だ!」「何言っとるんだ!内因だろうが!」と診る精神科医によってバラバラなことが多く、見解を一致させるのは実に難しいんです。さらに今では、これまで心因と言われていた精神疾患についても生物学的な見地から神経の異常が示唆されており、言ってしまえば、3つの病因全てに先ほど述べた脆弱性というものは存在する、となるでしょうか(その中でも外因は特別ですが)。こんな風に考えると、アンリ・エーの理論である器質力動論に随分と近づきます。これから器質力動論の説明を試みてみますが、自分なりに理解した部分と自分なりに強調した部分があります。ちょっと本家とは異なることも言っていますが、ご了承を。

 エーは精神疾患を“相応の神経基盤を持つ意識の階層構造的解体”と考えていまして、その意識を“意識野”と“人格”に分けておりました。意識野は人間の横断的で共時的な部分を表し、人格は人間の縦断的で通時的な部分を表します。そして彼はジャクソンという先生の思想を突き進めて考えていたため、ネオジャクソニズムと評されました。

 ここから難しくなるんですが、そのジャクソンの考え方とは、高次中枢が進化論的な階層構造になっていて、それの解体(ヘタり具合)の“深さ”と“速さ”によって患者さんの病像が決まってくる、というものです。さらに、高次中枢の上層部ほど組織化の度合いが弱くて解体しやすいので、解体は上層部から順に生じていきます。そして中枢っていうのは上位が下位を制御しているので、上位が壊れるとその制御が緩くなって下位は解放されると同時に壊れた上位を修復しようと働きます。

ジャクソン

 そして、解体が生じると、解体を被ったところは“欠落”としての反応を示します。残った部分は“残存”としての反応を示しますが、これには上位の制御が緩くなるがゆえに生じた“解放”と、解体された上位を直そうという“修復”とがあります。この“欠落”と“解放+修復”の合わさったものが、私たちの見ている“症状”となりましょう。

解体と残存

 疾患というものは、解体の“深さ”と“速さ”に応じた欠落症状と残存症状が見られるとされます。中枢の解体が深いとそれだけ欠落症状も進んでいきますし、解体が速いと下位がいきなり解放されますし、さらに修復活動も盛んになるでしょう。

 エーは精神疾患に応用するに当たり、解体の速さに注目して、急性精神病と慢性精神病とに分類し、急性精神病を共時的な色合いが強い“意識野の解体”、慢性精神病を通時的な色合いが強い“人格の解体”とし、そして解体の深さに注目して、それぞれの精神病の病像を図のように布置しました。先の“外因”“内因”“心因”という3要因という立場ではなく「精神疾患っちゅうのは器質的な基盤を持ってるんや。その解体の速さと深さをとらえてみましょ」と考えました。単一精神病という考え方ですよね。

精神病区分

 ここで自分の妄想を膨らませると、木村敏先生を援用して、意識野はintra festumととらえられるし、人格はante festumやpost festumの配分状態とも言えるかもしれません。なので、意識野の解体はintra festumの病態、人格の解体は、その人のante/post festumの病態と換言できる、かも???そうなると、精神疾患と言うのは人間的時間の病理なのかもしれませんね。

 エーの精神病の区分を見ると、躁状態がどんどん悪くなって完全な幻覚妄想や錯乱になるという臨床的な実感と非常に合います。また、強迫性障害と思っていたのが段々統合失調症的な色合いを呈してきて完全な妄想に入ってしまうことも経験しますが、これも良く分かりますよね。非常に納得のいく理論。ただし、良く見ると“うつ”が急性精神病に含まれています。ですが、現代のうつ病は治りが何とも悪く、遷延することが多いです。Star*Dという研究でも、寛緩率の低さが話題になりました(色々やっても70%程度が限界)。そう考えると、今の浮世の“うつ”も慢性精神病じゃないかな…と考えられます。統合失調症を考えると、慢性に経過するのみならず緊急入院が必要になるくらい幻覚妄想が強くなることもあります。

 なので、この様にスパンと“急性”“慢性”と2分されるものでなく、多くの疾患は人格の解体としての慢性精神病をベースとして、flare upの様な形で意識野の解体としての急性精神病の顔を出すととらえてみてはどうかなと思います。言い換えるとpost festumの病態やante festumの病態に、intra festumの病態が様々な程度で混在してくる、となるでしょうか。境界性パーソナリティ障害の患者さんが一過性に精神病状態となるmicro-psychosisも、その好例でしょう。慢性のうつ病患者さんも、病状が悪くなると精神病性うつを来たします。これだってそうですね。

うつの解体

 また、何度も述べているように、症状はコーピングとも考えられます。患者さんは折り合いの付かない状況を何とか安定させようとしています。このこととネオジャクソニズムを併せて考えると、解体された上位を直そうという“修復”が、このコーピングに類似していると言えるのではないかと思います。上位の解体により、下位はそれを直そうとする方向にも動きます。患者さんの持つ復元しようとする力が、ここにもしっかり現れていますでしょう。

 またここからが何ともニクいんですが、臨床症状の全てが器質に還元されるのではなく“器質-臨床的隔たり”というものを考慮して、器質的基盤という前提で力動的な心的存在があり臨床症状を呈するし、また力動的な面は時間とともに成長変化していく可能性がある、と考えました。器質と力動とを兼ね合わせているので、“器質力動論”という名前。ちなみに力動って言うのは、心の色んなエネルギーの動きみたいなもの。自分のこれまでのお話と合わせるならば、自分の言う“生来的/後天的な脆弱性”はエーの“器質”や力動的な見地を加味していることになります。なので、エーの“器質-臨床的隔たり”は自分の“変換器”の大部分に相当するとも表現できますね。エーと比べるなんて身の程知らずですが…。

 ということで、今回はエーの器質力動論について学んでみました。次回は精神発達論という、精神分析コテコテの考え方を覗いてみます。
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dot 2013.08.25 17:09 | 編集
管理人用閲覧コメントをくださった方、ありがとうございます。

担当されている現在の先生についてですが、若輩者の自分が偉そうに言うのも気が退けますけれども、非常に熱心に治療してくださっているように思えます。
恐らく、先生もすごく悩んでいるのでしょう。それが治療の態度や処方に出てくるというのは良くあり、自分も「困ったなぁ…」という時は処方の変更スピードがいつの間にか早くなっていることがままあります。
しばらくそのままで様子を見て行きたいという気持ちと、早く合うお薬を見つけて良くしたいという気持ちとが入り混じっているように見えます。
それだけ患者さんのことを考えている、というのが透けて見える気がします。
患者さんが現在入院されていることもあり、まずはその先生の治療にしっかり参加することが大事ではないかなと思いました。
統合失調症か発達障害かというのは、横断的には難しい面が多いように感じます。いずれの疾患にしても、成人されているのであればなかなか漢方薬でのお手伝いは難しいのではないかと思います。
大学病院での精査を望まれるとのことですが、今の状況ではまず主治医の先生の治療方針に腰を据えて一緒に取り組んでいくことが重要だと考えています。
退院した後にまた機が熟したら、例えば名大や藤田保健衛生、ちょっと遠いですが北里大学(宮岡教授が統合失調症と発達障害との鑑別に熱心に取り組んでおられます)など専門機関を受診してみてはいかがでしょうか。
m03a076ddot 2013.08.25 22:47 | 編集
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