2013
08.07

生活の中の病歴

Category: ★研修医生活
 火曜日(8/6)は研修医の勉強会でした。今回は救急1題と入院1題。

 研修医の先生たちには毎回「病歴は大事だよ」と言っています。飽きられてるんじゃないかと思うくらいに毎回。病歴にこだわり過ぎるのも良くないですが、あっさりしすぎているのもね…。

 病歴聴取というのは、救急外来と入院とではギアチェンジが必要。前者では鑑別を”見逃してはいけない疾患”と”よくある疾患”に絞って、それぞれの典型的/非典型的な臨床像と患者さんの状態とを比較していくという姿勢がかなり重要になってきます。机上だと「さぁVINDICATE!!!+Pで云々」となるんですが、実際の救急現場では時間を使って鑑別を挙げていると患者さんが渋滞します(でもVINDICATE!!!+Pで考えることはトレーニングとしてとても重要)。

 世の中には優れた救急マニュアルが多いので、それを使って、後は事前確率というのを徹底的に利用していきます。事前確率と言うのはいくつかに分類され、それぞれを”病歴前確率””診察前確率””検査前確率””検査後確率”とします。この主訴があり、かつこの年齢で、性別で、この併存疾患がある場合、などを”病歴前確率”を決めるための材料にし、同様にこの病歴なら、というのを”診察前確率”、この診察項目が陽性/陰性なら、を”検査前確率”、この検査値が高い/低いなら、というのを”検査後確率”に用います。病歴前確率を例にすると、23歳生来健康な男性の胸痛と73歳糖尿病の男性の胸痛となら、相当色合いが異なりますね。各段階でしっかりと重みづけをしていくことが、救急で速やかに診断/除外をするために必要となってきます。本ではこちらを強調した説明をしました。

 さて、対して後者の入院というセッティングでは、基本的にコモンな疾患が除外されて精査の段階に入っています。鑑別となる疾患もレアなシマウマさんが台頭してくるので、実臨床でもVINDICATE!!!+Pでしっかり整理しながら進むことが求められます。やはり神経障害や筋障害という臨床像を呈してくる患者さんも多くなってきます。代表例はリウマチ病や血管炎や神経疾患などですよね。こう言った疾患群は救急や早い段階の外来では掬い上げないものたちなので、入院の上で精査するという患者さんの原因として良く挙がってきます。

 では実際にどうやって病歴をとっていくのか??

 救急外来では、いわゆるOPQRSTなどのゴロを使って病歴をまとめます。

O:Onset
P:Palliative/Provocative(/Past)
Q:Quality
R:Region
S:associated Symptoms
T:Time course


 これですね(他にもありますが)。痛みに頻用されますが、あらゆる主訴に対して使えます。カッコでPastとしているのは、自分が勝手に付けたもの。「前にも同じようなことがあった?」というやつです。これらの含まれていない病歴は片手落ちの誹りを免れないでしょう。火曜日の勉強会でも「夕方頃からみぞおち辺りが痛くなってきた」という病歴でしたが、それだとどんなOnsetか不明。何をしている時に痛くなったのか?という疑問を持つことが重要ですね。「食事の準備をしていて、お大根を切っている時にいきなり」など、克明に話せるようならやばい! Sudden Onsetであり、”破れる・詰まる”といった致死的になりうる疾患を即座に思い浮かべます。

 じゃあ入院という状況での精査ならどうするのか?という疑問もわきます。それを本ではあまりページを割かなかったので、補強の意味も込めてここで説明をしてみましょう。

 その場合は、患者さんの生活に根ざした問診というスタイルを取ります。日常生活、すなわち家や通勤通学、職場や学校、そして趣味や部活動など、そういったところを聞いていくんです。このことはマッシー池田先生から学び、甚く感銘をうけたものでした。

 病歴から患者さんの生活が見えてくる、そんなカルテは素晴らしいものだと思います。

 なぜ生活を重視するかというと、生活の中にこそ様々な負荷が潜んでいるからです。診察では見えてこないちょっとしたヒントが、個々の患者さんの生活にはしっかりと見られるんですよ。

 例えば朝起きて着替える時。ボタンをはめるという作業やズボンを履くという作業を挙げてみましょう。ボタンはめは手先の細かい運動ですから、遠位筋障害や末梢神経障害や小脳失調、ズボンを履くのは片足立ちをするので多くは小脳失調です。そして朝の用足しとしてトイレ。便器から立ち上がるのが難しいなんてのは近位筋障害です。朝ごはんを食べるときも、お箸は上手く使えるか?新聞の文字を読めるか? ウインナーを掴もうとして、お箸が行き過ぎるのならそれは測定過大(hypermetria)なので小脳失調。ご飯を食べていると顎が疲れてしまうのなら、顎跛行(jaw claudication)です。新聞で文字を飛ばしてしまうのは、眼球運動の測定過大。いざ出かけて駅のホーム。そこには階段がありましょう。昇り降りというのは、昇りが近位筋障害で降りが神経障害。昇るのと降りるのとどっちが難しいのかを聞くと、おおよその障害部位が見えてきます。どっちも辛いなら筋と神経を同時に侵す様な血管病変かもしれません。電車に乗っていても、つり革に掴まるのは近位筋。揺れる電車でしっかりと立っていられるかなんてのは姿勢反射を見ています。

 こうやって見ていくと、日常生活というのは診察項目のオンパレード、優れた病態検出キットだと思います。趣味という点では、とあるクロイツフェルト・ヤコブ病の患者さんの最初の症状が「テニスで勝てなくなってきた」でした。そして、スポーツが出るとこの名選手を出さずにいられません。

 往年のメジャーリーガー、ルー・ゲーリッグです。ご存じの方もいらっしゃると思いますが、彼は筋萎縮性側索硬化症(ALS)で亡くなっています。ALSはゲーリッグ病とも言われますね。彼は1939年に診断され引退をし、その2年後の1941年に亡くなっていますが、症状としては1938年のシーズン途中に明らかに現れていました。それを調べたのが論文になって、何と1989年のNeurologyに掲載されています。


Kasarskis EJ, et al. When did Lou Gehrig's personal illness begin? Neurology. 1989 Sep;39(9):1243-5.


 彼の打率を追ったものですが、1934年は.363(リーグトップ)、1935年は.329、1936年は.354、1937年は.351、しかし、1938年になってゲーリッグの打率は急降下し.295(それでも平均的な打者以上ですが)。そして翌1939年に引退となっています。

 彼は「シーズン中盤あたりから疲れてしまって頑張れない」と言っていたそうです。対戦相手の投手は「1938年7月1日頃からおかしくなっていた」という風に思い返していたとのこと。

 ゲーリッグ本人が異常に気づいており、それはしっかりと数字に出ていたんですね。

 この様に、病歴というのはとても大事なものです。ただ、漠然と「病歴は大事!」と言っても、それが隙間風の吹きまくる様なさびしい病歴なら価値は乏しいものです。訴えを大切にし、更にきちんと拾い上げるためには患者さんの生活にこちらも身を置いてみるということが必要。そうすると、必然としてカルテの病歴は生々しさが出て、生活が見えてきます。

 生活を聞く、患者さんの世界に身を置く。これらは、当たり前ですが患者さんの話をしっかりと聞くということにもつながります。ただただ痛みとか動きづらさを聞くんじゃなくて、生活を通して聞く。このことが、質の高い問診にもなり、また患者さんの満足度も高まります。ナラティブなんてのが最近は言われてますが、ことさらそんなのを意識せずとも、病歴をうまくとれる医者というのは、患者さんの生活に根ざした聞き取りを行なっています。いつもの過ごし方、仕事のこと、趣味のこと。患者さんの苦楽の詰まった人生を聞くことが、最上の問診でもあり、自然体のナラティブなアプローチでもあります。入院という状況は、比較的ゆっくりと話を聞けるという状況です。それは、患者さんにとっても医者にとっても、とても大切な時間。だから、担当する患者さんの数は少なくても良いんです。マッチングの学生さんたちには、たくさん担当することを売りとする病院よりも、少人数で良いからしっかりと時間をかけられる病院を選んでほしいな、とも思いますね。

 研修医の先生や学生さんは、こういった視点からじっくりと患者さんの話を聞いて、引き出してみましょう。ちょろちょろ聞いて通り一遍の診察をするんじゃなくて、患者さんの物語性を大事に。医者の世界から聞くんじゃなくて、患者さんの世界を見据えていくことが肝要でございます。

 以上、救急外来と入院精査では病歴の取り方に差があるということをお話ししました。自分は研修医の時は救急外来に漬かっていた様なもので、前者の聞きとり方がメインでした。最初の頃は入院患者さんの問診で上手く聞けずに困った記憶があります。でも”生活を聞いていく”ということ自体が優れた問診になる可能性を秘めていることに気付くと、”患者さんは答えを知っている”という格言はまさにそうだな、とただただ驚嘆していました。知っている答えを、医者がどう引き出していくか。その工夫の連続が、自分を含めて若い医者が上達していくためのヒントになる様な気がしています。

 ちょっと雑然とした記事になっちゃいましたかね…。
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