2013
08.02

ぐるぐると…

 本日(8/1)は納涼会で、八事にあるイタリアンレストラン”ガッルーラ”というお店でございました。

 しかしですね、、、



遅刻してしまいました…。




 教授をはじめとして皆さん沈黙のまま待ってらっしゃった。。。しかも自分が一番最後。非常に縮み上がり、冷汗かいてまさに納涼?

 間に合うと思ったんですけどね-。準備不足だったかもしれませんです。

 地下鉄で行くよりもタクシーで直接行っちゃえ!これなら大丈夫でしょ、との思いからタクシーを選択。

自分「八事のガッルーラっていうお店なんですけど」
おっちゃん「店の名前だと分かんないなぁ」
自分「八事日赤病院とか南山大学の近くみたいです。電話番号言いましょうか?」
おっちゃん「はいよ」

 みたいな感じでおっちゃんに電話番号を伝えてナビに従って進んだら、何かあらぬ方向に行きましてね。。。

おっちゃん「やっぱ電話番号ダメだわー。電話番号で無事に行けたことないもん」
自分「あらぁ…」

 こいつは困った。。。

おっちゃん「住所良い?」
自分「あ、はい。昭和区山里町70-2」
おっちゃん「昭和区、と。山里町ね…。で、70-2・・・・・??そんな住所載ってないよ」
自分「え?」

 なんと、おっちゃんのカーナビにはそんな住所がないとのこと。完全に想定外。

 自分も初めて行くところなので場所もよく分からず。携帯電話のマップを見せて進んでもらいました。なんか南山大学の周りをぐるぐる廻って、なんか学生さんを付け狙うストーカーかってくらい。

自分「あ、良いですよ。自力で何とか探します。この周辺でしょうから」
おっちゃん「いやいやいや。ここまで来たんだから探しましょう」

 おっちゃん!優しいよ!メーターも切ってくれて探してくれました。

 しばらくして何とか見つかったものの予定時刻を15分ほどオーバー。納涼会の場では恐縮するに良いだけ恐縮して、胸いっぱい。お料理の味も特に序盤は良く分かりませんでした。。。

 記憶に残っているのは、パスタの上に胡瓜のソテーが乗っていたこと。ほー、胡瓜ってソテーしちゃうんですか、と感心したことを妙に覚えています。
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コメント
大物ですね!
電話番号でもいいんですね。自分はわからない場所は住所です。走り始めに入れさせてます。急ぎの時は近辺わからないタクシーは即乗り換え。
先生の方が優しいと思いますよ~
住所を言って着かない(仕事できない)とかあり得ませんから。
都内は(サングラス装着の黒の洋服時限定)向こうから申し訳ないと本来の料金か、引いた金額提示されますよ(笑)
Satoudot 2013.08.02 12:46 | 編集
納涼会 と いっても花火大会ではたいんですね。 ガッルーラ 高級イタリアンですね! 市バスのほうが良かったかも ですね。 とても 美味しいお料理だったと思います。
マリンdot 2013.08.02 15:39 | 編集
先ほどは 誤字がありました。花火大会ではないんですね。でした
マリンdot 2013.08.02 16:36 | 編集
>Satouさん

ありがとうございます。
「漫画とかでも主役は遅れて登場するもんだ、うん」と言い聞かせていました。。。
今回は伝えた住所がカーナビに存在しないという初の経験をいたしました。いやぁびっくりしましたです。
服装は人の見た目を変えますね。大切と思いながらも、普段はまったく考慮しない感じで外に出ています。デパートとか入れないんじゃないかと…。
さすがに納涼会当日は久々にワイシャツを着てしゃきっとさせました。
m03a076ddot 2013.08.03 08:26 | 編集
>マリンさん

ありがとうございます。
せっかくの高級イタリアンも、遅刻という大失態で味が感じられませんでした…。もったいないことをしちゃいました。
名古屋って市バスが目立たない感じで運行しているイメージで、殆ど乗ったことがありません。出身大学が新潟なので、あそこは田中角栄のお膝元ということで市バス網が張り巡らされていました。
そういえば、ガッルーラは予約が取りにくいと聞きました。もう一度行くには厳しいかもです。名大病院近くのドルチェヴィータ(Dolce Vita)は格式張っていなくて値段もそこそこで、好きでございます。2人で7000円前後でしょうか。でも最近は忙しさと体力の無さとで、外に出て食事というのは大儀になってまいりました。
m03a076ddot 2013.08.03 08:33 | 編集
管理人用閲覧コメントを下さったかた、ありがとうございます。

ご指摘のように、精神医学と哲学というのは親和性が強いと思います。
ヤスパースという精神科医の大御所は、精神医学に現象学を根付かせ、さらに後には哲学者になってしまいました。ビンスワンガーというこれまた偉い精神科医は、ハイデガーにぞっこんほれ込んで、実存主義を導入しました。日本では木村敏先生という精神病理学者が”臨床哲学”を掲げていますし、彼の思想には和辻哲郎や西田幾多郎などの影響が強く出ています。
精神科は、症状を通して患者さんの人生を見る科だと思います。ただ、それが昂じて過去のことを根掘り葉掘り聞いて症状と強引に結びつけるのは、ちょっと違うんじゃないかなとも感じます。患者さんのこれまでの人生を振り返って、これからの人生をより良く過ごしてもらうように思索するのが重要なんでしょうね。
ただし、日常の外来は忙殺です。そういうことは物理的に不可能…。とはいえ、その様な姿勢を以て患者さんを理解していこうという意気込みと言うか構えはとても大事なんだと思います。言葉1つも、それを意識する市内では変わってくるでしょうしね。
m03a076ddot 2013.08.04 02:47 | 編集
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