2013
11.14

疎経活血湯と視床痛

Category: ★精神科生活
 視床痛。視床の部分の脳血管障害を発症して、数週から数ヶ月してから出現することが多いと言われます。

 視床はほとんどの感覚の中継点。大脳と感覚器をつなぐ役割を持ちます。この視床が障害されると激しい痛みを呈することがあるのですが、それを視床痛と言います。痛みのみならず、しびれなどの感覚障害も併存することも多いのです。

 視床のところのごくごく小さい梗塞でも症状は激烈。何の怪我もない部分の感覚の障害というのは、外から見ると健常であり主観的なものなので、他の人に分かってもらえないつらさがあります。それも相まって、長期化すると心因的な要素も加わって更に治りにくくなります。心のつらさが身体のつらさ、この場合は痛みの増強となって現れる、といっても良いでしょう。

 そういうこともあり、治療はかなり厄介。精神科では痛み用の薬として抗うつ薬のアミトリプチリン(トリプタノール®)やデュロキセチン(サインバルタ®)など、カルバマゼピン(テグレトール®)、プレガバリン(リリカ®)、エビデンスレベルは低いもののバルプロ酸(デパケン®/セレニカ®)やラモトリギン(ラミクタール®)やトピラマート(トピナ®)なんかが使われますが、なかなか視床痛はそれらに反応してくれません。オピオイドにも反応しづらく、トラムセット®も…。

 色んな科が協力して治療するのですが、非常に難しい。。。どのような身体の症状を持っている患者さんも、精神科に紹介されると「見放された…」と思うこともしばしば。そういう時、自分は「身体がつらくなると心もつらくなります。心がつらくなると身体もつらくなります。精神科では心のつらさを少しでも軽くしていくお手伝いをします。そうすると、身体のつらさも少し楽になることもありましょう」という感じで、いくつかの例えを交えながらお伝えしています。

 そんな手こずる痛みの時こそ、ブラックボックスの代表格である漢方にお出でいただきましょう。

 定型的には、視床痛の第一選択として”疎経活血湯(そけいかっけつとう)”が用いられます。この漢方薬は『万病回春』という中国の明の時代の書物に記載されています。なぜこのお薬か?

 口訣的に決まっているから、というのでも結構ですが、この漢方の生薬を見てみることにしましょう。


当帰、芍薬、地黄、白朮もしくは蒼朮、川芎、桃仁、茯苓、牛膝、威霊仙、防風、竜胆、生姜、陳皮、白芷、甘草、防已、羗活


 こんなにたくさん入っているんですね。 これをみると、四物湯(当帰、芍薬、地黄、川芎)から派生している感じがしますね。もしくは、当期芍薬散(当帰、芍薬、白朮もしくは蒼朮、川芎、茯苓、沢瀉)の強化版でしょうか。ということは、血虚や水滞への関与がありそうです。他に、桃仁やら牛膝やらで活血化瘀と利水の強化。防已、羗活、白芷、威霊仙も加えて湿や風を取り払う働きを。

 湿り気や寒冷で憎悪するような痛みを取ってくれそうな感じがしませんか?痛みというのは往々にして”冷えると悪化する””雨の降る日はゆううつ”というものですね。痛みのある患者さんにその様なことを質問するとYesと答える人が多いです。また活血化瘀の作用があることで、瘀血の結果に発症した脳梗塞にも手を広げてくれていますね。水バランスを整えることは梗塞部への配慮や神経の痛みに効果的。概して固定した痛みというのは瘀血や水滞が関与していることが多いのです。

 この漢方薬はかなりブロードな範囲を攻めるのが分かりますね。生薬から考えると、確かに視床痛に効果がありそう。ただし、この漢方は気虚への配慮がほとんどないので、生気を失ったような患者さんには向きません。そういう時は補中益気湯などの補気剤を合方します。瘀血がばりばりに関与しているのなら例えば桂枝茯苓丸など、水滞がかなりあるなと考えたら五苓散などを合わせてカスタマイズしていきましょう。

 1人の患者さん(プライバシーのために改変しています)。視床部の脳梗塞を発症して数ヶ月後、下肢に視床痛を発症しました。痛みとしびれが強く、ペインクリニックで様々なお薬を処方されるも無効。ブロック注射でやっと楽になったものの、それも効果が長続きしませんでした。じわじわと痛みが強くなり、もういかんわーという状態。こういう患者さんは実に多いですね。これを読んでいるかたの中には「そういえば知ってるあの人もこんな感じだな」と思われることもあるかもしれません。で、自分の勤めている病院にやってきたわけでございます。

 向精神薬を十分量十分期間使用しても無効、というのはちょっと精神科的に旗色がよろしくない。。。使ってないお薬を聞くと、三環系抗うつ薬と抗てんかん薬のトピラマートが挙がりました。ただ、三環系は大量服薬されると死んでしまうので、ちょっと二の足を踏みます。。。じゃあトピラマートかな?でも明らかに認知機能を落とすし、何ともなぁ。。。

 じゃ、まずは漢方を使ってみようか。その患者さんは冷え症ではないのですが寒いと痛みが強くなり、夏になるとしびれが強くなる、と言います。うーん。夏になると、というのはたぶん日本だと湿気ですね。ムシムシしていると憎悪、と。寒と湿は拾っておきましょう。脳梗塞をしているので活血化瘀の作用は欲しい。今は結構元気だから気虚はないでしょうか。舌診や腹診もしますが特にコレっというのは見つからず(脈診は自信無いです…)。

 よし、これらから疎経活血湯(7.5g/day)を行ってみましょう!

 患者さんには「すぐ効く人もいるけどちょっと気長に飲んでからじわじわ効く人もいますんで、まずはトライしましょう。もちろん効かない人もいますが、やれるだけのことはこちらもやります。少しでも改善してくれればという気持ちも込めて、第一歩としてこのお薬を使いましょう」と言っておきます。自分は漢方薬に必要以上の(?)念や祈りを込めます。プラセボなんじゃないの?と思うかもしれませんが、プラセボでもなんでも効いてくれりゃ棒棒鶏もとい万々歳です。

 さて、結果は。。。


患者さん「飲んで10日くらいしてからじわじわと痛みが取れてきましたよ!」


 おー。

 正直、助かった感いっぱいです…。「あんな風に言ったもののダメだったらさてどうしようか」と思い悩んでおりましたし。。。患者さんは「麻酔科で治らなかったのが精神科で良くなるって言うのが何だか不思議ですね」と言っておりました。なんちゃって漢方医としては医者冥利に尽きると言ったところでしょうか。でもしびれはまだ取れてないと言っておりました。痛みの方がつらいのでそれが軽くなっただけでも良いですよとのことでしたが、しびれは今後の検討課題。しばらく疎経活血湯を続けてしびれがどうなるか見るというのも大事ですね。利水をもうちょっと強力にするために五苓散を入れてみても良いかもしれません。

 疎経活血湯でもなかなか良くならないという人は多いと思います。そういう時は、エキス剤なら服用量を倍にしてみることをお勧めします(患者さんの自己判断はいけませんよ)。ツムラさんなら7.5gが常用量ですが、これを15.0gに増量(この量でも甘草は2.0g)。エキス剤の用量設定は低いことが多いので、量を増やすことは戦法の1つです。ここまでやってダメなら疎経活血湯はおそらく効かない。。。煎じ薬なら話は別ですが、自分は全部エキス剤を使っているので。

 ちなみに、自分はその患者さんにもし疎経活血湯が効かなかったら

・精神科的に”怒り”の身体化ととらえて抑肝散を中心に組み立てる
・精神科的に”心因”を考えて桂枝湯合麻黄附子細辛湯を使ってみる
・強力な駆瘀血剤を使う(通導散など)
・利水をメインに組み立てる(五苓散や半夏白朮天麻湯など)
・柴胡桂枝湯を使ってみる(男性の不定愁訴にはこれを使えという大雑把な口訣?があるので)
・腎虚ととらえて補腎剤を使ってみる
・トピナを使ってみる(25mg/day~)

 などの選択肢を用意していましたが、あんまり自信無かったのよね…。疎経活血湯が当たって良かった。

 全部こんな感じで上手く行けば良いんですけどね…。なかなか現実は厳しいもんです。漢方が全然効かなかったよ!っていう患者さんも多い。もちろんこれは自分の選び方が悪かったことが大きいですが。あと、今勤めてる病院は採用している漢方の種類が以前に勤めていた病院よりも少なくて、なかなか出しづらいところはあります。これはしゃーないですね。

 漢方は作用機序が不明なものが多く、質の高いエビデンスに欠けます(多くの文献は質が低い)。でも臨床の経験の中で、外すことも多いけどバチッと当たることもあり。この”当たり”を見るとやっぱり医者にとって大事な武器だと考えています。

 最後に付け足しですが、漢方といえども副作用はしっかりとあります。ネットでは「漢方薬は副作用がなく安心して使えます」と言っているクリニックのホームページなんかを見ますが、そんなことは決してありません。「証が合えば副作用なんてない」というのも詭弁だと思いますし、漢方薬も”薬”なんですから、怖さをしっかりと知って使いたいものでございます。
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コメント
管理人用閲覧コメントを下さったかた、ありがとうございます。

漢方はこうやって当たった時に記事としているので、それだけだとさも全て上手く行っているように見えるかもしれません? その背景には、数多くの無効が潜んでいるのでありました…。
煎じ薬を飲まれているようですね。自分は全て保険診療のエキス顆粒なので、煎じ薬を使える先生は凄いと思います。患者さん側から希望を言ってもらうのは往々にしてあることかと思います。自分も飲み比べて良かった方を選んでもらうことも。
マイスリーとの併用だと、まずはマイスリーの量はそのままで漢方薬の効果を見るべきかと。大丈夫なら、今使っている量の半量(10mgなら5mgに、5mgなら2.5mgに)にして2週間ほど様子を見てみてはいかがでしょう。それでO.K.ならさらに2週間くらいはあけて減量や中止へ(10→5→2.5→0mgという流れ)。
治療手引書ですと、秋葉哲生先生かもしれません。後は大塚恭男先生でしょうか。
漢方薬でドパミンの賦活はちょっと寡聞で分からないですね…。パーキンソン病に抑肝散加陳皮半夏合半夏厚朴湯を用いて振戦が緩和することがあるので、ひょっとしたらドパミンを増やす方向にあるかも。また、補中益気湯で躁転した経験があるので、これもモノアミンを上げる方向に働いている可能性があります。気鬱や気虚を改善する漢方はやはりその傾向があるのでしょうか。
ドパミン賦活の西洋薬ですと、低用量のエビリファイ(1.5-3mgくらい)になります。昔ながらのドグマチールも、少ない量で賦活に働きますよ(錐体外路症状に気を付けながら使用。自分はせいぜい100mgまで)。
m03a076ddot 2013.11.28 16:56 | 編集
管理人用閲覧コメントをくださったかた、ありがとうございます。

申し訳ありませんが、不案内なもので漢方的な面と精神科的な面で視床痛に対応している病院は存じ上げません。
両面を1つの病院で考えないほうが良いかと思います。
ペインクリニックをきちんと標榜しているところ、そして漢方なら千葉県の”あきば伝統医学クリニック”や吉祥寺や神田にある”証クリニック”が有名どころだと思います。
m03a076ddot 2015.11.30 02:07 | 編集
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