2013
01.08

養育とエピジェネティクス

Category: ★精神科生活
 精神疾患の発症には色んな原因が重なっています。精神科では場合によって親の養育態度や虐待の有無など、昔のことを聞きますが、これにはどういう意味があるのか。精神医学を嫌う人は、こういうところを毛嫌いしている部分も多いかと思います。「意味ないんじゃないの?」「昔の傷を掘り返すだけじゃないの?」「こじつけじゃないの?」という意見もありますね。

 養育については、精神分析と愛着理論が最近は仲良くなって(?)、フォナギー先生のいうメンタライゼーション(mentalization)という考え方が分析から出てきています。でもそれだってあくまでフォナギーの考えにすぎないじゃないか、と言われてしまうと「ふーむ…」となってしまう。いちおう、フォナギー先生は著書の中で実証的な視点との突き合わせを行っていますが。さかのぼって言えば良く自分が引っ張りだす抑うつポジションとかだってクラインのアイディアであってそれ以上のものではないだろう、という声もやっぱり聞こえてきてしまう。

 やり玉に挙げられるのはラカンですね、間違いなく。彼はちょっと確かに、そんな気が…。以前、笠原嘉先生の『精神科と私』という本の出版記念会で成田善弘先生が少しお話をされましたが、その中に「ラカンには臨床的なにおいを感じない」というようなことを述べておられました。成田先生もあんまり読まないそうです、ラカンは。自分は鏡像段階くらいで知識が止まっておりまして、恥ずかしながら。

 しかし最近は流行りの分子生物学から、遺伝子と環境との関係性が指摘されており、これが今まで精神分析のやっていたことは空論ではなかったかもしれないんだよということを示しつつあるようです。なんと。

 その1つがエピジェネティクス。エピジェネティックな変化とは、遺伝子の塩基配列の変化を伴わない後天的で可逆的な変化のこと、らしいです。主なものにはDNAのメチル化とヒストンのアセチル化があり、転写を抑制します。どちらもなんと人生初期での環境要因の影響を受けます。この機構が、養育態度などの人生早期の環境因が成長後の感情や行動に与える影響というものを説明してくれるものだと注目されています。

 人間とマウスやラットを同一に語ることはできませんが、後者の実験レベルでは養育環境の違いで海馬のグルココルチコイド受容体の発現、HPA系のフィードバックの機能、BDNFの発現といったものが影響を受けます。我々人間では、死後脳研究から幼児期に虐待を受けた人はグルココルチコイド受容体のプロモーター領域のメチル化が見られており、グルココルチコイド受容体の発現低下と関連することが示されています。

 そういったことから、ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)阻害薬が治療薬剤として期待されていますし、精神療法がどのくらいエピジェネティクスと関連するかの研究も必要でしょうし(後天的で可逆的っていうくらいですから)、境界性パーソナリティ障害の生物学的な病因としてもこの視点は大事にされ始めています。

 個人的にはこういう遺伝子レベルのことは門外漢であまり好きではないのですが、精神科の治療薬開発もちょっと頭打ちになってきている面があるため、この分野にどんどん進んでいくのは必然と言えるのでしょう。でも分子生物学で突き進んでいった結果、意外にも精神分析との共通点が見つかるなんて、ちょっと素敵。


☆主要な参考文献
Labonté B, et al. Genome-wide epigenetic regulation by early-life trauma. Arch Gen Psychiatry. 2012; 69:722.
Wei Q, et al. Early-life forebrain glucocorticoid receptor overexpression increases anxiety behavior and cocaine sensitization. Biol Psychiatry. 2012; 71:224.
Stafford JM, et al. Increasing histone acetylation in the hippocampus-infralimbic network enhances fear extinction. Biol Psychiatry 2012; 72:25.
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コメント
とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!
職務経歴書の書き方dot 2013.09.12 10:33 | 編集
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