2013
02.14

日常診療に”寒”を導入してみよう

 中医学には”寒証”という概念があります。西洋医学には欠けている概念で、これを考えて診療すると実に多くの症候が寒によるものと分かりますし、新たな治療の切り口になります。漢方は胡散臭いなーと思っている先生方も、この寒に狙いを絞って使ってみると良いことがあるかも?

 寒証は2種類あり、経絡の寒証である表寒証と、内臓の寒証である裏寒証に別れます。経絡というのは身体の表面。皮膚、筋肉、関節、骨、神経などを指します。寒証の多くは陽虚証の人が寒冷刺激で発生し、”気虚+寒”の形を取ります。陽虚というのは陽が虚している、言い換えればエネルギー代謝の衰えている状態と言えますね。熱であり火でもある陽が虚すると陰陽バランスが乱れて、陰証を呈して寒の症状が現れます。こういう説明が胡散臭いと言われる所以かもしれませんが。。。

 冷たい飲み物や身体(特に下肢)を寒い環境に置いておくことはよろしくありません。良く子供の頃は「お腹を冷やすでしょ」と注意されたものです。最近はクーラーがやっぱり寒の病態に一役買ってしまっていますね。キンキンに冷えてやがるっ…!!と言うのはビールのみに留まりません。

 腰や頭の痛み、そして四肢のしびれ。腹痛や下痢もですね。こういうものが寒い環境や冷たい飲食物で強くなる。そして温めると軽くなるのなら、それは寒によるものの可能性が高いです。患者さんは自らそれを訴えることは少ないので、医者側からclosedで聞く必要があります。「どうだか分からない」と患者さんが答えたら、お家で実践してもらうのが一番ですね。

 寒証の診断には、以下のものを参考にします(ここからは山本巌先生のテキストから)。

・全身的/局所的に寒気や寒冷を自覚する
・寒いと症状増悪、暖めると軽快
・肌の血色がよろしくない
・脈が遅い
・口の中は湿潤していて口渇はない
・尿量が多く、色は薄い
・寒いと無色透明の鼻水、くしゃみ、薄くて多量の痰が出る(肺の寒証)
・唾液が多い(脾胃の寒証)
・泥状便、水様便が多く、臭いはきつくない

 こういうのが見られたら、ははぁこの人は寒証だな、、、と考えます。

 で、寒証と判断したら、それ用の漢方薬を使います。温経・温裏・補気に努めましょう。

 温経の作用のある生薬は、当帰や川芎など。他に桂枝、麻黄、細辛、附子を用います。代表的な漢方薬には、当帰芍薬散、当帰四逆加呉茱萸生姜湯、苓姜朮甘湯、五積散など。全部が経絡のみというわけでなく、内臓にも効果があります。

 当帰芍薬散は芍薬が入っているので平滑筋の痙攣を抑えて腹痛にも効果がありますし、白朮と茯苓と沢瀉は水を排出するので浮腫を除く作用があります。痛みを狙い撃ちというよりは体質改善なイメージですが。

 当帰四逆加呉茱萸生姜湯は吴茱萸と生姜と大棗によってお腹を温めて腹痛や嘔吐を治す作用も持ちます。芍薬と甘草も入っているので、鎮痙鎮痛作用あり。北里大学の花輪壽彦先生は「冷え性・女性・polysurgeryなどの腹痛には当帰四逆加呉茱萸生姜湯を使う」とおっしゃっています。同じく、頚やら腰やらといった経絡の痛みには桂枝湯と麻黄附子細辛湯の合方(桂姜棗草黄辛附湯に近くなります)を使用すると良いというお話も。桂枝は他の生薬の効果を表面に巡らせる作用を持ちます。

 五積散は17種類もの生薬が含まれています。平胃散、二陳湯、桂枝湯、桂枝加芍薬湯、苓桂朮甘湯、苓姜朮甘湯、当帰芍薬散、続命湯などなど、様々な処方の複合とも考えられます。これをうまく加減するとかなり使い勝手が良いようですが、エキス剤だと加えることしか出来んですね。これに色々合わせることで、胃炎とか風邪とかにだって使えてしまう。使用目標は”冷えのぼせ”と言われます。ちなみに冷えによる腰痛にはこれがファーストチョイス。

 温裏作用のある生薬は乾姜と甘草がメイン。漢方薬は3種類に分類するのが良いでしょう。上焦(肺~呼吸器)の冷えを治すものに小青竜湯や苓甘姜味辛夏仁湯など。中焦(胃腸)の冷えを治すものに人参湯、大建中湯、呉茱萸湯、安中散など。下焦(腰~足)の冷えを治すものに苓姜朮甘湯や四逆湯など。

 人参湯は人参、乾姜、甘草、白朮が成分になっています。人参で心下の痞えを緩め、白朮で胃内停水を軽くします。この人参湯を使うような下痢はベタベタしたものが多く、尿量は結構多め。四肢が冷えていれば附子を加えて附子理中湯とすることが多いです。真武湯との鑑別点は、便の状態と尿量。水様性の下痢で尿が少なくなっているのなら、多めの白朮と茯苓とを含む真武湯を選びます。

 呉茱萸湯は偏頭痛に良く用いられる漢方薬として有名です。吴茱萸、人参、生姜、大棗を含み、胃が冷えて起こる頭痛やその他にも腹痛、嘔吐、吃逆などに用います。吴茱萸という生薬は結構作用が多くて、制吐、温中、利水、降気といったものが挙げられます。

 寒という視点を入れてこれらの漢方薬をうまく使っていけば、患者さんの状態も改善してくるかもしれませんね。今回挙げた漢方薬はごく一部。生薬を見てこれは寒証用だな、というものは結構多いものです(例えば桂枝加朮附湯など)。

 今回はこの寒証用の漢方薬を使って腹痛が軽減した患者さんをご紹介。プライバシーもあるのである程度改変しています。

 その患者さんは、とある疾患により激しい生理痛がありました。それとは別に精神疾患があり、そっちを自分が診ていて、腹痛の方は産婦人科で。精神疾患の方は少しお薬を乗せることでうまく患者さん自身でコントロールできていましたが、痛みが何とも。産婦人科ではNSAIDsと低用量ピルが出されていたのですが、それでも痛みはあんまり良くならず本当に苦しいとのこと。それ以上はなかなか難しいと言われ、NSAIDsの種類を変えていた程度でした。痛みというのは、実は精神科でも重要視します。精神疾患とも相互作用しますから、痛みが楽になればもっと患者さんは快適に過ごせるはず。そこで自分もこの患者さんの痛みを何とかしたくなりました。

 精神科で”痛み”と言えばデュロキセチン(サインバルタ®)やアミトリプチリン(トリプタノール®)やプレガバリン(リリカ®)なんかが頻用されますが、この患者さんの場合、SNRIやSSRIはあまり相性がよろしくなさそうで、盲目的に「はい、サインバルタね」と使うのは躊躇われます。三環系も副作用がどうかなーと思ってしまう。ちょっと耐えられなさそう。リリカもこのタイプの痛みはちょっと苦手なイメージ。となると少し柔らかめなマプロチリン(ルジオミール®)とか漢方でも使おうか、と考えます。

 この患者さんは、強い冷えが特徴でした。夏でも手は冷たい。お布団も何枚も重ねていて、北海道に行ったら悶絶しそうな印象です。お腹の痛みはホットパックなどで温めると少し良くなるとのこと。

 ということは”寒証”と扱って良いでしょう。当帰芍薬散の合いそうな顔と体型だったので、まずはとりあえずビール的に当帰芍薬散をしばらく飲んでもらいましたが、不変。ピクリともしません。。。量を倍に増やし(3→6包/day)、生理痛時の頓用として芍薬甘草湯に附子を少し加えて出してみるもあまり改善せず。ならばと生理の時に合わせて当帰建中湯を重ねてみましたが、これもしっくり来ず。一時期は大建中湯も使ってみるもダメ。この辺りから若干敗色が濃くなってきます。。。寒証で間違いないはずなんだが、うーん。。。

 悪戦苦闘しているうち、少し経ってから、患者さんから”痛すぎる時は吐き気がしちゃうんですよ”との言葉。



ほぅ、吐き気ですか



 これを導きの糸として、呉茱萸を盛ってみることにしました。ベースを当帰四逆加呉茱萸生姜湯(3包/day)に変更して、生理痛時の頓用に呉茱萸湯をチョイス。

 これが何とうまく当たりまして、生理痛がだいぶ軽くなったと言ってくれました。特に呉茱萸湯を痛くなり出した早期に飲むと効果抜群だそうです。いやー、やっとか…。というか何で吐き気をこちらから問診しなかったんだ!忘れとった。ただし冷え自体は少し改善という程度でございましたが。

 そんなこんなで正解にたどり着くまで回り道をしてしまい格好の良くない治療でしたが、無事に患者さんの症状改善が出来て、なんちゃって漢方医冥利に尽きる、といったところでしょうか。本業以上に(?)勉強時間をとっているとはいえ、自分は漢方専門医ではなくて師匠もおらず独学ですから、やっぱり打率は良くないですね。。。1回でピタっと当たることは少ないです…。あとは、エキス剤だと1日3包というのが効く量ではないことが往々にしてあります。3包で効かないからと言って撤退するのは勿体ない。山本巌先生は常用量(3包)の2-3倍使用するとおっしゃいますし。

 うまくいく患者さんばかりではないですね、やっぱり。。。今も頭を抱えている難題(自分にとって)がたくさん。面白いことに(?)夢の中でこれを使おうとかこれってどうだろうとかが出てきます。漢方薬然り向精神薬然り。夢でも仕事というのが良いのか悪いのかは分かりませんが。。。

 今回使った漢方薬の呉茱萸湯がコチラの31番と記載されているもの。偏頭痛と言えばまずはコレを出してみると言うくらいに処方されまして、自分も頭痛の時に試しに飲んでみたんですが、全く効果なしでした。寒証で嘔気、冷たいものを食べ飲みした後の痛み、というのが使用目標になります。自分は寒いのが苦ではありませんし、頭痛も緊張性頭痛で吐き気はないので、それで効かなかったんでしょうね。偏頭痛に限らず上記の条件がある様な痛みなら使ってみて良いかと思います。頓用で使う時は1包じゃなくて2-3包を一気に行った方が効果が高いですね。前述のようにエキス剤は量が少なめなので。安中散なんてのは胃薬として有名ですが、それ以外に生理痛にも使えます。特に冷えから来るものには効くことが多いですね。

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 自分は、患者さんに処方する漢方をまずは試し飲みします。そうすると味が何となくわかるので、患者さんに「こんな味しますよ」と言えますし、そこからたまに「先生も飲むんですか~」となり、話が膨らむことも。次に来てもらった時に味を確認しますが、自分の感覚と患者さんの感覚とで若干ズレることもあります。良く漢方の世界では「合わない漢方はまずくて飲めず、合う漢方は何とか飲める」というまことしやかな情報がありまして(本当なのかっ!?)。。。ただ、排膿散及湯は絶対的に不味いですね…。アレを飲んでもらって「これ飲みやすいですねー」といった患者さんを誰一人として見たことがありませんし、自分も苦痛でこれを続けては飲めませんでした。。。今回紹介した呉茱萸湯は”苦い”ことで有名。前もって覚悟をして飲んだためか自分はそれほど感じませんでしたが、本当に苦虫をかみつぶしたような顔をする患者さんもいます。そういう人には無理に勧めません。さすがに可哀相ですね。。。
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コメント
先生は独学でこれほど詳しい漢方処方が出来るのですね、凄いです!

うちの家族はPTSDなので、中井久夫先生に神田橋先生が処方した有名な、ツムラ60桂枝加芍薬湯+71四物湯を飲んでおります。
飲んできました効果としては、思い出すトラウマが、薄まると言うか、タイムスリップするほどの苦痛が和らいできて、いやなことだったと語れるくらいになってきたところです。
しかしまだ、主治医に言わせると「記憶の代謝が難しい」(記憶の便秘状態)なので、たびたびいやな記憶を思い出すことが多く、難渋しています。
先生は「バッチフラワー」は使われますか?
バッチの中では「スターオブベツレヘム」がフラッシュバックに有効ということで、これも飲んでいます。ゆっくり静かに効いている感じです。
海がめdot 2013.02.14 07:45 | 編集
>海がめさん 
コメントありがとうございます。
漢方は本業の精神科よりも時間を割いて勉強しているかもしれません。
四物湯合桂枝加芍薬湯(神田橋処方)は自分も使う事があります。ちょっと距離が出来てくれる、という患者さんの声を聞きますね。緊張が強ければ桂枝加芍薬湯を桂枝加竜骨牡蛎湯にすることが多いでしょうか。何とも有り難い処方です。
PTSDは過去の出来事が過去にならずに現在に出現し続けるのがお辛いかと思います。
時間はかかるかもしれませんが、現在に蘇ってくる過去の出来事がきちんと過去に、歴史になってくれる日が来ます。大事に養生して下さい。
バッチフラワーも神田橋先生が紹介していますね。パニック発作にはレスキューレメディ、というのも有名でしょうか。自分から積極的に患者さんに使ってみた事がないのですが(結構お値段しますしね)、患者さんから聞かれる事はあり、その際は「良いですよ、ご自身でもどれが合うか考えてトライしてみましょう」と勧めています。バッチフラワーは患者さん自身で考えて使ってみる、というところが大きなポイントかもしれません。仮に医者が処方するものだったら、あまり効かないのかもしれない、なんて思っています。患者さんも治療に参加すること、治療の主体者たることというのは、非常に大きな治療的要素を占めると感じています。
m03a076ddot 2013.02.14 21:20 | 編集
バッチフラワーは高い値段の店もありますが、良心的なところでは1本が1800~2100円です。1日数滴ですから1ヶ月もちます。
参考に、協会の推薦の店があります。
http://www.bachflowerassoc.com/sub13shop.htm
ネットであやしいアロマの店で買わないようにしましょう。
海がめdot 2013.02.15 08:29 | 編集
管理人閲覧コメントを下さったかた、ありがとうございます。
排膿散及湯を普通に飲めるとは、、、、、ツワモノですね。自分は身体が嚥下を拒否しまして、難渋致しました。
朝食のメニューがなかなかすごいと思いました。ぐいっと行くと、ある意味眼が覚めそうです。
温清飲(四物湯+黄連解毒湯)は良い漢方ですね。一貫堂解毒体質のための根本処方。
手術、上手くいかれることを祈っております。
このブログは本来は身体の科(腎臓とか心臓とか肺とか)のことも記事にしていたのですが、最近は精神科と漢方くらいになってしまいました。機会があれば視点を広げて色々な文献を当たってみようと思います。
m03a076ddot 2013.02.15 12:44 | 編集
>海がめさん 
わざわざご丁寧に推薦のお店も挙げてくださって、ありがとうございます。
”あやしいお店”だと原料に安心感が持てないですしね。
ゆっくりかもしれませんが、症状は回復していきますので。
折り合いを少しずつ付けていかれると良いかもしれません。
m03a076ddot 2013.02.15 12:49 | 編集
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