2012
11.10

うつ病を併存した身体疾患患者さんに対する抗うつ薬治療の注意点

Category: ★精神科生活
 総合病院精神医学会でポスター発表するので、それに肉付けしました。ポスターだと字数制限が強くてつらつらと書けないですね。自分はどうでも良いことを長々と書くので、ポスターには苦戦します。。。



 近年、治療抵抗性うつ病の特徴の1つに身体疾患の併存が指摘されています1)。それだけでなく、うつ病や精神的苦痛が身体疾患そのものの臨床経過に影響を与えるということが明らかにされてきており2)3)、内科・外科領域における精神科医の役割が今後ますます重要となることは論をまたないかと思われます。

 しかしながら、身体疾患患者さんのうつ病に対して薬物療法を施行する時、抗うつ薬を適切に選択し、その治療効果を適切に評価することは難しいとされます。

 特に身体疾患患者さんの場合は、以下の点が精神科とは異なります。

・服用薬剤の種類が多いこと
・その薬剤は精神科医に馴染みが薄いこと
・身体的基盤の脆弱性があること

 これらにより、抗うつ薬による副作用と薬剤相互作用とをより強く考慮しなくてはいけません。それを知っていないと患者さんに不利益を与えてしまうことも。タモキシフェンで治療していた乳がん患者さんのうつ病にパロキセチン(パキシル®)を投与することで予後が悪くなってしまった!という報告もあります4)。

 自分が勤めている病院の精神科はリエゾン活動を行っており、例えば血液内科ですと移植する患者さん全員に精神科医によるフォローがなされます。リエゾンとコンサルテーションとは何が違うのかという点ですが、コンサルテーションというのは主科の先生が患者さんの様子がおかしいなと思って精神科医に依頼して、我々がそれに応じて診るということ。リエゾンは患者さんを主科から依頼が出る前から精神科医が診るという点で、早期発見早期治療ということが可能になります、一応。

 こういうリエゾンでは質問票を使うことが多いのですが、汎用されているのがHADS(Hospital Anxiety and Depression Scale)やPHQ-9(Patient Health Questionnaire-9)など。自分が勤めている病院はHADSを採用しています。これはスクリーニングとして優れていることが知られていますが特異度は高くないため5)、経時的にその値を追い、精神科医による評価も併せて施行する必要があると思います。治療開始後もこういった質問票を用いることで、治療反応性を客観的に追うことが出来るのは利点ですね。ただ、患者さんの身体の状態が良くないとこういった質問票に書き込むこともできない、ということも。

 さて、身体疾患患者さんに抗うつ薬を投与する際に配慮すべき点を挙げてみます。

・アドヒアランス
・腎障害や肝障害
・心筋伝導障害
・薬剤相互作用

 アドヒアランスは当然ですよね。。。患者さんはやっぱり抗うつ薬を飲むということにかなり抵抗感があります。そこはリエゾンで診ている精神科医がしっかりと時間をかけて説明します。コンサルテーションではここで患者さんと初顔合わせになることが多いのですが、リエゾンだと週に1回は回診するので、ある程度は面識があります。”ポッと出”の訳わからない精神科医にいきなり抗うつ薬を勧められるよりは、週に1回会っている精神科医が勧めた方が印象として悪くない。あとは、一生飲み続けるものではないということもお話します。どうも「精神科の薬=薬漬け&一生続ける」というイメージが患者さんに強いため、必要最小限の量を必要な期間だけということを念押しします。

 腎障害や肝障害においては薬剤のクリアランスが低下することは周知のとおりと思います。ですが、抗うつ薬の投与については臨床における投与経験が非常に限られていまして、低用量から開始し腎機能や肝機能をモニタリングしながら漸増していかざるをえないのが現実。ただ、その中でもある程度明らかになっているものもあります。腎障害では三環系抗うつ薬は投与しないことが望ましく、肝障害においては三環系のうちイミプラミン(トフラニール®)は臨床上経験が最も豊富であり比較的安全に用いることができますが、他の三環系は使用しないことが望ましいとされます(やっぱり副作用が…)。日本で発売されているSSRI以降の新規抗うつ薬は三環系に比べて強い副作用が軽いので、やはりこれらが使用候補。ただし、SNRIのデュロキセチン(サインバルタ®)はGFR<30の腎機能低下ではクリアランスが劇的に悪くなり、また肝機能低下状態では特に様々な形の肝障害を来たすことがあり、腎障害と肝障害の両者に使いづらいのでした。SSRIのサートラリン(ジェイゾロフト®)は未変化体として尿中に排泄されるのが0.2%未満と少なく、更に胆汁うっ滞性掻痒症への使用で安全性が示されています。こういう点ではある程度使いやすい。他のSSRI/SNRI/NaSSAも低用量からあわてず使っていけばそれほど危険ではないとされます。もちろん検査値はしっかりフォローですが。他、腎障害では尿閉、肝障害では傾眠というのは患者さんの状態悪化にアクセルをかけるので(前者では腎機能憎悪、後者では肝性脳症)、抗うつ薬使用でこうならない様に注意です。

 QT時間については、三環系は有意に延長させます。日本にある新規抗うつ薬は比較的安全とされ、リスクのある患者に使用候補になります。エスシタロプラム(レクサプロ®)は添付文書でQT延長にて禁忌とされていますが、これは向精神薬でThorough QT/QTc試験の対象にとなったのがエスシタロプラムとデュロキセチンとラモトリギン(ラミクタール®)のみであることと無関係ではありません。確か日本では2010年以降に承認された向精神薬のみがこの試験の対象になっているので、それ以前に発売されている向精神薬はスルーされているのです。エスシタロプラムだけが超危険というわけでなく、振り返ってみればもっと延長させるものがゴロゴロしております(エスシタロプラムはむしろ安全な方)。三環系はすごいですよ。日本脳炎ワクチンの報道で出たピモジド(オーラップ®)は抗うつ薬ではないですが、QT時間をめちゃくちゃ延長させますね。以下の表は自分の勤めている病院の教授が教育スライドとして使っているもの。
QT.jpg
(クリックで少し拡大)

 薬剤相互作用は、CYPとP-glycoprotein(PGP:P糖蛋白)の阻害が重要です。上述した”タモキシフェンで治療していた乳がん患者さんのうつ病にパロキセチンを投与することで予後が悪くなってしまった!”というのは、パロキセチンのCYP2D6阻害によりタモキシフェンの血中濃度が跳ね上がってしまったことが原因とされています。薬剤相互作用による弊害は看過できない事態ですね。三環系は広範にCYPを阻害し、この点から使用しづらいものです。新規抗うつ薬のCYP阻害は表に示す通り。こうしてみるとフルボキサミン(デプロメール®/ルボックス®)とパロキセチンは肝酵素阻害が広範囲に渡っていることがわかるかと思います。一方、ミルタザピン(リフレックス®)とエスシタロプラムが殆どCYP阻害に関与しない点は特筆すべきです。サートラリンも使用量が100mg未満ではCYP2D6阻害がごく軽度になります。

CYP.jpg
(クリックで少し拡大)

 CYPの陰に隠れてあまり気づかれないPGPですが、これは腎臓や小腸、血液脳関門、肝臓などに発現している薬物排泄トランスポーター。抗うつ薬の中でもサートラリンとパロキセチンは強くPGPを阻害するため、PGPの基質になる薬剤の血中濃度を上昇させてしまう可能性があることは留意すべきです。

 PGPはこんな感じのもの。

PGP.jpg
(クリックで少し拡大)

 PGPの基質には、代表的なものとして以下があります。多くはCYP3A4の基質と重なるので、両者を阻害する薬剤の存在下ではこれらの血中濃度がいきなり変化する可能性が示唆されています。抗がん剤、免疫抑制剤、心臓に作用する薬剤なども含まれるため、目を配りましょう。アメリカではHIV治療薬が基質に含まれるという点で注意喚起が良くなされます。個人的には、タクロリムスで治療している患者さんにサートラリンを恐る恐る使ったことがありましたが、血中濃度がそれで急に変化したということはありませんでした。

PGPきしつ
(クリックで少し拡大)

 またSSRIとSNRIは、PT延長時(肝障害など)の他に抗凝固薬/抗血小板薬やNSAIDsとの併用において出血のリスクに注意すべきですね6)。消化管出血が有名ですが、脳出血のリスクも軽度上昇するようです。

 さて、となるとどんな抗うつ薬が適切なんでしょう?

 まず、三環系は積極的に使用したくないですね。副作用や薬剤相互作用の強さを見ると”うーん”と思ってしまいます。。。

 肝機能や腎機能に異常がなければデュロキセチンは薬剤相互作用も少ないですし使っても良いかもしれません。特に新規抗うつ薬の中では最も疼痛に対して効果を示すということもあり、魅力的。ただ、現時点で異常がなくともこの先腎臓と肝臓が悪くなることが予測されるならば、ちょっと使いづらいかも。

 同じSNRIのミルナシプラン(トレドミン®)はどうでしょう。薬剤相互作用はほとんどないのが利点。ただし、尿閉患者さんには禁忌扱いとなっていることからも、排尿障害は来たしやすいのでは?と言われます。ですが最も憂慮すべきことは”あんまり効かない!!”ということでしょうか。。。ミルナシプラン使って抑うつが晴れたという患者さんを見たことがありません。。。

 SSRIの中ではサートラリンかエスシタロプラムでしょう。薬剤相互作用も少ないです。ただし、サートラリンはPGPの阻害があるためその基質となる薬剤を使用している患者さんでは注意。エスシタロプラムはQT延長を起こしていないかをチェックしましょう。患者さんの条件によっては出血のリスクがあると考えておくこと。

 NaSSAであるミルタザピンは非常に有望株。制吐作用もあり、化学療法中の患者さんに使うと楽になることも。不眠も改善してくれますが、ヘロヘロになっている患者さんに使うとその作用が思いもよらぬほどに大きく出て過鎮静になることがあります。そうなると「もう精神科の薬は飲みたくないわー」となりかねないので、そこは要注意です。事前にそうなりうることを説明して、3.75mgとか7.5mgとか、少なめからまいりましょう。

 まとめですが、身体疾患患者さんでは、客観的評価スケールと精神科医による診察とを併せて行い、治療開始後も経時的に患者の精神状態を追うことが求められます。そして抗うつ薬を選択する際は、代謝臓器を含む身体的基盤の脆弱性や複数の投与薬剤の存在など、考慮すべき点が多くあります。精神科医もしっかりと薬剤の特質を捉えて使用しましょう。


☆本文中の参考文献
1) Difficult-to-treat depressions: a primary care perspective; J Clin Psychiatry. 2003;64 Suppl 1:24-31.
2) No health without mental health; Lancet. 2007 Sep 8;370(9590):859-77
3) Association between psychological distress and mortality: individual participant pooled analysis of 10 prospective cohort studies; BMJ 2012; 345
4) Selective serotonin reuptake inhibitors and breast cancer mortality in women receiving tamoxifen; BMJ 2010; 340
5) Diagnostic validity of the HospitalAnxiety and DepressionScale (HADS) in cancer and palliative settings: A meta-analysis; J Affect Disord. 2010 Nov;126(3):335-48.
6) Association of Risk of Abnormal Bleeding With Degree of Serotonin Reuptake Inhibition by Antidepressants; Arch Intern Med. 2004;164(21):2367-2370.
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コメント
始めまして、突然コメントすみません。
今とても困っていることがござまして、内容がとても合致しているので
思わず質問させて頂きました。もしよろしければお返事頂ければ幸いです。

5か月前から乳がん治療のため、タモキシフェンを使用しています。
生理もリュープリンでとめているので、更年期障害的なウツが酷くなり
思い切って精神科を受診してみたところ、デパスとエスシタロプラムを処方され
ました。精神科の先生はSSRIとタモの関係性をご存じありませんでした。
エスシタロプラム(レクサプロ)は私のようなタモキシフェン服用者でも
飲んでも構わないのでしょうか?やはり命に係わることですので、
少しでも効果を減弱させる危険性があるのなら、かえって不安になるだけなので
やめておこうと思うのですが。
タモキシフェンに影響のないお薬に変更する事はできるのでしょうか?

不躾とは存じますが、どうぞ何卒よろしくお願いいたします。
wakadot 2013.03.01 19:02 | 編集
先ほどタモキシフェンとSSRIについて質問させて頂きました。
度々で申し訳ありません。

CYP2D6の表を見ますとミルタザピンでは0となっておりますので、
リフレックス、レメロンであればタモキシフェンの働きを阻害しないで
安心して使えると思うのですが、如何でしょうか?

こちらからお薬を指定して出して頂くのも非常に失礼な気がして
新しい不安感で一杯になってしまいますが、
少しでも安心して飲みたいので、よろしくお願いいたします。
wakadot 2013.03.01 22:58 | 編集
>wakaさん 
コメントありがとうございます。
タモキシフェンとSSRIとの関係性ですが、影響があるという論文もあればないという論文もある、という状況です。それを前提でお読みください。
タモキシフェンは肝臓で”エンドキシフェン”というものに変換されて、がんをやっつける力を示します。この変換にはCYP2D6という酵素が活躍するのですが、SSRIはこの酵素の働きを邪魔します。特にパキシルや高用量のジェイゾロフト、SNRIではサインバルタなどは邪魔する力が強いと言われます。そういった薬剤、中でもパキシルは使用しない方が良いのではないか、と示唆されています(ただし、示唆というレベルです。確定しているわけではありません)。wakaさんが使ってらっしゃるレクサプロは、このCYP2D6をごく軽くしか邪魔しないタイプのSSRIですので、タモキシフェンの変換にも殆ど影響せずSSRIの中ではベストの選択だと思います。私もSSRIの中で何か使えと言われたらレクサプロを選びます。100%安全かと言われると、医学の世界に絶対というのが存在しないため言葉が濁ってしまいますが、ほとんど問題は無いだろうと思われます。
でもwakaさんの抱えてらっしゃるご病気のことを鑑みると、心配なさるのも無理はない事だと思います。抗うつ薬の内服でかえって心配になるようなら薬の意味が無いとも言えます。なので、他のものに変えるというのも方法の1つかもしれません。ほとんどCYP2D6を邪魔しないものを選ぶことになりますから、そうなるとリフレックスとトレドミンという抗うつ薬になります。抗うつ薬が必要な状況であれば、この2剤のうちどちらかを使用することが最も安全と考えられます。個人的にはリフレックスが使い慣れているので、私ならそれを使ってみるでしょうか。副作用で眠気が強く出る人がいますので、1錠の半分から開始することも多いです。
ただし、私はあくまでも表面上の薬理的なことを記載しているに過ぎません。薬についてはかかってらっしゃる精神科の主治医と良く相談のうえでお決めになってください。wakaさんの人生を支えるのが主治医の役目ですし、実際に治療を行なっているのは主治医ですから、しっかりと相談されることを強くオススメします。
また、抗うつ薬は急に服用をストップすると中断症状というものが出てくることが多いです。減らす/やめる時もゆっくりにするのが大事です。
どの科の医者であれ、患者さんに少しでもいい人生を送って貰いたい、とみんな思っています。心のお薬も身体のお薬も、wakaさんにとって最大の効果が出ることが望ましいと思います。コメント返信欄で失礼と存じますが、どちらの治療もうまくいくことを切に祈っております。
m03a076ddot 2013.03.01 23:39 | 編集
>wakaさん 
コメントを返信したら、再びwakaさんからのコメントが投稿されていたので返信します。
私からは前回のコメント返信で考えを述べさせて頂きました。
ただ、繰り返しですが、自分は薬理的なことを言ってみれば無機的に述べていることになります。
また、「こちらからお薬を指定して出して頂くのも非常に失礼な気がして」とおっしゃっていますが、wakaさんの人生ですから、主治医に聞いてみることが大事だと思います。治療というのは医者だけが行うものではありません。患者さんと医者とがチームを組んで二人三脚のようにして進めていくものと思いますよ。
m03a076ddot 2013.03.01 23:45 | 編集
こんないきなりの質問に、丁寧に早速お返事下さってありがとうございます!
頂いたアドバイスを踏まえて、
やはり精神科の先生にもう一度不安な気持ちを伝えて、
お薬の変更について相談してこようと思います。

比較的若くして癌になってしまったので、これからもまだまだホルモン治療を
続けなければなりません。
乳癌の治療は本当に長くて先が見えなくて、
女性が女性でなくなってしまうような辛さがありますが
気持ちのケアもして、しっかりやり遂げたいと思います。

ずっと悩んでいましたが、きちんと説明して下さって、
気持ちの整理がようやくつきました。
本当にありがとうございます、やっとホッとできました。
wakadot 2013.03.02 00:24 | 編集
>wakaさん 
どういたしまして。
先が見えないというのは、おっしゃるとおり不安なことと存じます。
身体の主治医にもしっかりとお話をして、ご自身で納得しながら治療を進めていくのが大事と考えています。
霧の中にいるようで道が見えないという感覚もあるでしょうが、例えそういう状況でも足元に眼を落とすと、足はしっかりと地についていてその部分の道は見えています。そこから一歩一歩を確かめながら進んでいきましょう。
治療は長丁場でしょうが、ご自分で抱え込みすぎず周りの助けを得ていっていただければと思います。
m03a076ddot 2013.03.02 09:44 | 編集
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