2012
12.09

ACT-likeな精神療法的面接-2

Category: ★精神科生活
 さて、前回は精神療法(ここでは、流派にとらわれず面接を介する治療をまとめて精神療法と呼んでます)にも色々種類があり、そして日々の外来でガチガチの”何たら療法”をやるのは時間的に厳しいので、色んな療法の目線を持ちながら薬剤治療と並行して行なっていくというのが現実的でございます、というお話でした。

 今回は、自分が勉強して外来で患者さんに接する際の参考にしているACT(Acceptance & Commitment Therapy:アクセプタンス&コミットメント セラピー)について少し触れてみようと思います。

 ACT(アクト、と読みます)は何をするか?どの様に患者さんに接するのか?というところですが、ACTの狙いは、何と症状の緩和にはありません。苦しいものを取り除くということに主眼を置いていない、というのがACTの特色。この治療法の目的は”症状との関係性”を根本的に変えることにあります。

 苦しみを解決するために私たちの使う方法の多くは、実はかえって苦悩を生んでしまい、苦痛を深くしてしまうということがあります(全部が全部じゃないですが)。深い海に投げ入れられたらもがく。でももがけばもがくほど沈んでいってしまう。。。私たちは発達した脳を手に入れ論理的、理性的なアタマを手に入れました。しかしそれにより苦しんでしまっている面もあります。ちなみに、ここで言う”論理的、理性的なアタマ”はACTの本では”マインド”と記載されます。でも日本人に”マインド”なんて言ってもピンと来にくいので、自分はカタカナで”アタマ”と患者さんに表現するようにしています。

 精神科医のもとを訪れる患者さんの多くは心理的な苦痛、それは不安であったり抑うつであったり、を抱えています。ACTを行う治療者はこの苦痛に患者さん自身がうまく対処できるようになることを目標としています。苦痛が無くなるというのではなく、苦痛に対処というのが大事。その対処の仕方を学んでいくことが日々の外来で行なわれることになります。

 そして、その心理的苦痛の原因として大きなものに「認知的フュージョン」と「体験の回避」とがあります。それってなんぞや?


認知的フュージョン:日本的に分かりやすく言えば、考えへの”とらわれ”
体験の回避:イヤなことを避けよう/抑えこもう/取り除こうとしてもがくこと。日本的には”はからい”


 上記のようになります。強迫観念と強迫行為をイメージするとピッタリ来るかも知れません。

 「あれ?鍵閉めたっけ?大丈夫、と思うけど、、、。もう電車にも乗っちゃったし家に戻れば遅刻しちゃう。。。でも、、、確かめないと不安だ!←これを繰り返す」「何か手を洗わないと怖いことが起こりそうな気がする…!起こらないと思うし洗うのなんて変だと分かってるけど…。でも洗わないと!←これを繰り返す」などなど。これにより日常生活を大きく損ねてしまう人たちがいます。まさにフュージョンと体験の回避を表していますね。

 患者さんの考え方は壊れているのではなく、行き詰まっているだけ。この行き詰まりは普通の人間の思考が持つ普通の作用で、それが認知的フュージョンと体験の回避なんです。繰り返しですが、普通です。患者さんの状況にあるのであればその様に苦悩してしまうのも無理はないのです(validation:認証)。目線を変えれば”症状”というものは苦悩の表れで、それは患者さんなりに対処しようとしてもがいているコーピングと考えることができます。リストカットや他の破壊的な行動も、それ以上に自分や他人を傷つけてしまうのを防ぐために患者さんが苦しみの中でとった対処行動の1つ。精神分析のいう”防衛機制”もコーピングととらえることができます。例えば解離だって苦しみから逃れるための一時的な緊急措置。

 それが、行き詰まってしまっているんです。患者さんなりに頑張ってコーピングしているけれども、結果的には自分を苦しめてしまう。行き詰まっているコーピングは一時しのぎになるかもしれませんが、将来までおもんぱかってくれるとは限らないのです。一時しのぎを繰り返しているうちに身動きできなくなってしまいます。体験の回避というのは、機能不全となったコーピングとも言い換えることができそうですね。だから頭ごなしに”やめなさい!”なんて言ってもなかなか意味がない。患者さんからそのコーピングを取り上げてしまったら、彼らは混乱してしまいます。

 電車に乗るとパニック発作を起こす人は、ひとまず電車に乗るのをやめることで楽にはなります。しかし、そのことが活動を制限することになり「電車に乗ったらまたなってしまう」「今度はいつなってしまうのか」という不安が募ってきます。他の場所でもパニック発作が起こってしまったら、またそこへ行かないように。。。こういったことを繰り返すと、果てには自宅以外に出られる場所がなくなってしまいます。

 まさにジリ貧。どうしましょう。実は、思考のありのままを見ると、単なる言葉や映像にすぎないのです。でも認知的フュージョンの状態にあると思考から自分を切り離せず、とらわれてしまいます。

 フュージョンの状態だと、自分の思考が以下のように思えてきます(後述の”よくわかるACT”より)。

・絶対的な真理
・従うべき命令、ルール
・なるべく早く取り除きたい脅威
・過去や未来についてのことなのに、今起きているもの
・重要なので、全神経を集中させないといけないもの
・自分の人生に悪い影響を与えているのに、手放せないもの

 これって、精神分析の対象関係論で言う”妄想-分裂ポジション”と似ている気がしませんか?自分はACTの本を読んで、フュージョンに分析的な理論で味付けをしたものがまさにクライン派の”妄想-分裂ポジション”であるような印象を持ちました(単なる私見ですので、軽く受け流してやってください)。

 それと対極にあるのが脱フュージョンの状態。思考というのは”頭の中の”言葉や映像にすぎない、と分かるようになります。クライン派で言う”抑うつポジション”とも表現できるかもしれません。

 脱フュージョンの状態だと、思考を以下のようにとらえることが出来ます(これも後述の”よくわかるACT”より)。

・正しいかもしれないし、間違っているかもしれない
・従うべき命令やルールなどではない
・自分を脅かすものではない
・物理的な世界で起こっていることではない。頭の中の言葉や映像にすぎない
・重要かもしれないし、全く重要ではないかもしれない。どれだけの注意を払うか、自分で決められる
・頭の中を好き勝手に出入りしている。捕まえておいたり、追い払ったりする必要はない

 これを患者さんに意識してもらい、達成してくれることを後押しします。

 ACTでは、思考が正しいか間違っているかではなく、思考の有効性(workability)に重点を置いています。換言すると、患者さんの思考が豊かで有意義な生活を送る助けになっているかしら?ということ。考えにとらわれている状態で、やりたいことをやれるでしょうか?なりたい自分になれるでしょうか?

 繰り返しになりますが、ACTでは患者さんの思考内容を変えようとはしません。問題を引き起こすのは思考の中身ではなく、思考とのフュージョンであると考えています。

 体験の回避についても少しお話ししましょう。

 私たちは、体験を回避することで苦しみが増します。不安障害では、不安を避けようとすればするほど、不安に対する不安は増してきます。不安障害のみならず、体験の回避が強いと様々な問題に結びつくことが示されています。

 何度も言いますが、ACTでは症状の軽減を重視していません。症状の軽減に重点を置くと、体験の回避が強くなりやすいのです。体験の回避で何が犠牲になるか、それがいかに無益かを理解してもらいます。これまでどんなことを試してきたか、どんなふうに役立ったか、どんな代償を払ったか、に注目してもらうのです。それらの多くは短期的には効果はあったものでしょう。しかし、長期的な目線に立つと、知らず知らずのうちに自らの動きを窮屈にしてしまっているものばかり。

 不安や抑うつを取り払おうとして、色々なことをしてきたことでしょう。でもそのような努力をして、それらは去ったでしょうか?去っていれば、患者さんは治療者の前にはいませんね。去っておらず相変わらず絡み付いてくるので、患者さんは治療者のもとを訪れます。

 認知的フュージョンと体験の回避それ自体は、本質的に悪いものではありません。治療者が問題視するのは、豊かで充実した、有意義な生活を送る妨げになっている場合のみです。さっき述べた有効性というのを常に考えます。イライラするからちょっと気分転換に散歩する、頭が痛いからイブプロフェンを飲む(これ自分)、というのも体験の回避になります。でもこれは有意義な生活を妨げてはいませんね。どうにも辛くなって押しつぶされそうだから、リストカットをして流れる血を見て安心する。これは患者さんなりのコーピングではありますが、長期的に見て有効性は乏しい(でもやめろと言ってやめられるもんでもありません。それでやめられるなら苦労はしないですよね…)。

 認知的フュージョンと体験の回避に影響された行動を、価値(より良い人生への羅針盤みたいなもの)に沿う行動へと変えていくのがACTの狙いと言えましょう。「あなたは自分の人生をどうしたいのでしょうか?どのような方向にあなたは進みたいのでしょうか?」というのが価値の性質。思考や感情は症状でも問題でもなく、また豊かで充実した生活を邪魔するものでもありません。思考は思考、感情は感情、それ以上でもそれ以下でもないのです。もちろん思考や感情は行動に影響を与えてはいますが、コントロールしているわけでは決して無いのです。これをしっかりと意識しましょう。

 ACTという言葉の中にも含まれている”アクセプタンス”は、今この瞬間、に意識をおいて存在し、辛い時や苦しい時も含めて人生の一瞬一瞬をしっかり受け止めることが出来る状態、これを目指します。気分を良くするのではなく、どんな気分の時もそれを取り除こうとしないでそのまま感じておく。日本的に言えば、あるがままという言葉になりますね。望まない思考や感情を受け入れるスペースを積極的に作っていこうとする姿勢が大事になってきます。

 患者さんは、辛さや寂しさというものと綱引きをしている様なものです。負けないように綱を引いてはいるものの、残念ながら相手が強すぎる。連戦連敗で疲れ果ててしまっています。どうすれば良いでしょう??


答えは、綱を手放すこと


 辛さや寂しさとの争いをやめることで、患者さんは楽になれます。

 先程もありましたが、深い海に投げ入れられて溺れてしまっている時、もがいても沈んでしまいます。どうすれば良いでしょう??


答えは、もがくのをやめること


 もがくのをやめて、すべてを任せるように大の字になると、自然と浮かんできます。

 ACTは、面接を通してこの様な考え方を学んでもらう方法です。折りに触れこのことを指摘し、患者さんにホームワークを出してエクササイズ(自分が良くやってもらうのは、小川のエクササイズです)をしてもらい、瞬間瞬間への気づきを得てもらいます。

 行き詰って機能不全になってはいたものの、患者さんは患者さんなりにコーピングをしてきました。辛さの中をもがいて頑張ってきたことを認証しましょう(でも安易な共感は慎む)。その上で、脱フュージョンを促し、アクセプタンスへと導く。これがACTの骨格ではないだろうかと考えています。詳細な肉付けの時間は一般外来では難しいですが、この骨格を取り入れることは出来そうだと感じています。

 ただ、ACTの本に載っているメタファーやエクササイズのセンスは良くない、と思います。文化の違いかもしれませんが、アメリカ人はこんなチープなものでノッてくれるのか。。。と不思議な気分。日本人なら「この先生、大丈夫かな…」と思うかもしれません。日本人に合うようなものに変えていく必要はあるでしょうし、ACTの本でも「自分で作んなさいよ」的なことが書かれています。

 さて、ACTだACTだと言ってきましたが、こういう視点というのは決して横断的ではなく、患者さんの生活史をきちんと辿ることでなされます。精神科は患者さんの人生に関わる仕事。その人生を丁寧に辿り、そしてこの先どういう人生を歩んでもらいたいかを考えます。やはり患者さんには少しでも良い人生になってもらいたい、精神科医はみんなそう思っています。ACTが”価値”というのを見据えての治療というのも、やっぱり人生をより良くするためのもの。精神科医はだからこそ哲学に親和性があるのかもしれません。

 また、ACTを表面的にしかなぞらないと、過剰な共感になってしまう恐れもあります。患者さんの感情や行動を全て”その状況なら仕方ないよね、うんうん”とあっさり了解してしまうのはよろしくありません。なぜこうなったのか?面接をする身としては”わからない”部分を捉えて必要な時は理由を聞く。患者さんは”自立した個”であると想定し、自立した個ならばしないようなことをしているのはなぜ?という疑問を持つことは大事なことです。よく医療コミュニケーション本には”共感””共感”と判で押したように書かれていますが、真の共感なんてのははっきり言って出来ないと思います。わからない部分を全て放棄するのではなく、わからない部分を患者さんの人生からなぞって行き、きちんと聞いていく。そうして「なるほどね」と”認証”をする。そういう基本的な面接方法があって初めてACTのスタイルも活きてくるのではないかなと思います。

 もちろんACTを金科玉条の様に振りかざす訳ではありません。いわゆるCBTの方が効果的なこともあるでしょうし、他の精神療法にフィットする患者さんもいるでしょう。それでもこのACTを勉強することで得られるメリットは、いろんな症状や行動の不適応はあるにせよ、この患者さんは彼(彼女)なりに頑張った結果こうなっているのかしらという見方ができることでしょうか。医療者も心が広くなる。他の治療法の中にもそういうアプローチのものは多いですが、この見方が最も強いのがACTだと思います。そして「戦うのはやめましょうや。あなたの困っていることとの新しい関係性を見て行きませんか?」と提示することで、五里霧中、袋小路に入って身動きのままならなかった患者さんに一つの希望(と言っては大げさか…)を与えられて、患者さんと治療者とで一緒に歩いて行くきっかけになるんじゃないかなとぼんやり空想しています。

 ACTを学んでみようと思った方は、以下の本をオススメします。

よくわかるACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー) 明日からつかえるACT入門よくわかるACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー) 明日からつかえるACT入門
(2012/09/14)
ラス・ハリス

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 ACTの本は結構出ているんですが、どれも実は分かりにくいです(しかも分厚い)。何か分かりそうでスルリと逃げていくような。。。でもこの本はその中でも基本的なことを分かりやすく教えてくれるので助かります。実はこの原著を読んで勉強してたんですが、その途中でこの和訳が出てしまい、乗り換えました。。。訳も上手いですよ。『ACTをまなぶ』という本もあるんですが、この『よくわかるACT』の方が断然理解しやすいです。これと『ACTを実践する』と『認知行動療法家のためのACTガイドブック』が良いと思います。『ACTハンドブック』は読んでも実践に活かすような内容ではありませんでした。

 そんなに読む時間ないんだよねーという方は、この本が良いかもしれません。

マインドフルネスそしてACTへ 二十一世紀の自分探しプロジェクトマインドフルネスそしてACTへ 二十一世紀の自分探しプロジェクト
(2011/10/05)
熊野 宏昭

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 熊野先生が書かれたACTの概略本。白衣のポケットに入る大きさで薄いので、外来の合間とかちょっと一息ついた時なんかにピッタリ。薄いだけあって内容もさらさらっとしすぎていますのでACTをしっかり学ぶには他の本が必要です。でも1日で読めるのが利点。カバーがイヤにキラキラしていて、往年のビックリマンチョコのシールを思い出すのもgoodです。というかそれが一番良い?
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コメント
最近は日本でもマインドフルネスの概念が芽を出しつつありますね。
禅との共通性から、患者さんの中には宗教くささを感じて拒否感を示す方もちらほらいるようにも見受けます。
ただ考え方としては非常に優れていますし、今後どんどん広まっていく治療法でしょう。“第二世代“の先生方はあまり良い顔をしていないようですが、ロジカルな患者さんには第二世代の方が合うでしょうし、第三世代に全て奪われることもないと思います。
今回の記事は非常に分かりやすくACTをまとめていますね。良く勉強されていますし、私も学ぶところが多かったです。クライン派の言うポジションとの類似の指摘もおもしろいです。分析の先生方は否定するでしょうが、一般の精神科にとっては先生の様に大枠をとらえていく方が理解しやすいです。
若手らしく、色々な分野を勉強し尽くす気概が見えていて、頼もしいですね。
中堅dot 2012.12.12 01:56 | 編集
>中堅先生 
コメントありがとうございます。
確かに日本では宗教との結びつきが雰囲気としてあるので、患者さんの中には怪しむ方々もいらっしゃると思います。アメリカはそういった宗教として見ることがないので、受け入れの第一態度は異なる印象を持ちます。
クライン派のことは完全に妄想ですので、本当に軽く受け流していただければ。。。
若手というのを良いことに、色々な先生の本を読んで勉強させていただいております。2年くらい休業してその時間を全部読書に当てたいと思ったりもしてしまいます。
m03a076ddot 2012.12.13 19:08 | 編集
大変分かりやすい解説で、勉強になりました。
どうもありがとうございました。
印象としては、男性よりも女性が受け入れやすいセラピーなのでしょうか?

2点質問があるのですが、よろしいでしょうか。

1 ACTのC、「コミットメント」とはどういう意味なのでしょう?

2 「小川のエクササイズ」とは、どういったものなのでしょう?
(どの本に載っているか、どのWebページに書かれているか…という回答でもありがたいです)
あきゅーdot 2013.01.06 09:58 | 編集
>あきゅーさん 
コメントありがとうございます。わかりやすい、というお言葉を頂いて、嬉しく思います。

確かに男性よりも女性のほうが特に導入部分でフィットする印象はありますね。
男性は第2世代のCBTの方に親和性が高い気がします。
ACTは感覚的な部分が結構強いので、男性よりも感覚の豊かな女性に向くのかもしれません。

そして、コミットメントは”痛みやイヤな思いがあっても、自分の価値に沿って生きるために必要なことをする”という意味です。
ACTでは、患者さんが価値というものに気づき、それに向けて”コミットし続ける”ことが大事になります。
行動そのものは失敗することもあるでしょうが、続けるということが価値への道になっていきます。
自分は、自転車を乗れるようになった時のことを患者さんに思い出してもらって「それと同じですよ」と言います。
すなわち、自転車は言葉だけでは乗れるようになりません。”乗る”という行動をし続けること、コミットし続けることで実際に乗れるようになります。
更に、治療者からの働きかけを”補助輪”と例えることもできますね。

”小川のメタファー”は、瞑想の趣が強いので、患者さんによっては嫌うかもしれません。
簡単な説明に留まりますが、まず患者さんに流れる小川をイメージしてもらい、次に葉っぱが流れに乗っていく様を想像してもらいます。
そして、その間に考えが浮かんできたら、その考えを葉っぱに乗せて流れていくのを眺めます。
どんな考えでも載せます。いいものであれ悪いものであれ、関係ないものであれ。
このメタファーでは、思考にしがみつかずに、流れるに任せるということを実感してもらいます。
決して症状の改善を目指すものではなく、その瞬間瞬間の体験に集中してもらい、脱フュージョンを目標としています。
患者さんはつい症状の緩和を期待してしまいますが、それはACTの目標ではありません。そこはしっかりと認識してもらいます。
このメタファーは記事の中で紹介した”よくわかるACT”の189-192ページに記載されていますし、最近出版された”不安障害のためのACT”では362-364ページにあります。
ゆっくりと話しながら、沈黙の時間を持ちながら、行います。時間配分などは上述のページを御覧ください。

こんな感じで良かったでしょうか?
m03a076ddot 2013.01.07 00:49 | 編集
ベンゾの減薬では、色々アドバイスしていただいてありがとうございました。
今は離脱症状が比較的強いため、ホールドして現状維持しています。

よくわかるACTを注文しました。
症状があっても目的の行動は出来るし、症状と闘っても負けることが多いとの部分に非常に共感できました。
実際、症状と闘ってきたけれど、良くなることはなく、結局症状を受け入れることが大切だと思います。
主治医も勉強してみたいと仰っています。
ベンゾのゆっくりした減薬にも理解を示してくれ、僕としては凄く助かっています。
匿名dot 2014.03.13 15:59 | 編集
>匿名さん

ありがとうございます。
ACTの考え方は禅的なところもあり、日本人に馴染みやすいかもと思っています(宗教的にとらえてしまうかたもいらっしゃるでしょうが)。
『よくわかるACT』は医療従事者向きなのでちょっとむずかしい部分があるかもしれません。患者さん用のワークブックである『不安・恐れ・心配から自由になるマインドフルネス・ワークブック―豊かな人生を築くためのアクセプタンス&コミットメント・セラピー』がエクササイズも交えてあり取り組みやすいかもしれません。
ACTを勉強すると、症状と格闘しない生き方が大事だ、と実感します。
m03a076ddot 2014.03.13 19:50 | 編集
こんにちは。

ACTは対人恐怖にも有効なのでしょうか?

社会恐怖の治療にはSSRIが有効のようですが、出来るだけ薬に頼らずに治したいです。
匿名dot 2015.08.26 16:48 | 編集
>匿名さん

ありがとうございます。
有効か否かという表現はできず、有効な場合もある、という言葉になります。
重症度にもよりますが、いわゆるCBTは薬剤と同等の効果と言われます。
ACTは新しめなので、第二世代CBTよりも根拠は薄いでしょう(治療の歴史という意味で)。
ただ、お薬も必要な患者さんはおり、”頼る”というのではなく、”支え”です。
どんな治療法も、患者さんが頼るものではなく患者さんを支えるためのものです。
m03a076ddot 2015.08.28 09:51 | 編集
お返事ありがとうございます。

今度、心理療法を受けることにしました。
認知行動療法を行うのか、それ以外の治療になるのか分かりませんが、よく心理士の先生と相談してやっていこうと思います。
お薬はあくまで松葉杖にしかならないということですね。
そして、患者さんの状態に応じて、お医者さんが使い分けるというイメージですね。
匿名dot 2015.08.28 15:47 | 編集
>匿名さん

ありがとうございます。
心理療法も魔法ではなく、新しい視点の示唆とお考えいただければと思います。
お薬にしても心理療法にしても、患者さんが少しでも生きやすくなってくれればという希望のもと、医者や心理士の先生は行ないます。
m03a076ddot 2015.09.02 00:23 | 編集
ACTの良き解説をありがとうございました.脱フュージョンに関して質問させてください.

ACTを知ってから多くある脱フュージョンのエクササイズを試してみましたが,どれもしっくりとはきません.そのせいもあり,「ACTの本に載っているメタファーやエクササイズのセンスは良くない、と思います。文化の違いかもしれませんが、アメリカ人はこんなチープなものでノッてくれるのか。。。と不思議な気分。日本人に合うようなものに変えていく必要はあるでしょう」とあることに共感です.

そこで,実際に,日本人用にアレンジした,脱フュージョン用のメタファーやエクササイズがあれば,ご紹介いただけないでしょうか.
dot 2015.11.03 23:19 | 編集
名無しでコメントをくださったかた、ありがとうございます。

なかなか脱フュージョン用の良いメタファーはないのが現実問題だと思います。
コミットメント用であればいくつかありますが、脱フュージョンはその行為自体がとても難しく、ちょっとでもメタファーが変だと入りにくい感じがあります。
ACTの本にあるものでは、小川のエクササイズが良いでしょうか。
あとは、自分で勝手に考えたもので良ければ、”青空に浮かぶ雲のエクササイズ”というのがあります。
小川のエクササイズをちょっといじっていますが、青空に浮かぶ様々な雲を想像してもらいます。
その雲たちがそれぞれ、患者さんの様々な考えや感情です。
それは、ただただ浮かぶだけ。どんな考えも、感情も、ふわっと浮かぶだけです。
そして、ちょっと風が吹けば形も変わり、また流され視界から消えていくでしょう。
仏教の”無常”とも少しつながりを持たせたような印象でつくっています。
また、実際に晴れた日に空を見上げて行なってもらうと良いかなと考えています(空を見上げるだけでも気分はスッキリしますしね)。
他には、こんな記事も書いているので(http://m03a076d.blog.fc2.com/blog-entry-1839.html)、目を通してみてください。
m03a076ddot 2015.11.05 16:59 | 編集
管理人用閲覧コメントをくださったかた、ありがとうございます。

ACTも認知行動療法の1つであり、ここで話題にしているCBTはいわゆる第2世代とされるものです(ACTは第3世代とされます)。
どちらが優れているということはなく、第2世代のCBTの方がフィットする患者さんもいるでしょうし、ACTが合う患者さんもいるでしょう。
大雑把に言うと、第2世代は「”認知の歪み”を修正しよう!」とする傾向が強く、ACTは「無理やり修正しなくても良いではないか」というスタンスになっています。
ACTは別に特別なものではなく、早期からの治療の1つのオプションとしてあります。
m03a076ddot 2015.11.11 01:28 | 編集
管理人用閲覧コメントをくださったかた、ありがとうございます。

治療のどの時点でもACTは使えるワザだと思っています(さすがに重症の急性期はつらいでしょうけれども)。
調子が良いとつい遅くまで起きてしまいまして…。養生に励みます。
m03a076ddot 2015.11.13 16:18 | 編集
管理人用閲覧コメントをくださったかた、ありがとうございます。

イメージ重視のエクササイズは、一定まで進むと確かに「急にできなくなりました!」という人がいます。
理由は謎なのですが、これで焦るとACTではなくなるので、イメージできずに代わりに湧いてくる考えをそのままにしておく、その湧いたものの形をイメージしてそれをこねたりイメージ同士をくっつけてみたりしてみる、もしくはイメージできない状態を楽しむという選択があります。
他には、イメージ系から運動系に切り替えるのも良く、代表例はヴィパッサナー瞑想の手足を動かす瞑想だと思います。
それらを続けてみてはいかがでしょうか。
ちなみに、ACTについては一般向けの本が出ており、『よくわかるACT』を書いたラス・ハリスの『幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない』というのがあります(タイトルはちょっとアレですが…)。
より理解を深めるためにも読んでみると良いかもしれません。
m03a076ddot 2016.12.23 09:19 | 編集
管理人用閲覧コメントをくださったかた、ありがとうございます。

ACTのエクササイズはあんまりコレという種類のものがなく、一般的なものがある程度載っているのが『不安・恐れ・心配から自由になるマインドフルネス・ワークブック』という患者さん向けのものになるかと思います。
メタファーがうまく行かない場合に行なう、イメージをこねたりねじったりなどの手法が載っているものはちょっと見当たらないのではないでしょうか。
ヴィパッサナーは『心を清らかにする気づきの瞑想法』にありますし、他のヴィパッサナー本にも多く記載されています。
ヴィパッサナーは上記のイメージに対しては「雑念」とラベリングをする手法をとっています。
m03a076ddot 2016.12.25 17:53 | 編集
管理人用閲覧コメントをくださったかた、ありがとうございます。

ACTは「どうしよう!」の焦りに入らないことが肝要です。
できない時に、そのできなさを味わうというのが大事になってくるでしょう(難しいですけど)。
エクササイズなどを少しずつトライしてその時間を増やしていくと良いのではないかと思います。
m03a076ddot 2016.12.28 08:24 | 編集
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