2011
11.23

診断推論 Starter & Booster:前座~症状と疾患

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 今回は前座です。症状が出現することや疾患として理解することにどの様な意味があるのか、を見て行きたいと思います。

 症状、はどの様にして生じるのか?ここで意識してほしいのは、症状というのは、原因と患者さんの生体機構との相互作用、もっと踏み込んで言うと、原因に対する患者さんの反応として生じると考えることです。そして疾患とは、原因と生体機構と症状の3つによって成立するものと言えます。疾患は、患者さんがいて初めて存在できるもの。肺炎球菌性肺炎であれば、大雑把に以下の様に考えられます。

原因:肺炎球菌の肺への侵入と、それを許すような脆弱性
生体機構:炎症と凝固
症状:発熱や咳・痰

 一言加えると、よく高齢者では肺炎でも咳がなくてただだるいだけ、ということがありますが、それは生体機構が弱っているために症状としての輪郭が定まらないことが挙げられます。裏を返すと、高齢者や免疫不全など、生体機構が適切に反応しない患者さんでは、症状がはっきりしなくても軽視してはいけない、ということも言えますね。



 さて、症状は相互作用から生じるものですが、その相互作用は一回性ではなく、原因が除去されない限り常に波打ちながら行われているものです。その相互作用が強くなっていく、弱くなっていく、それによって症状も変動していきます。症状同士や、症状の時間推移による変化など、それらのつながりは非常に大事。そして原因や生体機構も考慮する。言い方を変えれば、”相互作用”を動的に深く見て解釈することで、私たちはどういう疾患なのかを類推していきます。症状だけ見ても診断は難しいもの。原因や生体機構の低下なども色々探ってみなければ正確な診断、正確な診療は出来ないんです。



 診断は、具象を抽象に変換することでなされます。患者さんの目線からは、具体的な症状が自らに襲ってくるという形になります。「いったい何が起こっているのか?」つながりを欠いた1つ1つの症状が単独で攻撃してくる。これは迫害と言う形で不安を惹起させます。自分でその不安をかかえられなくなり、患者さんは医療機関を受診します。



 ここで私たちは、患者さんから言葉や態度などとして投げかけられる症状たちをリンクさせ、相互作用を見つめることで、疾患と言う抽象概念にまとめ上げ、かかえられる形にして患者さんに伝える。それにより迫害の不安を持ちこたえられるようになることへとつながります。



 診断以降の診療では、患者さんの中には疾患が分かることにより”名付けの不安”が生じるでしょう。新たに知ったこの疾患はどういうものなのか、そして、それがどうなっていくのかという恐怖が出現します。ヴァイツゼッカーの言葉を借りるなら、だれもが「…かどうか」のうちで生きているのであり、「…であること」のうちで生きているのではない、ということです。診断も大事ですが、「その先自分はどうなるんだろう?」と患者さんは考え、今度はその不安を我々に投げかけてきます。それをいったん受け止め、そして持ちこたえられるような形にして返してあげる。そのように私たちは彼らを援助していくべきでしょうね。そこには疾患そのものを治療するということもありますし、患者さんにその疾患について知ってもらうということ、そして患者さんの抱く不安をしっかり受け止めて、展望を伝えるということも含まれます。ここが医者のワザの見せどころでして、不安という感情をしっかりと理解していくことが大切になります。無条件に形ばかりの共感をするのではなく、患者さんの過去・現在・未来を眺めて「こういう状況にあるあなたであるならば、不安になるのは無理からぬこと」と認証していくことが重要になってきます。疾患は患者さんありき。疾患を治療することは、患者さんがその不安をかかえられるようにすることでもあります。私たちは、患者さんのコンテイナー(かかえる立場)として優しく存在するべきです。

 今回はなにやら観念的な話になってしまいました。身体疾患には心理的背景というのは少なからず影響します。ここを考慮しないと患者さんはスッキリ治って行かない。。。でもまずは生物学的に正しい診断力というのを身に付けてからそこは勉強するところでしょうか。次からは普通に診断学について少しずつお話しします。次回は「鑑別を行う場所」について(第1回に続く)。
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