2011
12.14

診断推論 Starter & Booster:第6回~病歴前確率を知る

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 前回は、感覚的に確率を意識してアプローチをしていきましょう、という流れで終了しました。

 今回は、その第一歩である、病歴前確率について。これは、現病歴を取る前に得られる情報から組み立てる確率のこと。その情報には、主訴は言うに及ばず、年齢、性別、既往歴、薬剤歴、社会歴、血圧や体温などの基本的なバイタル(救急外来ではバイタルはさっさと測るので、病歴前確率に含みました)、待合にいる患者さんの様子、診察室の椅子に座るまでの患者さんの動きなどなど、実に多くのものが含まれてきます。日本が世界に誇る健診歴も大事でして、患者さんの中には胆石があることを言わなかったり、HbA1c高値を放っておいたり、そんな人もいます。「健診で、胆嚢に石があるとか言われませんでした?」「健診で、血糖値が高いって言われてないですか?」などは状況によって聞かねばなりません。以上を一言にすると”主訴と患者背景”という言葉にまとめられるのではないでしょうか。話を聞く前に、内容によっては話を聞きながら、これらを出来るだけ集めておいて、鑑別疾患にある程度の順位付けをしていきます。それが、病歴前確率。

 鑑別疾患をずらずらっと羅列するのでは重み付けがなされておらず、かつ緊急性を加味していないため、臨床的な意識を正確には反映してくれません。言ってしまえば、使いモノにならん。一般的な可能性という点では”有病率”に則って順位が決まります。このレクチャーでさんざん出てきている”良くある疾患”という考え方は、この有病率を大きく反映させたもの。更に、臨床の現場では、有病率のみでなく「今ここにいる患者さんはどうなのか?」と想定することが大事。例えば、救急部を受診した頭痛患者でのくも膜下出血の有病率は1.0%前後と一般的には言われています。しかし、30歳の男性がいきなり頭に激痛が走って今も強くなっている、というのであれば、そんなパーセントを言ってられません。1にも2にもくも膜下出血!ぼけっとして見逃したら大変。この様に有病率は「良くある疾患」を想定する際には良いのですが、今目の前にしている患者さんに対しては「見逃してはいけない疾患」という緊急性も考慮する必要があるのです。緊急性のある疾患の有病率は低いので、有病率だけで攻めたら鑑別の上位には全く上がってきません。大動脈解離は胸痛の患者さんで疑わなくてはならない緊急疾患ですが、疾患としてはマレな部類です。有病率1本で行ったら鑑別の最下層に沈んだまま。それじゃあ救急外来はやっていけないですよね。
 
 まずは緊急性という軸と有病率という軸を以て、主訴から「見逃してはいけない疾患」「良くある疾患」という2つのグループを頭に思い浮かべることから始まります。良く救急のマニュアルに載っているアレです。この時点ではまだまだ「”普遍的な”見逃してはいけない疾患」と「”普遍的な”良くある疾患」の域を出ません。

 有病率は「良くある疾患」を意識させてくれますが、これからは、細かく見てみると役立つものがもう1つ抽出されます。それは、年齢分布。62歳の男性の頭痛で病歴が如何に偏頭痛らしくても、この年齢で初発の偏頭痛はまずありません。同じく75歳男性の側腹部痛であっても、尿路結石の既往がなければまずもってこの疾患ではありません。子どもの腹痛であれば、6ヶ月なら腸重積は外せませんし、7歳ならアレルギー性紫斑病が鑑別疾患に加わります。この様に、年齢分布を知っておくと信頼性の高い推測がなされます。除外に役立ちますし、年代に特徴的な疾患を鑑別の1つに加えることが出来るので、各種疾患における好発年齢と発症確率の極めて低い年齢とを覚えておくと良いと思います。他には性差も役立つものに加えて良いでしょう。男性に子宮外妊娠は絶対無いと言い切れますし、女性の群発頭痛は非常に珍しいものです。ただし、「見逃してはいけない疾患」に関しては、まさに見逃してはいけません。よって、年齢などでそれらしくなく、以降の診察や検査などでも所見がない場合でも、バッサリ否定してしまうよりは、”いったん保留”して他の疾患を探しに行くという、石橋を叩いてもまだ渡らない姿勢を取りましょう。「良くある疾患」に関しては、石橋を叩いたらすぐ渡っても差し支えないですが。ま、男性の妊娠とか女性の精巣捻転などは構造上あり得ない疾患です。疾患そのものは見逃しちゃいけませんけど。

 このように、有病率は「良くある疾患」を挙げる際に役立ちますし、救急外来と言うセッティングは「見逃してはいけない疾患」を考える緊急性を意識するうってつけの場。年齢は各鑑別疾患の可能性を大まかに教えてくれるので、重視します。そして、既往歴、薬剤歴、社会歴などなど、言い換えると背景情報のうち患者さんから得られる年齢以外のものは、それを有している患者さんに特徴的な疾患を鑑別に挙げるor除外するヒント、つまりは個別性になってくれます。



 有病率と緊急性と年齢と個別性。患者さんに会うまでに、主訴からは「見逃してはいけない疾患」と「良くある疾患」の2つのグループを想起。その中であらかじめこれら4つの因子は覚えておくものです。そして、目の前の患者さんから年齢と個別性を聴取します。「有病率と緊急性は聞かないの?」と思うかもしれませんが、これは聞き取れるものではなく、疫学的知識・救急的知識の範疇に入ります。

 知識の上に患者さんから得られる年齢と個別性が乗ることで、ようやく「”普遍的な”見逃してはいけない疾患」と「”普遍的な”良くある疾患」から「”目の前の患者さんの”見逃してはいけない疾患」と「”目の前の患者さんの”良くある疾患」にカスタマイズされます。

 これら4つの因子が相まって、目の前の患者さんにおける鑑別疾患の順位が病歴聴取の前に付けられていくんです。やっぱり奥深い感じがしますね。患者さんからは、犯人と思われる似顔絵の大まかな輪郭をまず手に入れましょう。場合によっては大きな特徴がもたらされることもあり、それは犯人確定に役立ちますね。

 個別性という点での例を挙げましょう。例えば、咳という主訴でも、ACE阻害薬の服用歴が得られれば、それは鑑別の1つになります。意識障害で収縮期血圧が190と70とでは脳血管障害の鑑別順位が天と地ほどに違います。患者さんがお腹を押さえて苦しそうな表情でそろりそろりと歩いて入ってきたら、腹膜刺激徴候ありや…?と感じてやすやすと帰しちゃいけないなと考えます。風邪っぽくてもちょっと倦怠感が比較的強いかな?という患者さんなら急性肝炎がちらりと見えてきます。上の先生から良く言われたのは、インフルエンザシーズンで風邪とインフルエンザを見分けるポイントとして、待合の椅子で結構平気な顔をして座っているのが風邪で、耐えられず横になっているのがインフルエンザだ、なんてのもあります。

 まとめると、この病歴前確率の段階では、まず主訴から、緊急性のある「見逃してはいけない疾患」グループと、有病率を意識した「良くある疾患」グループを想定しつつ、年齢を用いて、それぞれにおいてある程度の順位付けをします。そして、個別性を俯瞰することで今ここの患者さんに特異的な状態を見出すことを重視しましょう。この疾患は外しちゃいけないな、この患者さんは簡単に帰しちゃいけないな、という印象を持つことが大事です。前の例で言うと、ACE阻害薬を服用しているという情報がなければなかなか咳の鑑別にそれが上がってくることはありませんしね。他には、開腹術の既往のある患者さんが腹痛を訴えたら、腸閉塞をまず考えます。膵臓周りをいじった手術既往のある患者さんの発熱なら、何はなくとも胆管炎を考えます。高齢者で心房細動を持っている患者さんの腹痛なら、やはり上腸間膜動脈閉塞は頭の片隅に常に置いてなければいけません。個別性って大事です。

 このように、病歴を取る前や取りながらでも下調べをしておくことで、基礎に何を持っているのかが明らかになります。それをヒントにして、特異的な鑑別疾患が浮上してくる、危険な香りを察知するということが出来るようになってきます。話を聞く前から、勝負は始まっているのです。言い方を変えると、現病歴のみでは患者さんの横断的な評価しか出来ません。こういった患者背景を加えることで膨らみが増し、病歴に幅を持たせることが出来るようになっちゃうんです。感覚的確率アプローチの第一歩は、鑑別疾患の有病率・緊急性・年齢分布・個別性を知るところが始まり。知ってないと聞き出せませんしね。その知識を入れて、患者さんから話を聞き出す。その情報の照合度合いで、感覚的な確率が決まってきます。


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