2011
11.27

診断推論 Starter & Booster:第2回~「主訴」の設定

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 前回は、初診時における鑑別の立て方と、受診を繰り返している時、ひいては入院精査の時における鑑別の立て方の構えをお話ししました。

 外来と病棟の立ち位置をそうやって理解した上で、今度は主訴を見てみます。診断の出発点は何と言っても主訴!患者さんから発せられる言葉として最初のもので、これをまず詳しく知っておく必要があります。”主訴なんてそんなしっかり勉強するところあるの?”と思うかもしれませんが、見てみると大事なことが分かってくるんですよ。患者さんにとって最もインパクトのあるのが主訴ですから、これは重要なのです。この主訴について学んでから、診断方法に触れて行きましょう。

 「お腹が痛い」「息が苦しい」などの言葉は、患者さんが最も辛い、最も気になっていることを患者さんの言葉、つまりは日常語で表現したもの。我々も主訴を大事にします。他に症状はあれど、それが最も強い。なので、患者さんを悩ます疾患も、最も強い症状と関連したものだろうと考えるのです。ここまでは良いかなと思います。

 主訴は日常語で述べたものです。ということは、それは”主観的な”主訴ということ。これと区別するものに医学的主訴がありまして、救急のマニュアルに載っている主訴がそうですね。お腹が痛い→腹痛、光がまぶしくて目が痛い→羞明など。我々は、患者さん側の世界の言葉を大切にしながらも、頭ではこちら側の言葉、専門語に変換して作業を進めています。

 患者さんは何とかして主訴を話しますが、そこにはこちらの意図しない意味も含まれています。患者さんの使う言葉が、私たち医療者の使う言葉と意味が同じということは、保証されてないんです。よって、私たちはそれを適切なものに変換する必要性が出てきますが、その変換を誤ることもしばしば。主訴を正しく設定することが適切な鑑別診断を挙げる事への第一歩。それを踏み外さないようにすることが、大事なポイントなんです。主訴1つ見ても、随分と奥深いものですね。

 私たちが主訴の設定を誤ってしまう時。これには2つの形がありまして、以下に見ていきましょう。



 これらには常に気を付けましょう。それぞれ代表例を出してみますね。

 前者の代表例は「胃が痛い」。胃が痛いという患者さん側の言葉に引っ張られてしまうと、医者サイドの思考も患者さんの主観に左右されます。「胃が痛い」と言うのは「患者さんが想定する胃もしくは胃があると思っている場所が痛い」のであって、本当に臓器としての胃が痛みを発しているということではありません。私たちは「心窩部痛」や「左上腹部痛」と変換することで、患者さんの症状をより正確にとらえることが出来ます。そうすると胸部疾患にまで視線を広げられ、「胃が痛い」患者さんの心筋梗塞を見つけることも可能になるんです。他には「血を吐いた」なんていうのがありますね。果たしてそれは本当に医学的主訴で言う「吐血」なのか、それとも「喀血」なのか?「尿が出ない」というのも「尿閉」なのか「乏尿/無尿」なのか。患者さんの目から見た症状が同じようなものでも、何と鑑別が全く異なってきてしまうんです。

 後者の例は「意識がなくなって倒れた」というもの。失神なのか、けいれんなのか。鑑別は全く異なってきます。患者さんは発症当時を覚えていないので、こちらが聞いても限界があります。目撃者がいれば、その人に代弁してもらうことが一番でしょう。いなかった場合は、どっちかに決めつけず両方の線をひとまずは考えましょう。「倒れたみたいで、気付いたら誰かが救急車を呼んでくれてた」だと、はたしてどっち・・・?と悩みますね。誰かが見ていて「そういえば、頭をぐーっと横に向けながら倒れていきました」という言葉が得られたら、けいれんだろうなと察しがつきます。誰もいない場合は両方の線を考えながら、どっちかの証拠を探しに行きます。大事なのは「この主訴は漠然としていて情報が足りない」という事実に気づくこと。「倒れた=失神」というのは早計。もちろん意識を戻してからも何となく話の注意がそれるのであれば、それは意識障害となります。GCSやJCSでは軽微な意識障害は拾えないんですよ。精神科医はこういうところにうるさいです。

 まとめると、患者さんは今ある症状を伝えようとして、彼らの知識の中で言葉にして頑張って述べているのです。その言葉には様々な意味が含まれているため、その症状を適切に表しているとは限りません。私たちは、それを考慮する必要があるんです。第7回(診察前確率)の時にお話ししますが、患者さんは日常語の世界にいて、私たちはそれに加えて専門の世界を持っています。繰り返しますが、日常語というのは色んな意味を含んでいます。先の「胃が痛い」も「胃」という臓器を必ずしも指すとは限りません。対して専門語は殆ど一義的です。患者さんの訴えには様々な意味があり、それを私たちは専門語に解釈する。その際に正しい意味を推定しなければなりません。こんな感じで説明すると、何となく言葉が大事だなというような雰囲気が伝わってきたでしょうか。

 ただし、主観的な主訴も、患者さんの”生の声”を反映したもので一定の価値があります。医学的主訴に変換することでその特性が失われてしまうこともあるため、カルテにはきちんと主観的主訴も書きましょう。とらわれすぎるのはいけませんが、患者さんの姿を表したものでもあるため、完全に潰してしまうのは勿体ないと思います。そして、主観的主訴がとらえどころがなく、医学的主訴に置き換えられないというものもあります。自分は精神科医なので、患者さんの主訴で「居場所がない」とか「身体の中から頭のてっぺんにかけてスースーする」というような、こちらが「うーん」と考え込んでしまうものがしばしば。境界例とか自我障害のある患者さんはこのような訴え方をします。

 他に主訴で言っておくことは、“困る主訴”というもの。それは「全身倦怠感」に代表される、鑑別になる疾患が多岐に渡ってしまい、「あんまりこの主訴役に立たないなぁ...」と思ってしまうものを指します。こういう時は、他に症状があるかどうかを聞きましょう。「頭が痛い」と言ったのなら、こちらから攻めた方が鑑別を絞りやすいのは言うまでもありません。このように主訴を置き換えて疾患に迫るという手段もあるんです。

 特に救急においては、適切な医学的主訴を設定する。これが第一歩です。そして、その主訴から想定できる鑑別疾患を挙げていくのです。犯人捜しに例えるなら「午前3時に牛丼屋の前にいた男性」という主訴からは「”吉野家”の前にいた」のか「”すき家”の前にいた」のか、これで随分と容疑者が異なってきますよね。私たちは捜査官、患者さんは被害者。犯人は疾患。容疑者が鑑別疾患と言うことになりましょう。まとめて図にするとこの様になります。まさに犯人捜しの第一歩という感じですね。


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