2008
03.03

出産見学感想文

 出産見学感想文、というのが学生実習の課題で出されます。本来であれば正常分娩を見学しなければならないのですが、自分は残念ながらその場に立ち会えず、帝王切開の見学を感想にしました。産むって作業を見るにつけ、女性には頭が上がらないような気がします。。。

☆出産見学感想文
 自分は自然分娩の現場には残念ながら産泊においても立ち会う機会がなかったのですが、帝王切開による出産を何回か見学させて頂きました。

 出産という行為はどのようなものなのか。概念的、教科書的には理解していたつもりでしたが、実際に間近でこの目に収めると呆然とするものでした。一人の人間の中から小さいながらも新しい人間が誕生して、そしてそれが切開開始から10分もしないうちという事実を目の当たりにし、その時は感動など覚える暇もなくただただ呆気にとられていました。生への実感を得たのは、NICUで新生児の小さな手にシワがありその指に爪がきちんと生えているという、妙に地味で当然のことを見た時でした。

 表現が非常に悪くて申し訳ないのですが、妊娠・出産というのは人間の行動の中でも「動物的な」位置にあると考えていました。しかし今回の実習が、物事に必ず存在する意味というものを知らしめてくれました。外来見学時、妊娠することを不妊治療にかけて受診されたご夫婦の姿を見たり、自分の担当患者さんが水玉病衣を着ることを楽しみにしていたとの記載を電子カルテで発見したりするにつけ、一人の女性にとって他とは一線を画した特殊な、自分の命を懸けてでも望むべき事象であるような印象が発生し、良い意味での違和感を覚えました。一方、図らずも妊娠し、出産を望まず中絶するということがあるのも事実です。様々な事情により仕方ない場合も多々ありますが、特に妊娠しないだろうという軽い気持ちの上で行われた性行為の結果であれば、妊娠や出産を望む方々の心持を鑑みると、個人的な意見ですがそれは一つの生の誕生に対しての思考が軽すぎるのではないだろうか、そう思います。

 生命という抽象的な言葉が具象化される。この作業には包み込む光もあれば、それに相反して付きまとう闇もある。どこか心許ない、ともすると崩れていきそうな過程を経るものなのかもしれません。行動には必ずストーリーがあるもので、自分はそれを全く測らずに上辺だけを見て海の深さを決め付けていたところがありました。非常に反省すべき点です。

 同じグループで一緒に産科を廻ったクラスメートは、ちょうど実習が終わろうかという金曜日に担当患者さんが経膣分娩で出産を行ったため見学出来たようで、「すごかったすごかった」と連呼していました。もし来年、産婦人科を廻ることがあるようでしたら、その時は経膣分娩を見てみたいものです。また新たな考え方が出来るのかもしれません。
今回は帝王切開ではありましたが、その現場に立ち会えたということは特別な感銘を受けるものでした。「原始 女性は太陽であった」との言葉を遺した人がいますが、こんな大仕事をやってのける女性です。今も未来も太陽であるなと平伏するに至りました。

 貴重な体験をさせて頂き、患者さんにも先生方にも感謝いたします。有難う御座いました。
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