2008
03.03

妊娠における深部静脈血栓(DVT)

 今回は妊娠時の深部静脈血栓について、学生時代の勉強からです。Williams Obstetricsから採っているので、日本の実情とはやや異なるトコロがあろうかと思います。


 健康な女性にとって、静脈血栓と肺塞栓のリスクは妊娠中と産褥が最も高い。実際、静脈血栓塞栓のリスクは妊娠で5倍にもなるとされている。産褥期、そして離床が早いとリスクは低くなるが、それでも母親が死亡する原因の中でも突出している。

■病態生理
 1856年、Rudolf Virchowが静脈血栓の素因となる状態を発表した。(1)うっ血、(2)血管壁への損傷、(3)凝固能亢進。これらはVirchow’s triadとして知られ、それぞれのリスクが妊娠中に高まる。大きくなった子宮が骨盤内の静脈や下大静脈を圧迫し、下肢の静脈系をうっ血しやすい状態にしており、これが最大のリスクファクターとなっている。うっ血と出産はまた内皮細胞障害に関与している可能性もある。加えて、preeclampsiaでは内皮細胞の活性化が起こる。以上から、妊娠中には殆どの凝固因子の合成が高まり、凝固しやすくなっているのである。

 妊娠中の血栓塞栓発達に関連している、独立した後天的なリスクファクターがいくつかある。Preeclampsia、帝王切開、糖尿病、多胎、血栓塞栓の既往、35歳以上、経口避妊薬の服用、人工弁、心房細動、整形外科手術、高血圧、癌、肥満、喫煙、浅部静脈血栓、対麻痺、脱水、感染症、炎症、ネフローゼ症候群、長距離の旅行、長期間の臥床などが挙げられている。

 妊娠中の血栓形成のリスクは遺伝によって高まる。今のところ約半数(将来的には全てになるかもしれない)は基礎となっている遺伝的障害を持っているとされている。さらに、先天的に血栓の素因を持っている患者の約50~60%は他のリスクファクターがひとつも無ければ血栓を起こさない。

 THOROMBOPHILIAS. いくつかの重要な調節タンパクが凝固カスケードのインヒビターとして働いている。そのインヒビターの先天的もしくは後天的な欠損を集合的にthrombophiliaと呼んでおり、凝固能亢進と繰り返す静脈血栓塞栓につながることがある。これらの障害はヨーロッパ系の白人では15%にあり、妊娠中に起きる血栓塞栓の50%以上を占める。概して、この血栓形成作用の殆どはヘパリンやワーファリンを用いた抗凝固療法で緩和される。Thrombophiliaは健康な人に高頻度で発見されることから、無症状な患者に抗凝固療法を行う必要性には疑問がある。

 Antithrombin Deficiency. Antithrombin(以前はantithrombin Ⅲとして知られていた)は凝固系におけるthrombinの最も重要なインヒビターのうちの1つである。Antithrombin deficiencyは多くの変異(殆どいつも常染色体優性)からなっていることがある。ホモのantithrombin deficiencyは致死的である。

 稀ではあるものの、遺伝性の凝固異常では最も強力なものである。実際、一生のうちに血栓ができる可能性は50~90%、妊娠中は50~60%、産褥期では33%にもなる。血栓の既往が無くとも、妊娠した女性にはadjusted-doseのヘパリンで予防を行う。

 Protein C Deficiency. Thrombinが小血管の内皮上でthrombomodulinと結合すると、その活性は中和される。またその結合はprotein Cを活性化させprotein Sの存在下でfactor ⅤaとⅧaを不活性化することでthrombin生成を調節している。Protein Cレベルは正常の妊娠中は不変であり、それ自体が凝固の素因となっている。

 これまでに160以上のprotein C遺伝子変異が見つかっている。Protein C deficiencyの遺伝は常染色体優性である。ヘテロの約半数は成人までに静脈血栓を起こす。妊娠中の血栓塞栓のリスクは3~20%であり、殆どは産褥期に発症する。

 Protein S Deficiency. Protein Sはprotein Cにより活性化され、thrombin生成を抑える。欠損はfree, functional, totalのprotein Sで計測され、妊娠中は3つとも低下している。Protein S deficiencyはいくつかある常染色体優性変異の内の一つにより引き起こされ、free, functional, totalのprotein Sレベルに該当する3つの病型がある。妊娠中はその3つのレベル全てが減少するので、protein S deficiencyを妊娠中に診断するのは困難である。

 一生の間に血栓塞栓を起こす確率は約50%、妊娠中では6%だがProtein C deficiencyを合併していると産褥期には最大22%まで高くなる。新生児のホモのProtein C or S deficiencyは大抵purpura fulminans(電撃性紫斑病。生後まもなく微小循環に高度の血栓を形成する)という重症な表現型と関連している。

 Protein C or S deficiencyで血栓の既往のある妊婦にlow-doseもしくはadjusted-doseのヘパリンで予防すべきかは明確になっていない。分娩前に皮下のヘパリン、分娩後に6週間のワーファリンを用いるべきとする研究もある。

 Activated Protein C Resistance (Factor V Leiden Mutation).この疾患は活性化protein Cの抗凝固効果に対する血漿の抵抗が特徴である。Factor V遺伝子のミスセンス変異が起こることで、factor Vポリペプチドの第506残基にてグルタミンがアルギニンへ置換される。これにより活性化protein Cによる分解への抵抗性を示し、この異常なfactor Vタンパク血栓の素因となる。妊娠中、活性化protein Cへの抵抗性はDNA分析を用いて計測される。活性化protein Cへの抵抗性は、factor V分子の他の遺伝的欠損やantiphospholipid syndromeによっても引き起こされる。

 Leiden mutationの出生前スクリーニングや静脈血栓塞栓の既往のないキャリアへの予防は必要ではない。ホモであった場合は妊娠中adjusted-doseのヘパリンで予防すべきである。

 Prothrombin G20210A Mutation. Prothrombin遺伝子にミスセンス変異が起こり、prothrombinが多く蓄積しそれがthrombinへと変換される。白人ではない人種には極めて稀な疾患である。一生で血栓塞栓を起こすリスクは2~3倍、妊娠中は3~15倍とされている。ホモであった場合にはadjusted-doseのヘパリンで予防する。

 G20210A mutationとfactor V Leiden mutationの両方を持っていた場合、血栓塞栓のリスクが高まる。このキャリアは一度血栓塞栓を起こした後は一生抗凝固療法を受けることもある。

 Hyperhomocysteinemia. 必須アミノ酸のメチオニンが脱メチル化することでホモシステインが産生される。ホモシステインはタンパク合成には働かず、2つの代表的な生理学的経路に関わる。1つはビタミンB6の存在下でシステインになる経路であり、硫黄を含む物質を排泄する。もう1つは再びメチル化されメチオニンへ戻る経路であり、これにはビタミンB12とMTHFをco-factorsとして使用する葉酸経路からメチル基のドナーを必要とする。

 ホモシステイン上昇の最もコモンな原因は5,10-methylene-tetrahydrofolate reductaseのC667T変異であり、MTHF生成を阻害する。ホモシステイン上昇はまたメチオニン代謝に関わる酵素群のうち1つが欠損することでも生じるし、葉酸やビタミンB6, B12の欠乏でも生じることがある。先天性のものでは常染色体劣性である。

 ホモシステイン濃度が高くなると内皮細胞でのfactor Vを活性化し、それがprotein Cの活性化を阻害し、血栓のリスクが高まる。妊娠中、血栓のリスクは2~3倍に増える。Hyperhomocysteinemiaにfactor V Leidenかprothrombin G20210A mutationを合併すると更にリスクが上昇する。Hyperhomocysteinemiaはまた動脈硬化や胎児の神経管欠損のリスクが一生付き纏う。

 Hyperhomocysteinemiaは空腹時ホモシステイン濃度の上昇で診断される。正常妊娠中、平均濃度は減少する。妊娠中は12μmol/Lを上回る空腹時レベルでhyperhomocysteinemiaと定義される。Low-doseの予防が静脈血栓塞栓の既往のある女性に勧められる。

 ANTIPHOSPHOLIPID ANTIBODIES. この抗体は主にSLE患者に見られる。この抗体が中等度から高度のレベルだとantiphospholipid syndromeと呼ばれ、静脈や動脈の血栓塞栓などの臨床的特徴が見られる。動脈血栓塞栓は下肢に多いものの、この症候群では門脈や腸間膜静脈、碑静脈、鎖骨下静脈、大脳静脈といった普段では起こらないような血管に血栓を形成すると考えるべきである。Antiphospholipid antibodiesは動脈血栓の素因ともなる。血栓はまた、網膜の動脈、鎖骨下動脈、腕頭動脈、指の動脈など、普段では出来ないような部位に出来る。

 Antiphospholipid antibodies の作用メカニズムはいくつか提唱されている。この抗体は凝固系に関わるリン脂質やprothrombin、protein C、annexin V、tissue factorなどのリン脂質結合タンパクの機能を阻害する可能性がある。また、抗凝固の作用を持つβ2‐glycoprotein Iに対する抗体としても働く。内皮細胞を活性化したり障害したりすることで血栓形成を促進しているのかもしれない。

 患者はadjusted-doseのヘパリン予防を受けるべきである。DVTの既往がなければlow-doseとすることもある。血栓や習慣流産の既往がなければヘパリンで予防するか注意深いサーベイランスを行うべきである。

 THROMBOPHILIAS AND OTHER PREGNANCY COMPLICTIONS. 妊娠の合併症とthrombophiliasとの関係性は最近強く注目されている。preeclampsia, eclampsia, HELLP syndrome, IUGR, 常位胎盤早期剥離、習慣流産、死産などに関連している。Thrombophiliasの中には絨毛間やラセン動脈の血栓にリンクしているものもある。

■深部静脈血栓症(DVT)
 CLINICAL PRESENTATION. 妊娠中における静脈血栓の殆どは下肢のDVTに限定される。徴候と症状は多岐に渡り、一般には閉塞の度合いと炎症反応の強さによる。下肢血栓の90%は左足に起こるが、これは右の腸骨動脈と卵巣動脈が左の腸骨静脈を圧迫することが原因の可能性がある(両動脈は左側でのみ腸骨静脈と交差する)。

 下肢に起こる典型的な血栓では、突然発症であり脚と大腿に痛みと腫脹が起こる。血栓は腸骨大腿領域への深部静脈系に起こる傾向が強い。時に反射性の動脈のスパスムにより、蒼白で冷感があり脈の消失した脚となるが、これをphlegmasia alba dolensやmilk legと呼ぶ。逆に、かなりの血栓がありながらも痛みや熱感、腫脹が殆どないこともある。重要なことは、腓腹部の痛み-自発的なものか圧迫するかアキレス腱を伸展させるか(Homans sign)-が筋の緊張や打撲により引き起こされることがあるということである。

 DIAGNOSIS. DVTの臨床的な診断は難しく、妊娠した女性では患者の10%しか診断が確定できないとする研究もある。よって、客観的な診断と言うものが求められる(診断のアルゴリズムについては次頁表参照)。

 Venography. 陰性的中率は98%である。ゴールドスタンダードであるものの、正確で非侵襲的な検査が有用であるため特に妊娠時には積極的に行われない。静脈造影は重大な合併症があり、それ自体血栓をもたらすことすらある。加えて時間も消費するし扱いづらい。

 Inpedance Plethysmography (IPG). 下肢の腸骨静脈、大腿静脈、膝窩静脈の血栓を評価するには非常に正確である。静脈内の血液量の変化を測定することで、皮膚表面で計測した電気抵抗の変化を評価する。腓腹部の小さな静脈における血栓を発見するには感度が低く(50%しかない)、下肢の静脈還流量減少から妊娠中は偽陽性となりやすい。これらの制約から、今では殆ど行われない。

 Compression Ultrasonography (CUS). カラードップラーと組み合わせて良く使われる。DVTを発見するために現在行われる主な検査法である。症状があり妊娠していない患者であれば、近位のDVTに対する感度は90%以上、特異度は99%以上とされている。だが腓腹部の静脈においては信頼性に欠ける(遠位部に対する感度は70%、特異度は60%とされる)。

 正常な静脈の超音波検査結果は必ずしも肺塞栓を否定するものではない。血栓が既に塞栓している場合もあるし、超音波では測れない深部の骨盤内静脈から生じているかもしれないのである。妊娠した女性では、肺塞栓に関連した血栓は腸骨静脈から生じていることが良くある。

 D-Dimer Tests. D-dimerはFibrinolysinがfibrinを分解する時に生じる。妊娠していない患者のDVTを診断するアルゴリズムに加えられることが度々ある。このD-dimer testが陰性であれば、妊娠していない患者においては超音波検査を省くことが出来る。だがD-dimerは在胎齢と共に上昇するため、妊娠患者では有用とは言えない。

 Computed Tomography. 広く受け入れられており、下肢のDVTを発見するのに役に立つ。胎児の放射線曝露は骨盤内の静脈を撮らない限り無視して良いレベルにある。

 Mgnetic Resonance Imaging. 鼡径靱帯より上の詳細な解剖をスキャンできる。よって、腸骨静脈を含めた骨盤内静脈の血栓を診断するには有用である。膝より下のDVTを発見するのにも高い正確性を維持している。


Figure. Algorithm for the investigation of suspected DVT during pregnancy. CUS indicates compression ultrasonography; MRV, magnetic resonance imaging. *IPG is a suitable substitute for CUS. **D-dimer testing can be performed and, if normal, further testing withheld; if abnormal, investigate further. ***Repeat days 2 and 3 and 6 to 8; if highly suspicious, MRV or venography.

 MANAGEMENT. 妊娠中における静脈血栓塞栓の予防と管理は議論の的となっている。妊娠中に一度血栓塞栓を起こしたらthrombophiliaの検査をすべきとする者もいるが、検査をしても再発を予想できないとする者もいる。もし検査を行うのであれば、ヘパリンがantithrombinのレベルを下げワーファリンがprotein C, Sの濃度を下げるため、抗凝固療法の前に行うべきである。

 抗凝固療法は未分画ヘパリンかLMWHのどちらかで始める。妊娠しているのであればヘパリンを続け、分娩後であればワーファリンと同時に開始する。肺塞栓は未治療のDVTにおいて約1/4に起こる。抗凝固療法はそのリスクを5%未満に、死亡率を1%未満に下げる。

 DVTによる急性の疼痛も緩和される。症状が完全に治まったら、外来治療を開始する。弾性ストッキングを着用し、抗凝固療法は続ける。

 Heparin. 妊娠中の血栓塞栓症の治療はヘパリン静注で始める。最低5~7日は行い、その後皮下注にする。皮下注は8時間毎に行いAPTTが投与間隔中に少なくとも1.5~2.5倍になるようにコントロールし、血栓塞栓症が起きてから最低3ヶ月は続ける。その時に未だ妊娠状態であった場合、残りの妊娠期間ヘパリンの量をそのままにするか減らすかはコンセンサスを得ていない。Antiphospholipid syndromeの女性に対しては、ヘパリン治療中APTTを正確に測れないため、代わりにanti-factor Ⅹaのレベルを測ることがある。

 LMWH. 分子量が普通のヘパリンより小さく、またヘパリンと同様に胎盤も通過しない。両者ともantithrombinを活性化することで抗凝固能を発揮する。主な相違点はfactor Ⅹaとthrombinに対する阻害活性の強さである。未分画ヘパリンはfactor Ⅹaとthrombinに対して同等の効力を持つが、LMWHはfactor Ⅹaに対してより強く作用する。また、より良いバイオアベイラビリティ、より長い半減期、用量依存性のクリアランス、血小板への干渉が少ないことなどを反映して出血性の合併症が抑えられている。

 静脈血栓塞栓がLMWHで効果的に治療できたと示す研究がいくつかある。ただし、人工心臓弁の患者には弁に血栓をもたらすという報告があるので使用すべきではない。また局所麻酔に関連した脊髄血腫のリスクを上昇させる可能性もある。そして最後に、帝王切開後2時間以内に投与されると創傷部位に血腫が発生するリスクが上がる。

 Warfarin. ワーファリン誘導体は胎盤を簡単に通過してしまい、出血から胎児死亡や奇形を起こすため妊娠中の投与は禁忌である。しかし授乳中は安全であることから、分娩後の静脈血栓にはヘパリン静注とワーファリン経口投与を同時に開始することがある。この場合、ヘパリンは大抵5日後に投与をやめる。

 治療期間だが、出産後殆どは最低6週間ワーファリンを使用する。実際、理想的な期間というのは定かではなくこの6週間という数値も妊娠していない患者の研究に基づいて算出されている。

 Inferior VenaCava Filters. 抗凝固療法が禁忌であった場合、一時的な下大静脈フィルターが用いられる。人工的分娩を誘導したり帝王切開をしたりする患者に一週間以内使われ、分娩後に除去する。


☆参考文献
F. Gary Cunningham, Kenneth J., M.D. Leveno, et al. Williams Obstetrics 22nd edition. McGraw-Hill Professional Publishing. 2005 Mar 31:1074-1083
Kimberly B Fortner, Linda Szymanski, et al. The The Johns Hopkins Manual of Gynecology and Obstetrics 3rd edition. Lippincott Williams & Wilkins. 2006 Dec 1:225-230
Bates SM, Ginsberg JS. How we manage venous thromboembolism during pregnancy. Blood. 2002 Nov 15;100(10):3470-8. Epub 2002 Jul 12. Review.
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