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2018
04.28

身体症状症について

 前回の機能と構造の記事つながりですが、今回はプライマリケアにおける身体症状症について、American Family Physicianの下記文献よりご紹介。まとめなので、一字一句訳しているわけではありません。

Kurlansik SL, Maffei MS. Somatic Symptom Disorder. Am Fam Physician. 2016 Jan 1;93(1):49-54. PMID: 26760840

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 身体化は心理的や感情的な苦痛が身体症状の形として現れるものです。明らかな生物学的基盤がないと思われるような身体症状を、複数かつ長期に認める患者さんがいます。そして、彼らはプライマリケアでよく遭遇します。"身体表現性障害" と呼ばれていたカテゴリーをDSM-5では "身体症状症とその関連障害" に変更しましたが、その狙いはプライマリケア周辺でより適切に運用できるようにするというものでした。

 身体症状症は身体疾患と同じほどに患者さんを消耗させるものです。そして、身体疾患と誤診された場合、不必要な検査や治療によって害を被ることとなります。医師の中には、身体症状症を軽く扱い軽蔑するものもいます。彼らは身体疾患を純正なものとみなし、身体化に対しては症状をつくっているのだと非難してしまうのです。

★疫学と病因
 身体症状症の有病率は一般人口で5-7%です。急性の身体症状を認める患者さんの20-25%が慢性化すると言われ、身体症状症は成人のみならず幼少期から発症することもあります。女性の方が圧倒的に多く、男女比は1:10です。

 身体感覚への気づきが高まり、それを身体疾患の始まりではないかと考えることで、身体症状が生じます。病因は不明ですが、慢性化や重症化のリスクは幼少期のネグレクト、性的虐待、複雑なライフスタイル、アルコールや他の物質の乱用などとされています。加えて、身体症状症はパーソナリティ障害とも関連しています。心理社会的なストレッサーや文化が受診に影響を与えています。

★鑑別診断とスクリーニング
 不必要な検査や治療は患者さんにとって害となります。身体疾患であってもその身体症状に "とらわれる" ことがこの身体症状症の特徴です。そのとらわれは、症状への過剰な考えや感情や行動であり、日常生活に大きな影響を及ぼします。

 身体症状がうつ病など他の精神疾患によるかもしれません。また、身体疾患による純粋な症状の場合ももちろんあります。スクリーニングにはPatient Health Questionnaire-15やSomatic Symptom Scale-8 などが用いられますが、あくまでもスクリーニングであるということを念頭に置きましょう。

★マネジメント
 個々の患者さんに合わせた多面的なアプローチが必要です。心理学的、社会的、文化的な要素を考えねばなりません。効果的な非薬剤治療は認知行動療法とマインドフルネスであるとされています。一般的な対応法はCARE-MDのゴロで覚えておきましょう。

Consultation
精神科や認知行動療法の専門家にコンサルトし共同して治療に当たること。

Assessment
他の身体疾患や精神疾患を評価すること。

Regular visits
救急外来などへの頻回受診・予約外受診・頻回の電話につながらないように、定期的で間隔を短くした診察スケジュールにすること。
治癒でなく機能改善を目指すこと。
症状への対処法を教えること。

Empathy
患者さんの訴えを聞くことに時間を使い、患者さんが感じていることは身に迫っており本当のことなのだとを認めること。

Medical-psychiatric interface
心身相関を強調し、「医学的に悪いところはなにもない」などといった伝え方を避けること。

Do no harm
検査を制限し、必要であれば専門家に紹介すること。深刻な身体疾患は除外できていると伝えること。

★薬剤治療
 アミトリプチリンなどの三環系抗うつ薬、SSRIなどが用いられます。抗てんかん薬や抗精神病薬は副作用の問題があり、できるだけ避けましょう。セントジョーンズワートを用いてみても良いとされます。

★予後
 慢性的に経過し、症状は変動します。しかし、医学的に説明のつかない症状の50-75%は自然経過のうちに改善し、悪化するのは10-30%と言われます。身体症状が少なく、ベースラインの機能レベルが高ければ予後はより良好です。医師と患者さんの良好な関係が不可欠であり、受診間隔の短い定期的で支持的な受診も重要です。そして、不要な医療や検査を避けることが大切です。

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 以上がまとめでした。プライマリケアではCARE-MDのゴロで対処することが大切ですね。

 治癒を目指そうとするとむしろ患者さんは症状にとらわれてしまうことになるため、症状があってもできることがあるんだという事実を大切にしてもらいます。そこからできることを広げていきましょう。抽象的な言い方をすれば、生活の彩り、ということですね。症状を気にしてはいけないというわけでは決してありません。「気にしちゃいけない…」と思うとかえって気になるので「症状があっても良いのだ。そうであっても行動することができるぞ」ということを積み重ねます。

 医者からは、前の記事の "つくりとはたらき" の説明をしてできるだけゆとりを大切にした生活に取り組んでもらうことを重視します。薬剤は必要であればもちろん使用しますし、日本では漢方薬をトライしてみても良いですね。ただし、それもあくまでサポートであるとお伝えします。

 そして、本文中にもありますが、医者と患者さんの "あわい" がとてつもなく重要。患者さんの養生も、医者の支援が必要です。患者さんはやはり症状による不安は常にあるため、そこを受け止める存在が求められます。最初は不安で不安でどうしようもなくて、失敗続きかもしれません。それでも受け止めてくれる、エンパワメントしてくれる存在がいる。この繰り返しが大事です。誰だって最初に行なうことは失敗します。練習を重ねてうまくなっていくものですし、その練習を継続するためには、応援する人が欠かせません。ウィニコット的な "抱っこ" が必要になるわけですね。

 定期的な診察の中で、変わらぬ対象が待っている。これだけでも非常に大きな治療効果を持ちます。診察の間隔を一定にするのは "変わらないこと" を供給するためでもあります。医者側が変わりやすく、気分が読めないような人であったら、患者さんはその中で憩えません。変わらない診察室で、変わらない態度の医者がいる。しかもそこは豊かな "あわい" であること。こういったことが肝要で、その中でこそ患者さんはゆとりを徐々に覚えていってくれるでしょう。

 ま、言うは易く行うは難しなのではありますが…。ずっと変わらないことはもちろん不可能ですし、変わらないことを意識しすぎると固くなります。そして、変わらないことが患者さんからすると "まぶしく" 感じられることだってあります。自分自身にある "揺らぎ" を知っておくことがやっぱり大事になりますね。それを意識するだけでも違ってきます、たぶん。
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2018
04.22

構造と機能、つくりとはたらき

 「検査しても異常が見つからないから」と言われて精神科に紹介される患者さんがいます。「心因性だ」や「メンタルに原因がある」などと前医から言われ、「そうなんでしょうか…」とあまり納得していない雰囲気を漂わせながらこちらにやってくる患者さん。彼らからすると「こっちじゃもう何も出来ないから」と言われて精神科に紹介されるのは気持ちのいいものではありません。四谷学院ではありませんが「なんで私が精神科に!?」となるわけです。そうなると、精神科の初診でもちょっとこちらが不利というか、納得していない状態で患者さんが来るので、患者さん側があまり治療に参加していこうという気持ちになれないんですよね。それはごもっともなところで、そんな中でもこうやって来てくれたから出来ることをやっていきましょうということになるのであります。

 心因性という言葉はとても便利なものであり、かつちょっとケチがついたものでもある、そう思います。本来であれば、経験豊かな精神科医が患者さんの生活歴からしっかりと聞いて、「あぁ、この状況であれば身体に症状が出ても無理はないなぁ」と実感してそう診断されるべきものです。しかし、現状は決してそうでない。「検査で異常なし=心因性」「ストレスがある=心因性」という実に短絡的な発想になってしまっています。”心因性”は、もともとは不便な言葉であるべきなのです。しかも、心因性という言葉でイメージされるのは”嘘の症状”というもの。実際はそうではなく、患者さんは苦しくその症状によってもつらい思いをしているのです。
そこを理解せず軽視するのであれば、ますます患者さんは追い込まれてしまうでしょうし、現実はそうなってしまっています。こんな状況を鑑みると、もう”心因性”というのは撤退すべき言葉になったのかもしれません。つまりは、あんまり使わないでね、ということになります。

 じゃあどうやって説明するのかということになりますが、今の医学は「検査で異常がない」という多くのものはその標的臓器の”つくり (構造)”を見ていることになるでしょう。内視鏡しかり、CTしかり、MRIしかり。構造に異常が認められれば、じゃあその”はたらき (機能)”にも異常があるだろう、という考えが強く根付いており、それは裏を返すと”つくり”に異常が見当たらなければ”はたらき”は正常である、ということになります。これは肉眼解剖学の発展ともリンクしていると言えるかもしれません。しかし、一見したところ”つくり”に大きな異常が見当たらなくともその”はたらき”に異常を来たすことはもちろんあるでしょう。機能性胃腸症や過敏性腸症候群はその代表例です。全身には多くの神経が張り巡らされており、臓器の”はたらき”に関与しています。その神経の一部がショートしてしまえば、”つくり”に変化は見られずとも臓器の”はたらき”に支障をきたすことは想像に難くありません (神経障害性疼痛もそう言えますね)。よって、自分は患者さんに以下のように説明することがあります。例として腸を挙げますが

「今の医学では、ものの”つくり”を見ることは出来るんですが、リアルタイムの”はたらき”を見ることはとても難しいんです。○○さんの今の痛みには、腸のはたらきが何かの原因で滞ってしまったことが大きいんじゃないかなと思います」

 そして、原因については

「残念ながら根本的な原因は分かっていないんですが、腸のはたらきを担う神経がどこかでショートしていると考えられているんです。パチパチとショートしてしまって、それで腸は動きが滞ってしまいます。ショートすることで、腸のつくりにはまったく異常が見えなくてもはたらきの方に支障が出ているんです」

 とイラストを描きながらお伝えしています。そして、その神経のショートを修理するために、薬剤治療や日常生活の改善などが有効である、という流れにしています。あ、この図は解剖的には全く正しくないのでご了承ください。

ショート

 他には、バリアという表現をすることもあります。

「人間はバリアを持っていて、普通はそれが色々と守ってくれています。今の医学ではそのバリアまで見ることがちょっと出来ないんですが、このはたらきがとても大事なのです。何らかの原因でそのバリアが疲れてしまうと、いろんな刺激がどんどん入り込んで、それが○○さんの痛みになってしまうんです。そのバリアを回復させるのが治療になりますよ」

 この表現では、バリアが”はたらき”と同様な意味を持っていると考えて良いでしょう。

バリア

 何を言いたいかと言うと、”良く分からない症状 (特に疼痛)”を精神科に紹介してくれるのは差し支えないのですが、”心因”や”メンタル”という言葉を安易に使わないでほしい、ということなのです。そういう表現によって患者さんが傷ついて、精神科の初診で延々と紹介元の病院への恨みつらみを語り、かつ四谷学院状態になるので、治療関係がなかなか結びづらいのです。そうなると治療もやっぱりうまくいくのが難しいでしょう。

 しかも、心因なんて探そうと思えばいくらでも出てきます。今の仕事でストレスフリーな人もいないでしょうし、ストレスがないと発言しても「ははぁ、ストレスを否認しているな」と言おうと思えば言えてしまいます。もちろん原因を幼少期にたどっても同じこと。器質疾患は心因に脆くなるというのは周知の事実でしょうし、もうそんなスパっと分類できるものではないのです。実際に切った痛みやぶつけた痛みですら、楽しいことをしている最中はその強さが和らぐものですよ。そして分かっているのは、”孤立”が症状を複雑化させること。なので、精神科に紹介してくださる先生方は「身体の方はしっかりと引き続き診ましょう」という宣言をしてもらいたいのです。「うちじゃないから。精神科に行って。ハイさよなら」じゃあ、患者さんも怒ります。つまりは、関係性を保ち続けてもらいたいのです。神経のショートを修復すること、もしくはバリアを回復させることについて、精神科はある程度の治療選択肢を持っています。だから紹介するということ。そして、それはいわゆる”心因性”にとどまりません。身体疾患による苦痛についても精神科は対処方法をいくつか持っています。神経のショートを修復しバリアを回復させるには、患者さんがゆとりある生活を送ることが実はとても大切で基盤にもなります。それをまずは知ってもらいたいのです。そして、そのお手伝いをするのが精神科なのです。

 ”つくり (構造)”と”はたらき (機能)”という風に考えてみて、何でも心因心因と言わず、「つくりは問題ないように見えるけど、はたらきの方に支障が出ているんだね」という理解を持ってほしいものです。患者さん側も、医者が「心因」と言ったら本当に心理的な要素で説明できることがあるものもあるでしょうし、今回お話ししたような「はたらきの方なのだな」と読み替えられるものもあるのだなと思ってもらえたら。そして、生活の中では孤立を防ぐことと彩を豊かにすることがポイントになります。症状に浸かってしまうと生活がそれ一色になり、人と人とのつながりも切れていってしまいます。そうではなく、症状があってもやれることは実は多いということ、つながりは保てるし広げることすらできること、かつ、そのやれることとつながりが症状の改善にも大切だということ。これを意識していきましょう。

 最期に注意しておきますが、間違えてほしくないのは "心因" というのは本来なら全く悪い意味ではない、ということです。嘘をついているわけでは決してなく、患者さんもその症状に苦しんでいます。ただ、今はあまりにも軽々しく使われすぎて意味が曲がってしまいました。もう使わないほうが良いのでは? とも感じるわけなのです。
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2018
04.16

切に切に

Category: ★本のお話
 以前にも紹介したことがありますが、Stuart先生とLieberman先生の名著と言って良いのではと思わせる


『The Fifteen Minute Hour: Therapeutic Talk in Primary Care』


 これは科を問わず、実際に医療現場に出て外来を行っている若手の医者に読んで欲しいと感じております。2015年に5版が出ており、初版から20年以上読まれているのですよ…! この前、この5版をちょろちょろと読み直してみて、もっと日本でも読まれてほしいなぁと思ったのでございます。

 基本的にはBATHE techniqueというゴロを武器として問診を進める方法ですが、他にも行動活性化のエッセンスが入っていたりアクセプタンスにも触れられていたり、日々の外来で行なえるものが扱われています。医療者自身へのケアのルールなんてのも記されていて、役に立ってくれますよ。自分も四国で看護師さん向けに講義を行なった時、このBATHEを積極的に紹介したのであります。

 「でも洋書じゃん!」と思うかた、いちおうですね、原著第2版の和訳が医学書院さんから『15分間の問診技法』として出版されていましたが、残念ながら


絶版


 です…。たぶんですけど、この理由は


・表紙が地味 (まず手に取られない)
・図表が一切ない (文字でゴリ押し)


 という、売れない要素が入っている点でしょうか…。それで期待ほど売れず、絶版に追い込まれたのでは…。原著が版を重ねているので、和訳も売れていたらアップデートするか少なくとも絶版にはならなかったんじゃないかなぁと想像。世の中厳しいなぁ。図表がないのは原著含めてこの本の大きな欠点だと思います。かつ、同じような内容が言い方を変えて何度も出てくるので、人によっては「またこの内容かぁ」と思うところはあるかもしれません(何度も繰り返し出るということは大事ということだとも言えますが)。図表はちょっとで良いから入れた方が今のご時世にはフィットしているでしょうね…。ここが痛いのでは。

 でも、総合診療で有名な生坂政臣先生がBATHEをDVDで紹介してました。自分がこの本を買ったのも、生坂先生のDVDがきっかけだったのです。そして精神科の大御所である成田善弘先生は何かの本(ここ忘れちゃった…)で評価してましたし、良い本だよーと言っているのは決して自分だけではない、はず。だからこの絶版が惜しいんですよねぇ、入手困難な隠れた名著みたいになっちゃって。

 文字だらけですけど、めちゃくちゃ厚いわけでもなく、精神科の知識を必要としていないので、外来診療で ”治療的対話” が出来たらなぁと思っている若手諸君! ぜひね、読んでみてくださいまし。外来を持っていないのであれば、あんまりイメージは沸きにくく、学生さんは面白く感じないかもしれません。後期研修医辺りが対象だと思います。

 というか、誰か&どこかの出版社さん、訳さないのかしらん。もうね、誰も手を挙げないなら


私が訳します! (おい)


 これは半分冗談ですけど、それだけ読まれて欲しい本なのでございます。別に原著でも英語が難しすぎることはなくてですね、「?」と思ったところは飛ばしても大意に影響はないです、ハッキリ言って。4月にもなったことだし、外来を受け持つことになった後期研修医の皆さんにお勧めできる書籍ですよ。
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2018
04.11

臨床のワンフレーズ(25):早く来てくれて良かったです

Category: ★精神科生活
 私たち医者は、診察室の外も治療的であるようなこころがけをするようにしています。精神療法は診察室の中だけで働くものではありません。生活にじんわりと浸透させることで、限りある診察時間を拡げていくようにしています。とはいえ、受診と受診のあいだ、すなわち患者さんのふだんの生活が平穏無事とは限らないのは周知の通り。安定飛行に入るまではブレが生じますし、状態が悪化していく人もいます。そういう時、次回の診察の予約までこらえきれずに受診する患者さんがいます。

 医者の外来はいつもいっぱいで、予約外に患者さんが来ると予約で来た患者さんの時間もずれ込んでしまいますし、病院によってはこの再来でギリギリの中に初診が入るところもあります。しかもクリニックでなければ入院患者さんもいますし、そのご家族との面談の時間なども入っています。よって、医者の方に全く余裕がなく、再来中心で何とか組んでいる中にそうでない要素が入ってくると、表情に出さないようにしているもののイライラしてきます。「こんな忙しい時に…」「何で待てないのか…」という気持ちがどうしても出てくるでしょう。そういう中で予約外の患者さんに接すると、それは患者さんにも伝わりかねませんし、患者さんの態度や言葉を悪い方に勘ぐってしまうことだってあります。そう考えると、投影性同一視という言葉は非常に危ういところを持っていますね。治療者自身が抱く負の感情を投影性同一視という名のもとにすべて患者さんに原因ありとしてしまうこともありえるでしょう。よく訓練された治療者こそが使うことを許可されるものと思います(生兵法は大怪我のもと、ですね)。

 患者さん側からすれば、本来であれば予約外なんて来たくないことが多いものです(例外はもちろんあります)。でも調子が悪くなり、今後どうなっていくのか不安である、もしくはこんなことになって情けない、という思いがあるでしょう。医者の外来が忙しいのは、待合でも十分に伝わります。「先生も忙しいのにこんな時に来てしまってすみません」というセリフは形式的なだけではなく、本音を十分に含んでおり、それが自責や自信喪失につながります。それは放っておくと症状悪化につながりかねません。

 であるからこそ、医者の方はその意を汲んでねぎらう必要があるでしょう。本音は「もうちょっと待っていてくれよ…」であっても、それを出さずにいることがプロフェッショナリズム。そのためには、医者の日常生活がピリピリしていてはいけないのですが。

患者さん「すみません先生、ちょっと調子が悪くて早めに」
医者「そうでしたか。どんな感じです?」
患者さん「実は…」

~~~

医者「じゃあちょっとお薬を調節しましょう」
患者さん「ありがとうございます。忙しいのに」
医者「いやいや、早めの対処が一番ですよ。だから今日来てくれて良かったです」

 このように最後に付け加えます。これはお世辞ではなく、患者さんの「先生は忙しいのに、来てしまった」「これから私はどうなるんだろう」という気持ちに応えるものです。かつ、早めに対処することで患者さんの先行きが見えない不安感への対応となり、それは症状の緩和にもつながります。基本的に、誰だって医者のところに何度も来たいとは思いません(繰り返しですが、例外はありますよ)。予約外で来るにはやはりそれなりの理由があって、来ざるを得なくなっています。そこを知ろうとするのも大事ですね。

 もちろん、予約した受診までしっかりと待ってもらって、そこで会うのを続けるということ自体が治療的なことも多いです。診察までの間にどのような症状があったか、どんな思いが芽生えたか、などを抱えてもらう練習になるのです。境界例が代表ですが、感情を抱えられずに予約外で頻繁に受診するようであれば、やはり抱えてみる練習として予約まで待つという重要性をお伝えする必要もあるでしょう。ただ、その場でも ”来た” ということを最初から否定するのではなく、色々と考えてもらうきっかけにしたいものです。抱えきれない人が医者から言われて最初から「はいそうですか」と言って予約にきちんと来るのは難しいでしょう(それは抱えられることになりますし)。練習には失敗がツキモノです。その失敗をマイナスとしてとらえずに次への糧とするように、こちらは腐心せねばならないでしょう。
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2018
04.06

遅かりしお花見

 名古屋の春は、ハクモクレンのやさしい香りのあとはサクラの薄い桃色。そしてイチョウが芽吹き始め、今はハナミズキやツツジがその花を開こうとしています。

 4月3日の水曜日は仕事を休んで、気分転換に外出しました。コメントで「お花見は?」といただいていたこともあってか、ちょっと遅まきながら桜でも見に行こうかな? と思ったのでございます。

 今年の桜が早めに散っていたので4月3日でもピークは完全に過ぎておりました。でも遅咲きのものもあるし、雰囲気だけでも味わおうかなと思い、鶴舞公園に。

 菖蒲池に咲くサクラ。

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 近づくと、まだまだ現役ではないか! 葉っぱも少し混じりますが、そのコントラストも良いんですよね。

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 胡蝶ヶ池にも。

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 しだれ桜だってまだまだ魅せてくれますよ。

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 見上げると、澄んだ空との色合いが素敵なのです。

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 屋台も結構あって、みなさん粘ってらっしゃる。ピザ屋さんなんてのもあるのね。

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 せっかくなので…。8個入り600円。

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 たこ焼きさんは中が異様に熱いのよね。でも美味しかった。

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 下に目を向けると、チューリップがお元気!

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 シャガも咲いておりますよ。不思議なお花だなぁと見るたびに思います。

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 ハナニラ。綺麗ですね。

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 多くの場所で、サクラといえばソメイヨシノになっています。しかし、サクラには本当に多くの種類がありまして、個人的にはこちらを応援したい!

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 ソメイヨシノのちょっと後に咲くことが多いでしょうか。ということは、ちょうど今がピークですよね。鶴舞公園にはほんの少し植えられています。この "ふわっ" とした花びらが良いのです。色も上品で、サクラ界のゆるふわ系ではないでしょうか。たぶん "イチヨウ" というサクラだと思うのですが。

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 帰りに名工大をくぐったら、ハナミズキが空を駆け上がるように咲いていました。

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 お花もバトンタッチを繰り返していきますね。そうして季節はめぐっていくのでしょう。
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2018
04.03

香川県高松市の栗林公園

 ある年の秋ですが、これまたある事情で四国に出かけてきました。その帰りに高松市の"栗林公園 (りつりんこうえん)" というところにふらりと。高松市は意外と外国人観光客が多くて、失礼ながら「高松にそんなに見るところってあるか? おうどん目当てだったら何かマニアックやなぁ」と思っておりました…。

 しかし、彼らの目当てはこの公園 (以下、庭園) にあったのです!以下wikipediaより。


2009年版の『ミシュラン観光ガイド』に「わざわざ訪れる価値のある場所」として、最高評価の3つ星に選定された。また2012年に出版のアメリカの庭園専門誌『ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング』の「2011年日本庭園ランキング」では、足立美術館・桂離宮に続く3位を獲得した。


 なんと。。。そんな庭園が高松市にあったとは…。そんなこんなでやってきたのであります。

 松の木が主戦力ですが、剪定が行き届いており、澄んだ緑がとても気持ちの良い庭園でした。花の名所でもあり、季節が合えばとてもきれいなのでしょうね。自分が行ったときは花菖蒲も枯れておりましたが、それだけに松の緑が映えて美しかったとも言えます。しかもこの庭園、結構広くて、文化財庭園では日本最大! 自分は兼六園に一度行ったことがありますが、気分的な解放感と山と平地のコントラスト、そして緑の光るような心地よさ、これらは栗林公園の方がはるかに上回るほど、と感じました (兼六園ファンのかたゴメンナサイ)。

 行ってよかった、と思います。やるやんけ、香川。

 写真は撮ったのですが、全部挙げると55枚!になってしまい何だか訳が分からなくなるので、ごくごく一部を。

 まずは入り口。

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 木々の間を通り…

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 ぱっと抜けると空が突き抜け、紫雲山の借景となっています。

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 この演出がとても良いなぁと思っていまして。入り口を入ると両サイドに木々が立っているので、視界がちょっと狭くなるんです。で、そこを過ぎるといきなり空と山で、栗林公園の世界に入る。「おぉっ」と思いました。

 箱松と屏風松。これはもうちょっと下から撮るべきでした。これだと良く分からないですよね…。枝の絡まりあいがすごいんです。
 
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 箱松は違う方向から見ると、まさに箱。

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 掬月亭。目の前のススキが秋っぽいでしょ。

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 下は、ガイドブックにも載っている、栗林公園と言ったらコレ! というくらいに有名な眺め。飛来峰に登って撮ります。ちょうど結婚式を開いていた一組のカップルが偃月橋で写真撮影をしていました。

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 少しズーム。和傘と新婦さんの晴れ着の赤が緑と合いますね。

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 色とりどりの鯉もお元気。

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 おや、大リーグボール養成ギブスを連想させるような…。

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 こんな事情だそうです。ほー。"ご理解ください" ってことは、過去に「松を縛ってる! 虐待だ!」と言われたことがあるのかな…。だとしたら大変だなぁ。

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 ということで、撮った写真の1/5だけでしたが、特に入り口における視点の展開が良かったです。「おうどんってあまり好きじゃないし香川はねぇ」というかたも、この栗林公園だけを目当てに来てみても十分にその価値はあると感じました。
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