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2017
12.28

臨床のワンフレーズ(22):医者は慎重派

Category: ★精神科生活
 統合失調症の患者さんは微分回路的認知を持っているなんて言われまして、ちょっとした変化を敏感に察知して行動に出ます。それによって、生活では転職を繰り返したり、いきなり留学してみたり。双極性障害の患者さんも転職や思い切った行動が多い傾向ですが、それは軽躁で「よっしゃやるで!」「なんか出来そうな気がする!」という状態になり、パッパッと動くことによります。統合失調症患者さんはやはり”微妙な変化を察知する”という印象で、背景に動かねばならない焦りがあり行動に移す感じ。

 なので、診察でもいきなり「今度就職しようと思います」と言うことも。

自分「え? 就職?」
患者さん「はい」
自分「おぉ…。お仕事ですか」
患者さん「はい。働かないと」
自分「働くことが大事?」
患者さん「はい」
自分「なるほど。その気持は大事ですね。うーむ。確か、この前はデイケアにまず通ってみるって話していたような」
患者さん「でも、働かないと」
自分「働かないと」
患者さん「はい、そうです」
自分「そーでしたかぁ。具体的にどんなことを?」
患者さん「え?これから」
自分「んん、そうか…。働こうっていう意気込みを持ってくれたのはとっても嬉しいことよ。でね、この前デイケアのお話をしましたでしょ。まずはデイケアにトライしてみて、決まった時間に行って決まった時間過ごして決まった時間に帰る。それを続けてみるのがやっぱり大事かなと私は思ったんだけど」
患者さん「それだと遅いと思うんです」
自分「遅いと感じるのね。今まで働いたことがないし、朝起きるのもまだちょっとえらい(しんどい、という意味です)でしょ。仕事はじめたら毎日同じ時間に起きて仕事場に行くことになるし、今は大事にやっていきませんか?」
患者さん「うーん」
自分「働きたいって気持ちはとっても良いことよ。だからこそ、基礎をつくっていくのが、ね」
患者さん「…はい」
自分「○○さん、実はちょっと焦っとるでしょ」
患者さん「…はい」
自分「○○さんは少し焦り気味で考えるクセがあるで、そこを一緒に考えて一歩一歩やっていくのが大事だと思うんよ。仕事しちゃいかんってわけじゃないのよ。その気持ちを持てるほど調子が良くなってきたのは私も嬉しいです。そこでね、仕事をするためにも、まずは朝起きるとか時間通りに過ごすとか、基本的なところができるって言うのを見せてほしいな。それができたら私も太鼓判を押せるしね」

 患者さんに焦りが見える時、ちょっとしたブレーキ役を医者が担います。その中でも、働く意思を大切にしているということは明示し、患者さんの意欲が消えないようにします。患者さんが社会の中で生きていきたいと思う時、自分としてもそこが目標。とは言え仕事がどういうものかっていうのが分からない患者さんも結構いるので、まずは体験的なところからスタートしてみたい気分でもあります。そして、医者のブレーキが患者さんを挫いてしまわないように、最大限の配慮を! ここを疎かにしてはならないのです。

自分「あなたが焦っちゃう分、医者は焦らないのがお仕事」
患者さん「先生って慎重ですよねー」
自分「医者は慎重派よ。医者も一緒に焦ったらバランス悪いでしょ」
患者さん「あー、それもそうですね」

 こんな話をしても、数ヶ月後には同じ出来事が繰り返されることもありますが…。ただ、ここで強調しておきたいのですが、中には「えいっ」と社会の中に飛び込んでうまくいく人もいます! そういう時は患者さんに焦りをあまり感じないような気もするようなしないような。その見極めって難しいですね。しかしながら、失敗するリスクも高いので、「何を言われようとも働くよ!」という患者さんには、あらかじめこちらから

自分「じゃあやってみましょうか。でもね、うまく行かなくっても良いのよ。やってみようと思ってくれたことがまず大きな一歩。無理そうだったらすぐに撤退して。○○さんは頑張りすぎて休み下手なところがあるからね。私も気をつけておくでね」

 と、失敗しても大丈夫だとお伝えします。社会への参入に複数回失敗している患者さんも多く、それが外傷体験になっている場合も。その傷を増やさないためにも、一定の心遣いをすべきだと思っています。

 面白い(?)のは、いつの間にか仕事をはじめていたり変えていたりする患者さんがいるということ。何となく診察での会話に「あれ?」と思うところが出てきて、聞いてみると「あ、仕事はじめたんです」と。こっちはびっくりするんですが、患者さんはいたって平然。こういう患者さんは、症状も安定しているんですが診察は短時間であまり広がってこない感じ。でも広がりのなさに安住しているような、あえて広げてこないような印象もあり、こちらから生活について細かく聞き出すことにちょろっと抵抗を覚えます。

 統合失調症を持つ患者さんがゆとりの中で働けるような社会は、どんな人にも優しい社会なのだと思うのです。でも、だからこそ実現は難しいのかもしれませんね…。
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2017
12.13

LEAPをまなぶ

Category: ★本のお話
 現在、東京におります。ちょっと研修会に出てまして…。またいずれその辺りの記事もアップできればなと思います。

 さて、今回は本のお話。「病気じゃない」「もう治った」と話して医療につながらない、医療から離れる患者さんがいます。未治療の期間が長いと病気はどっしりと根を下ろしてしまい、治療を行ってもすっきりと良くならず ”治療抵抗性” となりがち。早期介入が求められますが、患者さんのこの考え(病識がない、とも言われますが、実際は病気の症状のひとつです)によって、なかなか適切な時期に治療を行うのが難しくなることがやっぱりあるのです。

 ご家族や医療者と押し問答になって、結局はご家族間での関係性や病院との関係性が悪くなり、ますます病気は悪くなる…。そうなると本当に厳しい。そういう時の技法として、LEAPがあります。これは星和書店から翻訳が出ている『病気じゃないからほっといて』という本の著者が作り出した方法。ちょっと横道に逸れますが、星和書店さんの本は全体的に装丁とかフォントとか、そういうのが野暮ったいのが特徴。もう少し洗練させても良いような気もしますし、でもこの地味さが星和書店さんらしいっちゃらしい。

 さて、その本には、このようなことが書かれています。


まず言い争うのをやめて、耳を傾け始めましょう。妄想的な考えや、自分は病気ではないという思いも含めて、自分のものの見方が尊重されたとその人が感じるようにするのです。


 大事な導入ですね。何度言ってもダメだったら、これまでとは違うやり方をトライする必要があるでしょう。それの大枠がまずコレになり、LEAPのLに当たる部分です。

 LEAPはListen-Empathize-Agree-Partnerの頭文字をとったもので、以下のようにまとめられています。


L(傾聴)
理解しながら耳を傾け、批判したり、防衛的になったり、否定したりすることなく、聞いたことを相手に返す。
自分の意見はできるだけ後で言う。

E(共感)
妄想的な思い込み、病気ではないと証明したいという欲求、治療したくないという気持ちに共感して体験を分かち合う。

A(一致)
意見が一致するところを探し、意見が合わない点もそれをお互い認め合う。

P(協力)
一緒に作った目標の達成への協力関係を築く。


 傾聴と共感はとても難しいものです。これができる人は医療者でも少ないのでは…。相手との”あいだ”で成立するもので、相手が「傾聴してもらった」「共感してもらった」と思って初めて傾聴と共感は傾聴と共感になる、と言えるでしょう。本には、傾聴のポイントとして ”あなたの意見を言わないこと、異議も唱えないこと、議論をしないことがコツです” と書かれており、共感については ”誰かにあなたの考え方を真剣に受け取ってもらいたいのなら、あなたが真剣にその人のことを考えていることを、その相手に感じてもらわなければならない(中略)どんなに「おかしな」ものと思っても、あなたはそれに共感しなければなりません” とあります。これって本当に難しいですよ。この2つが達成できたら7-8割は成功と言えそう。この辺りは平木典子先生のアサーション本などを補強として読んでも良いでしょう。

 一致のところでは ”互いの立場が完全に対立しているようでも、一致できるところは必ず見つかります。ここで大切なことは、自分の人生について決める際には、その人なりの選択と責任があるという点です。(中略)あなたが力を注ぐべきことは、その人と一緒に物事を見直してみて、最終的にお互いに一致できる事実を見つけることです” とあります。

 LEAPでは最初の傾聴と共感がどれだけ出来るかというのが大事なのだろうなと思いました。そして、同じ目線に立つことが出来るところを探していき、人生について考えそして決定する権利と責任の両方が患者さん自身にあるということをしっかりと伝えます。そうしたら、それに向かってお互い協力して進んでいくというやり方。これらの詳細は本を読んでいただきたく。訳本ですが訳の硬さもほとんどなく、全体的にとても読みやすいです。患者さんのご家族が読んでみると良いかしらん。

 病識のことがこの本には出てきますが、個人的には病識を持たせるのは残酷なこともある、と思います。無理にそう ”教育” するのも何か違うんじゃないかなと。ほのかな ”病感” が持てれば御の字でしょうか。病識を強いるのは患者さんを引き裂くことにもつながりかねないと思いますし、病識のない患者さんのこころこそ医療者は大切にそっと触れる必要があるでしょう。
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2017
12.08

”患者さん中心” にご注意を?

*今回の記事は患者さん中心の医療を否定するわけでは決してありません*

 医療界では「患者さん中心の医療をなすべきだ!」ということがスローガン的に掲げられております。それは至極もっともなことで、昔のようなパターナリズムになってはいけないという戒めにもなります。ただし、”患者さん中心の医療をする” という考えには少しばかりの ”醒めた目” が必要になることもあるのではないか、そう思うのです。10月に四国で講義をした時にもこのお話をしたのですが、「難しい」という印象が多かったような、そんな雰囲気でした…。

 今回、自分の言いたいことを端的に示せば


「患者さん中心の医療をしている」という医療者の思いが、患者さんにはそう受け取られないこともある


 ということ。

 講義のためにつくったスライドで示してみると、患者さん中心の医療はこんな感じになります。Pと印されてあるのが患者さん(Patient)。

患者中心

 まさに患者さん中心になっています。

 しかし、このように患者さんを取り囲むようになると、患者さんがそこから逃げ出したくても ”包囲されている” ことになります。良かれと思ってやっていることが実は良くなかった、ということは往々にしてあり、それは ”ありがた迷惑” などの言葉に代表されるでしょう。「患者さん中心で俺は医療をしている!」と思うことは ”思い込む” ことでもあり、本当に患者さんのためになっているかどうかに盲目となってしまっている可能性があるのです。

 善意で行なっていると思えば思うほど、それが悪いことだとは自分自身で思えなくなります。「善意でやっているんだから、患者さんのためになっているだろう」ということ。それは ”押し付け” となります。そして、その善意は断られると牙を剥くことにもなるでしょう。「あなたのためにやっているのに、何てことだ!」という憤りにつながります。そうなってしまっては破綻を迎えるでしょう。

 「患者さん中心で!」と考える事自体は決して悪くありません。そして、そのように考える方々は非常に熱心なのです。ただし、その熱心さがまわりを見えづらくさせてしまうこともあり、 そんな方々に ”善意は時として暴力的になる” ということを覚えてもらいたいのです。

 そこで自分が思うのは、患者さんを中心に据えるのではなく、輪の一部になってもらい、人と人との ”あいだ(あわい)” を中心にしてみるという意識付け。患者さんと、患者さんの周囲の人々、そして他の医療者との ”あいだ” で医療を考えていこうよ、ということであります。医療は能動と受動の ”あいだ” で立ち現れる、と言っても良いでしょうか(ちょっと流行に乗った感じあり)。

あいだ中心

 このような意識を持つと、”善意の押し付け” になりづらいでしょう。こういう視点をたまに持ってもらえたら良いのではないかな?と思っています。患者さん中心の医療のためには、患者さん中心という目線から少し自由になりましょうというお話。

 これをお話しする時、よく自分は ”だっこ” の例えをします。だっこというのは決して親が一人でするものではないのです。だっこする側、そしてだっこされる側の姿勢が大事になり、まさに親と赤ちゃんの ”あいだ” で成立するのです。だっこは協同でなされるものであり、”独りよがり” では決してうまくいきません。だっこされたくなければ赤ちゃんは抜け出そうとしますし、だっこされようとする時、赤ちゃんはそのための姿勢をとります。そして、だっこ中に赤ちゃんが寝てしまった時、親が注意を払っていれば、赤ちゃんをちょっと重く感じる瞬間があります。これは、赤ちゃんが起きている時は親のだっこする姿勢に合わせてくれていたことを意味するでしょう。寝てしまうとその ”合わせ” が働かなくなるので、重く感じるのです。

 人と人との関わりの基盤の例として、この ”だっこ” は優れているのではないか、そう思うのです。自らの行為が相手にどう受け取られるか?というのを考えるためにも、視点を ”あいだ” に移してみることをおススメします。患者さん中心の医療が浮かび上がるには、変な話ですが患者さんを中心からいったん外してみることこそが大切なのではないでしょうか。
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2017
12.05

臨床のワンフレーズ(21):揺らぎは自然

Category: ★精神科生活
 精神疾患は、回復の過程で良くなったり悪くなったりを繰り返します。その波を経て寛解へと向かっていく、このことを予め患者さんにしっかりと伝えておき、日々の診察の中でも話題にします。

患者さん「ここに来てお薬を飲み始めてから楽になってきました。でもこの前は何故かがくーってきちゃって…。ホントに良くなってきたのか分からなくなっちゃって…」
自分「そうでしたか。確かに良くなったり悪くなったりというのがあると、この先どうなるのかなっていうのは不安になりますね」
患者さん「はい」
自分「実はですね、最初の診察の時もお話しはしたんですが、こういう良くなったり悪くなったりっていうのは、回復の経過なんですよ」
患者さん「あ、そうなんですか!?」
自分「この症状の揺れ動きが大事でしてね。人間だれだって調子のいい時や何となく気合いの入らんなぁという時がありますよね」
患者さん「はい」
自分「そういう揺らぎは自然なんですよ。良くなったり悪くなったりっていう揺らぎがあって、段々と改善していくんです」

 と話しながら、こんな図を書いて患者さんに見せます。

ゆらぎ

患者さん「こういう感じなんですか」
自分「これって矢印だけ見ると一直線で良くなってますでしょ。でも細かく見ると、揺らいでますよね」
患者さん「はい」
自分「揺らぎがあるのが大事で、自然な治り方なんです。良くなるだけだったらぴゅーって一直線過ぎて人工的。かえって医者としては違和感がありますよ」
患者さん「はー、そうなんですね。良かったです」
自分「飛行機もそうですね。安定飛行に入ったらあんまり揺れませんけど、上昇中って結構揺れる。あれと同じですよ」

 初診時にもお話しはするんですが、患者さんは緊張していたり他にも色んな事を聞かれていたりするので、全部を覚えてはいません。繰り返しの説明が大事ですね。

 揺らぎは自然なもので、それがなくトントントンってスピーディに良くなると何となく「あれ?」って感じがします。ワンフレーズの18番目でもお話ししましたが、笠原嘉先生は「タマネギの薄皮を剥くように良くなる」という風に仰っていたように記憶しています。ちょっとずつ、ちょっとずつ。自分は揺らぎを前面に出してお話しをしますが、イメージとしては”薄皮を剥くように”というのはとても大事だと思います。その過程は、これまでの生活に無理があったところを見つめてこれからに活かしていくという時間でもあります。
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2017
12.02

眠ることを侮るなかれ

 睡眠というのはとても大事なのですが、残念ながら日本ではこれまで軽視されてきました。最近になって風向きが変わってきつつあり、2017年6月18日にNHKスペシャルで”睡眠負債”をテーマに特集が組まれたのを記憶しているかたも多いかもしれません。ただ、それでもまだまだ「睡眠を削って頑張ろう!」という精神が根を張ってしまっているのが現状。医学部でも睡眠に重きをおいた講義なんてないですしね。河合真先生の『極論で語る睡眠医学』で睡眠の重要性に気づいたという医療従事者も多いのではないでしょうか。精神疾患でも睡眠障害はほぼ必発と言っても良いくらいで、患者さんからゆとりを持って「眠れたなぁ」という実感が出てくるのであれば、勝利は近いようにも思います。まずは寝ようね、ということ。

 それも兼ねて、研修医に読んでもらう文献に以下を加えました。2003年のSleepに掲載された、とても有名なもの。

Van Dongen HP, et al. The cumulative cost of additional wakefulness: dose-response effects on neurobehavioral functions and sleep physiology from chronic sleep restriction and total sleep deprivation. Sleep. 2003 Mar 15;26(2):117-26. PMID: 12683469

 この論文の重要な点は以下の図に凝縮されていると言っても良いでしょう。

睡眠1

 左図は、睡眠時間を制限したら単純な作業のミスがどのくらい増えるかというもの。右図は、同じく睡眠時間の制限で主観的な、すなわち患者さん自身が感じる眠気がどうなるか、というものです。

 左図から解説すると、こんな感じ。

睡眠2

 当然のように、睡眠時間が短くなるとミスは増えます。そして睡眠時間の短い日数が増えると、ミスも線形的に増えています。自動車事故もそうですね。睡眠時間6時間でも増えるというのは注目すべきでしょう。では、右図は?

睡眠3

 なんと、睡眠時間が減っても、あるところまで行くと自覚は頭打ちになるのです! 断眠は例外ですが、睡眠時間4-6時間が続くとミスは直線的に増えているものの、いっぽう自覚はlog関数のように伸び悩みます。

 寝不足がずっと続くと、脳はそれに応じて疲労しミスが増える。しかし、自覚は頭打ち。これはぬるま湯につかったカエルが、じっくりとお湯の温度を上げても気付かず、いつの間にか茹で上がってしまうというお話を思い出させます。睡眠時間6時間というのは「6時間寝てるから良いだろう」という風に考えてしまいがちな時間ですし、実際に眠気もどこか感じにくい。しかしその実ミスは着実に増えている。ここが怖いですね。

 人々は自分自身のミスが多いなと思ったり ”アタマの回らない感じ” を持ったりしていても、眠気はある一定のレベル以上にはなりづらく、睡眠不足はそれほどじゃないだろうと考えがち。これは大きな問題で、患者さんのみならず、医療従事者や多くの業務に携わる人々にも該当するのです!!

 そのため、何となく失敗が多くて身体の調子も重く睡眠時間が6時間程度であれば、1-2時間多く寝てみてほしいな、と思います。それを続けたら意外にも良い感じになるかもしれません。味気ないですが、ちょっと生活を睡眠中心にしてみる期間も必要かと。

 研修医の先生には、そこから睡眠時無呼吸症候群の話につなげます。睡眠時無呼吸症候群は結構見逃されているので、疲労感や抑うつ気分などを訴える患者さんでは問診が欠かせませんし、「不注意やミスが多いからADHDか?」と疑うような患者さんでも聞いておきたいところです。どの科でも意識すべき疾患ですしね。

 今回、「図を和訳するなんて、しかもスライドにするなんてどうしたんだ」と思うかもしれませんが、これ実は産業医をしている会社で少しお話をするためにつくったものであります…。論文を読んでいて「研修医にも良いんじゃなかろうか」と思って、追加しました。でも会社からは「でも人が足りないからぶっちゃけ無理だよね」と言われましたよ…。
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