2016
10.30

授業を受けてみる

Category: ★学生生活
 満期退学予定とは言え大学院にいるため、上の先生がたが学生さん相手に講義をする際のお手伝いをしてきました。と言っても1日だけで、かつ午前中ですが。TA(ティーチングアシスタント)というそうです。おっさんが1人、若い子に紛れるのは何とも居心地が。。。

 仕事は、講義のプリントと出席票を配るというもの(これを”雑用”と言います)。思い出してみると、自分が学生の頃もそういうことをしていた人がいましたが、彼らは大学院生だったんですねぇ。

 大学の講義で最重要事項になっているのが”出席”でございまして、これは自分が学生だった頃も今も変わらないようです。もちろん出席票を以て出席を確認しますが、欠席が多いとテストすら受けられないなんてのも。何だか小学校中学校みたいだなぁ、と若かりし頃の自分も思っておりました。「講義はこの紙切れ1枚のために出席するものだ」と割り切っている人たちも多いはず。

 学生さんが何が何でも手に入れたい”出席票”は、講義開始とともに配られるものではなく、しばらく経った後(1時間くらい)が目安です。さっさと配ると、学生さんの中には「コレで本懐を遂げた!」との思いからさっさと名前を書いて、後は最後まで出席する学生さんに「ちょっとコレ出しといて」と言って講義をサヨナラする人たちがいるのです。だからちょっと時間が経過してから配ることになっております。恥ずかしいことに、自分は学生の頃、講義を熱心に聞いた記憶がほとんどなくてですね…。出席票のこともあり欠席はあまりしませんでしたが、先生の話を聞かずに本ばっかり読んでいました(途中で抜け出して同期と卓球して遊んでいたことも…。スミマセン)。ひどい時は、生理学の講義の時に話を聞かず生理学の本を読んでいたなんてのも。

 でもって、お手伝いをしたその日は発達障害の講義。人生で初めて一番前に座ることとなり(たぶん)、寝るわけにもいかず講義を粛々と聞いておりました。勉強になることが多く、「ふむふむ」と、ひょっとしたら一番真面目に聞いていたかも???

 そして1時間ほど経ったところで例の紙切れを配りに席を廻るのですが、もちろんその時に席を外している学生さんもいるため、その時は隣の子が「あ、ここもいますんで」と。面白かったのが、席を外した学生さんが机の上に小さなゴリラの置物を置いていたこと。

お隣さん「あ、すいません。ここも1人いるんで」
自分「はいはい。ん? これ、身代わり?」
お隣さん「そうですね(笑)」

 おぉ、最近の若い子は身代わりまで用意するのか。いやぁ、しかし90分×2の講義は聞いていて意外と疲れますね…(講義する先生もお疲れ様です)。その積み重ねが国試合格への路となるのだ。学生諸君、がんばってくださいまし。
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2016
10.26

名古屋第一日赤のレストラン再び

以前、名古屋第一赤十字病院に用事があって行ったという内容の記事を書きました。立派な内部に眼をキョロキョロさせるだけでございましたが、中でもレストラン(HEARTFUL KITCHEN:名前はちょっとダサいと思う)のメニューが充実していてびっくり。

 で、今回もちょっとした用があったため、せっかくなのでまたレストランに寄ったのであります。

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 今回は焼きサバ定食! 半身を使っているので豪華ですよね。お値段は確か800円くらいだった気がします。ドリンク付きだけど、やっぱり高いなぁ…。

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 でも身が厚くて、すごく立派なサバさんです。

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 では、いただきます。

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 おー、皮がパリッとしていて塩加減も良いし、身は少し脂があって良い感じ。あんまり脂が乗りすぎているのは好きじゃなくてですね、少しサッパリしている方が好みなのでこれくらいが良いです。

 ちなみに、ここのお茶は妙香園(名古屋のお茶屋さん)のお茶を使っているとのこと。

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 ずずずっと。

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 食後の一杯は良いものです。妙香園のお茶は中国産のお茶っ葉を使っていることが少し話題になりましたが、「安全だからね!」とホームページで説明がなされています。

 このHEARTFUL KITCHENではパンも売っておりますよ。チーズの入ったひょろ長いパンを買って食べました(美味しかった)。

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 で、前回も気になっていたのが、”あいーと”です。介護のための食事で、噛むのが難しい方々のためのもの。ミキサー食とかペースト食とかもあるんですが、やっぱり見た目って大事。この”あいーと”は見た目はまさに普通のおかず。でもものすごくやわらかくて舌で潰せるようにつくってあるのです。

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 お値段は1つ600円前後なので決して安くはないのですが、たまにでも良いからこういうのを食べたいなぁと思う人たちは多いのではないでしょうか。そういった人たちのニーズに応えようと頑張った企業姿勢は素晴らしいなと考えております。

 ということで、帰りに2つ買ってみました。後日に食べた感想などをアップしてみたいと思います。
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2016
10.22

目が醒める本

Category: ★本のお話
 河合真先生の『極論で語る睡眠医学』を読みました。

 最近は色々と生活が忙しく、めっきり本を読む時間がなくなってしまいました。でもこれは言い訳ですね…。本を読む時間はつくろうと思えばつくれるはず。それをしていないだけなんですよねぇ。でも睡眠時間は削ってはいけません。パフォーマンスが必ず低下しますからね。

 『極論で語る~』シリーズは全部買っていて、どれも面白いです(イラストは好みによるでしょうけど)。しかし、”極論”というフレーズの持つ印象が著者と読者との間で最も近いのが、河合先生の”神経内科”とこの”睡眠医学”だと思っています。他のもの、例えば”腎臓内科”はすごく良い本なんですけど、読者が期待する内容とはちょっと異なり、スタンダードなテキストになっています。河合先生のものは情熱が垣間見えるどころではなくほとばしっている感じで、実に小気味良いのです、読んでいて。また、この世代の方々はガンダムを持ち出す傾向にあるなとも実感。

 個人的には、ナルコレプシーのところで情動脱力発作を「くせ」程度に思っている人がいる、「眠気」が襲ってくる前にうまく短い睡眠を取り入れている、などはホントに「へぇ!」と思えるところでした。”不眠”の章も睡眠薬に頼りがちな現状に警鐘を鳴らしており、睡眠時無呼吸症候群やRLSも含めて、医療者は読むべき内容でしょう。

 精神科でも「とりあえず寝られたら何とかなるなぁ」という印象の患者さんは実に多いのです。逆に他のことをがちゃがちゃやっても、寝られていなければ改善しないのであります。それだけ睡眠は大切。睡眠障害は精神疾患にほぼ必発とも言えるので、そこに介入することは当然とも言えます。

 何と言っても、人種や年齢や性別に関係なく、私たちは必ず寝ます。それは一生なすことであり、それについて”知らない”では済まされないでしょう。”睡眠”の本ですが、読むと”目が醒める”思いをしますよ。
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2016
10.19

マクギーで気をつけること

 この話も以前にしたことがありますが、いちおう自分の見直しのためにも改めて。

 学生の頃に、マクギー先生の『Evidence Based Physical Diagnosis』を読んでみて


おぉっ、身体診察にもこんなエビデンスがあるんだ!


 と、ちょっと感動した記憶があります。でもまだその時はあまりエビデンスの輪郭を良く分からなかった時でもあり、JAMAのRational Clinical Examinationの存在も知りませんでした。。。本格的に「おぉぉぉっ!」と感じ入ったのは研修医になってから。普段行なっている診察がどのくらいの価値を持っているのか、というのが明らかになった感じがして、すごい本だなぁと思ったのであります。現在、翻訳も2年遅れくらいで出ておりますよ。

 このようにエビデンス(この本では主に尤度比という形で示されますが)が載っていることで、何となく行なっていた身体診察が違うものに見え、この所見があったからこの疾患の確率はこれっくらいかな…と、研修医の甘々な思考過程ではありましたが何か論理的に考える(風?)というクセの導火線になりました。これはマクギー先生のおかげかなと。

 しかしいっぽうで、身体診察は行なう人や経験によって差があるという事実もあります。

 聴診を例に出すと、自分が聴く呼吸音と熟練した呼吸器内科医の聴く呼吸音とではまったく広がりが異なるでしょうし、肺炎の診断にも大きく影響すると思われます。そして当たり前ですが、それは繰り返しの練習を必要とします。マクギーを読んで最初から「肺炎の診断にcracklesなんて意味ないんだぁ」と考えて何もしないのであれば、聴診の技術なんてまったく向上せず、その人の聴診のレベルはマクギーに載っている程度の尤度比にすら達しないでしょう。同様に、練習しなければ肺胞呼吸音の気管支呼吸音化もとらえられません。心雑音では、格言として”Levine I度の心雑音とは、研修医には聞こえない雑音のことである”なんてのがありますね。

 自分の経験では、マクギーを読んで「尿路感染症疑いに対するCVA tendernessの有用性がこんなに乏しいのか!」と思い、研修医の時はこの診察を省いてしまっていた過去があります。何せこの所見はLR+1.7, LR-0.9というあまりの役立たなさ。当時の指導医の先生にそのことを言ってみたら

「へー。でもなぁ、何か痛がり方が違うんだよ。下葉の肺炎と腎盂腎炎とじゃ、やっぱり違うよ。腎盂腎炎だと内部に響いて患者さんがとても嫌がる感じになるんだよねぇ」

 とのお返事。その時は「でもエビデンスはこうだし、やったってねぇ」と自分は考えてしまって。今思うと、指導医の先生のおっしゃることはとっても面白いですし、自分自身でも”CVA tendernessが陽性か陰性か”の一歩先に”どんな風に痛がるか”は色々と確かめてみたかったと回顧しています。こういうのは経験の深さですねぇ。当時は生意気言ってすんません。。。ちなみにその先生は腎臓の双手診を大事にしていて、「腎盂腎炎だと双手診で痛みが出るんだよ。下葉の肺炎だと炎症の座が腎臓にないから空振りになる」と教えてくれました。ま、自分は双手診やらなかったんですけどね。。。

 他には、今では研修医に教えることはなくなりましたが、2年くらい前(?)までは勉強会をちょろっと開いていまして、そこではpsoas signやjolt accentuationなどの方法を研修医に確かめることが多かったです。例えばpsoas signは腸腰筋を思いっきり伸ばすイメージが大事なのですが、研修医にやらせると患者さんの足首を掴んで引っ張ることが多いのです。それだと膝関節のところで足が曲がるので、あんまり腸腰筋に緊張がかからなくて偽陰性になりかねません。やるんなら腰はガッチリ固定しながら膝関節もしくはその周囲を持ってぐいっと引っ張るようにします。こういったやり方の違いによっても尤度比は変わってしまいます。

 特に研修医はエビデンスを知ると「上級医と戦う武器を得たぞ!」という感覚になり、それによって上級医の言うことに対し「でもそれエビデンスないじゃないっすか!」と対立してしまうこともしばしば。父親に反抗する息子のようなものでしょうか。その対立は悪いものとは限らないのですが、上級医の経験で得られたものや受け継がれているものをエビデンスでばっさり否定できるのかというのは、結構難しいものです。特に診察は熟練の部分がとても大きいので。。。先程のCVA tendernessの例で言えば、痛がり方を知ることで、こういう痛がり方だとLR+がぐんと跳ね上がるとか、また肺胞呼吸音のかすかな気管支呼吸音化は研修医だと見逃しがちですが、経験豊かな医者であればキャッチできるかも知れず、そうなると肺炎の可能性はかなり高まるでしょう。

 要は、研修医のうちはエビデンスが弱いとされる診察項目も面倒臭がらずにやりましょう! ということなのでした。もちろん急を要する時は話が別ですよ。そうじゃない時は、診察に真摯に取り組むことがとても大事で、その過程を踏んで歩いた先に得た経験は、マクギーに載っている尤度比を上回る可能性となってくれるのでありますし、ひょっとしたら何か新しい切り口が開けるのかもしれませんよ。エビデンスで否定されていることでももうちょっと奥に入り込むと役に立つ違いが出てくるかもしれませんし(記事の例ではCVA tendernessの痛みの質)、エビデンスのないものは役に立たないというわけではなく探求されていないということなので、それを題材にして研究すると面白いかも(例えば、インフルエンザのシーズンで待合室にて座っていられず横になるというサインはインフルエンザの可能性が高い、など)。

 ちなみに、診察は患者さんに安心感を与えるという側面もあります。診断/除外のための診察のみを考えるのではなく、”手当て→手を当てる→診察”になりうるというところも頭の中に入れておいても良いでしょう。特にDSM-IV-TRで言う身体表現性障害においてその思考は欠かせません。この辺りは『不定愁訴のABC』という本を読んでみると納得が行くかと。
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2016
10.15

コトとしての母乳

 ”母乳神話”というのがあり、ちょっと前のYahooニュースにも出ていましたね。「母乳は人工乳よりもすべてにおいて優れているのであり、育児をするのであれば母乳でなければならない」、そんな母乳至上主義を指します。確かに母乳は人工乳に比べてアレルギー疾患のリスクが下がったり感染症に罹患するリスクが下がったり、最近では自閉症リスクも低下するのではないかと言われており、飲ませて悪いことはないと思います。育児雑誌やネットでも程度の強さこそあれ「母乳ってすごい!」という記事は結構眼にします。

 ただ、母乳礼賛は行き過ぎると”押し付け””暴力”になります。「母乳で育てないと…」とお母さんは焦り、また人工乳で育てていると「可哀想」と言われてしまうこともあり、そして、そこを突いてくる”母乳ビジネス”もあります。「母乳、母乳…」ととらわれたお母さんは苦しくなります。育児を取り巻く環境はあまりよろしくありません。

 確かに母乳は人工乳と比較すると良い点が多いと思います。でもそれは100%を保証しません。母乳で育てたらアレルギー疾患に絶対ならないかと言うとそうではないのです。あくまでも可能性、リスクのお話。ちなみに自分は母乳で育ちましたが、幼少期はアトピー性皮膚炎と気管支喘息に悩まされ、それは治ったもののアレルギー性鼻炎はずっと続いていて今も酷いのであります…(あらら)。

 母乳って、出ない人はホントに出ないですし、また出てもHTLV-1感染症などによりあげられない人もいるのです。お母さんがおらずお父さんが育児をするのであれば、母乳はそもそも出ません。そういった人たちを”母親(父親)失格”と批判するのは、彼女(彼)らを傷付けこそすれ救うことにはならないでしょう。

 大事なことは、人工乳であっても親がこころにゆとりを持ちながらあげられたら、それは立派な母乳なのだという点。反対に母乳であっても、子どもが飲んでくれないと怒鳴る、思い通りにならないとイライラする、夫婦喧嘩が多いなどこころにゆとりがなかったら、母乳の利点は打ち消されてしまうでしょう。親の焦りや苛立ちは子どもに伝わってしまいます。もちろん、ゆとりも伝わります。

 母乳は”モノ”ではなく”コト”として考えるべきです。現象であるという理解を持ち、ほどよい(good enough)親であるならば、人工乳はいくらでも母乳になることが出来るのですよ。そこを忘れてはなりません。今の時代は少子化によって、”うちの子”にかける時間やお金がどんどん増しています。(他の子よりも)良いものを食べさせたい、(他の子よりも)素敵に育ってほしい、そんな思いが強烈になっている昨今、親は妙なビジネスにコロッと騙されてしまうことが多くなりました。母乳もそうですし、ワクチンにまつわるデマや食べ物など、ニセ科学・ニセ医学は儲かるためなら何でもするのです。焦りの真っ只中にいると落ち着いて考えることができなくなり、餌食になってしまいます。しかもその餌食は親だけでなく、子どもも、です。そこをしっかり考えていただきたいのです。

 離乳食についても、日本は手作りにこだわりますが、それに時間を消費してしまうと他の事ができなくなり焦りを生み出し、さらに子どもが思うように食べてくれなければ「なんで!?」と子どもや自分を責めるでしょう。そうではなく、必要に応じて出来合いのものを買って時間にゆとりをつくるのも重要だと思うのです。育児には親のゆとりが最も大事。親がゆとりを持てれば、子どもはそれに憩うことが出来るでしょう。それはさらに親のゆとりを強くして、関係性を良好にしてくれるのです。

 ”母”と”子”と考えるのではなく、”母子”というユニット、あいだで育児を考えてみましょう(ウィニコット的に)。そうすると、ゆとりや焦りがどんな影響を及ぼすかがイメージできるかと思います。「母乳でなければ!」と固執するのではなく、どういう関係性が親と子どもにとって大事なのかを根本から考えてみましょう。
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2016
10.11

色とりどり、味とりどり

 愛知県の銘菓と言えば、やはり”ゆかり”ではないでしょうか。ちょっと固めで、えびの風味が濃厚なおせんべい。でも名古屋駅で一番売れているお土産は三重県の”赤福”だったりします…。

 このおせんべい、緑茶と良く合うのでございます。子どもの頃、父親が出張で愛知に行った時に買ってきていたのを覚えています、そう言えば。昔はネットで何でも買える時代ではなかったですからね…。お土産で他の世界に想像を膨らませていたのであります。

 さて、そんな”ゆかり”は坂角総本舗というところでつくられていまして、他にも数多くの商品があります。食べやすさでは”さくさく日記”がオススメですし、ちょっと上の味わいなら”五宝”ですし、地域限定のおせんべいもあります(北海道だと”甘えび天”や”帆立天”など)。でもやっぱり”ゆかり”が食べ慣れているし固い感じも良いなぁと思っています。

 そんな中、今回は見た目に鮮やかな”八楽(やらく)”を。袋も淡さがあり、くっきりしていないところが優しい感じ。

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 袋から出してみると、こんな感じ。すべて一口サイズです。

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 八楽という名の通り、8種類の色そして味が楽しめます。姫ゆかり(一口サイズのゆかり)、のり、桜えび青のり、小えび、黒ごま、抹茶、紫いも、黒豆。味の違いがハッキリしており、紫いもは柔らかい甘さがありますし、姫ゆかりはまさにゆかりのえび感が溢れていますし、とても楽しい。

 お皿に移しましょう。ちょっと狭いのしかなかった…。

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 それぞれの色がかなり異なりながらも淡さを残しているため調和が取れています。お客様が来た時に、お茶請けにお出ししても眼と舌を楽しませてくれるのではないでしょうか。
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2016
10.08

足元を見ながら

 『医薬ジャーナル』の2016年10月号に、”Choosing Wiselyと薬剤師”という論考がありました。これは自分で見つけたわけではなく、知り合いの薬剤師の先生が「これ読んだんですけど、新しいことがどんどん出てきてうかうかしてられないなって思いましたよ。先生どうですか?」と言いながら見せてくれたのであります。

 そこには”(…)医療の川上にいる医師に比べて,相対的に川下にいる薬剤師は無駄な医療をポリファーマシー以外に実感しづらいのかもしれない。”という記述があり、ほーなるほどなぁと思ってしまったのです。見せてくれた薬剤師の先生も「そこですよねぇ」と。確かに言われてみれば。書いているのが薬剤部の教授なので、薬剤師の先生がたの身内。身内だからこその厳しさ(期待を込めての)があるのかもしれませんね。

 しかしながら、日本では”やっと”ポリファーマシーが色々と話題になって医者も薬剤師の先生も積極的に動き出してきた時でもあります。まずは足場を固める意味でもポリファーマシーにみんなで一生懸命取り組むことが大事かなぁとも思いました。ポリファーマシーも”必要なポリファーマシー”と”不必要なポリファーマシー”があります。そこを見抜くには、お薬のことはもちろん、患者さん自身の身体、患者さんの生きていく上での考えかた、そして患者さんの置かれた状況など、多因子に思いを馳せることが求められます。ポリファーマシーというこの一言にはたっくさんの意味が込められています。そこを深めていくと、必然的にChoosing Wiselyにつながってくる、そう考えてもいるのであります。お薬そのものに強くなれるし、患者さんが人と人との”あいだ”で生きていくことについても悩みながら考えていくクセが付くし。その先には”賢く選ぶ”が待っていてくれそうな。ちょっと楽観的すぎ? ポリファーマシーの解決の先にはChoosing wiselyがあるんだなという認識でもそんなに悪くはないような気がしないでもない、たぶん、もしかして。

 医療についてみんなが考え始めてきたこの潮流。「こんなんじゃいけない。ポリファーマシーでとどまるな、Choosing Wiselyに乗り遅れるな」という強い意志は情熱も感じてイイコトだと思いますが、ようやく灯ったポリファーマシーへの取り組みそのものをまず大きくしていくのも求められると思います。そうすると、その小さな火は先まで照らすように成長するのではないでしょうか。まだねづいてすらいないので、そこで色々と先のことをやって根腐れを起こしてしまってはもったいない。Choosing Wiselyをしっかり見据えながら、目の前のポリファーマシーにまずは必死になって取り組んでみても悪くはないかなと感じています。「Choosing Wiselyってのがあるのか。よーし、”そのためにも”ポリファーマシーをしっかり勉強しよう!」という心意気、みたいな。

 ただ、これはちょっと物事をゆっくりめに考える精神科医だからかもしれませんし、あくまでも自分1人の意見ですので。「そんなんじゃ遅いんだよ!」というご意見もあるかと思いますし、既に積極的にポリファーマシーについて考えて行動している方々にその先を提示していただきたくことで、ポリファーマシーに取り組み始めた医者や薬剤師の先生にとっての道筋になるとも感じています。そこへの過程を温めていくのが今の段階では大事かもしれない、ということでして。
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2016
10.05

ポリファーマシーを避けるため

 以前にも同じような記事をつくった記憶はありますが、今回もう一度。

 最近はポリファーマシーに関する書籍が増えてきました。『解消! ポリファーマシー 上手なくすりの減らし方 』や『ポリファーマシー解決! 虎の巻』などが好例でしょうか。高齢社会になり基礎疾患が複数になる患者さんが多くなり、結果的にたくさんのお薬が処方されることも多い昨今、とてもイイコトだと思います。

 高齢患者さんではこっちもびっくりするくらいの種類のお薬が処方されていることもあり、さらにはいろんな病院を受診してしまうことで医療者の連携が取りづらく、同じようなお薬が違う病院で処方されるなんてのも珍しくありません。そして、複数種類のお薬が出ていると、お薬同士のケンカも起こることがあります。それは患者さんにとってあまりよろしくなく、もちろん医療経済的にもダメダメです。

 しかし、「あ! ポリファーマシーだ!」と感じた時、こころに留め置きたいのは

1. ”複数種類のお薬が出ていること=悪”とは限らない
2. ポリファーマシーを生み出す医者を敵視してはいけない

 ということだと思っています。

 1点目では、ポリファーマシーという言葉には”それすなわち悪”という印象がさも”しみチョココーン”のチョコレートのように浸透してしまっていますが、変な言い方をすると必要なポリファーマシーなんてのもあります。高血圧と糖尿病と心房細動の高齢患者さんでは、その時点でかなりの薬剤を使用しなければなりません。ぱっとお薬手帳を見るだけで「こんなに使ってる! ダメダメ!」と思ってはならないのです。必要なポリファーマシーと不要なポリファーマシーを分けて考えるための”力”が必要です。

 2点目は、特に精神科で起こること。紹介患者さんを診ると前医で何かものすごい感じの多剤併用がなされていることがあります。横断的に判断すると「何も薬剤のことを分かっていない医者だなコイツ」と思ってしまうのですが、処方を紐解いていくと最初は意外にシンプルな出し方をしていることも多いのです。なかなか改善しない患者さんを前にして「何とかしてあげたいなぁ」という思いを持ち、あれやこれやと頑張っているうちに、気がつくととってもカオスな処方になっている。そんなことがあるのです。医者は患者さんを悪化させようとしてお薬を出すのではなく、善意や医者としての使命感から出すのです。患者さんが良くならないとお薬を足したり変えたり、色々と複雑になってくるのでございます。多剤併用となるにはそれなりの理由があるため、特に他の医者の処方を見る時は”処方に歴史あり”と思った方が良いでしょう。苦戦や苦悩の表れなのです。それを考えずに「ちょっとアンタんとこの処方ダメだわ」と言ってしまうのは、他者への慮りを欠いていると言わざるを得ません。

 とは言いながら、やはり首をかしげる処方も実際に多く目にするため、お薬の知識は抜け落ちてはならないものと言えます。そこで医者は、不要なポリファーマシーを避けるためにも薬剤師の先生に頼ることをしましょう! お薬に関して彼らはエキスパートです。もちろん医者はそれなりに勉強して臨床経験やエビデンスを含めて知識を持っていますが、薬剤師の先生は”薬剤”師です。餅は餅屋という言葉があるように、特に治療のエビデンスという点では彼らにしっかりと聞くことを覚えたほうが良いでしょう。

 そして、薬剤師の先生にはそういう存在だという自負と責任を持っていただきたいものです。処方箋に書かれてあるものを袋に入れるだけが薬剤師ではないのですよ。最近の薬剤師の先生はとても勉強熱心で、JJCLIPという薬剤治療のエビデンスに関する鬼畜集団(褒め言葉ですよ!)もあるくらい。自分なんか専門外の疾患に対する薬剤治療では足元にも及びません(最近の新薬なんてついて行けなくて…)。そして専門の分野であっても見落としているところがあるので、薬剤師の先生の助言はとても大きいのです。

 不要なポリファーマシーを避けるために、医者は変なプライドなんて捨てて「薬剤のことは薬剤師に聞こう!」と思うべし。もちろん勉強を忘れちゃいけませんが。そして、薬剤師の先生は「聞かれても良いように勉強しよう!」と意気込んでください。即答する必要はなく、聞かれたら速やかに情報源にアクセスするというのが大事でしょう。世の中にあるお薬すべてについて知るのはプロでも無理なので、自分の得意とするところはカバーしておいて、ちょっと分からないところはすぐに調べられるように整える。これが現実的では、と自分は考えています。

 あとは薬剤師の先生から医者へ疑義照会する時の言い方でしょうか。「俺の処方にケチ付けるのか!」という(アホな)医者はまだまだ多く、彼らのご機嫌を損ねないようなモノの言い方が残念ながら必要になってきます。嫌な世の中ですけどね。一度でうまくいくことは少ないなという前提に立って、少しずつ掘り進む感じを持つのも大切。決して焦らずに。勉強熱心な薬剤師の先生は正義感が強いことも多く、そうなると医者と対立してしまい、お互いの距離がどんどん遠くなりかねません。医者が素直になるべきなのは言うまでもないのですが、薬剤師の先生も情報提供の仕方をちょっと工夫してみると、徐々に状況は好転していく可能性がありますよ。中には「エビデンスを出せば良いだろう」と考えて文献をたくさんくっつけて提供してくれる薬剤師の先生もいますが、文献を複数見せることが医者によってはアテツケととらえられてしまうことも! そういう医者にこそ「もっと勉強しろや!」と言いたくもなりますが、コミュニケーションって本当に難しいですよねぇ…。

 そんな愚痴を最後に混ぜてしまいましたが、医者と薬剤師の先生は同じ医療者。患者さんに良い人生を送ってもらいたいと思う気持ちは一緒のはずです。ならば、手を取り合って医療をなすのが道理ではないでしょうか。医者はもっと謙虚になろうね。
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2016
10.02

ベゲタミン退場の巻

Category: ★精神科生活
 1957年より日本のみで使用され続けていたベゲタミン(塩野義製薬)が2016年いっぱいでついに姿を消すようです。これは超強力な睡眠薬で、AとBの2パターンあります。いずれも3種類の向精神薬のブレンド(合剤)ですが、配合比が異なっていまして。

ベゲタミンA:クロルプロマジン25mg、プロメタジン12.5mg、フェノバルビタール40mg
ベゲタミンB:クロルプロマジン12.5mg、プロメタジン12.5mg、フェノバルビタール30mg

 Aがどぎついピンク色で、Bが白色。成分を見ると、実に良く考え抜かれた処方だなと思ってしまいます。フェノバルビタールはGABA-A受容体に結合して鎮静作用、クロルプロマジンはH1受容体、M1受容体、α1受容体に結合して鎮静作用、プロメタジンはH1受容体、M1受容体に結合して鎮静作用を持ちかつクロルプロマジンのD2受容体結合による錐体外路症状を防ぐ作用も担っています。3種類がうまく長所を活かして鎮静に向かわせ、錐体外路症状も防ぐのが特徴。

 これだけ聞くととても良い睡眠薬に見えてしまいますが、過量服薬でばったりと死んでしまう薬剤でもあるのです。特に困りものがフェノバルビタール。これは依存を来たしやすく、さらに治療域が狭く、その隣には言うまでもなく中毒域が待っています。しかも身体から抜けにくい。若手の精神科医がベゲタミンを新規に出すことはほぼないと言っても良いでしょう。出すなら慢性期統合失調症の入院患者さんでずっとベゲタミンが出ていた、慢性期統合失調症の外来患者さんで長年ベゲタミンを含む処方で安定していた、などに限られると思います。昔の先生ならそれ以外にもぽろっと出すこともあるかもしれませんが、新規に処方しないように教育がなされているため若手は出すことにかなりの躊躇があります、たぶん。少なくとも自分がレジデントとして学んだ医局では。

 安全な薬剤であればここまで問題にならなかったのですが、やっぱり多く飲むと呼吸抑制が起きたり死んでしまったりするのが怖いところで、自殺目的で飲む患者さんがいたのも事実。そういうのはやっぱり出さないに越したことはありません(双極性障害へのリチウムや治療抵抗性うつ病への三環系抗うつ薬は例外です)。自分が属している医局の教授もベゲタミン追放運動(?)を展開していて、販売元の塩野義さんに随分と言っていたそうです。精神神経学会も「もうあかんで」と宣ったため、今回の措置になりました。塩野義さんはずっと販売していたものの大量服用に注意するようにパンフレットをつくって啓蒙していまして、企業としての姿勢は悪くないと思います。ベンゾをつくっている各製薬会社もこれくらいはしてほしいところ。

 さて、ベゲタミンが無くなって万事良かった、となるかと思いきや、それで困る方々が。それが、長年処方されていた患者さん。もうこれじゃないと寝られない! という人も多く、さてさて、どうしたものか。嘆いてもあがいても2016年いっぱいで製造されなくなるらしく、何とかしなくてはいけません。

 取るべき方策は1つ、構成成分に分解して処方し可能ならば漸減中止する、になります。クロルプロマジンもプロメタジンもフェノバルビタールもそれ自体は製造販売されているので、ベゲタミンの配合に合わせてそれぞれを処方することになります。しかし、これが合剤の妙というか何というか、「ベゲタミンだと寝られるけどバラバラの処方だと寝られない」という患者さんが結構多いのです…!! 自分もレジデントの頃はベゲタミンを見つけるたびにバラバラ処方にして漸減中止を行なっていましたが、なぜか「ホントに同じ? 全然寝られないんだけど…」と言われたことが1度や2度ではありませんでした。とっても不思議です。でも何とかなだめすかして中止に持って行きましたが。。。

 減らす場合ですが、色んな方法があるかと思います。絶対的なものはないので、そこは個々の医者のさじ加減としか言いようがない。3種類とも一緒にじわじわ下げる方法もあるでしょうし、どれかひとつからというのもあるでしょう。減量方法の優劣は全く分かりません。いずれにしても焦らずゆっくりとが大事で、年単位かけるくらいの気長さで行なうのが肝腎要。

 精神科医のみなさんは、製造販売中止になるというのをきっかけにして、バラバラ処方にするだけではなく減量中止を開始してみるのも良いのではないかと思います。言うは易く行うは難し、ではありますが。
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