2016
03.26

先生が集合

 最近お部屋の整理をしていまして。居間に散在してあったぬいぐるみを集めて自室(≒物置)に収容することとしました。

 ぬいぐるみはゲームセンターのクレーンゲーム(UFOキャッチャー)で獲得しています。リラックマやことり隊、すみっコぐらしなども獲っていますが、やはり好きなのは”ぐでたま”先生。

 これまでにGETしたぐでたま先生方を集めて撮影してみました。ほい。

RIMG3742.jpg

 やはりBIGぬいぐるみは存在感が違う。でも並べて思ったことは



意外に少ない…


 
 もっと多いかなと思っていたのですが、こんなもんですか。。。「あれ? 少ないなぁ」と呟いたら、家族から「は?」と言われましたが…。でももうちょっとあったような気もしていたのですが、うーん。

 いろんな種類はありますが、やはりこの基本姿勢がいちばんお気に入り。

RIMG3743.jpg

 で、他には手のひらサイズのマスコットも手に入れています。いちおう小さめのボックス(これもゲーセンで獲った)に収めていますが、ぎゅうぎゅう。

RIMG3746.jpg

 バラっと出してみましょう。

RIMG3745.jpg

 これは結構あるかな? どうかな? でも小さいぬいぐるみはリラックマの方が圧倒的に多いです(多分これの3倍くらいあります)。

 実はですね、これまでぬいぐるみは大きいものを獲ることに熱心であったのですが、昨年の終わりくらいからは小さなタイプも面白いなぁと感じ始めていて。ちょっとしたアーム位置のズレでぬいぐるみの動きが大きく異るので、これはこれで興味深い。特に雪崩式に積まれてあると獲得しやすくてついついプレイしてしまいます。

 でも最近はあまりゲーセンに行っていなかったんです! テーブルとか食器棚とかを買っていまして、お部屋の模様替え中。他にも色々と入り用になってしまい。そっちでお金を使わざるを得なかったので、ゲーセンは自粛しておりました。また、さすがにぬいぐるみと人とどっちが主な居住者か分からなくなってきておりましてですね。。。

 しかしウズウズとしてしまい、ついこの前行ってきてしまった。そしたら何と、ぐでたま先生も春のよそおい。

RIMG3762.jpg

 お花見・桜もちバージョン。お金をあまりかけなくても良い雪崩式の小さなマスコットを獲ってきました。大きいのも欲しいけど、我慢。

 そして、こんなに可愛いストラップも手に入れたのです。

RIMG3796.jpg

 全4種なのですが、比較的獲れやすそうなこの2つに絞りました。もっと財力があればねぇ。

 ちなみに、”ひつじのショーン”も可愛くて好きです。そんなに獲ってはいませんが、まんまるおめめとちょっとトボけたような表情が良いですね。笑った顔はあんまり好きじゃないですけど(変なところから口が出てますよね)。スカーフを巻いているのは、20周年記念のもの。自転車に乗っているショーン君は、電池を入れると動きます。

RIMG3741.jpg

 彼らも全部収納ボックスに入れて、自室に移動しました。居間ってこんなに広かったっけ? と思うくらいにさっぱりしてしまった。

 はっ、ぐでたま先生の沼に溺れているショーン君の顔が…。

RIMG3744.jpg

 今後もこれまでのようなゲーセン頻度ではなくなる予感。だいぶ節制するようになるんじゃないかしら、たぶん、たぶん。
Comment:4  Trackback:0
2016
03.23

不安でいること

Category: ★研修医生活
 研修医のみなさんが主戦力となる場、それは救急外来ではないでしょうか。自分が研修した病院では診た患者さん全員を内科直もしくは外科直に上申するという安全第一のシステムでしたが、病院によってはそうでないところもあります。

 特に救急外来デビューの日はめちゃくちゃ緊張する/したと思います。自分が初めて当直で救急外来に来た時、第一診察室では心肺蘇生が行われていた真っ最中でした。同期が頑張って胸骨圧迫をしていたのを見て、「おぉ、やっていけるかな…」と怖くなったものです(同期も初日に胸骨圧迫でくじけそうになったと言っていました)。ちなみに初めて診た患者さんは「喉が痛い」というかたで、典型的な咽頭炎。でもわたわたとしてしまって、カルテ記載も恥ずかしいレベルでした。そしてその日は色んなマニュアルやテキストを持って来ていたのも覚えています。重かったのですが、この重いのがお守り的な。ただ、色々と持ち込むのは研修医の2年間を通じてずっと不変でした。

 そこで、1つ重要なことを。それは


不安でいてほしい


 ということです。「救急外来怖いな」「何か失敗するんじゃないかな」という思いは、必ず持っていてほしい。なぜなら、その気持は真摯な勉強につながるからです。医学の勉強もそうですし、患者さんの勉強も。「いつまで経っても不安で、こんなんでオレ大丈夫かな…」と感じることもあるかもしれませんが、その不安があるからこそ、しっかりと勉強できるんですよ。だからその感情があるのは素敵なことなんです。敵視せずに、医者として生きていく上で大切なパートナーだとすら思ってみてください。

 逆に怖いのが「救急外来慣れたし、もう大丈夫だな」というこころ。確かにとっても優秀な人は大丈夫なのかもしれません。ですが多くの研修医にとって、それは”慢心”に変換されるでしょう。そうなると、自分自身にスキが出来てしまい、手痛いしっぺ返しを喰らうことだってあります。自分の経験では、エコーをたくさん練習して「結構イイ線行ったんじゃない?」と感じた時期がありました。今思い返すととても恥ずかしくて黒塗りにしたいくらいなんですが、その当時はそんな気分でいたのです…。しかし、ある患者さんの胆石を見つけられず、結果的にCTで判明したということがありました。内科直の先生からは「この部分のは見づらいよ」と慰めとも言える言葉をもらいはしたものの、エコーにちょっと自信が出ていた自分の鼻はポッキリと折れました。慢心の典型的な例でしょう。ふくらし粉で見かけだけ大きくなった安物のパン、そんな空虚な自信だったのです。

 自信を持つな、というわけではありません。自信が出ることはそれだけ勉強した傍証でもあるでしょう。しかしながら、自分1人が体験した世界の中、しかもそれは研修医の短い期間で得られた狭い自信であるということも忘れてはなりません。その部分では、不安を捨てずに持っていてほしいと思います。

 救急外来の怖さが抜けない研修医のみなさん、デビューを控えてちょっとドキドキしているかたがた、その姿がいちばんです。その怖さ・不安を忘れずに最後まで持っていてください。それは大きな武器です。

 自信が出てきたかたがた、しっかりと勉強しており、とっても素晴らしいと思います。でも、みんなが体験した”あの頃”の怖さも思い出してあげて下さい。今までの勉強は、その怖さがあったからこそ進んできたのかもしれません。それを糧にすると、もっと診察の質が向上されることでしょう。

 総じて、不安は決して悪者ではありません。その不安を不安として見つめてあげることが大切なのです。その上で、研修医として何をしていけば患者さんのためになるかをじっくりと考えて、その道を進んで欲しいと思います。不安はその道中を共に歩いてくれる仲間となり得るでしょう。
Comment:2  Trackback:0
2016
03.18

やわらかいエビデンス

Category: ★本のお話
 緩和ケアの本を紹介している二連投の記事。その2つめ。

 医学書院さんから2016年3月に出版された、森田達也先生と白土明美先生の『エビデンスからわかる 患者と家族に届く緩和ケア』です。

エビデンスからわかる

 この本は、かなりの大当たり。タイトルだけだと「最近の本にありがちで、色んなエビデンスを列挙してオシマイなんでしょ?」ととらえがちですが、決してそうではないのです。確かにエビデンスを挙げて解説をするという手順を踏まえているのですが、そのエビデンスに”ぬくもり”を感じます。多くの方々は”エビデンス=無機的”という印象を持っているかもしれません。「エビデンスは所詮エビデンスでしょ」と思っている方々にこそ読んでほしいなと思います。自分もこの本を読んで「こんな研究がしっかりと行われているんだなぁ」とじんわり来ました。

 この本はオピオイドの使い方から始まります。「ありきたりだなぁ」と思われるかもしれませんが、その最初が”オピオイドへの抵抗感は患者の過去のリアルな経験によるものが少なくない”という”エビデンス”であり、まとめには


実際に、その患者が何を経験して、どう思っているのかに耳を傾けることがケアの糸口になります


 と書かれています。これは1つめの記事で紹介した岸本先生のお話と通じるところがあるでしょう。医学的な”正しい”説明をして患者さんを納得”させる”のではなく、患者さんがどう思っているのか、これまでどんなことを経験してきたのかということをしっかりと受け止めることの重要性を物語っているのです、しかもエビデンスで!

 また、患者さんへの気遣いが至るところに記載されてあり、息苦しさのケアのコツで、”ナースコールは手が届きやすい位置に固定します”と書かれていますが、そこのところにフキダシで以下のように理由が追加されています。


苦しい時にナースコールを探して余計に苦しくなることがないようにします


 本当に患者さんのことを思って、ケアを実践しているからこそのコツ記載ではないでしょうか。こういった配慮をそっと書いてあるところに惹かれますね。

 圧巻はやはり第2章の”精神的サポート、家族へのサポート”です。”QOLって本当は何のこと?””希望を支える””患者の「負担感」と「迷惑」””スピリチュアルケア”についてですが、決して感情論に走らず文献をベースにしながら、まさに”やさしく”説明をしてくれています。ここであまり内容を書きすぎてもいけないので、ぜひですね、まず立ち読みをしてみてください。

 エビデンスというのは、しっかりとそれを見通して実臨床に持ち込むならば、有機的なものとなるでしょう。その時、「エビデンスじゃなくてナラティブを大事にするんだ!」というような台詞はあまり意味をなさないことが分かるかもしれません。「ナラティブだ!」と声高に叫べば叫ぶほど、エビデンスを正しく理解していないことが露呈されるのではないか、とも感じます(ちょっとイイスギかもしれませんが…)。

 他にこの本の魅力は、文献の解説をきちんとしてくれていること、図表やイラストが多く視覚的に理解しやすいこと、登場するキャラクターがとっても可愛いこと、が挙げられます。患者さんにもやさしく、読者にもやさしい。

 1つめの記事で紹介した岸本先生の本は、この本の内容の一部をやや”難しく”書いて、バウムテストや夢などの考え方をプラスしたものと言えるかもしれません。良く言えば精神科的な雰囲気が出ていますし(岸本先生は精神科医ではありませんが)、悪く言えばちょっと持って回った感じになっているでしょうか。ケアに携わる医療者のみなさんは、読むとしたらまず今回紹介した『エビデンスからわかる~』をオススメします。エビデンスと向き合い、それを1人1人の患者さんの事情に合わせて”活かす”ことで、エビデンスは豊かな色を持っていると実感されるでしょう。それを読み終わった後で、文系的な表現がキライでなければ、岸本寛史先生の『緩和ケアという物語』を読むと、両者の理解がより醸成されていくのでは、と思いました。
Comment:2  Trackback:0
2016
03.18

”正しさ”が唯一絶対の正義ではない

Category: ★本のお話
 今回は記事を二連投。いずれも緩和ケアの本についてです。

 創元社さんから出た岸本寛史先生の『緩和ケアという物語 - 正しい説明という暴力』を読みました。

緩和ケアという物語

 縦読みであり文系的な印象はあるものの、良い本だと思います。緩和ケアのみならず、慢性疾患を抱えた患者さんの日常診療でも役に立ってくれるでしょう。精神科医から見ると一般的な原則が書かれているのですが、そうでない医療者にとっては「なるほど!」と思わせてくれます。精神科医であっても、「そうだそうだ」という再確認のために読んでみることをオススメします。一般的な原則というのは、当たり前だからこそ忘れ去られやすいものです。ついつい「病識がある/ない」という視点で患者さんをとらえていませんか? ”病識”は実に医療者のエゴが出ており、使い方次第では患者さんを見つめる側面が欠落している冷たい言葉になってしまうこともあります。

 この本は、緩和ケアを素材にして”医学的に正しい説明”が時として患者さんに対して暴力性を持つということが書かれています。患者さんの言葉に対して「いやいや、○○とはこういうものでね、あなたの理解は違うんですよ。だからこうしましょう」という説明は往々にしてなされていると思います。それは、患者さんと医療者とをつなぐ糸を断ち切ってしまうものになり得ます。医療者の考えをいったんカッコに入れておく謙虚さが大切でしょう。この本では

”…真偽・正誤の物差しで見ているかぎり、患者は誤りを正されるべき「対象」とみなされ続ける。しかし、物語の「語り手」となれば話は別である。患者は、正さなければならない「対象」から、物語を語る「主体」へと「変身」するからである”

 と述べられています。

 そして、患者さんの物語のみならず、医療者にも物語があります。2つの物語のズレを明らかにして、そこをどうすり合わせていくか。そのすり合わせのヒントを患者さんの語る言葉・背景に見つけていく。私たち医療者はこのズレを焦って力技で解消しないようにしましょう。その焦りそのものは悪いものではありません。それを持ち続けて患者さんに接していると、新しい視点が生まれるかも可能性があり、それを信じて会うべきでしょう。それはただただ”聞く”という受け身的な態度ではなくなります。
 
 この本を読んで、精神科的にはウィニコットの”抱っこ”やビオンの”抱えること”を連想しました。医療者に求められるのは、患者さんの言葉を抱えてあげることなのでしょう。医療者は性急にそれを返さず、醸成させる態度が求められます。

 ちょっと注意すべき点としては、この本の第7章で

”ナラティブ・アプローチの基本姿勢を貫こうとすれば、夢も、せん妄の語りさえも、真剣に耳を傾け、そこを入口として、語り手が体験している世界に迫ろうとすることが必要だということになる”

 と述べられていますが、それは追求し過ぎないのが良いかと思います。夢を扱うのは十分な知識を持った医療者がすべきことであり、興味本位で行なって良いものではありません。それはまさに”暴力”になる可能性があります。仮に夢を聞いても解釈は控えるようにして、医療者の中に留め置くようにしましょう。せん妄については、やはり早期に治療をしっかりしておく必要があるでしょう。せん妄はもはや”可逆的”ではなくなっており、長期化したせん妄はその後の認知機能や生命予後に影響を及ぼします(Saczynski JS, et al. Cognitive trajectories after postoperative delirium. N Engl J Med. 2012 Jul 5;367(1):30-9.  Fong TG, et al. Adverse outcomes after hospitalization and delirium in persons with Alzheimer disease. Ann Intern Med. 2012 Jun 19;156(12):848-56, W296. Salluh JI, et al. Outcome of delirium in critically ill patients: systematic review and meta-analysis. BMJ. 2015 Jun 3;350:h2538.  Cole MG, et al. Partial and No Recovery from Delirium in Older Hospitalized Adults: Frequency and Baseline Risk Factors. J Am Geriatr Soc. 2015 Nov;63(11):2340-8.)。現実的には、早期に治療介入しながらも、その中での患者さんの態度や話を少し医療者の頭の片隅に入れておくようにする程度かと。とはいえ、終末期であれば多くの患者さんがせん妄を来たし、それは積極的な治療対象にならないことも多いでしょう。その時は、患者さんの”語り”にお付き合いをしていくことはとても意味のある行為だと思います(”せん妄”の対処も、時と場合によってかなり異なる)。

 ただ、全体的にもうちょっと簡単な表現の仕方があるかなぁと思います。”文系的”と最初に述べましたが、悪い言い方をすれば”持って回った表現””もったいぶった表現”になっているでしょうか。難しいことを難しく言うのは、ともすると読者を煙に巻きかねません。そういうのを有難がる人たちもいるにはいますが…。そういう表現に慣れているのであれば、全く苦もなく読めますよ。

 最後にこう言うのもナンですが、自分は”物語””ナラティブ”を大上段に構えるのはあんまり好きではありません。「ナラティブを見て素晴らしい医療をしているオレってカッコいい!」というようなタイプの本もちらほらあります…。お腹いっぱいになりますね、そういうのは。患者さんの中には探られたくないナラティブを持っている人も多いです。他者というのは完全に理解することが不可能であり、その理解できないところに畏敬の念を持って接することが医療では重要でしょう。理解できると思うなんておこがましい。理解しきれないからこそ他者であり、社会学者のジンメルはそれを”秘密”と呼んで大事にしましょうと言いました。軽々しく”ナラティブ”と口にしてしまうことの危うさも頭のなかに留めておく必要はあるでしょう。
Comment:2  Trackback:0
2016
03.14

パインの切り方を教えてもらいました

 以前にパインを人生で初めて買って自分で切ってみたのですが、ゴツゴツしたところの処理が難しく、結局厚めに皮を切ってしまい、果実部分があまり残らずに「むむむ…」と唸ってしまう結果に。そうしたら、「こうやって切ってみると良いよ。タイ仕込み」という素敵な技術を伝授していただきました。今回は実際にその南国の技を試してみることと相成りました。

 まずは当然のことながら、パインを買ってきます。198円+税 也。

RIMG3232.jpg

 で、皮を薄めに切ります。

RIMG3233.jpg

 実際に切ると分かるんですが、この変な凹み、これに前回手を焼いたのです。なんじゃこりゃ、と思って皮を厚く切ると果実がもったいない。そこで、心の眼を使います。すると…

RIMG3233-2.jpg

 ほら、何かこのおヘソたちが一直線に並んでいるように見えませんか?? そうなると、対処はこうなります!

RIMG3234.jpg

 おー! こうすれば果実が大部分残りますよ! 切り取った一直線の凹みはこんな感じ。

RIMG3235.jpg

 で、後は通常通りに。こういう切り方は実践的であり、かつ装飾にもなりますね。ちとオシャレ。

RIMG3236.jpg

 このような切り方は今回はじめてだったので、ちょっと切り込みが深く入ってしまったような気も。もう少し浅めでも良さそう。回数を重ねると上手になっていくのでしょうね。みなさんも是非お試しください。っていうか、自分が知らなかっただけで常識なんでしょうかね…?
Comment:6  Trackback:0
2016
03.11

不思議な状態…

Category: ★精神科生活
 統合失調症は典型的に10代後半から20代くらいに発症、というか症状が顕在化する疾患群。陰性症状と独特とも言える認知機能障害を本態とし、幻覚妄想は患者さんなりの圧倒的な不安への対処です。

 自分の少ない臨床経験の中で、確かに顕在化はその年代であり幻覚妄想状態になるのですが、病歴を聞くと進行が異様に速くて20代でもはや慢性期の患者さん的な状態になってしまっており、かつ衝動性も抑えがなかなか効かないという患者さんがいます。しかも複数経験していまして。精神病院に入院している人もいれば、ご家族の多大な努力により自宅で生活している人も。中学くらいまではまずまず適応出来ていて、何かちょっとしたことでバババッと症状が出てきてしまい、そこからはまさに谷底を転げ落ちるかのように進んでしまいます。ここは典型的な統合失調症と異なる様子。

 そして、幻覚妄想が統合失調症的ではないのです。慢性期の患者さんの幻覚妄想は典型例から外れてくることが多いのですが、上記患者さんたちは発症当時から全く統合失調症的ではなくてですね…。しかも、幻視もあるんです。統合失調症で幻視は稀ですよねぇ。あとは知能が落ちています。統合失調症は、若い頃に日常生活で分かるくらい明らかな知能低下は見られないのが一般的。疾患そのものは慢性期になるにつれ認知機能が下がっていくのが見ていて分かりますが。上記患者さんは10-20代でガクッと落ちてしまって、文字も小学生が書いたようなものに変わってしまいます。統合失調症の患者さんって、いくら幻覚妄想状態であってもかなりしっかりとした文字を書きます。慢性期でも、ものすごく綺麗な字を書く患者さんも多い。もちろん内容は分からないことが多いのですが、漢字やひらがな・カタカナ、文法などは冒されていません。そこも「本当にこの患者さん統合失調症なのかな…?」と疑わせるに十分。

 そして、全員ではありませんが、頭部画像でも前頭葉など脳の萎縮がわずかながら見られていたり。統合失調症では確かに疾患そのものや抗精神病薬による脳体積の減少が指摘されていますが、若い内から普通のMRIで分かるようなことはとても少ないのではないでしょうか。functional MRIでようやく示唆される程度であり、見た目で「あ、ちょっと萎縮してるかな?」とはなりません。だからそこも気になる。

 となると器質疾患…? 衝動性や前頭葉萎縮と来ると前頭側頭型認知症を想定します。前頭側頭型認知症は、自分が文献的に知っている限りで最も若く発症したのが21歳くらいだったように記憶しています。確かに上記所見は前頭側頭型認知症に当てはまりそうですし、若年発症であれば精神病症状を来たすこともあるそうです。ただ、前頭側頭型認知症ならどんどん悪化していって身体的にも寝たきりに近づいていきます。上記の患者さんは、身体はかなり元気なんですよね…。時間経過で身体的な機能低下になっていかないのは、前頭側頭型認知症とは色合いを異にする、か。側頭葉てんかん…? と考えても、自動症も見られないし脳波を何回施行しても出て来ないし。そもそも発作というレベルではなく、幻覚妄想にかなりの時間占有されている感じです。やっぱり違うかなぁ。梅毒なんてのも最近は流行していますが、血液検査で引っかかってこないし…。Niemann-Pick 病などのリソソーム病は確かに鑑別に上がりそうですが、眼球運動障害や協調運動障害、画像での小脳萎縮などが出て来ないとなかなか…。一元的に説明できるような器質疾患が見当たらないのです。でも、ひょっとしたら抗NMDA受容体脳炎の後遺症の姿を見ているのでしょうか…??? しかし抗NMDA受容体脳炎急性期のような意識障害やてんかん発作などの激烈な症状が初期には出て来ず。 自分の知らないレアな器質疾患かもしれません。

 抗精神病薬にも結構敏感で、錐体外路症状を起こしやすい抗精神病薬では、割と少ない量で副作用が出てしまいます。しかも血中濃度の高低によって症状もブレるかのような印象があり、脳の過敏性を感じさせます。脳の過敏性つながりでは、環境変化に弱いということも挙げられるでしょうか。入院や転居などで一時的に症状が増悪します。よって、対応はかなり時間をかけたほうが良さそう。スーパー救急での3ヶ月上限の入院ではちょっと医療者側が焦って力技になってしまって、急ぎが不安定をもたらします(経験済)。

 じゃあ自閉スペクトラム症(発達障害)はどうだろう…? 詳しく問診すると確かにほんの少し引っかかってくる感じはあり、中には不登校になる人もいますが、小中はまずまずの成績である患者さんも多く、決め手にかけます。ただ、実際の診察では眼線の合わなさが目立つこともありますし、幻覚妄想も内容がフラッシュバック的なところも。しかし、自閉スペクトラム症と自信を持って診断できるほどの情報は得られません。

 さて何だ…?と今でも悩んでいます。自分は、一応の診断名としては”自閉スペクトラム症”としておきます。疾患としては違うのでしょうけれども、統合失調症と診断して抗精神病薬が大量に入らないように、環境変化に慎重になるようにという思いで付けておきます。ただ、他の医者が見ると「なんで自閉スペクトラム症って診断?」と思うでしょう。いちおう、そんな理由で付けてます。しかし、抗精神病薬を使わなくて良いのかと言われると、そこは何とも…。使わないでみたこともあるんですが、やっぱりどうもよろしくない。かと言って使っても滅茶苦茶良くなるかと聞かれると…。先述したように血中濃度の高低で症状も一緒に揺らぐ感じはします。だから、一定にしてあげると少し良いのかも。よって、今思うと”デポ剤”が有効かもしれません。リスパダール®コンスタやゼプリオン®、最近はエビリファイ®もデポ剤が出ましたね。そこに気分安定薬を足してみるか…。患者さんたちを診ていた時はそこまで思いつかなかったんですが、今だったらデポ剤かなぁ…。でもそれで著明改善とはならないか、現状維持が精一杯か…。

 そんな患者さんたちは、脳の脆弱性による荒廃、とでも言うべきでしょうか。”荒廃”なんてどぎつい表現ですが、精神医学ではこの言葉を使います。深く聞くと、脳への影響を想像できる病歴を拾えることがあります。昔々に頭を強くぶつけたとか、低体重で産まれたとか、脳炎にかかったとか、幼少期に高熱が続いて意識障害をきたしていたとか、虐待とか。それが1st attackになり器質的な脆弱性を産み、後はライフイベントや重なるストレスが2nd attackになったのかもしれません。とは言え、あくまで自分の空想です。治療抵抗性統合失調症の一部が”カルボニルストレス性統合失調症”とも言われており、こういう患者さんたちはカルボニルストレスはどれくらいなんでしょうね。活性型ビタミンB6で改善すると嬉しいんですが…。今でもとても謎なのです。ひょっとしたら、数年経過すると神経学的な所見がはっきりしてきて何らかの器質的な面が明らかになるかもしれませんが…。うーん。

 そんな患者さんやご家族には、一度大きな病院でしっかり検査を受けるようにと初診の時点でお話をしています。MRIや脳波、そして可能ならば腰椎穿刺をして脳脊髄液を調べてもらうようにとお伝え。やはり自分の知らない器質疾患なのかもしれず、また前に勤めていた病院は様々な検査が出来なかったので。。。

 精神科の診断というのはとても曖昧であり、そこが色々と批判を受けるところではあります。特に診断がなかなか分からない患者さんやそのご家族は憤りを感じることも多いでしょう。上記の例を見ても、「これだ!」という診断が出て来ないので。。。ただ、牛の歩みであるものの、精神医学は進んでいます。残念ながら現在はその過渡期なのかもしれまず、心苦しいところではありますが…。そういった曖昧性に付け込む妙なビジネスもあり、それにハマってしまう人々もいるのは残念ですが、ここは精神医学がもっと頑張らねばならないところですね。前述した抗NMDA受容体脳炎は2007年に新たに疾患概念として確立した器質疾患で、今後も統合失調症かと見紛うほどの精神症状を呈する器質疾患が他に見つかってくる可能性もあります。そして、精神疾患の面でも、今後の研究によって説明がつく精神疾患が定義される可能性もあります。それに期待をして、現在出来ることをしていくしかないのかもしれません。。。

 精神科医を始めとして、医療者には『脳に棲む魔物』という本を読んで欲しいと思います。抗NMDA受容体脳炎に罹患した若い女性の話で、彼女は精神疾患や他の神経疾患と間違われて、やっとのことで脳生検までして正しい診断、治療に結びついたという内容になっています(しかも自分自身で書いています)。この辺りは自戒を込めて読まねばならないですね…。診断が難しい患者さんもたくさんいるので。

 ちなみに、この本は原題がBrain on Fireなので、邦訳がちょっとどうかなと思います。このFireは本の中に出てくる炎症という言葉とも絡んできているので、”炎”という言葉は残したほうが良かったかもしれません。直接的な”炎に包まれた脳”という訳が一番伝わるような気がします。他にもごく僅かながら訳に違和感を覚えるところもありましたが、他はとてもなめらかな日本語になっていてストレスを感じません。
Comment:12  Trackback:0
2016
03.08

入れりゃ良いってもんじゃない

 コメダ珈琲店にて、ちょっと気になっていたものを注文してみました。

 じゃじゃん。

RIMG3716.jpg

 見た目は普通のコーヒーっぽいですね。違いといえば、カップの下に紙が敷いてあるところでしょうか。

 しかし、これは何とも名古屋的というか何というか…。

 実は、こんな感じになっているのです。ちょっとスプーンで下の方をば…。

RIMG3717.jpg





小豆!




 飲んでみると…


激甘や!


 いかんですよ、これは…。小豆がほんの少しなら柔らかい甘みなので良いかもしれませんが、結構入ってましてね。。。名古屋人にとって、お味噌や小豆とはいったい何なのだ。名古屋には新潟よりも長く住んでいますが、やっぱり分からんところはあります。

 コーヒーを飲む・小豆を食べる という配分を間違えると、最終的には東京湾のヘドロのような存在感を見せつけられます。

RIMG3718.jpg

 良い感じに沈んでらっしゃる。。。

 このままでは甘さの角が立つ。小豆量を減らせばコーヒーに流される。インパクトを重視すれば窮屈だ。兎角に商品開発は難しい。

 ちなみに下に敷いてある紙は正方形なので、折り紙として使えます。和風のコーヒーと言うことで、そのようにしたそう。”つのこう箱”をつくって豆菓子を入れてみました。

RIMG3719.jpg

 お、なかなか良いんじゃないでしょうか。

 今回は、珈琲豆に小豆にそして豆菓子。何やら豆尽くしではありますが、それぞれの顔が違って面白いといえば面白かったのでございます。
Comment:8  Trackback:0
2016
03.05

根を育てること

Category: ★本のお話
 研修医の先生には、とにかく早めの時期に総論的な内容を頭に入れておくようにといつも言っていました(今はもう研修医の先生と話すこともめっきり少なくなりましたが…)。その”総論”とは、自分はOSと呼んでいる内容なのですが、感染症であれば身体の常在菌や感染の機転や各抗菌薬の特性など、輸液であれば各コンパートメントの組成や有効浸透圧(張度)の概念や輸液製剤の覚え方など、といったもの。そして何より診断学が重要でしょう。

 総論は明日の診療にすぐに役立つわけではないので軽視されがち。マニュアルは当てはまればその場ですぐに使えます。しかし、総論はそうではありません。忙しい研修医はどうしても明日に直結する各論的、マニュアル的な知識を重視してしまいます。自分は、それらが不要と言っているわけではないのです。最後にモノを言うのは各論的な知識になるでしょうし、緊急事態になればマニュアル的にすぐ対応することが大切。総論だけでは何も出来ないという事実も忘れてはなりません。

 しかしながら、各論やマニュアルを活かすのも総論。樹木が大きく育つには、丈夫な根が必要であり、その根に相当するのが総論になると思うのです。ありきたりな例えではありますが。

 でもそんな総論をみっちりと教えてくれる指導医も少ないので、自分自身で学ぶ必要性が高いのが実情。優れた研修病院であればそうではないのかもしれませんが、一般的な病院では疎かになりがち。自分が研修したところもそうであり、自力でやらざるを得ませんでした。でもそのおかげでたくさん読んで調べる力は付いたかもしれません。よって、早いうちに(国試が終わった6年生など、研修医になる前にでも!)総論を叩き込んでおくべし。そして、各論やマニュアルを見る時も、総論を意識しながら「どうしてここでこうなるのか」を考えて勉強すると、1つ1つバラバラだった知識がつながってきます。そうなると覚えるのも早いし応用も利くし、良いことづくめです、たぶん。理屈で物事を考えていくための、土台となる暗記が総論なのかもしれませんね。”暗記”は悪い教育の代表、詰め込みの換言というイメージがある人も多いのですが、何をやるにしても暗記は必要なのです。理解の源泉としての暗記、これこそが総論知識でしょう。

 そして、大事なのは、研修医が終わる頃にもういちど総論をしっかりと学び直すこと。ある程度の各論やマニュアル知識がつながったところで総論を眺めると、また違った理解や新しい発見があるでしょう。総論で挟み込むことにより、研修医が終わってからも活きる知識にランクアップしてくれること請け合い。

 総論の本は良いものが色々出ているので、自分で勉強することが十分に可能です。自分としては、研修医が終わる頃に「”診断学””感染症””輸液””栄養””カルテ記載”の全体像が早めに分かっていればもうちょっと研修医生活もグレードアップできたな…」と後顧していたので、その5項目を押さえましょう。これらはどの科でも必須ですし。ということで、ちょっと以下に役立つ本を挙げておきます。数を挙げればキリがないので、読みやすくて代表的なものを。

 診断学の記念碑的な本には、野口善令先生の『誰も教えてくれなかった診断学』があります。これを読んでから、より臨床的な流れで見る『考える技術』で応用を。感染症では岩田健太郎先生の『抗菌薬の考え方、使い方』や矢野晴美先生の『絶対わかる抗菌薬はじめの一歩』などが良いでしょう。矢野先生の本が薄くて読みやすいですが、2010年の本なのでちょっと新しい薬剤については追えていません。岩田先生の本はVer.3で2012年になっています(結構厚くなりました)。感染症ではもう1冊、大曲貴夫先生の『感染症診療のロジック』もとても良く、自分が大好きな本です。まさに”原則”を1冊で見渡してくれて、読みやすくかつ薄い。この本と、矢野先生か岩田先生の本のどちらかを読んでおけば、基礎はしっかり作られると思います。輸液では薄くてすぐに読めて、かつ有効浸透圧(張度)の話も乗っている、柴垣有吾先生の『輸液のキホン』でしょうか。でも改訂版スターリングの法則(glycocalyxなどを考慮したもの)には触れられておらず、個人的にはそこが臨床で結構重要だと思っているため、追加で勉強が必要になります。栄養は清水健一郎先生の『治療に活かす! 栄養療法はじめの一歩』が分かりやすいかと。しかし、今や常識になりつつあるpermissive underfeedingに触れられていなかったり(出版年を考えるとやむなしですが)、オキシーパ®にちょっと大きな(大きすぎる?)期待をしていたり(これも出版年を考えると致し方ないのですが)、といった点は注意が必要です。読みやすさ、分かりやすさ第一ということで。ちなみに免疫調整栄養剤はEDEN-OMEGAの一連の研究によってかなり疑問符が付いています。それ以前に「ARDSに有効だよ!」と指摘していた試験、特にオキシーパ®の試験はアボット(売っているところ)が資金提供をしていましたし…。その辺りは上乗せで勉強しましょう。これら4項目をまとめた『こうすればうまくいく! 臨床研修はじめの一歩』というのも出ているので、1冊で全体像を見渡したい横着な人はこれでぜひ…(ん?)。最後のカルテ記載は、佐藤健太先生の『「型」が身につくカルテの書き方』がオススメできます。カルテ記載は自分の頭の中で知識がどれだけ整理できているか、どれだけ有機的につながっているかが他人にも分かってしまいます。そして、カルテの書き方を学ぶことは、知識を整理してつなげることにも役立ちます。”型”を知れば、毎日書くことで自分自身の技術がどんどんアップしていきますよ。カルテ記載関連の本は複数ありますが、この本がベストです、たぶん。

 この辺りの本を出来るだけ早めに読んで、総論を学んでおくことが大切。最初はその重要性が分からないかもしれませんが、研修医2年次の終わり頃や、研修医が終わってからの臨床で、「総論って大事だったんや! しかも面白い!」と、その偉大性に気付くのではないでしょうか。自分はそこが病みつきになってしまい、今でも総論関連の本は読むことがあります。特に生理学と絡めたような本は、学生時代の記憶が蘇ってきて「そうやって病態や治療とつながっていたのかぁ…」と膝を打つような感覚が出てきて面白いですよ。先日紹介した田中竜馬先生の『Dr.竜馬のやさしくわかる集中治療』や『人工呼吸に活かす! 呼吸生理がわかる、好きになる』、そしてRichard E. Klabunde先生の名著と言って良いでしょう、『臨床にダイレクトにつながる 循環生理』などは生理学の面白さが伝わります。


註:この記事は、2012年の『総論、各論、マニュアル本』という記事をアップデートしたものです。
Comment:0  Trackback:0
2016
03.02

臨床のワンフレーズ(14):歴史になること

Category: ★精神科生活
 心的外傷の体験を持っている患者さんを外来で結構見かけます。小さい頃に血縁関係のある人から性的なものを含めた虐待をされた、交通事故があって目の前で人が亡くなった、など。ふとした時にその時の記憶が蘇ってつらい思いをしてしまいます。最近は”日常型の外傷”とも呼べるような、コテコテではない身の回りの外傷で苦労をする患者さんもちらほら眼にします。「クラスメートに1回無視されて、それが夜になると思い出されて泣けてきてつらい。その子に会うとどうなるか分からないから外に出られない」など、外傷も随分と様変わりしてきました。ただ、これを精神医学的に外傷と呼ぶかどうかは議論されるべきでしょう。何でもかんでも外傷として片付けるのは思考停止を意味します。

 私たち精神科医は、患者さんから外傷体験が語られた場合、それが「今のこの患者さんにとっては現実なのだろう(心的現実)」と心のなかで思います。これは患者さんだから疑っているというわけではなく、一般に記憶というのは感情と関連しており、また改変されうるものという事実があるからです。私たちにおいてもそれは同じ。家族で思い出話をすると、細部で記憶が食い違っているなんてのは経験するものです。また、その時の感情によって、過去のことをどう考えるかも変わってきます。

 外傷の記憶についてですが、それが現実かどうかを問いただしたり裏をしつこく取ったりということは行ないません。自分は「患者さんはこのように記憶しているんだな」とまず考え、「そんな風に受け止める、いろんな背景事情があるのだ」と思うにとどめておきます。積極的な外傷体験の治療を行なっていれば別なんでしょうけど、そうではないので、掘り起こしてもあまり良いことがないと思っています(そこまでの実力がまだないです)。

患者さん「トラウマって、先生は治療してくれますか?」
自分「治療をしたいなと思うくらいに苦しく思うのかしら」
患者さん「はい」
自分「そうでしたか。ただ、つらいことを話すのは、それだけ自分のこころを切り刻むことになるかもしれません…」
患者さん「逆に良くないんですか?」
自分「スペシャリストなら違うかもしれんけど、つらいことを思い出すと今の○○さんのこころが苦しくなるかなと思うんです」
患者さん「そうですね…。今は話すのが怖くて…。どうやったら治るんでしょう?」
自分「○○さんの言う”治る”っていうのは、どういうことを意味するのかしら」
患者さん「思い出さなくても良いような」
自分「うーん。一切を思い出さなくても済むっていうのは、難しいかもしれません…」
患者さん「そうですか…」
自分「今は過去のつらいことが目の前にやってきて大変な思いをしてますよね。それって、過去が過去として根付いてないことなんだと思ってるんです」
患者さん「そうですね、そんな感じです」
自分「私の目標は、その過去がしっかりと○○さんの歴史になってくれること。思い出しても”そういうことがあったな。でも今は大丈夫だな”と、歴史として眺めることが出来るようになれればと考えてるんです」
患者さん「歴史ですか」
自分「そう。○○さんの歴史の一部になってくれれば。そのためには、まず今の生活が安定することが大事。少しゆとりを持って暮らすことが、歴史をつくる大切な部分だと思います」
患者さん「分かりました」

 良いことか悪いことかは分かりませんが、過去の出来事そのものを変えるのは出来ません。私たちにできることは、その意味付けを変化させる口火を切ること。患者さんのこころに外傷を歴史にできるような下地をつくってもらえるよう、今の生活での安心・ゆとりの場をともに形成していきます。その中で、ゆっくりと患者さんが過去の様々な物事を眺めていけるように援助したいと思いながら診察を続けます。

 ”許す”ということもそうだと思います。患者さんから「私はお母さんを許すことができないんです。他の人は過去のことだから許したら?って言うんですけど…」と話を受けることがあります。人生のその人にしか体験し得ない出来事について、他人が「許せ」というのはもはや暴力でしょう。決してそのように立ち入って他人のアタマで物事を言ってはいけません。だから自分は「許そう許そうと思う必要はない」と言います。湧いてくる憎しみや恨みは、患者さんの抱く大事な感情。それに嘘をつこうとするととても苦しいのです。そうではなく、その感情があるということをまず認めましょう。消そうと努力する必要はありません。それとともにあることから始めます。そして、昔あったことが歴史の1ページになるように、患者さんの今の生活の”あわい”をゆとりあるものにしようと私たちは腐心します。

 ちなみにお薬ですが、フラッシュバックには神田橋処方(四物湯やその派生+桂枝加芍薬湯やその派生)や柴胡剤を用いています。他には、アリピプラゾール(エビリファイ®)のごく少量やラモトリギン(ラミクタール®)やトピラマート(トピナ®)も有効な時がありますね。ベンゾジアゼピン系は逆に良くなくて、フラッシュバックを多発させる印象を持ちます。実際に、PTSDや直近の外傷に対してベンゾを用いると症状が悪化するという報告もあるんですよ(Guina J, et al. Benzodiazepines for PTSD: A Systematic Review and Meta-Analysis. J Psychiatr Pract. 2015 Jul;21(4):281-303.)。もちろんアルコールも禁止。患者さんは忘れよう忘れようとしてアルコールに浸ることがあるのですが、これは実は逆効果。しっかりとやめてもらいます。
Comment:8  Trackback:0
back-to-top