2014
12.29

PTPとこころくばり

 お薬を処方されたり買ったりした時、多くの場合はアルミのシートに1錠ずつ入っていて、それを押し出して取りだすタイプの形です。これをPTP(Press Through Package)と言います。言葉で説明しても自分でもあんまり良く分からないので、実物がこちら。

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 良く見ますね。で、これなんですが、線の入っているところでシートを切ると、こんな感じ。

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 このギラリと妖しく光る、カクカクっとしたところが結構痛くてですね、「むむむ…」と思うのでございます。ちょっと優しくない。

 しかし、世の中には配慮をしくれている薬剤もあります。例えばコレ。

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 ちょっと”くびれ”がありますでしょ。シートを切ってみると…

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 お、あんまり痛くない。この丸みを帯びたシートには、並々ならぬ患者さんへの愛情を感じるんです。調剤をする薬剤師の先生にも優しいですよね、チクッと来ないので。

 しかしこんな風にちょっとした工夫をしてくれている薬剤は多くなく、ほとんどは一般的なくびれなしのカクカクシート形式になっているのでございます。

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 ちなみにペラペラなアルミで包装されているのもあり、これは痛くないですがちょっと開けづらい感じ。

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 高齢患者さんはこのシートごとお薬を飲んでしまったり、子どもはこのカラを飲んでしまったりという事故が起こることがあります。この角ばっているところが食道を突っついて穴を開けてしまうこともあり、注意が必要ですね。丸みを出した優しいシートでもそれは完全に防げず、患者さんにお薬を取りだすという説明と、親御さんにはそういう事故が起こる可能性があると言うのを知ってもらうことが大事。

 ちょっと話がいつものように逸れましたが、シートを割線で切った際の優しさにハナマルをあげたいのでした。実際は製薬メーカーがどういう意図でそんな形にしたのか分かりませんが。
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2014
12.27

臨床のワンフレーズ(4):不安を不安として

Category: ★精神科生活
 「この症状さえなかったらしたいことが出来るのに…」という患者さん。

 不安がなかったら…、うつなんてなかったら…、確かにこれまで症状に悩まされてきて、これがなかったらと想像してしまうのも無理からぬこと。

 しかし、本当にそうでしょうか?

 不安を経験しない、うつを経験しない人間は存在しません。患者さんはついマイナスの症状をすべて無くしたくなり、それが果たせないと自由を手に入れられないと考えてしまうことが多いです。とはいえ、それが非現実的であるのは論を俟たないでしょう。みんな「つらいこともあるけれど、明日も一日なんとか生きていこう」と思って過ごしています。ハッピーだけの人生はありえません。

自分「不安さえなければ、と思っているんですね」
患者さん「はい…。不安でどうしようもなくて、それで何も出来ません」
自分「確かにこれまでの状況を考えると、そう思うのも頷けますし、その中でとても頑張っていると思います。でも、知っておいて欲しいのは、不安そのものは決して悪いもんじゃないということです」
患者さん「…?」
自分「不安とか恐怖があるからこそ危険を回避して、人間って生存競争を生き残ってきたとも言えるんです。ヘビやライオンが近くにいてもぼーっとしてたら食べられてしまうでしょう。だから、不安も人間の大事な感情の1つ。それがなくなるということは、人間らしさを失うことかもしれませんよ」
患者さん「…」
自分「ただ、今はその不安が大きくて、それにとらわれてしまうと、頭のなかを巡って大変ですよね」
患者さん「そうなんです。どうしようどうしようって」
自分「それをなくそうと頑張れば頑張るほど、気づいたらもっと強い不安にはまっているような」
患者さん「ホントにそうです」
自分「不安をなくそうとすると逆効果になるんですよ、実は。だから、不安を不安として、悲しみを悲しみとして受け止める。これが大切なんです」
患者さん「不安を不安として、ですか」

 症状というのは不思議なもので、なくそうとすればするほど強くなり、とらわれが増してしまいます。

ループ

 そうではなく、症状を症状そのものとして見つめることがとても大事になってきます。”そのもの”っていうのは余計な修飾が加わらないこと。それ以上でもそれ以下でもない。ちょっと抽象的な話なので更にたたみかけます。

自分「不安はそれ以上でもそれ以下でもないんです。だから、○○さんの行動を完全にコントロールすることは出来ないんですよ」
患者さん「うーん、気を逸らせば良いってことですか?」
自分「あ、それとは違うんです。気を逸らすのは、まだ症状と戦っている証拠。目指すべきは、症状があっても目的とする行動ができることです。症状がある状態で、それを受け入れながら行動する」
患者さん「難しいですよね…」
自分「難しいですよ。でもこれまで症状と戦って全戦全敗なので、そろそろ戦わない方法をつくっていきましょう」
患者さん「はい。これまで不安と戦って結果を出そうと焦ってました」
自分「ですね。結果を出そうとするのも戦ってしまっている証拠」
患者さん「結果を求めなくて良いんですね」
自分「そうですね。不安と行動は別です。不安があるから行動できないと考えるのか、不安があっても行動しようと考えるのか。実は、選ぶ自由っていうのが○○さんにあるんですよ」
患者さん「あ、そうなんですか。選べるんですね」

 症状へのとらわれが強いと、それは行動をも左右します。そのとらわれを何とかして緩めるのが、治療の最たる目標になります。それには、症状との戦いを放棄するのが一番で、共存というと大げさかもしれませんが

”症状があっても行動は出来る”
”行動するかしないか、選択の自由は患者さんが持っている”

 ということを意識してもらいます。

症状は症状

 そして、どんなに小さなことでも良いので、行動を実際に起こしてもらって小さな自由を少しずつ得てもらいます。最初は失敗することが多いのは予めお話しして、行動を起こすことそのものが大切だと印象づけましょう。それまでは行動を起こせなかったわけですから、失敗しても実際に行動してみた/しようと思ってみたというのはとても大きな前進。ちょっと宗教がかって嫌かもしれないですけど、ヴィパッサナー瞑想を勧めることもあります。症状をありのままに受け止める練習として。アクセプタンス&コミットメントセラピー(ACT)では、”小川のエクササイズ”が代表例。

 こんな風にして、症状と一体化したこころをほぐして、症状を見つめることができるように絶えず働きかけます。症状を漂わせておく、泳がせておく、そんなイメージ。

 また、症状があるという状態で、行動をするかしないか。それは患者さんの”自由”である。これはお伝えすると意外な顔をされる患者さんが多いです。意表をつくというのはこころに残る発言であり、タイミングが合えば診察室の外でも十分に響く言葉になると思っています。ただ、裏を返しちゃうと「好きこのんで症状にしがみついている」という受け取られ方にもなるため、侵襲的になってしまう場合もあります。あえて「今のあなたは自ら不安にしがみついているようにも感じちゃうんです」と話す時はありますが、かなり治療の場がぐらつく一言になるので時と場合を選んで口にすべき言葉ですね。。。ということで、今回のワンフレーズには題名の他に”選ぶ自由はあなたにある”というのも入ります(注意して使うのが前提)。
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2014
12.25

何にしようかな

 クリスマスイブは、勤めている病院の看護師さんからおすそ分けケーキをいただきました。しかもチョコレートのプレートがあるやつ。お昼休みに医局でぱくり。

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 自宅ではお夕飯をどうしようか、ということでイオンをぶらぶら。

 鶏さん発見。これって…

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土下座してるように見えますね


 それはそうと、そんな大物を調理する腕はないので、今回はこちら。

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 カキ鍋をしようと思い立ったわけです。クリスマスイブにお鍋というのはあんまり風情を感じないかもしれませんが、まぁ美味しいからいいのです。

 しかも、今回は通常一袋しか買わないカキを二袋! 倍量投与ですよ!!

 白菜や人参や葱らとともに、多剤併用。

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 近くでパシャリと。

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 火を通す。

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 クリスマス特別仕様で、タラも処方!

 いただきまーす。

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 どん。

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 んまい。メリークリスマスでした。
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2014
12.23

臨床のワンフレーズ(3):キーを回す

Category: ★精神科生活
 うつ病の患者さんには「はげましてはいけない」と良く言われます。これは一部正解であり一部不正解でして、時期によって異なります。

 患者さんの緊張感や焦りが強い時、もしくは診察で対峙していてこちらが緊張したり焦ったりする時、そんな際はまず身体もこころもしっかりと休んでもらうことがとっても大切になります。例えるならば、ガソリンが少ない状態で無理して走ろうとふかして空回っているために、まずは空回りをやめてもらってガソリン補充を第一の目的とする、そんな感じ。仕事への意識が強い患者さんには「こうやって休むことが今のあなたにとっていちばん大事なお仕事です」と最初にお話ししておきます。

 この時期にはげまして頑張らせると、少ないガソリンを更に消費してしまうとイメージすると良いかもしれませんね。まずは給油が大切になってきます。個人的には、本当にガソリンが少なそうな患者さんには漢方薬の補気剤を少し多めに抗うつ薬にプラスして処方しています。

 給油がなされてきたなと医療者が思ってきたら、今度は少しずつ活動をしてみる時期になります。その移行期は、前述の緊張感や焦りが緩まってきたり、医療者も診察で少し余裕が出てきたりした時。患者さんのちょっとした仕草や表情や格好などが診察室での良い指標になり、また日常生活を語る様子も参考にします。優雅さ(グラツィエ)が出てくることを改善の証とする、なんて表現もなされますし、自分は「ヒマを味わえるようになりました?」と聞くことも。ヒマな時に「ヒマだ!何かしないと!」と焦っている段階はまだ早いかなと思っていて、「ヒマだな~」と、ヒマをヒマとして味わう感覚が出てくると、だいぶこころにゆとりが出てきたなと感じます。

 しかし、うつ病で厄介なのが”おっくう感”なんです。これは最後まで残ることがあり、あと一歩抜け出ずにじりじりすることも。患者さんは一様に「何かやろうっていう意欲が出てこなくて…」と話します。

 この「意欲が出ない」というのが強敵。活動してもいい時期なんですが、意欲が出ずにいたずらに時が過ぎると患者さんの中に再び焦りが顔を出してきます。

 この時に大事なワンフレーズが


キーを回す


 という比喩。こんな感じで使います。

自分「これまでガソリンをしっかりと補充してもらいました。いよいよ動き出すんですが、意欲がなかなか出てこなくてつらい時期ですね」
患者さん「はい…。何をするにもおっくうというか意欲が…」
自分「何をするにも意欲が出てこない」
患者さん「そうなんです」
自分「○○さん、意欲が出てくるメカニズムって知ってますか?」
患者さん「メカニズムですか? いや、分からないです」
自分「実は車と一緒でしてね。車ってどうやって動きます?」
患者さん「エンジンが動いてアクセル踏んで…」
自分「その前にすることは…」(ここでクイッとキーを回す仕草)
患者さん「あ、キーを回しますね」
自分「そうなんですよ。車って待っていても動かないでしょう。動かすには、キーを回すんです。そして、意欲も同じ。意欲はエンジンですから、意欲を出すにはキーを回す」
患者さん「キーを回す…」
自分「つまりは”やってみること”がとても大事です。行動の果てに意欲が出てくる」
患者さん「行動の果てに出てくるんですか」
自分「そうです。意欲が出るのを待つんじゃなくて、行動し続けることで意欲が引っ張られて出てくるんですよ。行動することとキーを回すことが同じなんです」
患者さん「そうなんですね。分かりました」
自分「ただ、キーを回してエンジンを入れるにはかなりガソリンを使います。だから、最初に行動する時は特にしんどいという患者さんが多いです。しかし、そこをくぐり抜けてこそ意欲が出てきます。そうすると後は意欲に乗れますよ」

 このようにお伝え。行動が大事であり、意欲はその果てに出てくるものというのをお話していきます。「意欲を出すために行動するんですよ」ということですね。車に乗らない人には自転車という例えでも良いでしょう。待っていても自転車は動かないので、こいでみるということが重要。最初にこぐ時はよいしょって力を入れる、その後はスーッと走れますね。そのこぐということをトライしてもらいます。最初は苦しいですが、トライし続ける事こそに意義があるんだと診察のたびに表現を変えてお話していきます。

 休息からキーを回して活動の維持へ。意欲を出すには、出るのを待つのではなく実際に行動を起こしてみることが何よりも重要なのでございました。
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2014
12.21

勝利を実感した

 選挙があった時に、千種区のとある小学校に行ってきました。

 そこで見た銅像。

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 ”はばたき”という題ですが、個人的には


「ぼくのヒコーキ返してよー(泣)」
「とれるもんならとってみろー」



 と見えてしまいます。。。いやー、人生重ねて荒んできましたな。

 投票を終えて、ぶらぶらと。

 すると、こんなものが!!

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 河合塾 千種ビクトリーブリッジ


 あらー。なんかすごいことになってますね。

 河合塾は名古屋市を本拠地としております。その河合塾が持つ”ビクトリーブリッジ”。直球勝負な名称でございます。

 このうねり。受験生時代の激流を思わせます。

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 レリーフもばしっと決まっております。

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 昇るとこんな入口。

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 河合塾に飲み込まれてしまうとそれはもうビクトリーではないような。。。

 何とかそのダイソン並みの吸引力をかいくぐって橋を進み、風景を見渡します。

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 おぉ、これが勝利した者が見ることのできる景色か(曇ってるけど)。向かって左にまた別の予備校があるのもちょっと風刺が効いているようないないような。

 ということで、お散歩で身近にて新たな発見をしたのでした。
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2014
12.18

雪ですねぇ…

 名古屋は昨日が強風。そして今日はなんと雪が降っています。

 朝で20cmくらい積もったみたいですよ。雪を見るとちょっと地元を思い出しますが、内地でこんなに降らなくても…とも考えてしまう。そんな地元も何やら凄いことになっている様ですが、ご無事でしょうか。

 名古屋の交通機関もやや混乱気味。JRは天気に弱く運行に遅れがたびたび出ますが、今回は天下の名鉄にも影響が出ている様です。なんと。

 し か し …




予想して病院に泊まった自分に死角はなかった




 はっはっは。うーん、悲しい社畜や。

 ちらっとだけ、「今日、雪で外来患者さん少ないんじゃ…???」と思ってしまったことは内緒です。でも仮に今日少なくても後日の外来がその分予約取り直しで増えるんですけどね。。。



 あ、でも今ちょっと晴れてきましたよ。
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2014
12.16

臨床のワンフレーズ(2):困った時はお互い様

Category: ★精神科生活
 ”自立”という言葉はよく耳にします。私たち精神科医は、患者さんに自立した生活をしてもらうことを大きな目標として診療に当たります。

 ただし、ちょっと注意が必要です。「人に頼らなくても良いように自立したい」と話す患者さんもいるように、何でも自分1人でやれるようにすることを”自立”と考えがち。しかし、そうなると”孤立”まではそう遠くなくなってしまいます。真の自立とは”健康的に依存しあえる”ことでありましょう。これすなわち…

自分「○○さん、自立したいって気持ちは確かに大事かもしれませんね」
患者さん「そうなんです」
自分「○○さんの言う”自立”って、どういうイメージ?」
患者さん「え、誰にも頼らずに一人で何でもできるようにって…」
自分「一人で」
患者さん「はい」
自分「一人で何でもしなきゃいけない。うーん、それって”孤立”になりませんか?」
患者さん「あ…」
自分「これまで一人で何でもとがむしゃらにやってきて無理が昂じてきたんじゃないかしら。それが繰り返されているようにも見えちゃうんです」
患者さん「…」
自分「失敗しない人はいませんよ。その時に失敗から色々学んでいって次につなげることがとても大事。今のあなたに必要なのは何だろうか」
患者さん「うーん…。頼ること…?」
自分「そうね。頼るべき時に頼るのってすごく難しくて勇気のいるだけど、あなたが一人で頑張り過ぎないために覚えておいて。”困った時はお互い様”というこころよね」
患者さん「そうですね…」
自分「自分で何でもやろうとするとこころがいっぱいになるんじゃないかしら。抱えられない分は他の人に助けてもらうことも大切かなぁと思ってるんです」
患者さん「はい」

 これくらい強く言うことはあんまりありませんが、自立と孤立とを間違えてはいけません。つらくなった時にはヘルプを出せることが重要であり、患者さんには「これまで頑張りすぎていたところがあったかもしれません。だから、今後は”困った時はお互い様”という気持ちで行きましょう。限界になる前に助けてと言えるようになることが目標です」というマイルドさでお話することが多いです。もちろん、相手が困った時に手助けすることも大事。”限界になる前”に助けのサインを出すようにと言うのも重要で、”限界になったら”では遅すぎると思います。転げ落ちる手前というのがポイント。

 ”健康的な依存”と言ったのにも理由があり、依存にも”いい依存”と”悪い依存”があるんです。土居健郎先生の仰る”いい甘え”と”悪い甘え”ですね。”甘やかす””甘やかされる”のではなく”甘えられる”というイメージを持つのが良いかもしれません。重い荷物を持っていて腕が限界なら、少し預けることが出来る相手がいること。誰かが重い荷物を持っていたら、「少しの量で良いのなら持てるよ」と自分から言えること。そんな関係性が孤立を防ぐんだと思います。
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2014
12.12

色づく鶴舞公園

 11月の終わりに、鶴舞公園を散策。明治神宮外苑、若宮大通と来て、ホームグラウンド(?)である鶴舞公園。少し寒くて澄み切った雰囲気が素敵でしたよ。ただ、晴れたり曇ったりだったので、それがちょっと写真にも影響してます。

 まずはいちょうから見て行きましょう。

 山吹の世界に迷い込むハトさん。

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 落葉の境界。

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 一面のいちょう。光と影のコントラスト。

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 ずっと拡がる。

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 黄金色の中の紅色。

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 青空を見上げるいちょうさん。

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 まさに秋色です。

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 お次はもみじを眺めます。

 ザ・もみじ的な。

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 橋の前の紅葉。

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 様々な色が重なって、1つの風景になっていますね。

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 光が透ける紅葉。輝いています。

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 初秋の名残とともに。

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 松とご一緒。

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 鶴々亭の門を彩る。

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 大きめのもみじさん。

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 竜ヶ池。おや…?

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 カルガモさん発見。水面に映る紅葉を揺らして進みます。

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 竜ヶ池にかかる紅葉は、もみじの中で最も紅が濃く、秋色が映えます。後ろに佇む柳の緑が優しくて合いますね。

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  少し陽が強くなったので色合いが異なりますが、この傾ぐ様がまた良いものです。

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 岩と池と。

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 撮る角度によって、力強くも見えます。

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 音楽堂と。

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 この音楽堂の柵には音符があしらってあり、君が代のメロディーになっています。

 寒椿。

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 ピンクの色が、寒い季節を緩和してくれるような、寒さを透き通らせてくれるような。

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 もみじを遠くに眺めて。

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 どうだんつつじも良く染まってますね。

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 松と紅葉。

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 この紅葉、染井吉野なんですよ。桜は秋も魅せてくれます。

 猫ちゃんも秋を味わう。

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 さんざし。

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 北原白秋の『この道』にも出てきていますね。しかし、もさっとし過ぎているような。。。 

 らせん状に実がなっています。DNAの2重らせん構造みたいな。

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 柳の木を下から覗いてみました。垂れ下がる感じが出ているでしょうか。

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 歩いていると、一段と目を引く紅葉。

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 あら、すごいですな。もみじさんじゃないですね。調べてみたら、”はぜのき”というそうです。 

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 とても綺麗。俳句では、こんな風に色づいたハゼを”櫨紅葉(ハゼモミジ)”というんですって。なるほど納得。

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 すすきも秋ですよねー。

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 遠く空に昼のお月さま。

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 生命映える緑、やわらかな山吹、寒空に頬を染める紅。

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 秋をまとった鶴舞公園。しかし最後は安定感抜群のソテツ様なのでした。

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2014
12.10

臨床のワンフレーズ(1):神経が疲れた

Category: ★精神科生活
 今回から不定期に、自分が臨床で使っているフレーズをちょこちょこと挙げていこうと思っています。というのも最近忘れっぽくてですね、備忘録的な…。患者さんにかける一言というのは結構大事なもので、適切なタイミングで放たれた言葉は患者さんのこころにぐっと来るようです。中には「先生があの時に言ってくれたあの一言が良かったです」と話してくれる患者さんもいますが、自分は「あれ、そんなこと言ったっけな」と思いながらも、うんうんと頷いているのでした(おい)。

 自分の使う言葉は、メタファー(比喩)が多めでしょうか。ちょっと記憶に残りやすいような感じがしていて、診察室の外の日常生活でも患者さんに働きかけてくれることを期待して用いています。同じ内容を異なる言い回しで複数回伝えるというのも良いですよね。精神分析的な見方をして転移解釈とか直面化とかを行なうというのはほとんどありません(というか、出来ない…)。誰でもできる、患者さんを勇気づけて「人生いろいろあるけど何とか生きていこう」と思ってもらえるようなフレーズ。それを目指して診療をしてます。

 誰でもできる/言える、というのがポイントで、小難しいことは抜きです。もちろん薬剤治療を行なうというのを前提としていますから、大きな効果を狙ってはいません。

 ということで、今日は”神経”という言葉。日本語の”神経”はnerveの訳語ではありますが、意味となるとちょっと異なってくるようにも思います。もちろん専門用語としての”神経”はnerveに対応してますし、精神科的には”神経細胞”のneuronを思い浮かべます。

 しかし、日常語の”神経”はどうでしょう? 診察の中で自分が使って患者さんにも納得してもらえる表現は


神経が疲れた感じ


 というもの。うつ病の患者さんや統合失調症の急性期が過ぎた消耗期の患者さんにこの言葉を使って聞くと、とても納得してもらえます。他にも「神経がすり減る」「神経が参っちゃう」「神経が緊張する」とか、良くなってきた表現として「神経がほぐれる」「神経が休まる」「神経が楽になる」などなど。”神経”を使った表現は患者さん側にストンと来るものがあるようです。統合失調症の消耗気の患者さんを例に出すと

自分「どうですか?」
患者さん「いやぁ、ちょっとやる気が出なくて部屋で横になってることが多くて…」
自分「ちょっと神経が疲れたような感じでしょうかね」
患者さん「あ~、そう、そんな感じだ」
自分「あの時は逆に神経がピーンと張ってましたでしょ。頭の中が忙しくて」
患者さん「うん。大変だった」
自分「それだけ緊張してたんですから、今は神経が疲れる方が自然だと思いますよ」
患者さん「そうかい?」
自分「そんな気がします。だから疲れた神経を休めるのが大事。お部屋で横になるのは良いことかなと」
患者さん「そうかぁ」
自分「神経の疲れが取れてきたら、また少しずつですね」
患者さん「分かった。ありがとう」

 こんな感じ。統合失調症の急性期は”頭の中が騒がしい””頭の中が忙しい”とも表現されます。神経が張る/緊張するというのを同列にして、そこから神経が疲れるのは自然の成り行きであるとつなげて、消耗期はその疲れを取るために心身ともに休むことを肯定します。

 この”神経”でふと思ったんですが、日常語の”神経”は、器質の代表格である”脳”と、とらえどころがないけれどもみんな持っている機能としての”こころ”の中間にある存在ではないかな、と。自分が脳とこころを分ける二元論を推奨しているわけではありません。ただ、一般的には”脳とこころは共通しているところとどこか別なところがある”というイメージがあるのではないでしょうか。

 ”神経”という日常語は、ちょうどその両方の意味を持つというか、脳とこころの重なり部分であるような印象を持っているんです。だからとても患者さんに説明しやすく、患者さんもこのファジイな言葉を受け止めやすいんじゃないかなと想像。もちろん、個々の患者さんでその比率は異なるでしょうし、人によっては”神経”と聞くと完全に”気”とか”こころ”と同一視しているかたもいらっしゃるのは事実。そこは注意が必要でしょう。

 そんなこんなで多用しているんですが、「ははぁ」と思ったのが、この”神経”という言葉そのもの。これは杉田玄白先生たちが解体新書を翻訳する時に、”神気”と”経脈”とを合わせてつくったnerveの訳語なんでございます。だからこそ、物質も気も流れるイメージがしっくり来るんですね。そこから”脳”と”こころ”の両者にまたがる感覚があるのでしょうか。

 ということで、”神経”という言葉を診察で使うと患者さんと理解の共有がしやすくなる場面に遭遇します。
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2014
12.09

抗核抗体はいたずらに測らないこと

研修医「不明熱の患者さんなんですけど、膠原病も考えて抗核抗体測りました! 陽性かくにん! よかった」

 こんなことを言う研修医がいます。

自分「確かに不明熱だとそれは考えるけど、膠原病って言ってもたくさんあるよねぇ…。どんな膠原病を狙って測ったん?」
研修医「うーん…。何となく測ったんですけど。でも陽性だし、膠原病はありまぁす!」
自分「ほ、ほー。それは本当にそう言えるかしらね。甲状腺疾患でも陽性になるよねぇ。悪性腫瘍でも陽性になるよねぇ」
研修医「うぅ…。そうなんですか」
自分「そうよー。測るのは検査特性ってのを知ってからだねぇ。振り回されずに済むよ」
研修医「はーい…」

 いじめているわけじゃありませんよ。。。本音を言うと「調べもせずに測るんじゃねぇよ」と小突きたくなりますが…。自分も若い時は血気盛んでございました。

 で、この抗核抗体ですが、基本的にはSLE(全身性エリテマトーデス)を除外するためのもの、と考えましょう。SLEでは95-100%陽性になり、裏を返すと陰性の場合は著しくその可能性が低くなります。他の膠原病では、全身性強皮症が60-80%で陽性になるので、陰性であればまずまずでしょうか。

 他の疾患については残念ながら微妙です。結果次第でそんなに検査後確率が変動するわけでもなく…。大した働きはしません。しかも健常人でも最大で30%ほどは陽性になってしまう。以下の図を見てもらうと話が早い(引用文献は古いですが)。

抗核抗体

 膠原病は様々な症状を呈します。やっぱり年齢や性差を加味した上での病歴と診察が大事で、これらでベーチェット病にせよ成人still病にせよ検査前確率をどのくらい見積もれるか。所見そのものも軽微なものが多いため、疑ってかからないとスルーしてしまうことが多々あります。膠原病が得意な医者は、非常に精緻な思考をする優れた医者だと思いますよ。ちなみに精神科領域では「若い女性の精神症状ではSLEを疑え」という格言が昔々からあり、この除外のために抗核抗体を測定するのは非常に合理的でしょう(SLEは精神症状で発症することもあるのです)。今なら他に抗NMDA受容体脳炎も鑑別に挙がりますね。

 ということで、抗核抗体の見かたでした。自分はSLEを除外する時以外は測らないようにしてます。陽性になると変に気になっちゃう。
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2014
12.07

若宮大通いちょう並木からの…

 明治神宮外苑のいちょう並木をこの前は見に行きました。連休ということもあり結構人が多くて大変でございました。翻って名古屋ですが、ここにもいちょう並木があり、若宮大通というところ。

 ここの良いところは人でごった返さないという点でしょうか。並木そのものも明治神宮外苑のものより長いですし。ただ、色んな意味で整備されていないので、観光客の方々がこれを目当てにやってくるってのはあんまりなさそうな感じ。

 ということで、11月下旬にふらふらっとお散歩に行ってきました。

 ずらーっと並んでおりますよ。

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 ね、結構良い眺めでしょう。

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 いちょうはつづくよどこまでも。

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 黄金色の葉を揺らす。

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 紅葉だって見えますよ。

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 紅葉側から。

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 歩いてちょっと疲れたので”やば珈琲店”で休憩。ここはおにぎりとナポリタンがメインというちょっと不思議な喫茶店です。

 昔ながらのナポリタン! と、おにぎり。

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 その実、いちょうではなくこれが目当てだったのはうすうす気づかれていることでしょう…。名古屋のナポリタンは鉄板に乗せられて、かつ溶きたまごを流しているという点で独特。このお店の赤ウインナーも懐かしいものです。合成着色料使ってるって分かってますけど、一度くらい大目に見てくださいまし。

 ナポリタンとおにぎり2つのセット。ナポリタンはSサイズにして、セットで610円。Mサイズならプラス100円、Lサイズならプラス200円。Lサイズは何か恐ろしい量らしいです…。

 ではでは、いただきます。

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 うむ、んまい。

 ケチャップが良い味を出してます。甘めで、たまごの優しさが包んでくれているような。

 おにぎりは小と大とがあり、これは小で手のひらサイズ(単品なら各80円~)。

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 美味しかった。ごちそうさまです。

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 その後、ふらっと久屋大通に。といってもやば珈琲店から横断歩道渡ればあるんですが。

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 ちょっと遠くにテレビ塔が見えますね。夜になると色々とライトアップで綺麗ですよ。

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 ということで、名古屋のいちょう並木もなかなかなものです。鶴舞から歩いて行って、やば珈琲店で休むも良し、もうちょっと行って大須で遊んでも良し。
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2014
12.05

髪を切って言葉を考えた

 ちょっと前になりますが、久々に髪を切ってきました。結構美容院って値段しますよね、もったいなくてあんまり行きません。

 いつも美容師さんに言うのは「半年切らなくても良いようにしてください」というセリフ。ちょっと苦笑されまして、かつ自分は髪が伸びるのが早いみたいで、半年はもたずに5ヶ月位で切ってはいます。

 その日はこんなやりとり。

美容師さん「毛先が重いですよね」
自分「そ、そうですね」
美容師さん「だから今日はレザー(と聞こえました)っていうカミソリで最初に剃ったんです。そうすると髪が伸びても毛先が軽いままなんで」
自分「(あ、そ、そうなんですかぁ」


何ですか、毛先が重いって????←本音


 しかしさらりと当然のように言われると何だか「知りません」とも言えず、同調しておきました…。毛先って重くなるんですか? 剃ると軽くなるんですか? うーん。

 思うに、髪がもっさりしているような感じ? 仮にそうだとしましょう。美容師さんは「毛先が重い」と表現し、自分は「もっさり」と表現する。表現される現象は1つのものですが、言葉は異なる。これは言語学の基礎知識的なものでございます。概念(シニフィエ)を表現する言葉(シニフィアン)は常に同一ではなく、そういった表現と概念との間には必然性はなく、いわばちょっとした約束事みたいなもん。これを言語の”恣意性”と言います。美容師さんの文化圏での約束事と自分の文化圏での約束事は異なるということを如実に示した好例でしょうか。
恣意性
 そして更には、自分は髪を切ることに関して無知でして、理美容関連の用語はほぼ知りません。美容師さんは彼らの文化にいるため、言葉として小さな概念の差異も明らかにします。自分は”切るといえばカット”しか知らず、とにかく何でもカットという言葉を当てます。しかし、カットの仕方にも色々なものがあるようで、ちょっと調べてみたら”ブラントカット”とか”インサイドカット”とか”ウィーブカット”とか、何だかたくさんありました。髪を切るという混沌とした事象を、その専門の人たちは実に多くの言葉で切り分けます。これを言語の”分節性”と言います。卑近な例では虹もそうですね。日本という文化では7色ですが、他の国は5色とか4色とか様々。でも虹ってスペクトラムですから、本当はそんな風にスパッと分かれない。赤や橙という言葉が分節しているのです。蝶や蛾もそうです。日本ではこの2つは明確に区別されますが、フランス語ではどちらもpapillon(パピヨン)です。
分節性
 髪を切ってもらっている最中にこんな事件に遭遇し「これって、医者の問診でも同じだよなぁ…」と思い巡らせて。問診でもこのように言語学の知識があると、より敏感になれると自分は考えています。もっと言ってしまうと、疾患というのも言語学の恣意性や分節性で切ってみると面白いですよね。特に精神疾患はそうでしょう。

 ちなみに、センター試験現代文(評論)はよくこの言語の基本的なことを聞いてきますし、聞かれなくても知識として持っておくと便利。なんとこの記事は受験生にも配慮されていたのか!

 あ、もちろん専門家の方々や詳しく勉強された方々からすると自分が誤解している部分があると思います。大まかなものとしてお許しくださいまし。
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2014
12.01

首都に一泊:2日目の後半

 さて、本懐である明治神宮外苑のいちょう。

 JR中央総武線に乗って、信濃町駅で降ります。すると…。

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 お、ここですな。

 噴水池周辺で、ちょうど”いちょう祭り”が行なわれておりました。屋台の数も多くて、人もたくさん。立錐の余地もないとはまさにこのことか。

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 うわぁ。

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 うわぁ。。。

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 あ、神宮球場。

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 せっかくなので、オムそばともつ煮を購入。600円と300円だったはず。

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 オムそば近影。

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 いただきます。

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 ちょっと冷めてた。

 続いては、もつ煮。

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 ぱくっと。

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 塩味が結構効いておりました。身体が暖まりましたな。

 さぁ、いちょうを見にいちょう並木のところまで行こう、と思ったら、お団子発見。

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 きらりと輝くみたらしさん。

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 んまい。

 さて今度こそいちょうを見ましょう。着いた時はまだ明るかったけど色々食べてたら少し暗くなってきてしまった。

 わ、人が多い…。

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 意を決して中に入る。

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 見上げるいちょう。

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 降りたいちょう。

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 綺麗なものでございます。

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 こんな感じの並木路が300m続きますよ。

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 時期的に少し早かったでしょうか。まだ初秋の余韻を持ついちょうがちらほらと。

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 というか人が多くて驚き。平日なら少ないらしいですが、やはり三連休の力は偉大であった…。今の時期は新宿御苑もいちょうが綺麗に色づいている様です。

 ちなみに、いちょうだけなら名古屋の若宮大通にあるいちょう並木も良いですよ。屋台もないし整備されているとは言い難いですが、人もいないからゆっくりと見られます。鶴舞公園も素敵ですし、今度アップしましょう。

 さてさて、本懐を遂げて駅に戻り、後は帰るのみ。ちょっと時間があったので、紅虎餃子房の肉まんとカレーまんを食べてみました。

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 パカっと。

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 こちらカレーまん。 

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 結構からくて、しょっぱい。トゲを感じますな。

 スタンダードな肉まんは、カレーまんの後に食べたためかマイルド。年をとって落ち着きを見せてきた中年男性みたいな(何それ)。

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 帰りの新幹線で夕食(ゑびすDaikokuのお惣菜)。東京駅の大丸で買いましたが、もちろんタイムサービス。定価じゃ買えないですよねー。 

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 そして、夜10時過ぎに帰宅。疲れて帰ってすぐに寝てしまった。

 翌朝、おみやげに買った東京ばな奈シリーズの”「銀座のモンブランケーキ」です。”をのそのそと食べてみる。

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 一個がこんな感じ。

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 パカっと割ると、モンブランクリームとキャラメル風味のカスタードクリームが見えます。お日様の光が入ってちょっと見づらくなってしまいましたが。

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 うむ、んまい。

 東京への一泊二日は結構慌ただしく、そして色々食べてかつ見て過ごしました。もう少し休みが取れれば新宿御苑とかも見られたんでしょうけどね、浅草とかも行ってみたかったですし。また機会があればということで。
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