2014
09.29

高血圧は必要なときもある

 今回はまじめな話題。論文を1つ眺めてみました。

van Vliet P, et al. NT-proBNP, blood pressure, and cognitive decline in the oldest old: The Leiden 85-plus Study. Neurology. 2014 Sep 23;83(13):1192-9.

 血圧が高いと、医者は下げにかかります。しかし、超高齢者(85歳以上の the oldest old)において、低い血圧というのは逆に認知機能低下につながることが示されてきています。心機能が低下してしまうと脳へ送り出される血液も少なくなってしまいます。血圧が低ければそれに拍車がかかるというのは想像に難くありません。

 上記の論文は、NT-pro BNPという心不全のマーカーと収縮期血圧の2つを見ながら、85歳に達した患者さんを5年間追跡したもの。結果は、NT-pro BNP高値と収縮期血圧低下傾向が組み合わさった際に、MMSE(認知機能を見るテスト)の点数が低下していった、ということになりました。

MMSE bnp bp

 この論文では、NT-pro BNPがlow(20.8-200.9)、medium(202.7-549.3)、high(552.9-28362.7)の3つに、収縮期血圧も同様にlow(110.0-146.5)、medium(147.0-161.5)、high(162.0-215.0)の3つに分類されています。

 高血圧はすべて悪であり降圧しなければならない、というのではなく、必要があって血圧が高くなっている時もあるという目線も大事なことを示していますね。心機能が弱っている患者さんでは、生理的な代償機構として血圧を高くしていると言えましょう。

 どなただったか忘れたんですが、超有名な先生が血圧について患者さんに聞かれた時「朝気持ちよ~く起きた時の血圧を測ってごらん。それがあなたの一番いい血圧ですよ」というような話をしていました。いいお答えだなーと思ってます。どなただったかしらね…。

 ちなみに、高齢者の脂質異常症治療はJAMAのレビューが参考になります(Strandberg TE, et al. Evaluation and treatment of older patients with hypercholesterolemia: a clinical review. JAMA. 2014 Sep 17;312(11):1136-44.)。眼を通してみると面白いと思います。

 90歳や100歳を超える患者さんの抱える病気を治療する老年医学は、ここ数十年で出来てきたものです。言ってみると、患者さんの中で最も高齢なかたがたを診る科は、医学の中で最も若い。血圧1つとっても今回のようなことが分かってきましたし、これからも様々な新知見が出てくるでしょう。それが患者さんのためになる医学であってほしいと思います。
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2014
09.27

晴れていて暑い日

 今日(9/27)の名古屋は晴れております。当直帰りに本屋さんに寄って何冊か買ってから家に戻ったんですが、結構暑いですね。

 ぽてぽてと歩いていると、側溝に花が咲いていました。

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 こういうところでも綺麗な花は咲くものです。生命力の強さを感じますね。

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 名前はちょっと分かりませんが…。植物にあんまり詳しくなくて調べてみるんですけど、不明なことも多いです。この花はニラかなーと思ってます。

 公園ではハトが憩いの場所を占拠しておりました。

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 休憩中のハトはほとんどが日陰にいます。

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 やっぱりハトさんも暑いんですな。

 ベンチの影を利用中。さすがにベンチそのものに座ることはしないようです。

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 ま、座っていたらそれはそれで驚きではあるんですが…。足組んでたら面白いかも。

 こんな感じで、綺麗に木々の影に涼を求めております。

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 ふらふらっと歩いて自宅に到着。当直明けの休日は晴れていても曇っていても雨が降っていても、絶好のひきこもり日和でございます。寝るのが一番。
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2014
09.25

カレーなるうどん

 とある休日は、豊橋に行ってきました。名古屋駅から電車で50分ほどかかります。

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 この豊橋は競輪が盛ん。豊橋競輪場のポスターは何とも面白いです。他にも路面電車があって、ちょっと故郷を思い出させます(自分の生まれは函館なので)。

 そんな豊橋のもう1つの名物は”豊橋カレーうどん”でございます。昔からあるわけでなく、地域おこしのために2010年から売りだされた、まだまだ若い名物。それを食べに行ったのでした。

 商店街。

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 いい感じに寂れてます。

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 そこにある”東京庵 ときわ支店”に今回はお邪魔しました。他にも40店以上がこの豊橋カレーうどんをつくっています。

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 時刻が14時をちょっと過ぎていたので、お客さんは他にいませんでした。

 さて、目的のものを注文。950円ですから、結構良いお値段ですね…。しばらくして出てきました。

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 お、スイカ付き。

 近景でございます。

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 ちょっと麺を。。。

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 細麺ですね。お味は、まさにお蕎麦屋さんやうどん屋さんが出すカレーうどん。おダシが効いていて美味しいです。カレーのスパイスは少し弱めで、もっとカレーらしさがほしいのであれば物足りないかもしれませんが、自分はこのおダシの風味ただようカレーが好きです。しかも麺の量が結構多いので満足。

 おや? 何やらカレーの海に浮かぶ白い孤島が…。

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 崩してみると…?

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 ごはん登場!

 なんとなんと、余ったカレーつゆの有効利用でございます。昔なつかしカレーライス的な。

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 これが豊橋カレーうどんのウリでございまして。基本構造は以下になっています(お店にあったカードより)。

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 ごはんの上にカレーのおつゆをかけると染みてしまうため、とろろで防御をしているのでした。このとろろがまろやかさも出していて良い感じ。この”東京庵”のものはカードに示されているような沈み込みタイプのごはん構造ではなく、ご覧のような孤島タイプになっていました。

 なかなかおもしろいアイデアですねー。最後まで美味しくいただきました。

 しかもスイカがさわやか。カレーを食べたあとにこのみずみずしい甘さは実にホッとします。

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 皆様も豊橋にいらっしゃる際にはこの”豊橋カレーうどん”を食べてみてはいかがでしょうか。まだ幼いご当地グルメですが、美味しゅうございますよ。
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2014
09.22

白血球とCRPとベンゾジアゼピン

Category: ★精神科生活
 この3つに医学的関連があるわけではありませんが。

 さて、自分は後輩など研修医の先生と救急外来や感染症についてディスカッションする時、白血球とCRPを外してみるように言うことがありました。今はそうやって話し合う機会も激減してしまっており、月に1回の勉強会でもそんなに突っ込んで話せるほどの時間が持てなくなってしまっております。自分はまだまだ研修医レベルの内科知識を保っていたいのですが(本音は上回りたい)、本だけではやっぱり臨床実感が伴わないのでちょっと悲しくなってきます。

 白血球とCRP。この2つは便利です。経過を追う時にこれらは一定の役割を果たしてくれまして、自分の経過予想と同じように動いてくれたら安心しますし、どんどん乖離していったら「おや?」と思って病歴や診察などをもう一度取りなおそうと言う気にさせてくれます。パッと見では患者さんの状態は変わらなそうでもCRPがどんどん上昇していけば、やっぱり真剣に見直します。それで救われたこともありますし。若い時は「白血球とCRPなんて役に立たない!」なんて思ってあえて無視して診療をしていましたし、それが本道とも思っておりました。でもある程度は参考になるし、この”ある程度”が分かるとちょっと大局的に見ることが出来るようになると言うか何と言うか。この2つの指標に振り回されないようにと意識すると、実は他の指標についてもしっかりと考えることが出来るようになります。言ってしまうと、この白血球とCRPをどう見るか、というのが研修医の勉強度合いを知る良い目安にもなるんですよ(実はそれに一番役立ったり…)。

 そんな白血球とCRPを上手く使うためには、いったんそれらに眼を瞑ることが大切。特に初期研修のうちはこれらを使わずにプレゼンをすることを想像してみると良いでしょう。そうすると、他の所見を一生懸命探すようになります。例えば臓器非特異的な所見として、患者さんの入院生活そのものを診るようにもなります。横になっている時間が減った、トイレにも自分1人で立って歩いて行けるようになった、食事の量が増えた/美味しいと言えるようになった、新聞や本などを読むようになった、天気や季節の変化を話すようになった、診察でも表情が柔らかくなった、などなど。そういった生活的な面を診ることは、患者さん1人1人を良く診ることにもつながりますね。患者さんに優雅さ(グラツィエ)が徐々に戻ってくると、それは改善のしるし。優雅さと述べましたが、患者さんの色合いが豊かになってくるとも表現できるでしょうか。そういった部分やもちろん臓器特異的な所見にも鋭敏になってから、眼を瞑っていた白血球とCRPを再び見てみる。そうすると、全体の一部としてそれらを上手く使えるようになるはず。

 便利なものに最初から頼ると、それしか見なくなる。他の所見をとるのがいい加減になって、実力が伸びなくなります。たまに落とし穴に落ちてしまうことだってありますしね(どんな検査所見も万能ではありません)。

 さて、科は著しく変わって精神科。この領域ではベンゾジアゼピンという便利な抗不安/睡眠の作用を持つお薬の一群があります。即効性もあり、服用したその日から効果が出てきます。いっぽう使い過ぎには警鐘をもっともっともっと鳴らすべきで、依存や離脱症状などは大変。

 このベンゾジアゼピンは、上述した白血球やCRPとちょっと似たところがあります。どちらも便利で、かつそれ以上に共通しているのが


それに頼ると他の技術が疎かになる


 という点です。あくまでも持論ですけど。

 ベンゾジアゼピンは医者にとってすごく便利。「不安だ」「眠れない」と患者さんが言ったらそれを出せば当座のところしのげてしまう。だから、この便利さに溺れてしまうと、これをどんどこ使ってしまいます。頓用として使ったりあくまでも短期的な使用にとどめたらそれほど悪いことも起きませんしそれで助かる患者さんも多いでしょう。でもベンゾジアゼピンに医者が頼りきると、ばんばんそれを処方。1人の患者さんにデパス®とワイパックス®とダルメート®とロヒプノール®が出ている、なんてのは決して稀ではない。そうなると、患者さんはベンゾジアゼピンへの依存、耐性、離脱症状に苦しみます。ふらつきから転倒するのも怖いし、認知機能低下になるのもちょっとイヤ。

 だからこそ、若手のうちは以下の様な縛りを設けてみることをお勧めします。



ベンゾジアゼピンを出来るだけ使わない



 そうすると、患者さんの症状に対して、他のアプローチを探さねばなりません。それが医者としての勉強につながります。患者さんから状況をより聞くことにもなるでしょうし、一緒に対策を考えることにもなります。そこから精神療法まではもう遠くありません。

 ベンゾジアゼピンが絶対悪で使ってはいけないと言っているわけではありません。使い方次第では安全性も高く有用です。でもその使い方を知るためにも、いったん使用頻度を下げてみる。それが結果的に精神療法の技術に磨きがかかると考えています。これは精神科医に限った話ではなく、他の科の医者も同じ。他科の先生がベンゾジアゼピンをほいほい出していることも問題で、全科で取り組むべき問題だと思っています。

 ということで、便利なものをあえて使わないようにしてみると、それを補うための努力が生まれてきます。それが医者としてのスキルアップにとっても役立つような気がします。
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2014
09.19

ダムが決壊すること

Category: ★精神科生活
 お薬は急にやめるとリバウンドが生じます。ベンゾジアゼピン系は比較的知られていますが、今回はドパミンやセロトニンなどの受容体をブロックするお薬についても見てみます。

中断からのリバウンド

 向かって一番右がリバウンドの症状。例えばムスカリンM1受容体を見てみましょう。抗コリン作用(ムスカリン受容体をブロックすること)のある薬剤をいきなり切る(もしくは多く減量する)ことで生じてしまう症状は”コリンリバウンド”とも言われます。それによってこころがそわそわしたり、考えがまとまらなくなったり、不安感が襲ってきたり、眠れなくなったり。新規抗うつ薬だとパロキセチン(パキシル®)が抗コリン作用を強く持ち、これを減らしたり他の抗うつ薬に切り替えたりすると上記の症状が出てきます。ベンゾジアゼピン系の中にはこの抗コリン作用を持つものもあるとされますね。自分がよく睡眠薬を減らす際に置換として用いるトラゾドン(レスリン®/デジレル®)は抗コリン作用が弱いので、人によってはベンゾを減らした際に軽いコリンリバウンドが生じることもあるでしょう。そういう時は、ヒドロキシジン(アタラックス®)という抗ヒスタミン作用と抗コリン作用を持つものが合うかもしれません。

 精神科領域で重要なのは、ドパミンD2受容体のリバウンド。抑えている薬剤が急になくなることで、頭のなかが騒がしくなる、こころや身体がそわそわする、勝手に身体が動くなどが出てきます。薬剤の切り替えの際は、もともと持っている精神症状なのかこのリバウンドなのか(両方混じることもあるでしょうけど)というのが分かりにくいですね。更には、抗精神病薬の中でも様々な受容体を阻害するもの(日本でMARTAと呼ばれている)があります。これから他の抗精神病薬に切り替える時はD2受容体以外にも注意をせねばなりません。例えばオランザピン(ジプレキサ®)からブロナンセリン(ロナセン®)に切り替えるとします。ブロナンセリンはD2受容体とセロトニン5-HT2A受容体の阻害(そしてD3受容体の阻害)を持ち、それ以外には関与しないというシンプルな構造です。よって、「せーの」で切り替えた際にはコリンのリバウンドやヒスタミンのリバウンドなどが生じる可能性が高いでしょう。かつ、これとは別にD2受容体にくっつく強さというのも関わってきまして、がっしりくっつくアリピプラゾール(エビリファイ®)やブロナンセリンに切り替える時は、最初にこれらをある程度の量使用しなければ状態が不安定になります。クエチアピン(セロクエル®)はこの結合度が弱い代表格で、これからアリピプラゾールに切り替える場合、アリピプラゾールを少しずつ、例えば3mgからちょろちょろ増量していくパターンを取ると、クエチアピンのD2受容体阻害作用を一気に奪い、アリピプラゾール低用量でのパーシャルアゴニスト作用が出てしまいます。また、慢性的な抗精神病薬の使用では受容体がアップレギュレーションしているのではないかという問題も絡んできます。このアップレギュレーションの状態だとちょろっとお薬を退くだけでもリバウンドが強く出ることもあるようで、特に長くお薬を飲んでいる患者さんこそ減量は慎重に。何とも色々なことが絡まって難しいですよね…。大事なのは処方をシンプルに抑えて必要最小限にしておく、という基本的なこと。

 どんな受容体にくっつくのか、そして減量や中止する際はそのリバウンドが出ないかを注意しましょう。そして、特にD2受容体であれば親和性への配慮とアップレギュレーション(ドパミン過感受性)の想定。そういったものに眼を光らせながら調整をします。ただし、こういったリバウンドの症状がどのくらいの期間生じるのかというのはちょっと分からない部分があります。6ヶ月くらい出る人もいるんじゃない? とする意見もありますが、何とも。

 外来をしていると、患者さんの中で「もういいかなと思ってお薬をやめてみたらすぐに落ち着かなくなっちゃった。まだ治ってないんだなって思いました」と言う方々に遭遇します。これは医者側がリバウンドについて説明し忘れていたり、説明していても患者さん側がそれほど大きくとらえていなかったり忘れていたりという状況が背景にあります。「いかんいかん、折にふれて説明しておかないと…」と思う瞬間でもあります。患者さんの中にはこういうリバウンドをもともとの症状が出てきたと解釈して「まだ治ってなかったんやぁ」とちょっとがっかりする方々がおりまして。そんな時は「お薬を急にやめると身体がびっくりするんですよ。今回もそれだと思います。決して治っていないわけではないので、やめる時期が来たらこちらからお話しします。そして、身体がびっくりしないようにゆっくりやめていきましょう」とお伝えします。お薬を使い始める際に説明はするんですが、1回説明してずっと覚えているなんて芸当はなかなか出来ませんもんね。

 精神医学の世界は現在の生物学的観点からすべて説明できるわけではありません。薬剤も仮説をもとにつくられているため、それのみで全部カタがつくこともありません。しかし、だからと言って日常的に使用する薬剤の知られているメカニズム(作用/副作用/リバウンド)について知らなくて良いということには決してなりません。特にリバウンドについては知名度が低いこともあり、配慮しておくべきでしょう。短期間でお薬をとっかえひっかえしていると、症状なのかリバウンドなのかちょっと分からなくなってしまいますし。

 お薬を使う時は、主な副作用やリバウンドについても知っておく。一歩先を見ながら進むのと五里霧中で歩くのとでは、治療者の心持ちも違いますし、それが治療の場にも影響してくるようにも思います。正しく知ることが正しく使うことへの第一歩。
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2014
09.17

小倉の食を少々

 まだ続いていた小倉の記事ですが、今回を以て最後。

 小倉に降りた時から抱いていた思い。それは「せっかくここまで来たのだ。ちょっとくらいは”食”にも手をのばそうではないか」ということ。

 んで、研修会の空いた時間を利用して色々食べてみることにしました(むしろこっちが本懐か)。

 最初はコチラ。”小倉あんぱん”。

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 小倉(おぐら)ではないんですよ、小倉(こくら)なんですよ。焼き印もしっかりついてるし。

 中は小倉あん(これは”おぐらあん”か)と生クリームがずっしりと詰まってます。

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 これ、何とヴィ・ド・フランス小倉駅店のご当地パンでございました。

 次は”焼うどん”! 小倉は焼うどん発祥の地ではないかと言われています(諸説あるみたいですが)。

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 このちょっと焦げた感じがたまらない。

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 同じお店で熊本産の馬刺しも!

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 おー。

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 いや、ホントはイカ刺しを頼んだんですけど何故か馬刺しがやって来たんですよ…。ちなみに人生初の馬刺しでしたが、お会計でびっくり1340円! 高いなぁ。。。

 いきなり団子!

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 九州名物。研修会の間ちょっと小腹がすいたので、産業医科大学病院の売店で買いました。

 かじってみると。。。

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 ふかしたさつまいもに挟まれたあん。炭水化物を炭水化物でサンドしてかつ炭水化物で包むとは…。

 そしてそして、想夫恋(九州の焼きそばチェーン店)の焼きそば!

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 麺に弾力があって、かつもやしも多くシャキシャキ。全然しつこくなくて最後まで飽きずに美味しく食べられました。

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 玉子をからめるとさらに( ゚д゚)ウマー

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 ちょっとしたおやつに黒棒。これも病院の売店で買いました。

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 このもそもそ感がなんとも言えない。

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 最後も焼うどんなんですが、はじまりのお店に行ってみることにしました。小倉の焼うどんは終戦直後に焼きそばをお手本に、でもおそばがないから乾麺のおうどんを利用したのが始まりだそうです。そのお店は精神分析に例えるとフロイトのようではないか。ということでレッツゴー。

 鳥町食道街というところにあります。これ、自分は職業柄”食道”でも違和感がないんですが、普通は”食堂”ではないだろうか…?

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 入ってすぐの”だるま堂”さん。

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 なんと、90歳overのおばあさまが1人で切り盛りしております。すげぇなおい。

 ”天まど(焼うどん+玉子)”を注文。シャカシャカ鉄板でつくってくれたのがコチラ。

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 いたってシンプルです。おうどんとキャベツと少々の豚肉、そして玉子。決して派手さはなく素朴。食べてみると。。。

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 麺はもちもちで噛む感覚がしっかりとしていました。ソースはあっさりめで濃くはない感じ。

 では玉子と一緒に。

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 良いですねぇ。

 見た目も味も飾りっけのない感じが、初代の風格でしょうか。ここから小倉の焼うどんは様々に派生していったんだな、と思いながらいただきました。

 ということで、小倉もずいぶんと堪能いたしました。いよいよもって何しに九州に行ったのか分からなくなりましたな…。本当は小倉に着いた初日に小倉城などを散策したり小倉の街並みを眺めたりしたんですが画像を保存したSDカードがダメになってしまい…。ということで、産業医研修会での小倉記事は終了でございます。
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2014
09.12

がとでの構え

Category: ★精神科生活
 精神科は患者さんとの関係性ということにどんな科よりも敏感。気にし過ぎじゃないかと思うくらいに考え込みます。関係性そのものが治療的になったりはたまた反治療的になったり。そんな中で私たち精神科医が維持したいと思う関係性は、患者さんが


この先生で良い


 と思ってくれることでしょうか。長い治療で陥りたくないのは


この先生が良い


 という関係性。患者さんは窮地に陥った存在です。彼らに対して私たち医者は、救済の手を差し伸べる天使や神様のような存在ではなく、松葉杖を差し出すような地味な援助者としての存在であるべきです。

・この先生で良い
・この先生が良い

 たった1文字の違いですが、この2つのイメージはかなり変わってきます。前者は「他にも先生はいるけど、まぁこの先生も悪くないし続けていこうかな」という、患者さんの肩に力が入らず、こちらも自然体に近い形で治療を築けるようになります。後者は「この先生じゃなきゃダメ!」という、しがみつきにも似た状態。

 後者の場合、医者側として当初は悪い気はしません。「先生のおかげで」「先生じゃなかったらここまで良くなってなかった」とか言われると、嬉しいものです。医者になる人はどこかで”頼りにされたい感覚””救ってあげたい思い”を持っていますし、患者さんのそういう発言はその救済者願望をくすぐるものでしょう。

 そういった関係が続くとエスカレートして、どこかの教祖のようになってしまうことがままあります。ハタから見ると「ちょっとこの先生の外来は宗教じみてるなぁ…」ということに。それでも最初は良いかもしれません。しかし、結局は医者が


教祖を演じ続けなければならなくなる


 という事態に陥るでしょう。気づけばこちらの裁量が狭まっており、患者さんがキラキラしたマナコをこちらに向けている限りはその方向性に縛られてしまいます。そして、患者さんの病気が良くならなかった場合、その魔法が解けると患者さんは冷静になることもありますし、医者に対してマイナスの感情を持つこともあります。そうなった際、医者は「これまではなんだったんだよ!」「俺の治療に従わないのか!」と感じて態度に出したり患者さんに辛辣な言葉をかけてしまったりするかもしれず、事態はこじれていきます。もちろん医者側が窮屈になってしまった教祖的な態度に嫌気が差して降りた場合、患者さんはハシゴを外された気持ちになるでしょう。この教祖と信者という関係は、濃密な恋愛の最中にいる2人にも似たものですね。

 治療は終結するもの。「この先生が良い!」という状態をお互いが維持してしまうと、患者さんの自発性は芽生えず、終わりが見えてこないこともあるでしょう。また、治療者の転勤などで引き継ぎということもあります。教祖と信者的な関係になってしまうと、こういう節目の時期が困りもの。後を任された医者もちょっと大変です。

 繰り返しですが、患者さんはどうしようもならなくなって医者の診察室を訪れます。その立場では医者に対して強い思いを持つことも多いかと思いますし、無理もないでしょう。「そんな気持ちを持つほうが悪い」と切り捨てるのではなく、またその気持ちを助長させるのではなく、医者側が患者さんの医者への思いを少しずつ治療の中でほぐしていくべきだと思います。もちろん、患者さんのみが原因で「この先生が良い!」となるわけでなく、医者側が知らず知らずのうちに誘導してしまうことだってあります(中には意識的にそうしてしまう医者もいます)。お互いの関係性、2人の”あいだ”の色合いに対して敏感になり、ほどよい状態にしていくことが、長くなりえる治療の中で重要だと思います。

 よって、医者は患者さんの”松葉杖”というイメージを大事にしていきたいものです。骨折して歩けない時は補助として使ってもらい、治ったら使わなくても良い。患者さんにそう思ってもらうように、また医者もその気持を大事にして診療する。それが精神療法の基本かもしれませんね。
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2014
09.09

診断推論のデッサン

 自分はもともと診断推論が好きでして、特に救急外来でどの様に正解に辿りつくかというのを色々と考えていました。今は精神科になってしまいましたが、かえって深く考えるようになった気がします。精神科は患者さんとの関係性を重視する科ですが、これは診断推論にも言えそうだ、と感じるようになっています。

 問診、診察、そして検査。これらはすべて患者さんと医者との相互作用、”あいだ”でなされるものですね。そこから疾患を明らかにしていって診断する。この”あいだ”という認識を持つことが重要なのだと思います。診断は”する”というよりも”なされる”という意識。

 世の中には診断推論の本が多く出ています。が、ややアートな部分も強調されているものもありますね。難しく書いてあると「なんだか知らないけどすごそうだ」と純粋な研修医は感じてしまいます。”難しいことを難しく言う”ってやつでしょうか。でもそれは研修医に容易に再現できるかどうか。

 診断推論に限らずどんなことでも、基礎と応用というのがあります。アートを強調すると格好良いですが、基礎の色合いが抜けて応用が強まります。数学に例えるなら、何も勉強せずにいきなり赤チャートに臨むような。

 よって、面白みを感じなくてもまずは基礎を固めることが大事。「そんなんわかってるよ」というレベルから見直してみましょう。泥臭さを大事にする姿勢こそが応用力を高めますし、名医と呼ばれる先生方も、基礎を盤石にしてその上に彼らなりのアートな部分を強めています。絵画ではピカソが有名でしょう。彼は絵画のスタイルが激しく変化しており、私たちはキュビズムという「なんだこれ?」と思ってしまうような(失礼!)衝撃的な作風を美術の教科書で覚えています。そんなピカソも青の時代やばら色の時代の絵画、そして10代のものを見てみるとわかりますが、デッサン能力が非常に高いことが分かります。ピカソに限らず、画家はまずデッサンが出来なければ話にならない。その上で独特な手法を構築しています。

 要は、優れたデッサンができること。地味ですがこの練習を無視してしまうと発展できません。研修医のうちはこのデッサン力を上げていくことに腐心すべきでしょう。それは基本的な病歴聴取や診察の正確さ、検査の正しい解釈。良質なエビデンスが出ているものがあれば積極的に作用しますし、エビデンスそのものの使い方も含まれるでしょう(”エビデンスに使われる”のはご法度)。それらが患者さんと医者との”あいだ”でなされるという意識を持つ。

 特に重要なのは、病歴聴取だと思います。それは”言葉”を介してなされるものであり、かつ1人1人の患者さんと医者とは異なる文化に属するという意識が必要です。私たちの発する”言葉”が患者さんの文化でどのように解釈されるのか。患者さんの発する”言葉”が私たちの文化でどのように解釈されるのか。”言葉”の持つ力に着目し理解することは、デッサンに含まれるでしょう。

 ”言葉”は混沌をから意味を切り取るという分節性を持ちます。しかし、文化によって切り取る部位が異なるため、”言葉”はどんな人でも全く同じ意味を持つわけではありません。切り取るがゆえに、それ次第では意味合いが異なるという恣意性すら持ちます。患者さんと医者とは異文化であるという認識を持ち「この患者さんの言うこの言葉は、私たちが理解している意味と同一であろうか」「私たちが使うこの言葉は、患者さんに同じように理解されているだろうか」という疑問を持つべきです。そして「患者さんの表現を、自分は勝手に解釈していないだろうか」と立ち止りましょう。その理解を意識することで、病歴聴取は正確さを増しますし、それによって診察や検査の”意味”をしっかりとま考えることにつながります。研修医はこれの認識が薄いので、誤った理解をしてしまうことが多いです。よって、病歴も患者さんの言葉をそのまま書くことがとても大事。カルテに生々しさ・臨場感をもたらすことこそ、患者さんの言葉を考える第一歩になります。そして、その生々しさから患者さんの生活や人生が透けて見えてきます。通院治療・入院治療における患者さんとの関係性において、症状や言葉の背景に患者さん1人1人の生き様を見ることが、医者のなすべき基本的な姿勢と思っています。

 自分の言うデッサンは、上述したような診断推論そのものの基礎的能力の他にもう1つあります。患者さんから得た情報を描き、それと自らが描いている鑑別疾患の像とを比較し、その”あいだ”からさらに情報を収集し描写をより詳細にすることをも意味します。患者さんから得た情報からのデッサン、自分の持つ鑑別疾患の経過のデッサン、そして互いを比較し足りないところを補足描写し、新しいデッサンが生み出される。その繰り返しによって、私たちの診断能力は向上していく、そう考えています。よって、各論的な部分ももちろん重要。鑑別疾患の像を知らないと、患者さんから得る情報も少なくなり、また見過ごされてしまいます。それぞれの疾患の像をきちんとデッサンできることも忘れてはいけません。

 言葉の持つ力をよーく考えてみましょう。当然過ぎるためか診断学のテキストではサラっとしか触れられていませんが、当然ということは意識しづらいことでもあります。そこを意識に昇らせることがデッサンをより精緻にすることでしょう。
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2014
09.06

”歯がたたない”を実感した

 小倉に行った際、そういえばコレも買っていたのでした。”くろがね 堅パン”でございます。

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 ノーマルタイプ1袋と胚芽入り1袋のセット。1袋5枚入りで200円くらいだったでしょうか。もともとは八幡製鐵所の従業員のためにつくられたそうです。堅いということで有名でして、せっかくなので買ってみました。”健康はアゴから”というキャッチフレーズが何とも堅さをアピールしております。

 こんな感じの大きさ。

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 なんせ堅いらしくてですね…。こんな注意書きがしっかりとあります。

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 このKATAPANという文字がCAUTIONにも見えてしまう不思議。

 1枚を取り出すと、見た目からして質実剛健。

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 よーし、割ってみましょう。”ふんっ!”と力を入れなければなりません。

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 イヤにシャープに割れました。なんだかみっちりとした感じです。。。

 噛んでみると、やっぱり堅い…。前歯だと折れそう。奥歯でもちょっと。。。

 もうちょっと小さくしてクチの中でゴロゴロ転がして、唾液になじませるとやっと食べられるくらいになります。でも味はなんだかお砂糖の甘さと練乳の柔らかさが相まって、結構美味しい。

 先端からならカリカリとかじってだんだんと食べられるんじゃないだろうかと思い、挑戦。

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 アカン、堅いわ…(歯形で見苦しくてスミマセン)。

 ということで、ゆっくり時間をかけながら食べるものですね。たまには堅パンを味わうゆとりを持とうよっていうメッセージかも。スローフードってやつ?

 ちょっと調べてみると、恐ろしいことが”リビング福岡・北九州”というサイトに書かれていました。


生地を伸ばし固める際には、製鐵の圧延工法(ローラーの間を通過させ、金属を板状に伸ばす)を参考にした加圧工法を用いています


 いや、そこまでしなくても…。

 そんな堅パンは1枚でもしっかり重量感があり、なんと110kcalもあるのでした。めっちゃ凝縮されてますね…。でも食べるのに疲れてカロリー消費しそう?

 ちなみに自分はガリガリやって頭に響いて痛くなりました…。
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2014
09.03

夏が旬だけど冬瓜

 冬瓜(とうがん)は実に美味しい。煮物にすることがほとんどですが、崩してスープにするのも良うございます。体を冷ます作用があるので、夏にはぴったり。ちなみに種には利尿作用があります。

 今回はシンプルに煮ましょう。1/4で98円でした。大きい。

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 適当に切ります。皮は剥くんですが、このくらい緑を残しておくと煮崩れません。食感の硬さが気になるならもう少し深く切っても良し。自分はあんまり煮る時間とかスペースとか気にしないので、煮崩れない安全圏に。

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 おつゆが最も重要でして、自分はお酒、おだし、みりんの3種類。みりんは”三河のみりん”を使います(本みりん)。お酒は菊水の辛口。めんつゆとかお醤油を使うと色が着いてしまうので、そうするとちょっと冬瓜の白さがもったいないなーと思ってしまいます。ちなみに後ろに見える”リセッタ”はお中元。

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 ということで、煮る。

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 大渋滞しております…。やっぱり1/4は多かったなぁ。ま、落し蓋なんかもせずにそのまま様子見で。

 冷蔵庫を眺めたらしめじを発見したので、ついでに入れます。

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 もういっぱいいっぱい。。。たまにお鍋を回しておつゆを馴染ませます。お玉とか菜箸で混ぜると崩れてしまうので、そういう時はお鍋をゆっさゆっさします。

 じーっと煮ていくと、だんだんと冬瓜が透明に。

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 んで、出来上がり。三つ葉を少し。

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 冷製にしても良いですし、鶏挽き肉とかエビやらホタテなどの海鮮を入れてもとても合います。あとは煮る前にレンジでチンして熱を通してしまうのもアリ。そうしたらおつゆを染み渡らせるだけですしね。
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