2014
01.31

グルタミンは駄目だったか

 栄養療法はなかなかこれと言った良いものが無く、皆さん手探り状態。アルギニンが良いんじゃない? ω-3脂肪酸が良いんじゃない? などなど盛んに議論されましたが、結局は”過ぎたるは及ばざるがごとし”的な感じに落ち着いています。栄養療法が本当の栄養”療法”になるにはまだ時間がかかりそう。そんな中では重症患者さんへのpermissive underfeedingという概念が非常に良いパラダイムシフトをもたらしくてくれたと考えています。まだ臨床医の中にはこれを認めず(知らず?)カロリーをなんちゃらの式とかに当てはめて過剰栄養にしている人が多いですが…。こういった重症患者さんのみならず老年患者さんでも注意すべきポイントだと考えています。高齢者を見る専門である老年科でも、中心静脈栄養をしている患者さんに結構な量を投与して溢水にさせたり血糖値を跳ね上げてしまってインスリン使ってたり。。。必要なカロリーは人によってもっと少なくて良いはずで、このpermissive underfeedingはきちんと理解すべき点だと思います。

 さてさてそんな栄養投与について、グルタミンはしぶとく生き残っており「これは良いんじゃないか?」と言われていました。しかしそんな中、以下の論文が。

Heyland D, et al. A randomized trial of glutamine and antioxidants in critically ill patients. N Engl J Med. 2013 Apr 18;368(16):1489-97.

 重症患者さんにグルタミンと抗酸化物質を投与しても無効なだけでなく、グルタミンが死亡率を上昇させてしまったというのです…。

 グルタミン投与、抗酸化物質投与、グルタミン+抗酸化物質投与、プラセボ投与に割り付けての試験。グルタミンは経口と経静脈で約60g/day程度。抗酸化物質は静注でセレニウム、経口でセレニウム、亜鉛、βカロチン、ビタミンE、ビタミンCを投与。

 グルタミンですが、28日死亡率は32.4% vs. 27.2%(p=0.05)と死亡率が上昇し、院内死亡率、6ヶ月死亡率ではグルタミン群で有意に死亡率の上昇。。。抗酸化物質は28日死亡率が30.8% vs. 28.8%(p=0.48)となり、ほとんど差が出ませんでした。

 期待されていたグルタミンですが、残念ながら。なぜこのような結果になったかは不明らしいですが、1つのものを強化する方法はやっぱり不自然なんでしょうかね。。。

 ちなみに抗酸化物質も褒められたものではありません。抗酸化物質のサプリメントは効果がなく、中には死亡率を上昇させるものもあるという論文が出ております(Bjelakovic G, et al Antioxidant supplements to prevent mortality. JAMA. 2013 Sep 18;310(11):1178-9.)。普通に食べ飲みできる人ならば、変にサプリとかは取らないことをオススメしておきます。やっぱりほどほどが一番なのか(不足しているのが明らかならば摂取に意味はあると思います。全てダメという訳ではありません)。
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2014
01.28

皆さんに統合失調症を知ってもらうための本

Category: ★本のお話
 統合失調症は精神医学の抱える大きなテーマの1つであります。

 近代社会に入りその記述が多くなされるようになり、精神科医が様々な治療法を考え(その中には残虐なものがあったことは反省すべき歴史です)、また原因についても多くのことが言われました。

 精神病理学では中井久夫先生の微分回路的認知、木村敏先生のante festum、笠原嘉先生の出立の病など、統合失調症患者さんの”存在”や”生き方”を中心とした解釈があったことはつとに有名ですし、精神病理学の1つの到達点だと自分は考えています。しかし、従来は精神科医により診断が異なってしまうことが多く、現代精神医学は病因論をいったん棚上げにして症状レベルでの診断とし、精神科医間での診断一致率を高めています。それでも異なることは往々にしてありますが。

 生物学的な機序として現段階では、慢性炎症など何らかの原因によって、GABAニューロンの活性低下やグルタミン酸神経伝達障害、nAch受容体のα7サブユニットの障害などが起こるとされています。その多く(全てではないでしょう)は辺縁系のドパミン過剰へと結びつくとされ、それがドパミン仮説として一応広く受け入れられ、それに基づき抗精神病薬がつくられています。

 しかし、抗精神病薬がスッと効いて楽になる患者さんがいる一方、何をどうしても効かない患者さんがいることも事実。ドパミン仮説はあくまで仮説であり、確たる論拠を持つわけではありません。最も治療効果の高い抗精神病薬であるクロザピンはD2受容体を阻害する力が非常に弱く、ドパミン受容体以外の様々な受容体に結合するということもそれを支持するかもしれません。それについて、統合失調症という疾患それ自体が単一の疾患ではなく症候群であることを指摘しておかねばなりません。古くはビンスワンガーが言うように「百人の分裂病者がいれば百様の分裂病がある」のです。これは今の精神科診断学がほぼ患者さんの症状のみによって疾患をグルーピングせざるを得ないという実情を反映しているでしょう。今、私たちが診断している”統合失調症”はあくまで症候群であり、その根幹のメカニズムはドパミン仮説以外のものが多くあるはずです。それが抗精神病薬への反応の違いにもつながっていると考えられます。糸川昌成先生が提唱した”カルボニルストレス統合失調症”も好例です。また、ナイアシンなど他のビタミンも効果があるかもしれません(Hoffer LJ. Vitamin therapy in schizophrenia. Isr J Psychiatry Relat Sci. 2008;45(1):3-10.)。ビタミンB12と葉酸の合わせ技が陰性症状に効く患者さんもいるようですが、これは遺伝的な問題が絡んでいると言われます(Roffman JL, et al. Randomized multicenter investigation of folate plus vitamin B12 supplementation in schizophrenia. JAMA Psychiatry. 2013 May;70(5):481-9.)。大事なのは、繰り返しになりますが、全ての統合失調症がビタミンなどの栄養素で解決するわけではないということ。このJAMAの文献がそれを示しているように、効く患者さんもいれば効かない患者さんもいます。

 抗精神病薬が主な効果を示す統合失調症やピリドキサミンが主な効果を示す統合失調症、他のビタミンが効果を示す統合失調症など、様々な統合失調症が存在するはずです。薬剤による治療を考慮すると、今までの”統合失調症”概念を一度解体するような大きな改変が必要でしょうし、その1つがゲノムレベルでの研究といえるかもしれません。自分はゲノムが苦手で研究も全く違うことをしていますが、症状で分類することは他科から見ると未熟な方法です。更に、機序も不明であり仮説に則って治療せざるを得ないという現状があります。精神医学の研究には賛否両論ありますが、今の段階からは1つ抜け出なければならない時期に来ていると思います。

 以上のような話はありますが、精神疾患は”社会”との関連を外してはいけません。特に統合失調症は社会による偏見がついて回ります。ということで、ここで訂正をしましょう。最初「統合失調症は精神医学の抱える大きなテーマの1つであります」としましたが、正確には、統合失調症は現代社会の抱える大きなテーマの1つ、とします。

 近代社会から記述が多くなった、とも言いました。これは近代において発症が多くなったこともあるかもしれませんが、社会の要請により統合失調症という診断名が出来たという側面もあるでしょう。自分は統合失調症という疾患がないとは言いません。ただし、社会の枠が厳格になり、そこから逸脱した人々に対し因果の1つとして統合失調症という疾患が出現/増加する必要性があったことは事実だと思いますし、自閉症もその1つでしょう。

 近代以前、シャーマニズムやいわゆる職人が活躍していた頃は、社会の枠はより広くファジイであったでしょう。時代が進み、産業の発展や効率化により、枠はより狭く硬くなりました。その中に適応できず枠から切り取られた人々が存在します。一般とは生活を異にする人は、厳格な枠から弾かれてしまい孤立します。その人に対して、社会の人間は因果を求めます。「なぜ社会に適応できないのか」「なぜ考えが違うのか」という疑問は原因を求め、それが医学の介入を要請します。診断名というレッテルが貼られることで因果がなされ、多くの人々は「病気だからなのだ」と納得するでしょう。

 繰り返しますが、だからといって自分は精神疾患は存在しないという極論を振り回すことはしませんし、精神医学を否定しません(精神科医ですし)。精神疾患への治療は必要だと思います。しかし近代から現代になり、一時期のような”狂気”への非人間的な対応は激減したとはいえ、いまだ多くの障壁が患者さんの周囲に立ちはだかっています。理想論はいくらでも言えますが、すべてを受容することは不可能であり、日本全国が北海道浦河の”べてるの家”のようにはなれません。しかし、少しの了解で良いのです。社会に正しい理解が少しでも広がることが、不幸にも統合失調症という病を抱えた患者さんをどれだけ楽にすることか。私たちのできることはひょっとしたら絶望的なまでに小さいことかもしれません。でもその小さいところから変化は生まれる、そう信じています。

 もちろん、患者さん自身、そしてその家族にも正しい理解が必要です。往々にして先の見えない不安に駆られ、医療や社会への不信、そして家族内でも不信が生まれるでしょう。この不信は現状に安寧をもたらさず、患者さんの状態を悪化に走らせます。現代医学で症状を根絶せしめることは残念ながらできません。症状と折り合いをつけていく生き方が必要であり、そのためには少しの了解が皆に必要なのです。

 そこで、多くの人に読んでもらいたい本があります。中村ユキさんの描かれた『マンガでわかる!統合失調症』というもの。「ここまで色々と説明してきて紹介するのはマンガか!」と落胆されたかもしれませんが、著者の中村ユキさんはお母様が統合失調症を患っているのです(そのお母様は2013年に急逝されました)。最近は当事者が筆を執って疾患を解説する本もあり(最近ではハウス加賀谷さんの『統合失調症がやってきた』が有名ですね)、その中でも中村ユキさんの本は読みやすく理解しやすいと考えています。社会福祉的な支援のことも説明されており入門には最適で、統合失調症の患者さんやご家族、そして一般の方々にも勧めることが出来ます。

 特にご家族は、この本以外に同じ中村ユキさんが書かれた『わが家の母はビョーキです』『わが家の母はビョーキです 2』を読まれると良いと思います。統合失調症の症状の苦しさも書かれていますが、ご家族がどう対処するかという実践が大きなポイントでしょう。精神科医が言うよりも説得力があり臨場感を伴います。とても重要なのが、語弊があるかもしれませんが、ユーモアの存在。患者さん(中村ユキさんのお母様)のユーモア、共に暮らすご家族のユーモアがあることで、当事者が読んでも「明日も何とか生きていこう」と思えます。精神科医フランクルは、症状や疾患を対象化するためにはユーモアが必要だと言いました。1つまみのユーモアを加えることで、少し距離が出来ます。もちろん「そんな余裕はない」や「不謹慎だ」という意見もあるでしょうが、統合失調症を生きていくことについて考えるためにも読まれてはいかがでしょうか。

 もう1冊紹介しますが、夏苅郁子先生の『心病む母が遺してくれたもの:精神科医の回復への道のり』です。これはマンガではありません。夏苅郁子先生は精神科医で、10歳の頃にお母様が統合失調症を発症しています。この本はご家族やご自身の悲惨な人生が綴られているものですが、決してペシミスティック一辺倒ではありません。そこには強靭なしなやかさがあり、人と人との関係の強さを感じずにはいられません。

 マンガではない本をあと2冊挙げておきます。統合失調症の症状や経過や関わり方などが真剣に書かれているものとして、糸川昌成先生の『統合失調症からの回復を早める本』です。統合失調症関連の本は極論的なものが意外とあり、ご家族も治療がうまく行っていないとそういうものに飛びついてしまうことがあります。そういう心情は確かにおありでしょうが、まずは地に足をつけてじっくりと取り組むことが重要。そういった意味で、これを隅々まで読んでみると良いと思います。しっかりと書かれており、非常に真面目な本です。残りの1冊は『家族が知りたい 統合失調症への対応Q&A』です。ご家族が困っていることへの1つの回答を示しており、患者さんとの関わり方に苦しんでいる方々には読んでもらいたい1冊。お風呂にほとんど入ろうとしないとか、金銭管理をどのようにさせるといいのかとか、強制的に入院させたことを恨んでいて責められそうで怖いとか…。ご家族や医療者はぜひ読んでください。

 患者さん、ご家族、社会、精神科医。それぞれが少しばかりの了解を得ること。その少しの積み重ねが大きな変化へと続くでしょう。それを願って上記の本を紹介させてもらいました。

マンガでわかる!統合失調症マンガでわかる!統合失調症
(2011/05/27)
中村 ユキ、当事者のみなさん 他

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わが家の母はビョーキですわが家の母はビョーキです
(2008/11/18)
中村 ユキ

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わが家の母はビョーキです 2  家族の絆編わが家の母はビョーキです 2 家族の絆編
(2010/05/24)
中村 ユキ

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心病む母が遺してくれたもの: 精神科医の回復への道のり心病む母が遺してくれたもの: 精神科医の回復への道のり
(2012/08/20)
夏苅郁子

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「統合失調症」からの回復を早める本「統合失調症」からの回復を早める本
(2013/02/18)
糸川 昌成

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家族が知りたい統合失調症への対応Q&A家族が知りたい統合失調症への対応Q&A
(2009/03/11)
高森 信子

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2014
01.26

ひっぱりだしてきた

 何かのニュースで”けん玉”がアメリカさんでスポーツとして人気が出てきている、というのを見ました。

 何やら不思議な感覚を味わいました。実際にアメリカでその現場を見たわけではなくニュースで知っただけなので本当に人気があるのかどうかは知りませんが

・一部のアメリカ人さんはけん玉のことを知っている
・その中のさらに一部は楽しんでくれている

 と解釈して良いのかもしれません。

 けん玉は、小学生の頃に担任の先生(ナカムラ先生って言ったかな??)の趣味で、ちょっと言い方は悪いですがクラス全員に強制的にやらせたという既往があります。そんなこんなで、自分は小学5-6年の2年間けん玉をしていました。

 それ以降は思い出した時にちょろっとやっていたくらい。たまに「どの位できるの?」と聞かれますが、ものすごく上手いわけではありません。”灯台”っていう技が苦手でして、10回やって1回できるかな?という感じ。”ふりけん”とか”飛行機”は得意な部類です。”うぐいす”は”灯台”と同じくらいの成功率ですかね…。”竹馬”はできません。

 けん玉で遊ぶ利点としては、集中力が出るということ、あとは穴を良く見ることが大事なので動体視力も鍛えられるかも?手首や膝の柔らかさにもつながってくるかもしれません。最初は難しいですけど、だんだん上手くなってくる過程はどんなことでも達成感が味わえますね。勉強の合間にやっていると、なぜかけん玉遊びの合間に勉強をする羽目になるかも。

 自分は大学生になってからはすっかりしなくなっていたものの、8年前(2006年)に東京に行った際に綺麗なけん玉を見て、ついつい買ってしまいました。赤色の塗装がピカピカしていて眼を引いちゃいまして。”夢元”という大層な名前のついたもので、1300円くらい(相場はよく分かりませんが)。持った感じとかバランスとかが良くて、ずいぶんと使いやすかったです。研修医の頃もちょろちょろ遊んでて、少し塗装が剥げて剣先がちょっと潰れてしまった。

 ただ年月が経ちそんな夢元の存在もすっかり忘れていた先日、上述のけん玉のニュースを見て、「そういえばけん玉持ってたなー」とごそごそと引っ張りだした次第。少しネットで調べると、この”夢元”はもう製造中止になってるとのこと。。。何か淋しいですな。ずいぶんと質の良いものだったらしく、けん玉の上手い人は好んで使っていたみたい。今は名称を勢いのある”夢元無双”として復刻されたようです。それだけヘビーユーザーからの期待があったんですね。

 つまり、自分は完全に宝の持ち腐れだったわけですな…。

 ということで、やっぱり使わないと製造者さんにも悪いなと思って最近カチャカチャといじってます。



↓ダンボールの中から出してきたけん玉

けんだま

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2014
01.23

覚書その8~支持的精神療法のススメ

Category: ★精神科生活
 今回は、覚書の0-7までお話ししたことを踏まえて、実際どういう接し方を患者さんにすればいいんだろうか? ということについて考えています。あくまでも基本姿勢だとは思いますが…。また、心理士の先生は大学や大学院などでしっかりと心理学を学ばれるんですけど、精神科の若手は学生の頃も研修医の頃もそういう勉強はせず、精神科医になっていきなり色んな考えに触れることになります。それにびっくりして「難しいなぁ…」と感じてそういう目線が疎かになりがち。自分の覚書はその入門みたいに考えてもらえたらと思ってます(あくまで若手用)。だから心理士の先生や勉強をしっかりされている精神科医は「何を当然なことを…」と思われるでしょうが、ご了承ください。

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 これまで言ってきているように、症状は抱えられない部分が表出されたものであると同時に、“あいだ”を辛うじて耐えられるようにしようという努力の産物。私たちは患者さんの症状の裏には何かの意味が隠れているという認識を持つことがとても大事になってきます。苦しいことは苦しいけれども、何とか不恰好ながらも編み出した安定を手放すのも恐怖。患者さんの中にこの矛盾が存在することは意識しておかなきゃならんことでしょう。ただし、そのコーピングは長期的に見て不適応となってしまっています。

 症状は切符みたいなもんで、その裏に何かある。そこに治療のヒントを見て患者さんとともに心の深層をどんどん探っていくのが、精神分析の考え方です。一方、支持的精神療法といわれる治療法は

安心して回復できない事情があろうから、無理をしないで安心できる条件をゆっくりと探っていきましょうかね

 という治療法で、その中で

これまでのやり方では無理があったんじゃなかろうか

 というのを上手く気づいてもらおうとします。気づいてもらうまでヒントを小出しにしながら待つ治療者もいれば、積極的に働きかけて一緒に分かっていこうとする治療者もいます。治療者の性格によるのかもしれませんね。原因っていうのはなかなか探し当てるのが難しいもんです。幼少期の辛い体験もあるかもしれんし、生来的な脆弱性もあるかもしれん。色んな事が複雑に絡み合っているのが事実でしょうし、“患者”となった今では症状すらも絡み合う要素の1つかもしれませんよね。だから、直線的な原因を血眼になって探すのは徒労に終わりがち。責任の擦り付け合いになってしまうことだってあります。それよりも、とりあえずこれからの解決に役立ちそうな原因を患者さんと治療者の合意で設定して、苦しい“あいだ”の緩和を図ることが大事だと思います。ちょっと今までのやり方が最近上手くいかなくなって、いつの間にか自身や他人や状況を責め合うというのが、“あいだ”では行われています。それを変化させる、すなわち自身や他人や状況を肯定的に見ることが出来るように、治療者は向かっていくことになります。

 笠原先生の“うつ病に対する小精神療法”もこの支持的精神療法を基本的な骨格としています。支持的精神療法は、診察室内を患者にとって安心できる場所とし、そして当座の困っていることと“あいだ”に焦点を当てて、治療者は後ろで見守るイメージを持ちながら共に解決を図ること。これを繰り返す結果、患者さんは本人の有しているレジリエンスによって回復/成熟していきます。この療法を行う治療者は、症状の緩和とともに、患者さんの苦しい“あいだ”の中で動かしても安全な駒を動かして、患者さんや“あいだ”の人々が持つ負のオーラみたいなものを綺麗にしていくことを目指していきます。

現実的な着目点

 それによって患者さんがしなやかに回復/成熟していくのをサポートする役目となります。その途中で“あいだ”が苦しくなった側面に“気づき”をもたらすことを目標とします。

 精神分析は、確かに本とかを読んでいると「これこそ精神科チックな治療法だな~」と思いますし、そこに呆れてしまう人も惹かれる人も出てくるでしょう。ただ、専門家以外から見ると、離れ業というかアクロバティックというか、そんな側面も否めません。コテコテの精神分析ではなくて、対面式の精神分析的精神療法というのもありますが、それも同様。問題は

「若手にそれが出来るんか???」

 という現実的なお話。真似事という程度なら患者さんに害を与えてしまうんじゃないか?という疑問は絶えずめぐると思います。精神分析に詳しい上級医にしっかりとサポートしてもらいながらというのもありますが、そういう環境に恵まれてない若手も少なくありません。しかも1回の診察時間が長く、また頻度も週に1回以上ですから、たくさん診ることはムリムリ。ということは、私たちはまず後者の支持的精神療法を身に付けるのが最善の策でございますね。生兵法は大怪我のもとでございます。

 どんな精神療法も基本は“支持”です。その基本を学ばずに診療を行う若手のどれだけ多いことか。精神科は、実は日々の外来の診察の仕方というのをしっかりと上級医から学ぶということが多くありません。座学でパラパラっと予診の取り方を学んで上級医の初診に付く程度で、その後は例えば上級医の初診患者さんの再診を行ったり、前に他の先生が診ていた患者さんの引き継ぎ診療を行ったり、自身で外来をすることになります。基本的な外来診療の骨格を知らないままにその人なりのスタイルで診療を続けてしまうので、最初に言ったような「あなたの性格を直さないとこの病気は治らない」「あなたの考え方が歪んでるからうつ病になっている」という台詞を早々にスパーンと口に出してしまう治療者も現実に出てきます。

 そうならないためにも、ありきたりで使い古されたこの“支持”という言葉を今一度見直してみませんか?というのがこの覚書の主眼です。精神分析的精神療法の様な治療法は確かに格好良い。でも経験のない若手がそれを真似るのは難しい。まずはこの泥臭い支持によって診察の場を安全なものにするということが、若手の身の丈に合った方法だと思っています。自分の好きな言葉に、リュムケという先生の「深層心理学も良いけど“浅層心理学”も大事だよ」と言うのがあります。どんどんこころの中を深く切り込んでいくのもありっちゃありですけど、患者さんの日常生活を大事にして、そこを柔らかな眼差しとともにまず安定に持っていく。それが出来るようになってから認知行動療法を学んでみるも良し、精神分析や精神分析的精神療法に進んでいくも良し、あなた自身に合うものを探してどんどん勉強。ちょろっと乱暴に言ってしまうと、患者さんが回復して成熟するのなら、治療“法”は何だって良いのかもしれませんよ。態度としての支持を身に付けたのなら、色んな方法を学んで吸収してみるのが良いんだと思ってます。

 また、支持的精神療法だからといって傾聴共感のみかというとそうではなく、きちんと分析的な見方を持っているんです、実は。特に“転移/逆転移”という概念は必須と思って良いでしょう。そういうこともあって、ここまで分析的なお話を少ししてきましたし、それは“転移/逆転移”の理解に必要です。すなわち、私たちは、支持というものといくばくかの分析的知識を学ぶことが目標となります。

 まず私たちがなすべきは、患者さんの置かれた状況を理解し、その状況ならそのように苦しむのも無理はないでしょうという認証を患者さんに与えることです。同じ話の繰り返しですが、共感は行うタイミングによっては裏目に出ることがあります。見せかけの共感、これを同情と言っても良いでしょうが、危険なことにそれは患者さんの

この苦しみを健康なお前なんかにあっさり分かられてたまるか!

 という思いを刺激してしまうこともあります。患者さんは反発してしまい、奥底に響くことはないでしょう。パブロフの犬のようにすぐ共感を反射的に行うのではなく、患者さんの事情を良~く鑑みて、現在の状態を認めるところから始めましょう。治療者に認証されることは、患者さんに一定の安心感を与えると思います。でも「認証するって言ってもなかなか難しいよ」という時もあります。その時は、患者さんの言葉を繰り返して、わからないところをもっと詳しく聞くと認証出来るんじゃなかろうかと思って質問をしてみることが大事。ここで下坂幸三先生のお言葉を長々と引用してみます。

患者と家族の訴えは、なぞるような気持ちで聞く。たとえば習字の練習帳をなぞる。あの感覚を想い出してほしい。彼らの話しのなぞりきれないときには、待ったをかけて(中略)様々に説明してもらうと、どうにかまたなぞれるようになる。こうしたなぞりを怠っていると何度会っても半解りのままで進むことになる。(中略)医学界では、「患者から学ぶ」というスローガンが流行っているが、私が日常の面接で行っているのは、そのような事事しいものではない。彼らの話しを「なぞって繰り返し」ているだけである。
この繰り返しも多年大事にしてきた。すなわち、患者・家族の訴え、それぞれの言い分を聴いて、それらの要点を繰り返し、こういうことでしょうかと念を押す。この言語的確認は、極めて単純な面接技術だが威力がある。
自分が話したことが治療者という他人から発語され、わが身に再び戻ってくるということは日常経験には属さない。新鮮な体験といえよう。そして聞き届けられたといういささかの安堵を得ることもできる。しかも、患者・家族の自己認知が、自他に、よりはっきり刻印される第一歩となる。(下坂幸三.心理療法の常識.東京:金剛出版;1998)


 “なぞって繰り返す”、そして、なぞりきれないところは、なぞれるように質問をしてみる。その結果、「あぁ、なるほど。あなたのそういう状況ならそうなるのも無理はないですね」という理解を示せるようになります。これがとっても重要。なるほど、と思えるようになるのがポイントです。わからないところを無理やりわかろうとするのはやめましょう。

 前述のように、患者さんに安心を与え、かりそめの安定から動けるような条件を少しずつ整え、患者さん本人が自ずと動く時を優しく待つという姿勢が支持的精神療法の関わり方でございます。そのように考えると、私たち治療者のとるべき役割が見えてくるんじゃなかろうか。多くは後述しますが、大原則として治療者の態度は“変わらない”というのが挙げられましょう。患者さんは“あいだ”に苦しんでいます。その“あいだ”は、人と人との間です。それの端的な例として統合失調症の“病院内寛解”を挙げてみます。これは、入院している統合失調症患者さんが、病院の中では症状もなく過ごしているのに、じゃあ退院しようかといって退院すると調子を崩して再入院してしまうようなことを指します。このことは、病院内の“あいだ”が患者さんにとってほどよく、退院後の家や地域の“あいだ”が苦しいものであることを示しているでしょう。

 “あいだ”の力はそれほどまでに大きいのです。これまでお話しして来たように、精神科の患者さんは“あいだ”における抱えられなさから自身を守るために症状を発露している部分があります。その症状は自身を侵襲的な“あいだ”から守る作用を持っているでしょうが、同時に長期的な視野では不適応となってしまっています。

 患者さんは”あいだ”に苦しんでいる、ということは、身の回りの対象関係/対人関係で支持されてこなかったと感じているわけですね。よって、私たち治療者は基本形を支持的なものとし、変わらない態度で患者さんと呼応することが求められます。治療者の態度が秋の空のようにコロコロと変わりやすかったり、苦しい“あいだ”と同様のものだったりすると、患者さんも戸惑いを隠せないでしょう。支持的で変わらない治療者の態度、それは患者さんにとって侵襲的でない“あいだ”にもなり、若手は取っ掛かりとしてこれを漂わせるのが求められます。

治療者としての振る舞い

 この“治療者の態度がコロコロと変わりやすかったり、苦しい“あいだ”と同様のものだったりする“というのは、患者さん側からすると例えば「どこにいても休まらん」という感覚を起こしたり、養育環境に問題があったなら「私のことを分かってくれなかったお母さんと同じだ」などというイメージを、ある時は意識的に、ある時は無意識的に与えたりするかもしれません。こういうのをきっかけにして診療を展開させることも可能ですが、少なくとも患者さんとの出会いの初期は診察の場における“あいだ”を安定したものにしようという心がけが優先されるべきものだと思います。

 もちろん、“変わらない”というのは“能面であれ”ということではありません。患者さんと共に喜ぶこともあるでしょうし、悲しむこともあるでしょう。患者さんの怒りにこちらも反応することだってあるでしょう。ただし、そういう共振はあくまで治療者の範囲内であることが求められます。治療者は患者さんのお友達や家族じゃありません。患者さんの感情と自身の感情とを考えながら、大きくぶれない存在が治療者です。

 この“変わらない”ことは治療者のみならず、治療の場も同じと考えて良いでしょう。診察の頻度がバラバラであったり診察時間もバラバラであったりすることは、物理的な“あいだ”が不安定なことにもつながり、あまり治療的ではありません。

 優しく待つという点からは、治療者は口を多く挟まないことも具体例として出てくると思います。治療者の方が多くを話し指導をするようなら、それは治療者の考えを患者に押し付けることになりかねません。後ろで見守り、時には共に考え、動かしても良さそうなところからそっと動かして条件を整えていく態度、これが治療者として基本になります。サリヴァン先生のおっしゃるvocal的な要素なども言葉に乗せるものとして大事ですね。

 これまでのお話に付け加えるとすると、先ほど「患者さんの感情と自身の感情とを考えながら、大きくぶれない存在が治療者です」とさらっと言いました。でも実は、結構これが難しいんです。例を出してみましょう。いつも好き勝手に診察をキャンセルしたり予約外に来たり電話をしょっちゅうかけてくる患者さん。普段の生活でも周りの人が困っておりました。診察の時間をもっと伸ばしてほしいと言ってきて、時間は決められているので延長は難しい旨を話したというシーンを思い浮かべてみてください。

「先生って、ホントに自分勝手ですよね!」
<は?あなたの方こそいつも診察に来なかったりしてるでしょう>
「何言ってんの?たった15分の診察で何が分かんの!?」
<あなたがいつも喚き散らして全然話が前に進んでないんじゃないか!>
「何その言い方!!先生が話聞かないからでしょ!」

 あー想像するだけで胃が痛くなる。。。こうなると泥沼ですね。患者さんの日常の“あいだ”が診察の“あいだ”に持ち込まれてしまっています。これにどうやって返せば良いのかというのは難しいんですが、抽象的なポイントとしては、こっちが強い感情を抱いてしまう時は、ちょっと一呼吸置いて

このままだと、患者さんの世界の“あいだ”に入っちゃうんじゃないか…?

と考えてみましょう。踏み込んでしまうと治療者は治療者でなくなってしまうかもしれません。注目点は、こちら側の感情が揺れる時。それは良い感情にせよ悪い感情にせよ、そこに気づいて「診察の“あいだ”が崩れようとしてるんじゃないか?」という考えを持つことだと思います。そういう考えを持てるなら、こっちの感情が揺れてもモニタリングできますね。激しい荒波の中にいても、何とか治療者として生き残ることが大事。

 さて、ここで再びビオンを導きの糸として支持的な治療の概観を見てみましょう。患者さんは生活の中で折り合いのつかない部分、換言すれば自身で抱えられないものに苦しんでいます。その苦しみが表面的に症状となり、受診への切符として働くでしょう。診察の場では、「症状が辛いから何とかしてくれ」として訴えを治療者に投げかけてくるため、治療者は容器(コンテイナー)としてそれをいったん保持することとなります。

分析的と支持的

 精神分析的には、患者さんの今置かれている状況や過去の体験などを考慮し、それを患者さんが抱えられそうな形に変えて適切なタイミングで返すということをします(図上部)。

 支持的精神療法ではそれをいったん治療者が預かることで認証と安心を与え、その形を変えるというよりも他の動かせる部分を動かすという作業が大部になります。その結果患者さんが抱えられる状態になり、治療者は「これまでのやり方を見直してみましょうね」というメッセージを添えて、預かっていたものを患者に戻すと言えるのではないでしょうか(図下部)。

 それが達成されるまで試行錯誤を繰り返すのが精神科の診療と言えるかもしれません。精神分析では、幼少期に代表される過去から現在に繋がる潜在的な苦しい“あいだ”を探っていき、支持的精神療法では現在見えている苦しい“あいだ”を調整していき、患者さんにこれまでの生き方のまずさに気づいてもらうとも言えます。といっても“まずさ”を患者さんにダイレクトに伝えるのではなく、これまでの生き方にも肯定的なライトを当てましょう。「ようここまで頑張ってやってきたね」と認めたうえで「これからを考えていきましょうや」という流れ。

 治ってもらうということは、いずれにしても治療者が“あいだ”に介入することが求められます。これは、表面的な症状を薬剤で和らげても“あいだ”が変わらなければ元の木阿弥になりかねないと思います。患者さんはこれまでの“あいだ”に苦しんだからこそ精神科に来ているのであって、その“あいだ”に戻ったらまた同じ事の繰り返しになりかねません。

ループ

 患者さんは往々にして「前の様に元気に戻りたい」と言います。しかし、その「前の様」は、苦しかった“あいだ”でもあります。前の様に戻ったら、またいずれ病気の芽が出てくるかもしれない。これを知ってもらいましょう。

これまでのやり方には不安定で危ういところがあって、無理が昂じて発病したのかも

 この部分に気づきをもたらすのが治療の目標。病気の前よりも安定してゆとりのある状態、こころの不自由さに折り合いがつく状態になることを患者さんと私たちの合意とする必要があり、折りにふれこのことを伝えておくと良いでしょう。患者さんはどうしても“治る=前の様になる=症状が皆無=幸せな状態になる”と考えがちです。そうではなく“治る”というのは、つらさをつらさとして、悲哀を悲哀として患者さん自身で抱えられるようになることなんです。苦悩に耐える力を持てるようになることです。1人で何でも頑張るのではなく、他の人の協力を得る時にしっかりと得るように出来ることです。「われわれの人生は織り糸で織られているが、良い糸も悪い糸も混じっている」というのはシェイクスピアの言葉。良い糸と悪い糸が両方あって、それらが反発しあわずに織り合わされることで、しっかりと人生は出来上がっていくものでしょう。

 治療者の思う“治る”は回復ということも意味しますし、また患者さんが成長していくことをも意味します。治療の主体は患者さん。「医者や薬は松葉杖で、それを使って実際に歩くのはあなたですよ」これを少しずつ患者さん本人に意識してもらうことは、治療者が患者さんの人生を尊重する存在であることを知らせる引き金にもなります。いつまでも治療者が患者さんを抱え込んでいては、患者さんは巣立てません。ちなみに、少し前まで自分は患者さんに「治療っていうのは、あなたと私との2人3脚みたいなもんですよ」と言っていたんですが、最近は主体をより意識してもらおうかなと思って“松葉杖”という言い方に変えています。どっちが良いかは患者さんにもよるかもしれませんね。

 ここで注意して欲しいのは、相互依存が悪いと言っているわけではないということ。日常の場で“健康に相互依存できる(健康に甘えられる)”ようになるために、治療の場で患者さんの主体性の色を、治療の時期を見ながらですが、濃くしていくことが求められるということなんです。ウィニコット的に言うと“ひとりでいられる能力”を高めてもらうことが目標。単なる“回復”ではなく“回復/成熟”というのが治療者の持つべき目線ではないでしょうか。

 そのためにも治療者は上述のように“変わらない”ことが求められるでしょうし、まずは支持を基本とすることが必要となりましょう。治療者の考えをずらずらと述べて患者さんを指導しようと思ってしまうと、それは容器として働かないことが多いのです。これは逆に患者さんが容器になって、治療者の意見を押し込められることになると考えられはしないでしょうか。治療者が保持して返すという部分、これこそが治療者の頭を凝らすところで、精神分析では様々な人が様々なことを言う部分でもあります。

 若手として、ガチガチな精神分析をやらない医者としての現実的なラインは、なぞることで認証し、それによる支持を行い、症状や状況のプラスの側面をお伝えしたうえで患者さんの今の苦しい“あいだ”で動かせる部分を動かす、そして「今までのやり方を見直してみませんかね」という附録を付けて返すことだと考えています。それも、今までを否定するのではなく、それを肯定的に認めたうえで、今後のためにやり方を見直してみましょうかということ。土居健郎先生が指摘していますが、容器となり包み込む/抱えることで患者さんは健全に“甘える”ことができます。支持という点からずれて治療者が色々と“甘やかして”しまうのなら、それは患者さんにとって先を越されるようなもので、自然に甘えることが難しくなってしまうでしょう。

 と、非常に偉そうなことを言っていますが、自分も常にこれが出来ているとは言い難いです(むむむ…)。こうでありたいという気持ちはあるんですが、例えば外来で疲弊している時や、自分自身の“あいだ”が良くない時なんかは、意図せずにちょっときつくなっていることもあるんですよね…。というのも、患者さんから「この前先生にこんなきついこと言われた」と診察の場で聞いたんです。自分では全く覚えがなくて「へ? そんなこと私が言ったの?」と返してしまいました…。その時は思い返すとちょっと気持ちがイライラしていて診察が荒かったような気がします。なので、治療者は自らのこころの健康管理も大事ですね。そんなことを反省しながら、次章では“転移/逆転移”を見ていきたいと思います。
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2014
01.20

動きと呼吸で変化する痛み…?

Category: ★研修医生活
 この前は研修医救急勉強会がありました。自分もちょろちょろっと昔を偲んでいつも参加しております。

 その時のお題は、右上腹部痛。(以下は実際のものを改変してます)

 高齢女性で、10年ほど前に直腸癌手術の既往があり、B型の慢性肝炎もあるという患者さん。夜中、ごろっと寝がえりを打った時にズキッと痛みを感じたそうです。黙っていても痛くて、痛みの強さはあまり時間が経っても変わらず。右側臥位には痛くてなれないとのこと。寝ているよりも立っていた方が少し楽で、深呼吸で痛みが強くなる、という研修医のプレゼンでした。発症から来院までは2時間ほどだったようです。

 研修医の彼は、動きで痛みが変わると言うところから筋骨格系を考えていたと話していました。

 ここで原則を1つ。どのテキストにも書いてますが、突然発症の痛みであれば”破れる・詰まる”をまず考えるというもの。

 この”破れる・詰まる”は血管や腸管などの管腔臓器はもちろんのこと、脾臓や腎臓など実質臓器、そして腫瘍も含まれます(これ忘れがち。自分もふっと忘れちゃうことがあります)。筋骨格系の痛みは動いた時やぶつかった時に出てきて、確かに突然発症ではあります。しかし、緊急性を考えると”破れる・詰まる”をどんな時も第一に考慮しましょう。自分の同期の経験では、よいしょと立ち上がった時に腰が突然痛くなったという患者さんがおり「あーぎっくり腰かな」と軽く考えていたら実は大動脈解離だった!なんてことがありました。

 さてこの患者さん、外観はsickな印象乏しく、バイタルは呼吸数含め問題なし(きちんと呼吸数を計ってるのが素晴らしい)。身体診察では右上腹部の圧痛と肝叩打痛と右のCVA tenndernessが陽性。血液検査ではHbなんかも下がってなくてCRPも上がらず、D-Dimerが少し上昇してるくらい(0.5以下が基準値ですが、1.3でした)。

 その後CTで疾患は分かっちゃうんですが、結局その患者さんは肝細胞癌の破裂だったんです! 血性腹水も結構なもので。

 病歴前で考えてみましょう。一文サマリは”突然発症した右上腹部痛を訴える、直腸癌既往と慢性肝炎のある高齢女性”ということになろうかと。そこからマニュアル的な鑑別の他に上位に挙がるものを考えると、やはり慢性肝炎の存在からひょっとしたら肝臓の悪性腫瘍なんかがあるんじゃない?という思考。その辺りを見逃さんようにやって行こうかな、と病歴前確率をぼんやり思いながら病歴聴取に入ります。

 そこで大事なのが、研修医をミスリードした”動きで痛みが変わる”というもの。これの解釈ですね。もちろん筋骨格系もそうですが、大事なのは



腹水の存在・後腹膜への炎症波及



 です。これを覚えておきましょう。腹水に関しては、仰向けになると腹水がざざざっと後腹膜を這って横隔膜のところまでやってきます。それが刺激になって痛い。腹水が多いと横隔膜への刺激で浅い頻呼吸になることもあります。だからこの患者さんは立っていた方が楽なのでした。後腹膜に関しては、急性膵炎など、後腹膜臓器で炎症が後腹膜に波及すると仰向けだと痛くてうつ伏せで丸まっていたり前かがみに座ったりすると和らぎます。腸腰筋膿瘍とか虫垂炎の炎症波及度合いとかでは”腸腰筋徴候 psoas sign”が陽性になりますね。だから患者さんはお腹を軽く丸めたり脚を伸ばさず少し曲げていたりという姿勢になります。

 そして更に重要なポイントとして”深呼吸で痛みが強くなる”というもの。これは研修医が良くぞ聞いてくれたと思いましたが、この訴えは



横隔膜・腹膜・胸膜の辺りに何かある



 という情報をもたらします。上腹部痛であれば横隔膜膿瘍かもしれないし、今回のように肝臓の病変かもしれない。深く息を吸うと横隔膜が下がるので、その煽りを受けて周辺臓器に病変があれば反応します。だから膵炎も痛みが強くなります。下腹部痛やお腹全体が痛いのなら腹式呼吸でお腹を膨らませると腹膜にテンションがかかるので、腹膜炎になっていたら痛みが増強しますね。もちろん腹部臓器に限ったことではなく、胸部の痛みなら胸郭も膨らむため筋肉や骨が考えられますし、肺だって膨らむので気胸や胸膜炎も痛みが増します。

 今回、深呼吸で右上腹部痛が増したというのは肝臓そのものが呼吸によって押し下げられたためと解釈できるでしょうか。仰向けのままで深呼吸して痛いのなら、腹水による影響もあるかも。

 この深呼吸は、診察の場で実際に患者さんにやってもらうことが大事。深く思いっきり吸ってもらいます。問診だけだと「そんなんないですよ」とスルーされる可能性があります。姿勢での痛みの変化も実際に動いてもらう。うつ伏せになって楽になるか、その場で患者さんにやってもらいましょう。

 ”呼吸”は腹痛にも活かしましょう。実際に深く吸ってもらうというのもそうですし、浅く速い呼吸なら「腹膜をあまり動かしたくない、もしくは腹水で横隔膜が刺激されている」という考えに結びつきます。腹痛とは離れますが、敗血症の初期症状として頻呼吸が真っ先に出てくることもあります。

 今回の診察でCVA tendernessが陽性なのはなぜ?と思うかもしれませんが、このCVA tendernessというのは添えた手の周辺臓器のダメージを表すもので、決して腎盂腎炎に特徴的なものではありません。だから例を挙げると、右なら肝臓や胆嚢や十二指腸の病変もあるでしょうし、左なら脾臓の病変も考えられます。他に膵臓とかめちゃくちゃ下の肺炎とか肋骨骨折とか、結構色々あるもんです。

 検査でHbが下がってないというのは、受診が早かったためでしょうか。急性出血だと、2-3時間ならHbがピクリとも動かないことが結構あります。ただ、基準値内でも以前のHb値があるのならそれと比較して変化を捉えることも大事。D-Dimerが上昇していましたが、これは疾患非特異的。癌そのもので上がっていたかもしれません。

 ということで「動きや呼吸で痛みが変化するからと言って、安易に筋骨格系と決めつけない」というのがtake home messageでございました。

 ちなみに腹痛の場合、その痛みが内臓由来なのか筋骨格由来なのかの診察に”Carnett sign”があります。仰向けになってもらって、医者は痛いところを抑えます。そして、患者さんに”腹筋”をするみたいに少し両肩を浮かせてもらいます。それで痛みが強くなれば陽性で、その痛みは筋骨格系だろうと解釈されます。痛みが変わらなくても筋骨格系っぽい。弱まれば内臓由来かも。生坂先生の『めざせ!外来診療の達人』に書いてありますので、チラッと見てみてください。
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2014
01.17

牛車腎気丸は選んで使う

 中医学的な”腎”と解剖用語の”腎(kidney)”とは異なる概念とされ、前者は筋骨格系や神経系も含んでます。ただ、後者の腎(kidney)についても慢性腎臓病(CKD)になると腎性貧血という貧血になったり骨粗鬆症になったりということがあり、あながち両者が全く異なるとも言えないような気もします。

 そして牛車腎気丸は中医学的な腎の”陽陰両虚”に用いる漢方薬。最近は抗がん剤による末梢神経障害に頻用されてきている漢方薬ですが、盲目的に


”抗がん剤による末梢神経障害なら牛車腎気丸”


 と言うような使い方には注意が必要だ!と思っています。以前に小柴胡湯で間質性肺炎の報告があって医学界が揺れましたが、病態を考えて使わないとちょっと同じようなことの繰り返しになりはしないかと不安。なぜそんな風に思っているのか? ちょっと生薬レベルで振り返ってみましょう。

 ”腎”に焦点を当てた漢方でエキス製剤になって医者が使うものとしては六味丸、八味地黄丸、そして牛車腎気丸が代表例。

 子ども用に作られた六味丸は、八味地黄丸から桂枝と附子という温める生薬を抜いて作られました。陰陽のバランスがちょっと崩れて”陰虚”になっている時に用います。漢方的には、陽は気を含み、陰は血を含みますから、陰虚っていうと相対的に陽が盛んになっており、エネルギーの代謝が亢進してます。かつ、血が虚するということもあり、陰虚は”血虚+熱”という風に解釈することが出来ましょう。

 そんな前提を踏まえた上で、六味丸に含まれる生薬を見てみましょう。

山茱萸、山薬、沢瀉、茯苓、牡丹皮、地黄

 以上の6つ。地黄が神経反射を改善し、山茱萸は地黄の手助けをします。牡丹皮が抗炎症作用を持っており、虚熱を冷ましてくれます。沢瀉と茯苓は過剰な水分を除く作用を持ちますが、山茱萸と地黄は潤いを保つ働きがあり、全体としては潤いの方に向く方剤。

 八味地黄丸は略して八味丸とも言われますが、適応は”陽陰両虚”、すなわち陽も陰も虚してしまっている時。これは”老化による生理機能や物質の衰え”と考えていいでしょう。エネルギーの合成も代謝も落ちている状態。生薬は”六味丸の生薬+桂枝と附子”でして、この桂枝と附子は温める方に向かうため陰虚で虚熱があるような人には向きません。陽も虚している人が適応です。これを間違うとよろしくなくて、何でもかんでも八味丸というのはまずい。お年寄りでも寒さに強くて火照ったりのぼせたりしているような、そんな人に使うのは間違っています。ここ注意。「年寄りには何でも八味丸やっとけ!」っていう乱暴なことをやると痛いしっぺ返しが待っています。副作用報告もこの八味丸は漢方の中で最も多いと言われていますよ。

 さて、そして牛車腎気丸。これは八味丸の生薬に牛膝と車前子を加えたもの。ということは、”腎”用の有名三剤は、以下のように整理できます。

・六味丸=八味丸-(桂枝+附子)
・牛車腎気丸=八味丸+(牛膝+車前子)

 この牛膝と車前子はどのような働きをしているのか?というのがポイントです。いくつかの働きがあるんですが、メインは利水作用。水はけを良くしてくれる、と考えましょう。六味丸や八味丸はやや潤わせる方向でしたが、牛膝と車前子の加わった牛車腎気丸はいわゆる”燥性”でして、乾かす方向です。だからこそ、使用目標は”むくみ”が大切。もちろん陽陰両虚であることは言うまでもありません。

 末梢神経障害があるからすぐに牛車腎気丸、というのでは中医学的にやっぱり困ります。きちんと冷えとか寒さとかがあるかを配慮して(桂枝と附子が入ってますからね)、かつむくみがあるかを確認しましょう(牛膝と車前子が入ってますよ)。カッサカサな人に長期連用するとよろしくない、と思います。牛車腎気丸にも間質性肺炎の報告が上がってますし、最低限のことは調べて使わないと。

 ”病名漢方”は悪いことではないと思いますし、そうしないと漢方も生き残っていけないでしょう。いつまでも中医学だけの閉鎖的な世界でやっていてはダメ。でも”病名漢方+α”として、寒熱のどちらか、潤性か燥性か、機能低下や機能異常があるのか(気虚や気うつ)、肉体的に枯れてきているのか(血虚)、慢性炎症の結果としての組織リモデリングがあるのか(瘀血)、などなどの因子は必要。それを考慮しないと変な副作用が出てしまうんじゃないかなと思っています。
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2014
01.14

神経障害性疼痛における免疫系の役割

 神経障害性疼痛は、体性感覚神経系の障害や疾患によって引き起こされる疼痛と定義されます。感覚異常と関連があり、痛みが続くことやparaesthesia、そして刺激への反応の変化(allodyniaやhyperalgesiaや感覚消失)などが見られます。

 これがなかなか厄介。患者さんも辛いし医者も有効な手立てが乏しいし。器質的な異常はない!との理由で精神科に流れ着く患者さんも実に多いのです。患者さんからすると「何で精神科!?私の気のせいだっていうの??」という思いでしょうが、決してそうではなく、昔から心身一如と言いますし、かつ精神科で用いる薬剤の中には痛みに有効なものもあり、精神科医が使い慣れているということもあります。

 今回はこの神経障害性疼痛のメカニズムを、参考文献1を主軸にして少し細かく見て行きましょう。免疫系が強く関与しているというのがポイントです。

 まずは痛みの経路を図示します(参考文献3より)。

痛み経路
(クリックで少し拡大)

 痛み刺激は1次上行ニューロンから脳幹、中脳、視床を経て皮質と辺縁系に到達します。辺縁系からは下行性のニューロンが、中脳周囲灰白質、青斑核、吻側延髄腹内側部を通って脊髄の後角に伸びます。この下行性ニューロンは痛みを調節する役割を持ちます。痛み経路はこの様になっていることをまずは確認しましょう。

 そして、本題の神経障害性疼痛について。神経障害は1次感覚ニューロンと中枢への投射経路の機能を変えるだけでなく、ほとんどすべてのレベルにおける体性感覚系での強固な免疫反応とも関連があります。障害された神経やグリア細胞が免疫細胞を活性化させる因子を放出し、その免疫細胞からサイトカインやらケモカインやらがたくさん出てしまいます。その結果、感覚ニューロンの支配域、神経幹、後根神経節(DRG)、脊髄後角の神経終末といったところでの侵害情報の伝達が変化してしまいます。

 このサイトカインがにっくき相手。こいつは神経系で産生され神経系に作用し、慢性的な過興奮や遺伝子発現の変化をもたらし、痛みシグナルの異常な処理に関わり、痛みの状態の増強に向かいます。これが痛みが慢性的に続いてしまう大きな要因と言われます。

 神経が障害されると、皮膚ではランゲルハンス細胞が増殖し活性化して、マスト細胞はサイトカインをドンドン産生していきます。障害部位の神経ではワーラー変性が生じ、炎症細胞が集まってサイトカインが産生されます。神経の周りでは様々なToll-like receptor(TLR)を持つシュワン細胞が増殖し、ケモカインを産生。するとマクロファージやリンパ球といった免疫細胞が引き寄せられます。先鞭としてはやはり自然免疫のマクロファージなどで、リンパ球は少し遅れてからやって参ります。これらが炎症メディエーターを放出し、障害された神経のみならず周囲にある無傷の神経にも影響を与えてしまいます。いい迷惑ですな。DRGではどうなるかと言うと、そこでは免疫細胞、衛星細胞、DRGニューロンが炎症性サイトカインとその受容体の発現をどんどこ増やし、炎症メディエーターが神経興奮を強めていきます。ここまでを図にすると以下のようになります(参考文献1より)。

抹消炎症
(クリックで少し拡大)

 脊髄後角ではミクログリアとアストロサイトの活性化が示されていますし、更には、もっと離れた視床や視床下部、吻側延髄腹側部、中脳中心灰白質においてもミクログリアの活性化が指摘されています。ミクログリアの動員と活性化は、侵害刺激やメディエーター(neuregulin-1、MMP-9、CCL2、fractalkine、ATPなど)によってなされます。ミクログリアからもサイトカインが放出され、中枢の感作をもたらします。例えばTNFαはグルタミン酸による興奮の強さを増幅し、IL-1βは興奮性シナプス伝達を強めて逆に抑制系を弱めます。ミクログリアは更にTリンパ球の動員にも関わります。Tリンパ球は神経障害性疼痛の維持に関与しており、炎症性メディエーターを分泌し、アストロサイトの活性化にも一役買っているのではと言われています。アストロサイトはIL-1βやcyclooxygenase-2やCCL2などの発現を高めます。活性化したミクログリアはIL-18を分泌し、アストロサイトはその受容体をたくさんつくります。これによってこれらグリア細胞間でのコミュニケーションがなされる可能性が言われています。

 脊髄後角でのグリア細胞の働きを図にしましょう(参考文献1より)。

脊髄後角
(クリックで少し拡大)

 こんな感じなんですね。ただ、すべての神経障害性疼痛がこのような大規模な免疫反応を惹起するわけではないようです。また、神経障害を受けた患者さん全員が慢性的な疼痛に悩むということでもありません。どういった患者さんが神経障害性疼痛へと発展するかの予測はなかなか難しいようです。神経の障害された範囲、パーソナリティ、病前の感覚閾値、遺伝因子などが指摘されており、慢性痛は多因子的であるようです。

 これまでのまとめ的な図を出しましょう(参考文献2より)。今回の記事では細かいシグナル伝達を省いているので、気になる方用ということで。

neuronglia.jpg
(クリックで少し拡大)

 治療としては、現段階で私たちの使えるお薬は抗うつ薬、オピオイド、抗てんかん薬がメイン。サイトカインやそのシグナル伝達、他にはグリア細胞なんかをターゲットにした薬剤の開発が期待されています。

 抗うつ薬としてはデュロキセチン(サインバルタ®)が有名ですが、SSRIや四環系のマプロチリン(ルジオミール®)だって疼痛に効果はあります(デュロキセチンに少し劣るとはいえ)。そして、がっちりと効くのはやはり三環系。特にアミトリプチリン(トリプタノール®)は抗うつ薬の中で最も効果が高いです。デュロキセチンはモノアミンを主に動かしますが、三環系は炎症を抑える作用もあるので、そこが強み。用量については、デュロキセチンは40mgでも60mgでも効果はあまり変わらないと言われます(純粋な用量依存的ではない)。40mgでぴくりとも動かなければ、60mgでも負け戦的。アミトリプチリンも用量依存的とは言いづらく、50mg程度とそれ以上とを比較してもそんなに効果に違いはないとされます。でもこれに関しては50mgで全然効果なかった患者さんが100mg前後でぐぐっと良くなることを経験するので、忍容性を見ながら増量することにちょっとした意義があるのかもしれません。

 オピオイドとしてはトラムセット®(トラマドールとアセトアミノフェンの合剤)が麻薬処方箋なしで出せるので使いやすいのですが、そうは言ってもオピオイド。副作用にしっかり配慮しましょう。初期のものには嘔気嘔吐や傾眠がありますね。ずっと続くものには便秘で、これは結構頑固。成分のトラマドールはオピオイドの作用とSNRI的な作用を併せ持つので、セロトニン再取り込み阻害のお薬(SSRIやSNRI)と併用することでセロトニン症候群をきたす可能性は無きにしもあらず。文献的にも報告がいくつかなされています。

 抗てんかん薬ではカルバマゼピン(テグレトール®)やトピラマート(トピナ®)などが経験的に用いられますが、ガバペンチンの類似体であるプレガバリン(リリカ®)が証左あり、良く使われます。ただこのプレガバリンはふらつきの副作用がかなり強い。最初は若年なら50mg/dayくらい、高齢者なら25mg/dayくらいから始めましょう。添付文書の150mg/dayから開始するとかなりな頻度でふらふらします。このプレガバリン、精神科的には抗不安を期待して使うこともあります。他の副作用は、認知機能低下と心不全と複視など。

 個人的には漢方薬を頻用します。慢性的な痛みは寒に向かうことが多いので、そこの配慮が重要。後は瘀血と風湿をどう解決するかという点でしょうか。自分はどうにもならない患者さんの視床痛が疎経活血湯で著明に改善した経験があり、ちょっと感動モノでした。他にも抑肝散、五積散、大防風湯、五苓散、桂枝加朮附湯などなど、使える武器は多いです。附子がアストロサイトの活性化を抑える作用を持つなんていう報告もあり(まじっ!?)、やはり漢方は勉強しておいて損はないかと。でも間違った方剤は出さないようにきちんと学ばないとダメだと思います。炎症バリバリで熱を持っているような部位の痛みに桂枝加朮附湯出したら改善するどころか悪化しますよ。それと、漢方にも副作用もしっかりありますしね。

 ”痛み”はつらいものです。だからこそ、適切な治療が必要。もちろん多剤併用になるのもいけませんが、使うべきものは必要量を必要期間使う。それが大事。ただ、病態は徐々に分かってきているものの薬剤がなかなか…。免疫を調節するような作用のものが待たれます。




☆参考文献
1) Margarita Calvo, et al. The role of the immune system in the generation of neuropathic pain. Lancet Neurol 2012;11:629–42
2) Benarroch EE. Central neuron-glia interactions and neuropathic pain: overview of recent concepts and clinical implications. Neurology. 2010;75(3):273-8.
3) White FA, et al. Chemokines and the pathophysiology of neuropathic pain. Proc Natl Acad Sci U S A. 2007;104(51):20151-8.
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2014
01.11

ブリのあら煮

 冬はやっぱりブリさんの出番でしょうか。とは言っても結構高いですよね。。。

 そういう時は、”あら”を使いましょう。非常に経済的でございます。ちなみにこの”あら”、漢字で書くと”粗”なんですって。

 ”あら”と言えばやはり”あら煮”ですよね。以前にマグロの血合いを煮た記事を挙げましたが、ほとんど作り方は一緒。


 まずは材料(画像に写ってませんが、お砂糖も使ってます)。ブリと相性の良いのはお大根なので、それも積極採用。

あら煮1

 今回使ったブリのあらは、100gで58円。天然も養殖も何と同じ値段でした。だったら天然を使いたいところでしたが、可食部が少なく、吟味した結果これをお買い上げ。

あら煮2

 ブリはまずお塩を振って10-30分ほど放置。これをしておくことで臭みが少なくなります。

あら煮3

 その後、多めのお湯で軽く茹でる。これで下準備はO.K.

あら煮4

 ざるに。ひとっ風呂浴びたようなお顔ですな。

あら煮5

 お水とお酒を合わせてひたひたになる程度に。お水:お酒が1:1くらいです。

あら煮6

 生姜をやや多めに使います。

あら煮7

 あとは本当に適当に味付け。マグロの角煮をつくった時よりもみりんとお砂糖を多めにしました。

あら煮8

 お大根も切って入れる。そして放置。

あら煮9

 他のことをして、気づけば出来上がり。 

あら煮10

 盛り付けはこんな感じ。味が染みてますね。ブリにまで染みるには、一晩置くのがオススメ。

あら煮11

 やっぱり”あら”は良いですよ。安いし美味しいし。おかずやお酒のつまみに最適でございます。
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2014
01.08

くやしいね

Category: ★精神科生活
 勤めている病院に、2013年12月号のamerican journal of psychiatryが置いてありました。いつもなら軽く見て終了なのですが、この号は表紙に何と”眼底”が載っていたのです。見てくださいこちら。

表紙



お? 精神科なのになぜ眼底?

 と興味を引き、該当する論文を見てみると。。。



なるほどー



 これは個人的にかなり好きになりました。

Meier MH, et al. Microvascular abnormality in schizophrenia as shown by retinal imaging. Am J Psychiatry. 2013 Dec 1;170(12):1451-9.

 まさに眼底を見ておりまして。この背景には、統合失調症では脳の微小血管障害があるのではないかという仮説があります。著者たちは「眼底の血管と脳の血管は構造や機能の点で同じようなものだよな」「脳の血管は直接見られないけど、眼底の血管なら大丈夫だ!」という至極当然の事実を引っさげて、色んな人の眼底を覗いたのでございます。

 すると、統合失調症の患者さん(小児期に精神病症状を経験した患者さんも含む)の眼底では細静脈の拡張が見られたんです! この拡張は脳の酸素不足を反映する微小血管障害であることを示唆しているのでございます。

 これを読んで感動しちゃいまして。著者らの作戦勝ち、発想の勝利ですよね。というか、なぜ自分が眼底の血管を見るという方法に気づかなかったのか。研修医の頃に教わったじゃないか、眼底の血管は唯一非侵襲的に覗ける微小血管であることを。

 悔しいなぁと思うと同時に、この論文の視点に惚れ込んでしまいました。

 お金をかけた研究も素晴らしいんでしょうけど、こういう基本的な身体診察や検査から導き出せる良質の結果というのは、実に格好良いですね(BMJあたりはこういうのを好んでます)。

 ゼニはグラウンドに落ちているという、マッシー池田先生のお言葉を思い出しました。基本姿勢に立ち返って、そこから良いものを生み出すのがなんともクール。
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2014
01.06

研修医のための救急用画像の本は?

Category: ★本のお話
 今回は画像関係の本をご紹介。と言っても自分は研修医の頃は救急専門でやって来たようなものなので、それ用になってしまいます。

 画像はレントゲン、超音波(エコー)、CT、MRIでございます。

 レントゲンについてですが、腹部レントゲンはあまり有用性が高くありません。勉強はしましたが、実際に救急の現場で役立つかと言われると、かなり限定されると思ってます。超音波に取って代わられたと考えて良いでしょう(でも自分でしっかりと勉強はしてみてください。その上で判断はするものです)。腸管においても同様ですね。消化管エコーは是非やってみてください。

 救急のレントゲンといえばやはり胸部だと思います。何か1冊読んでおくに越したことはなく、それは大体どれも似たような内容だったりします。革新的な胸部レントゲンの本には出会ったことがないなーと思っていましたが、この本は基本から応用まで無理なく学べる良い本だと考えています(2014年に改訂)。

胸部X線診断に自信がつく本 第2版 (「ジェネラリスト・マスターズ」シリーズ 1)胸部X線診断に自信がつく本 第2版 (「ジェネラリスト・マスターズ」シリーズ 1)
(2014/10/02)
郡 義明

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 これで勉強したら、あとは何冊も読むことはせずに読影練習! その際は、シルエットサインに十分な注意をしましょう。救急での見逃しは多くがシルエットを追わないことによる、と経験的に言えます。大動脈や心臓や横隔膜のラインには十分すぎるほどの注意を。他の注意点は肺尖部でしょうか。そして撮るなら、見逃しを少なくするためにも正面像と側面像が欲しいところ。側面像の威力は結構強力ですよ。

 ちなみに、胸部も超音波が非常に有用。特に気胸や肺水腫は良く分かります。自分は肺炎に応用したことはないんですが、最近は肺炎の検出も出来るとする論文が多く出てますよ。

 外傷のレントゲンなら、これが分かりやすいかも(2014年に改訂)。自分はあんまり外傷得意じゃなくてですね…。

救急・当直で必ず役立つ! 骨折の画像診断 改訂版〜全身の骨折分類のシェーマと症例写真でわかる読影のポイント救急・当直で必ず役立つ! 骨折の画像診断 改訂版〜全身の骨折分類のシェーマと症例写真でわかる読影のポイント
(2014/04/16)
福田 国彦、 他

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 そして、超音波やCT/MRIは、臓器を立体的にイメージできるかというのが求められます。臓器の三次元的な位置関係を覚えていれば超音波で描出もしやすいですし。「平面で覚えても良い」という先生もいますが、立体で覚えたほうが圧倒的に描出が速いですし、応用が利きます。

 その立体的な記憶については、この本を読んでみる。

3D anatomy―腹部エコー・CTを立体的に読む3D anatomy―腹部エコー・CTを立体的に読む
(2003/04)
加藤 高明

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 実に良い本だと思ってます。これを読んで超音波の練習をヒマがあったらする、この繰り返しが身につくポイント。超音波で描出ができるようになると、CTの読影も臓器の位置関係がつかめてきてレベルアップ。

 超音波については、実際の手順なんかは結局どの本も似たようなことを書いているので、肌に合ったものを選びましょう。自分は”持ち運びしやすいもの”という点で選びました。

ひと目でわかる腹部・消化管エコー実習テキスト『基礎編』ひと目でわかる腹部・消化管エコー実習テキスト『基礎編』
(2009/04/02)
杉山 高

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ひと目でわかる腹部・消化管エコー『実践編』ひと目でわかる腹部・消化管エコー『実践編』
(2009/04/02)
杉山 高

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 『基礎編』が正常解剖で、『実践編』が病態像。消化管エコーが少しですが載っている点と、あとは薄くて小さいというのが利点。これじゃなきゃダメということは全くありません。

 消化管エコーは自分が研修医2年次の時にとてもハマりまして、この2冊を読みました。

消化管エコーの診かた・考えかた消化管エコーの診かた・考えかた
(2004/04)
湯浅 肇、井出 満 他

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新超音波検査 消化管新超音波検査 消化管
(2006/05/25)
関根 智紀

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 他にも何冊か出てますが、自分が読んだのはこの2冊。。。どちらか1冊でも良いので読んでみてください。

 その消化管エコーは、まずは腸閉塞から入門すると良いですよ。めちゃくちゃ分かりやすいですし、レントゲンでは分からないようなgasless abdomenも超音波ならしっかり見えます。これで消化管エコーの威力を実感してみましょう。

 何かポケットマニュアルがあった方が安心、という方には、技師さん向けですがこれでしょうか。

腹部超音波ポケットマニュアル腹部超音波ポケットマニュアル
(2011/11/29)
不明

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 超音波は第2の聴診器でもあります。研修医の行う超音波の感度は恐らくかなり低いと思いますが、誰だって最初はゼロからのスタート。「見逃しは多い」と認識しながら練習を重ねていきましょう。研修医の時の思い出として、自分とあと1人の同期とで患者さんの超音波をやって「よし、胆石はない!」と思っていた患者さんがCTを撮ったら思いっきり詰まってたなんてことがありました…。消化器内科の先生は「これは分かりづらいよ」とおっしゃっていましたが、当時は「結構練習したはずなのに。。。」と2人とも意気消沈した記憶があります。ナカナカ難しい。

 肺の超音波(肺エコー)は残念ながらあまり多くを記述したテキストがありません。自分はChestに掲載されている論文を見ながら「ナルホドナルホド」と実践していました。他には林先生の『Step beyond resident』にちょろっと書かれてますね。初めて肺水腫のB-lineを見た時、そして気胸のseashore sign陰性を見た時は感動しました。懐かしい。

 →と思っていたのですが、2015年に肺エコーの本が出ました! 時代は進んだのだ。

こんなに役立つ肺エコー−救急ICUから一般外来・在宅までこんなに役立つ肺エコー−救急ICUから一般外来・在宅まで
(2015/03/27)
鈴木 昭広

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 心臓の超音波も定性的な見方が精一杯だと思います。描出力が乏しい時にあんまりEFとか出そうとするとかえっておかしくなる。とある病院の循環器の先生は「研修医がやった心エコーは参考にしない」と言っていた記憶が。本は何でも良いと思いますが、なるべく図が多くて薄いのがオススメ。自分はこれを使いました。

ビジュアル基本手技 7―カラー写真とシェーマでみえる走査・描出・評価のポイ 必ず撮れる!心エコービジュアル基本手技 7―カラー写真とシェーマでみえる走査・描出・評価のポイ 必ず撮れる!心エコー
(2008/04/28)
鈴木 真事

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 超音波全体について、手前味噌で恐縮ですが『こうすればうまくいく! 臨床研修はじめの一歩』という本には超音波の章があります。研修医の現実的なレベルを想定しながらも、消化管エコーや馴染みの薄い肺エコーについても触れているので、立ち読みで良いので眺めてみていただければ。

 さて、CTは急性腹症と脳血管障害、そしてMRIは脳血管障害でしょうか。

 基本的な臓器の位置関係は上述の『3D anatomy』と練習で把握でき、それがCTの読影にもつながります。その上で、急性腹症のCTではこちらを。

ここまでわかる急性腹症のCT 第2版ここまでわかる急性腹症のCT 第2版
(2009/08/29)
荒木 力

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 脳血管障害は、CTもMRIもこれで。

ここまでわかる頭部救急のCT・MRIここまでわかる頭部救急のCT・MRI
(2013/02/28)
井田正博

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 これっくらい読めば知識は十分だと思います。あとは実践あるのみ!

 ただし、この『ここまでわかる~』の2冊の厚さに「うーん…」となって読むのにたじろぐのなら、まずは『画像診断に絶対強くなるワンポイントレッスン』という本が、会話形式で薄くて、研修医の入門書として優れていると思います。頭部・胸部・腹部の救急的な疾患をメインに解説してますし、脳の血管支配域から肺や肝臓の区域も載っています。

画像診断に絶対強くなるワンポイントレッスン 〜病態を見抜き、サインに気づく読影のコツ画像診断に絶対強くなるワンポイントレッスン 〜病態を見抜き、サインに気づく読影のコツ
(2012/04/02)
堀田 昌利、土井下 怜 他

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 ここで大事なことですが、検査というのは頭のなかにある程度の鑑別があってのうえでのこと。ある疾患の像を画像が映し出していても、見る医者がその疾患を想定すらしていなければ容易に見逃してしまいます。きちんと鑑別を立てて検査前確率を設定しておくことが、見逃しを減らす最重要の策であります。つまり「あるんじゃないの?」と疑って画像を見るのが大切。

 あと、全く救急とは関係ありませんが、認知症の画像というのも解読しなきゃいけない場面が研修中にちょろっと出てくるかと思います(神経内科/精神科/老年科など)。そういう時に参考になるものを1つ。

ここが知りたい認知症の画像診断Q&Aここが知りたい認知症の画像診断Q&A
(2013/09/30)
松田博史、朝田隆 他

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 これは”薄い!””安い!”というのが大きな魅力。200ページちょっとで、かつお値段も3000円台。フルカラーでQ & A方式なので、読みやすく分かりやすいと言うのも利点。自分は、認知症の診断において画像はあくまでも参考という立場ですが(しかも今勤めている病院は画像検査出来ないので)、撮ったら撮ったで正しい解釈をしなければなりません。SPECTの読み方も良く分からずにオーダーし、読みは放射線科医任せというのは御法度でございます。そういった意味で、この本はコストパフォーマンスに優れておりお勧めできます。

 最後ですが、超音波は研修医1年次のうちからガンガンやりましょう。自分の身体を使ったり同期で練習しあったり、回数をこなせばこなすほどうまくなっていきますよ。
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2014
01.03

初詣の本懐を遂げる。

 本日(1/3)は初詣に行って来ました。

 豊川市にある”豊川稲荷”です。正式には”妙厳寺”と言うお寺。神社ではないんですが、鳥居を持つ不思議なところであります。

 想定はしてましたが、激混みでございます。入口から少し入ったところ。

豊川1

 ちょっとずつ進んでいきます。奥に見えるのが本殿。まだ遠いなぁ…。

豊川2

 だんだん近づいてきました。遅々としてはいますが、着実に距離は狭まっている。

豊川3

 だいぶいい感じ。もうちょい。

豊川4

 もうゴールは目の前! カメラがしょぼいケータイ(6-7年前より使用中)のでして、日光の具合でかなり画像の明るさが異なってしまっていますがご了承を。。。

豊川5

 あと一歩のところで足止め。焦らしますな。参拝客が多いので警察が規制をかけておりまして、1ターンで参拝できる人数は限られております。

豊川6

 で、ターンが巡ってきて、参拝を済ませました。入口から本殿到達まで1時間弱だったでしょうか?

 ちなみにこの豊川稲荷。自動販売機もこんな感じ。

豊川7

 あとはうろうろ。豊川海軍工廠慰霊碑にも行き、お祈りをしてきました。第2次世界対戦の時に機銃や弾丸の製造をしたところでして、終戦間近の1945年に空襲に遭い、2000人以上が亡くなってしまったんです。今の日本も、多くの犠牲の上に成り立っているんですよね。

 そして帰りは、参拝待ちによりお腹が空いたので、参道のお店でお昼ごはん。”おきつね本舗”というところで”おきつねバーガー”を買いました(300円)。

豊川8

 見た目はこんな感じ。バンズが油揚げでして、ソースはケチャップベースになってます。具はおなぐさみ程度のレタスとなけなしのタマネギ、そして小さめで薄めのトンカツ(外側を眺めるだけでは確認できませんでした)。

豊川9

 あれ? 画像で改めて見るとあんまり美味しそうに感じませんね…。ちょっとアップを。

豊川10

 レタスがペタッと張り付いてるのが何か安っぽく見える犯人だろうか…。しっくりこないなぁ。

 食べていくと、トンカツさんに当たります。

豊川11

 この薄っぺらさがB級らしさを醸しだしてます。トンカツって味しませんでしたけどね。むしろチキンカツ的な。

 味自体はケチャップが強めでしょうか? お揚げの味がちょっと押され気味。ケチャップで食べている感じがしたので、それを抑えておダシを利かせるとお揚げの味も消えないような。また、お揚げをバンズにする発想は面白いですが、それを手で持とうとすると油地獄にハマります。具材はもうちょっと工夫というか増量というか、もうひと押し欲しい。でも300円という値段と手軽さを考えるとこんな感じなのかも。

 ついでと言ってはなんですが、同じお店でお稲荷さんもお買い上げ。五目稲荷。

豊川12

 ちょっと炙ってます(味には影響なかった)。

豊川13

 五目なので、複数種類(でも少量)の具が入ってます。

豊川14

 味は甘めで噛むとお揚げからじゅっとタレが染み出てきます。炙りの香ばしさがもっと出ると良いかも?

 そんなこんなで初詣も終わり、あとは1/6の出勤まではごろごろっとしているつもり。
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2014
01.01

2014年ですね。

Category: ★精神科生活
 みなさま、明けましておめでとうございます。

 2013年12月31日は大滝詠一が亡くなってびっくりしてしまいました。

 その日は懐かしみながら”白い港”とか”ペパーミントブルー”などを聴いておりました。そして夜は『吉田類の年またぎ酒場放浪記』を去年と同様に視て過ごし…。

 ただ「早く寝ようかな」と思い、年をまたがずにテレビを消して歯磨き。その歯を磨いている内に年が明けるという、ちょっと不思議な年越しでした。

 何で早く寝ようと思ったかと言うと?



今日が何の因果か当直なもんですから…。


 
 なんか大体12/31とか1/1とかに当直になるんですよねー。今回は厳正なる抽選の結果、見事に1/1を引き当てました。。。「一年前はどうだったの?」と思いブログの記事を遡ると・・・



あ、去年も1/1が当直だったのね…。



 なんだそりゃ。ちなみに2年前は12/31が当直でした。うーん。

 というか、朝の駅がガラガラでした。こんな感じ。

えき1

 人いなさすぎでしょ…。

 一度乗り換えをするんですが、その駅はいつもものすごく混むんですよ。東京さんほどではないですけど、日本でも有数らしいです。そんな駅もホレ。

えき2

 もう余裕で電車の中も座れました。

 そして、さっき食べてきた今日のお昼ごはんは”おせち”です。ま、去年と同じなんですけどね…。

おせち1

 去年と違って、玉子焼きが伊達巻に進化。

おせち2

 でも、去年はまがりなりにも”きんとん”の形をしていたさつまいもですが、今年は直球の”ふかしいも”になっていました。

おせち3

  さて、まだまだ”2014年”や”平成26年”という表現に慣れず違和感を覚えますが、今年も一年過ごしていきたいと思います。

 ちなみに、年賀状に描いたお馬さんはこんなのでした。いつも棒人間みたいな感じでシンプルに描いてます。小学生の絵みたいですね…。

うま
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