2012
12.27

1年モノ

 こんなブツを、部屋の隅で見つけました。

 さて、何でしょう??

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 そうです、みかん です。


 なんと。。。

 カビが生えることなく、純粋に乾燥しております。まさに乾物。みかんは冬に食べているので、恐らくこのカラッカラなみかんは1年前の…?

 手に載せましょう。

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 ちっさ!そして軽っ!

 なぜか気を良くして色々ガサガサ探すと…。

 出てきた!

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 変化途中…??第何形態でしょう。。。

 これは多分今年初めて買ったみかんのうちの1つ。無駄に良い推理をしております。

 せっかくなので、最近買ったみかんと並べてみました。

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 ちょっと角度を変えて。

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 この乾物みかんは、年を取っていく老年期の寂しさを表しているようで何とも哀愁漂います。。。様々なこと・ものを喪失していった抑うつ的なベールが見えてきますね。新しいみかんは瑞々しくて、明日への希望を持った若者そのもの。

 というか、何でこんなのが家にあるんだ…?
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2012
12.20

持ちやすい、食べやすい、温かい

 いつものイオンではなく、浮気をして別のスーパーに行ってみました。

 そこで、こんなものを発見。

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 ”ミニお好み焼き”

 100円也。片手に収まるサイズで、スティック状とも言える形状です。しかも温かい。

 冬の寒い日に温かいものを家へ持ち帰るのはナンセンス。帰り道に食べることにしました。ビリっと開けてみましょう。

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 小さなお好み焼きを2つに折っているんですね。このソースべったりのB級感というかチープ感というかジャンキー感というか、庶民にはたまりませんな。

 よーし、パクっといきましょう。おっ??

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 玉子キタ!!

 どんどん食べ進めると…、な ん と 。。。

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 なけなしの豚肉もキタ!!



 んまい。



 安っぽいのは美味しい。味は主にソースの味になりますが、このソースがまた安っぽさをこってりと表しておりまして、それが良いんですよね。形も実に食べやすいし。ふつうのお好み焼きはこうやって食べられませんからね。

 コンビニだとお好み焼きは意外と高い。一人でお店に入るのもちょっと。ということで、今回のポータブルお好み焼きは100円ということもあり個人的にヒットです。

 ま、帰り道に2個食べちゃいましたけどね。。。
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2012
12.14

消えたら補充

Category: ★本のお話
 精神科医にとって今や薬剤は手放せない。でも薬は毒にもなりますから、適切な薬剤を適切な量使うことが求められます。当然といえば当然ですが。

 どんな疾患にどんな薬剤を選択するか、そして腎機能や肝機能の落ちている患者さんにはどういった薬剤を使えば良いかなど、正しい知識は欠かせません。

 エビデンスを振りかざすわけではありませんが、お作法的な薬剤治療を網羅しているのが『モーズレイ処方ガイドライン』。2009年の第10版が和訳されていまして、非常によろしゅうございます。以前にこのブログでも紹介させていただきました。エビデンスレベルの高いものから低いものまで、様々な治療法が豊富なReferenceとともに掲載されています。精神科薬剤は経験によるところも大きいですが、若手にとってはまずお作法を身につけてから広げていくもの。その薬剤治療の基盤を作ってくれるのがモーズレイです。”処方”ガイドラインなので詳しい薬理学的な部分は載っていませんが、極めて実践的。

 和訳版では日本の実情に合わせて訳者が注を付けてくれています。


 しかし、なくしちゃいましてね。。。


 特に若手の精神科医にとって、正しい薬剤治療には欠かせないとも言えるモーズレイ。買い直そうと決心しました。しかし、同じものだとなんか損した感じが否めません。

 ある程度この本の章立てや日本の事情も分かってきたので、ここはまだ和訳の出ていない第11版を。

 第11版は2011年に出版されています。モーズレイはだいたい3年に1度の改訂なので、次回の第12版は2013年でしょうか?多分10月か11月になると思います、傾向を見ると。

 ということで、12版までには期間があると踏んで11版を買いました。



 全てにおいて10版より詳しくなっていました。。。買って良かった。

 現段階での世界標準的な治療、そして行き詰まった時の次の一手にはモーズレイ。これに全てを委ねるのは思考を放棄することになるのでオススメできませんが、どういった治療がどんな優先順位で行われているかを知るにはとてつもなく良い本だと思います。これから精神科医になるという方々や若手精神科医の皆さん、持っておいて損はないガイドラインだと思います。


☆原著は2012年末時点で第11版

The Maudsley Prescribing Guidelines in PsychiatryThe Maudsley Prescribing Guidelines in Psychiatry
(2011/11/25)
David Taylor、 他

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☆和訳は2012年末時点で1つ遅れの第10版

モーズレイ処方ガイドラインモーズレイ処方ガイドライン
(2011/01)
David Taylor、Shitij Kapur 他

商品詳細を見る

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2012
12.09

ACT-likeな精神療法的面接-2

Category: ★精神科生活
 さて、前回は精神療法(ここでは、流派にとらわれず面接を介する治療をまとめて精神療法と呼んでます)にも色々種類があり、そして日々の外来でガチガチの”何たら療法”をやるのは時間的に厳しいので、色んな療法の目線を持ちながら薬剤治療と並行して行なっていくというのが現実的でございます、というお話でした。

 今回は、自分が勉強して外来で患者さんに接する際の参考にしているACT(Acceptance & Commitment Therapy:アクセプタンス&コミットメント セラピー)について少し触れてみようと思います。

 ACT(アクト、と読みます)は何をするか?どの様に患者さんに接するのか?というところですが、ACTの狙いは、何と症状の緩和にはありません。苦しいものを取り除くということに主眼を置いていない、というのがACTの特色。この治療法の目的は”症状との関係性”を根本的に変えることにあります。

 苦しみを解決するために私たちの使う方法の多くは、実はかえって苦悩を生んでしまい、苦痛を深くしてしまうということがあります(全部が全部じゃないですが)。深い海に投げ入れられたらもがく。でももがけばもがくほど沈んでいってしまう。。。私たちは発達した脳を手に入れ論理的、理性的なアタマを手に入れました。しかしそれにより苦しんでしまっている面もあります。ちなみに、ここで言う”論理的、理性的なアタマ”はACTの本では”マインド”と記載されます。でも日本人に”マインド”なんて言ってもピンと来にくいので、自分はカタカナで”アタマ”と患者さんに表現するようにしています。

 精神科医のもとを訪れる患者さんの多くは心理的な苦痛、それは不安であったり抑うつであったり、を抱えています。ACTを行う治療者はこの苦痛に患者さん自身がうまく対処できるようになることを目標としています。苦痛が無くなるというのではなく、苦痛に対処というのが大事。その対処の仕方を学んでいくことが日々の外来で行なわれることになります。

 そして、その心理的苦痛の原因として大きなものに「認知的フュージョン」と「体験の回避」とがあります。それってなんぞや?


認知的フュージョン:日本的に分かりやすく言えば、考えへの”とらわれ”
体験の回避:イヤなことを避けよう/抑えこもう/取り除こうとしてもがくこと。日本的には”はからい”


 上記のようになります。強迫観念と強迫行為をイメージするとピッタリ来るかも知れません。

 「あれ?鍵閉めたっけ?大丈夫、と思うけど、、、。もう電車にも乗っちゃったし家に戻れば遅刻しちゃう。。。でも、、、確かめないと不安だ!←これを繰り返す」「何か手を洗わないと怖いことが起こりそうな気がする…!起こらないと思うし洗うのなんて変だと分かってるけど…。でも洗わないと!←これを繰り返す」などなど。これにより日常生活を大きく損ねてしまう人たちがいます。まさにフュージョンと体験の回避を表していますね。

 患者さんの考え方は壊れているのではなく、行き詰まっているだけ。この行き詰まりは普通の人間の思考が持つ普通の作用で、それが認知的フュージョンと体験の回避なんです。繰り返しですが、普通です。患者さんの状況にあるのであればその様に苦悩してしまうのも無理はないのです(validation:認証)。目線を変えれば”症状”というものは苦悩の表れで、それは患者さんなりに対処しようとしてもがいているコーピングと考えることができます。リストカットや他の破壊的な行動も、それ以上に自分や他人を傷つけてしまうのを防ぐために患者さんが苦しみの中でとった対処行動の1つ。精神分析のいう”防衛機制”もコーピングととらえることができます。例えば解離だって苦しみから逃れるための一時的な緊急措置。

 それが、行き詰まってしまっているんです。患者さんなりに頑張ってコーピングしているけれども、結果的には自分を苦しめてしまう。行き詰まっているコーピングは一時しのぎになるかもしれませんが、将来までおもんぱかってくれるとは限らないのです。一時しのぎを繰り返しているうちに身動きできなくなってしまいます。体験の回避というのは、機能不全となったコーピングとも言い換えることができそうですね。だから頭ごなしに”やめなさい!”なんて言ってもなかなか意味がない。患者さんからそのコーピングを取り上げてしまったら、彼らは混乱してしまいます。

 電車に乗るとパニック発作を起こす人は、ひとまず電車に乗るのをやめることで楽にはなります。しかし、そのことが活動を制限することになり「電車に乗ったらまたなってしまう」「今度はいつなってしまうのか」という不安が募ってきます。他の場所でもパニック発作が起こってしまったら、またそこへ行かないように。。。こういったことを繰り返すと、果てには自宅以外に出られる場所がなくなってしまいます。

 まさにジリ貧。どうしましょう。実は、思考のありのままを見ると、単なる言葉や映像にすぎないのです。でも認知的フュージョンの状態にあると思考から自分を切り離せず、とらわれてしまいます。

 フュージョンの状態だと、自分の思考が以下のように思えてきます(後述の”よくわかるACT”より)。

・絶対的な真理
・従うべき命令、ルール
・なるべく早く取り除きたい脅威
・過去や未来についてのことなのに、今起きているもの
・重要なので、全神経を集中させないといけないもの
・自分の人生に悪い影響を与えているのに、手放せないもの

 これって、精神分析の対象関係論で言う”妄想-分裂ポジション”と似ている気がしませんか?自分はACTの本を読んで、フュージョンに分析的な理論で味付けをしたものがまさにクライン派の”妄想-分裂ポジション”であるような印象を持ちました(単なる私見ですので、軽く受け流してやってください)。

 それと対極にあるのが脱フュージョンの状態。思考というのは”頭の中の”言葉や映像にすぎない、と分かるようになります。クライン派で言う”抑うつポジション”とも表現できるかもしれません。

 脱フュージョンの状態だと、思考を以下のようにとらえることが出来ます(これも後述の”よくわかるACT”より)。

・正しいかもしれないし、間違っているかもしれない
・従うべき命令やルールなどではない
・自分を脅かすものではない
・物理的な世界で起こっていることではない。頭の中の言葉や映像にすぎない
・重要かもしれないし、全く重要ではないかもしれない。どれだけの注意を払うか、自分で決められる
・頭の中を好き勝手に出入りしている。捕まえておいたり、追い払ったりする必要はない

 これを患者さんに意識してもらい、達成してくれることを後押しします。

 ACTでは、思考が正しいか間違っているかではなく、思考の有効性(workability)に重点を置いています。換言すると、患者さんの思考が豊かで有意義な生活を送る助けになっているかしら?ということ。考えにとらわれている状態で、やりたいことをやれるでしょうか?なりたい自分になれるでしょうか?

 繰り返しになりますが、ACTでは患者さんの思考内容を変えようとはしません。問題を引き起こすのは思考の中身ではなく、思考とのフュージョンであると考えています。

 体験の回避についても少しお話ししましょう。

 私たちは、体験を回避することで苦しみが増します。不安障害では、不安を避けようとすればするほど、不安に対する不安は増してきます。不安障害のみならず、体験の回避が強いと様々な問題に結びつくことが示されています。

 何度も言いますが、ACTでは症状の軽減を重視していません。症状の軽減に重点を置くと、体験の回避が強くなりやすいのです。体験の回避で何が犠牲になるか、それがいかに無益かを理解してもらいます。これまでどんなことを試してきたか、どんなふうに役立ったか、どんな代償を払ったか、に注目してもらうのです。それらの多くは短期的には効果はあったものでしょう。しかし、長期的な目線に立つと、知らず知らずのうちに自らの動きを窮屈にしてしまっているものばかり。

 不安や抑うつを取り払おうとして、色々なことをしてきたことでしょう。でもそのような努力をして、それらは去ったでしょうか?去っていれば、患者さんは治療者の前にはいませんね。去っておらず相変わらず絡み付いてくるので、患者さんは治療者のもとを訪れます。

 認知的フュージョンと体験の回避それ自体は、本質的に悪いものではありません。治療者が問題視するのは、豊かで充実した、有意義な生活を送る妨げになっている場合のみです。さっき述べた有効性というのを常に考えます。イライラするからちょっと気分転換に散歩する、頭が痛いからイブプロフェンを飲む(これ自分)、というのも体験の回避になります。でもこれは有意義な生活を妨げてはいませんね。どうにも辛くなって押しつぶされそうだから、リストカットをして流れる血を見て安心する。これは患者さんなりのコーピングではありますが、長期的に見て有効性は乏しい(でもやめろと言ってやめられるもんでもありません。それでやめられるなら苦労はしないですよね…)。

 認知的フュージョンと体験の回避に影響された行動を、価値(より良い人生への羅針盤みたいなもの)に沿う行動へと変えていくのがACTの狙いと言えましょう。「あなたは自分の人生をどうしたいのでしょうか?どのような方向にあなたは進みたいのでしょうか?」というのが価値の性質。思考や感情は症状でも問題でもなく、また豊かで充実した生活を邪魔するものでもありません。思考は思考、感情は感情、それ以上でもそれ以下でもないのです。もちろん思考や感情は行動に影響を与えてはいますが、コントロールしているわけでは決して無いのです。これをしっかりと意識しましょう。

 ACTという言葉の中にも含まれている”アクセプタンス”は、今この瞬間、に意識をおいて存在し、辛い時や苦しい時も含めて人生の一瞬一瞬をしっかり受け止めることが出来る状態、これを目指します。気分を良くするのではなく、どんな気分の時もそれを取り除こうとしないでそのまま感じておく。日本的に言えば、あるがままという言葉になりますね。望まない思考や感情を受け入れるスペースを積極的に作っていこうとする姿勢が大事になってきます。

 患者さんは、辛さや寂しさというものと綱引きをしている様なものです。負けないように綱を引いてはいるものの、残念ながら相手が強すぎる。連戦連敗で疲れ果ててしまっています。どうすれば良いでしょう??


答えは、綱を手放すこと


 辛さや寂しさとの争いをやめることで、患者さんは楽になれます。

 先程もありましたが、深い海に投げ入れられて溺れてしまっている時、もがいても沈んでしまいます。どうすれば良いでしょう??


答えは、もがくのをやめること


 もがくのをやめて、すべてを任せるように大の字になると、自然と浮かんできます。

 ACTは、面接を通してこの様な考え方を学んでもらう方法です。折りに触れこのことを指摘し、患者さんにホームワークを出してエクササイズ(自分が良くやってもらうのは、小川のエクササイズです)をしてもらい、瞬間瞬間への気づきを得てもらいます。

 行き詰って機能不全になってはいたものの、患者さんは患者さんなりにコーピングをしてきました。辛さの中をもがいて頑張ってきたことを認証しましょう(でも安易な共感は慎む)。その上で、脱フュージョンを促し、アクセプタンスへと導く。これがACTの骨格ではないだろうかと考えています。詳細な肉付けの時間は一般外来では難しいですが、この骨格を取り入れることは出来そうだと感じています。

 ただ、ACTの本に載っているメタファーやエクササイズのセンスは良くない、と思います。文化の違いかもしれませんが、アメリカ人はこんなチープなものでノッてくれるのか。。。と不思議な気分。日本人なら「この先生、大丈夫かな…」と思うかもしれません。日本人に合うようなものに変えていく必要はあるでしょうし、ACTの本でも「自分で作んなさいよ」的なことが書かれています。

 さて、ACTだACTだと言ってきましたが、こういう視点というのは決して横断的ではなく、患者さんの生活史をきちんと辿ることでなされます。精神科は患者さんの人生に関わる仕事。その人生を丁寧に辿り、そしてこの先どういう人生を歩んでもらいたいかを考えます。やはり患者さんには少しでも良い人生になってもらいたい、精神科医はみんなそう思っています。ACTが”価値”というのを見据えての治療というのも、やっぱり人生をより良くするためのもの。精神科医はだからこそ哲学に親和性があるのかもしれません。

 また、ACTを表面的にしかなぞらないと、過剰な共感になってしまう恐れもあります。患者さんの感情や行動を全て”その状況なら仕方ないよね、うんうん”とあっさり了解してしまうのはよろしくありません。なぜこうなったのか?面接をする身としては”わからない”部分を捉えて必要な時は理由を聞く。患者さんは”自立した個”であると想定し、自立した個ならばしないようなことをしているのはなぜ?という疑問を持つことは大事なことです。よく医療コミュニケーション本には”共感””共感”と判で押したように書かれていますが、真の共感なんてのははっきり言って出来ないと思います。わからない部分を全て放棄するのではなく、わからない部分を患者さんの人生からなぞって行き、きちんと聞いていく。そうして「なるほどね」と”認証”をする。そういう基本的な面接方法があって初めてACTのスタイルも活きてくるのではないかなと思います。

 もちろんACTを金科玉条の様に振りかざす訳ではありません。いわゆるCBTの方が効果的なこともあるでしょうし、他の精神療法にフィットする患者さんもいるでしょう。それでもこのACTを勉強することで得られるメリットは、いろんな症状や行動の不適応はあるにせよ、この患者さんは彼(彼女)なりに頑張った結果こうなっているのかしらという見方ができることでしょうか。医療者も心が広くなる。他の治療法の中にもそういうアプローチのものは多いですが、この見方が最も強いのがACTだと思います。そして「戦うのはやめましょうや。あなたの困っていることとの新しい関係性を見て行きませんか?」と提示することで、五里霧中、袋小路に入って身動きのままならなかった患者さんに一つの希望(と言っては大げさか…)を与えられて、患者さんと治療者とで一緒に歩いて行くきっかけになるんじゃないかなとぼんやり空想しています。

 ACTを学んでみようと思った方は、以下の本をオススメします。

よくわかるACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー) 明日からつかえるACT入門よくわかるACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー) 明日からつかえるACT入門
(2012/09/14)
ラス・ハリス

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 ACTの本は結構出ているんですが、どれも実は分かりにくいです(しかも分厚い)。何か分かりそうでスルリと逃げていくような。。。でもこの本はその中でも基本的なことを分かりやすく教えてくれるので助かります。実はこの原著を読んで勉強してたんですが、その途中でこの和訳が出てしまい、乗り換えました。。。訳も上手いですよ。『ACTをまなぶ』という本もあるんですが、この『よくわかるACT』の方が断然理解しやすいです。これと『ACTを実践する』と『認知行動療法家のためのACTガイドブック』が良いと思います。『ACTハンドブック』は読んでも実践に活かすような内容ではありませんでした。

 そんなに読む時間ないんだよねーという方は、この本が良いかもしれません。

マインドフルネスそしてACTへ 二十一世紀の自分探しプロジェクトマインドフルネスそしてACTへ 二十一世紀の自分探しプロジェクト
(2011/10/05)
熊野 宏昭

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 熊野先生が書かれたACTの概略本。白衣のポケットに入る大きさで薄いので、外来の合間とかちょっと一息ついた時なんかにピッタリ。薄いだけあって内容もさらさらっとしすぎていますのでACTをしっかり学ぶには他の本が必要です。でも1日で読めるのが利点。カバーがイヤにキラキラしていて、往年のビックリマンチョコのシールを思い出すのもgoodです。というかそれが一番良い?
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2012
12.05

ACT-likeな精神療法的面接-1

Category: ★精神科生活
 精神科は投薬以外にも日々の面接で”治療”を行います。言葉というのが最も重要視される科が精神科でございまして、診断の大部も言葉が担っており、もちろん治療にも同じことが言えます。その中身というと、日常的な生活指導から対人関係療法(IPT)、認知行動療法(CBT)、問題解決療法、精神分析、精神分析的精神療法、支持的精神療法などなど、実に様々。認知行動療法と一括りに言っても色んな派閥がありますし、同じく精神分析的精神療法も恐ろしく種類が多い。フィットする患者さんに対してこれらの治療法は大きな効果が認められます。たくさんありますが、みんな最終目標は一緒。患者さんに幸せを見つけてほしいと願っていて、薬剤治療もそれは同じですよ。

 とは言うものの、薬剤以外のこういった治療法は1回1回に時間を結構使うものが多い。ガチガチに精神分析的精神療法をやろうとすると1回に1時間弱かかりますし、それはCBTやIPTにも言えます。数多くの患者さんを外来で診なければならない精神科医にその時間は残念ながらありません。そこでA-T splittingと言って、薬剤は精神科医がいじって精神療法(心理療法)は心理士の先生にお願いするという方法もあります。しかしながら全員にそれが出来るような環境はなかなかない。難しいものです。

 現実的なところとしては、精神分析”的”な目線、CBT”的”な目線、IPT”的”な目線で患者さんを診るといったような、言い方は悪いですが”なんちゃって精神療法”となるような気がします。普段の外来にちょっとそういった知識をブレンドして診ていく。これの最高峰が笠原嘉先生のお話しになる”小精神療法”だと思います(自分のは精神療法にすらなっていないので、なんちゃってを付けました)。普段の短時間外来にそういう目線を加えて患者さんを診る。そうすると、漫然とした投薬作業から抜け出せるかもしれません。薬だけ、またはいわゆる”カウンセリング”だけ、ではなく両方を取り入れるのが短い外来診療で最大の効果を出すポイントかと。

 精神分析の側面から言うと、短時間の面接の中でも患者さんと自分の間に、ひいては患者さんと外の世界との間に何が起こっているかということを患者さんの対象関係を推し量りながらじっくりと知っていくというのは大事なことです。何でも薬を出してはい終了、という訳には行かない。そういう背景をとらえるには、精神分析の知識というのはやっぱり必要になってくるのではないか、と思います。

 精神分析は、精神科を精神科たらしめているものの1つ。患者さんがこの場で抱く感情や行う行動の源泉はどこか?はたまた自分が抱くこの感情はどこから来ているのか?といった事象を理解するためにも、勉強すべきものと考えています。だからといってカウチに寝そべって自由連想を…という本格的なものは精神分析を生業にする精神科医以外にとって現実的ではありません。まずは本をしっかりと読み込んでいくことから始めて、周りに分析に詳しい先生がいたらその人に色々聞く。勉強する本としては、成田善弘先生の書かれた『精神療法の第一歩』や、他には『精神療法家の仕事』などなど。成田先生は分析の知識を初学者にも分かりやすく教えてくれます。そんな知識なんて今の時代に必要あるの?と思うかもしれませんが、精神分析を軽視する精神科医は、患者さんに良いように振り回されて、かつ自分が振り回されていると気付かないという最悪の事態に嵌り込むことが多いです。入院患者さんが看護サイドと医者サイドをスパンとsplittingしてしまって、医者がそれに乗せられて看護師さんと方針などで喧嘩してしまって病棟が険悪なムードになる、、、なんてことも容易に生じてしまいます。分析を学んでおくと、そういうところに自分が入り込みそうだ、という部分に気づけて患者さんの病理像にそれを還元することも可能で臨床的にも役立つ。分析そのものは難しくとも、ささやかな分析”的”な目線は持っていて損はないかと。

 他には、IPT”的”な思考を持って患者さんの問題領域を明らかにして対人関係を眺める、CBT”的”な思考を持って患者さんの認知の歪みや行動の部分に働きかける、などは短時間の外来でも施行可能な部分もあります。1人の患者さんを色んな切り口から眺めて理解していく。そういうのが大事になってくるのではと思い描いています。IPTに関しては水島広子先生の本が抜群に素晴らしいですね(ちょっと著書の数が多すぎるような気もしますが…)。特に摂食障害の患者さんとそのご家族向けに書かれた『拒食症・過食症を対人関係療法で治す』は、患者さんに勧めて読んでもらったら「心がラクになった。お母さんもすごく分かってくれた」と話してくれました。CBTだと値は張りますが『認知行動療法トレーニングブック 短時間の外来診療編』というのがあります。これもオススメ。

 その中で、自分はACT(Acceptance & Commitment Therapy:アクセプタンス&コミットメント セラピー)を勉強しています。従来のCBTは第2世代と呼ばれ、このACTは第3世代に当たります。新しいから優れている、というわけではありませんが、ACTの考え方は森田療法にも似ていて日本人に馴染みやすいのではと思って勉強中。他にも第3世代にはDBT(弁証法的行動療法)という、BPDに対する効果的な治療法もあります。ただ、この第○世代という言い方は誤解を招きそうであんまり好きではないですが。。。いわゆる第2世代CBTが相対的に劣っている印象をどうしても与えてしまうので…。

 ちょっとACTについてお話しするのがこの記事の主眼。随分と前置きが長くなったため、次回にそのお話を回そうと思います。

 今回紹介した本が以下になります。

新訂増補 精神療法の第一歩新訂増補 精神療法の第一歩
(2007/09/05)
成田 善弘

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精神療法家の仕事―面接と面接者精神療法家の仕事―面接と面接者
(2003/04/18)
成田 善弘

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拒食症・過食症を対人関係療法で治す拒食症・過食症を対人関係療法で治す
(2007/10)
水島 広子

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認知行動療法トレーニングブック 短時間の外来診療編認知行動療法トレーニングブック 短時間の外来診療編
(2011/05)
大野 裕

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2012
12.02

2012年 学会の旅

Category: ★精神科生活
 学会は好きでないので極力顔を出さないようにしているのですが、11月30日は総合病院精神医学会総会にのこのこと行って来ました。場所は東京の太田区産業プラザ。

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 ポスター展示会場。皆さん真剣に見つめております。

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 やっぱり総合病院ということで、認知症やせん妄治療のポスターが多かったです。皆さん困ってるのね。そのせん妄関係で自分が面白いなーと思ったものは2つありまして、1つはコチラ。

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 せん妄治療で、純正品のリスパダール®とジェネリック(後発品、ゾロ)の効果比較をしましたよというもの。やはり純正品の勝ちでございました。自分もジェネリックはあんまり信用してなくてですね。。。特に血中濃度を測らなければいけないお薬(バルプロ酸など)はジェネリックではなくて純正品を好んで使います。抗精神病薬や抗うつ薬も純正品。ベンゾはどっちでも同じ印象ですが、とある患者さんは「グッドミンではそわそわしなかったけど、レンドルミンだとそわそわする」と言いました。レンドルミン®が純正品なのですが、その患者さんにとってはジェネリックの方が相性良かったんですね。こういう時もあります。

 もう1つがコチラです。

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 せん妄の病因論的治療について。シロスタゾール(プレタール®)とメマンチン(メマリー®)を使ってみましたよ、という内容。メマンチンは結構色んなところで報告があるので目新しさというのはないのですが、ここでプレタール!なんと。これはPDE阻害作用による抗血小板薬。このポスターでは脳血管障害をベースにしたせん妄患者さんに使用して良い結果を得たというものでした。血流改善のため、と結論づけていましたが、それならサルポグレラート(アンプラーグ®)でも同じかしら?アンプラーグの方が頻脈の副作用が少ないですし、心不全にも禁忌じゃないですし。使いやすさから言えばアンプラーグですよね。

 これが血流改善作用によるものではなく、PDE阻害によるものと仮定したらどうでしょう。PDEを阻害することで、ドパミンD1受容体シグナルの増強とD2受容体シグナルの拮抗につながるという基礎研究があります。現に、PDE阻害薬を投与することで統合失調症患者さんの認知機能が改善したとの報告もあり、それをターゲットにしたお薬も開発が進んでいます。その認知機能改善からせん妄も軽快した、とも考えられそうな…?これを演者の先生に聞こうと思ってたんですが、その人ポスター発表の時間ずっと来なかったのよね(なんと)。

 別の意味で眼を引いたのがコチラ。

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 びっしり。。。最初見た時は”お経か!?”と思ってしまいました。なんか縦読みか横読みかも判然としなかった。ここまで人を”おっ”と思わせるポスターも珍しい。決して悪い意味で言っているわけでなく、こういうのは異彩を放っていて意外にぐいぐいと引き込まれる。

 自分のポスターは”身体疾患に併存するうつ病の薬物療法例”みたいな題名(もはや覚えていない)のやつでしたが、幸か不幸か最もフォントが大きいポスターでもありました。みんなちっちぇーなと思っていたら、逆に自分のがバカでかかった。。。そういえば作っている時もなかなか情報が入りきらなくてですね、かなりばっさりと切ったんです、内容を。要はフォントが大きすぎたという。。。

 さて、そんな総会も18:00を過ぎた辺りから、ポスター会場にて懇親会が開催されました。

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 用意されるやいなや、ポスターの方から人がお料理に群がる。お酒も出ました。

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 同じ会場でお料理が出たら、まぁそうなりますわ。。。しばらく経つと、お酒を片手にポスターを眺める先生もちらほら。なんと自由な学会。

 更には、生演奏も。

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 ポスターを見ていると”フラ~イミィトゥザム~ン♪ エンレッミィプレ~イアマンザスタァ~ズ♪”なんてのが聞こえて来まして”自分、何しにココに来てんだ…?”とものすごく不思議な気分になりました。学会ってこんなんでしたっけ。

 翌日も引き続き講演などが催されたのですが、自分は仕事があったので最終の新幹線にて月ではなく名古屋に戻りました。
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