2008
05.30

千本鳥居



 伏見稲荷大社は全国にあまたある稲荷神社の総本宮。

 ここの特徴は何と言っても見た目からしてインパクトのある千本鳥居ではないでしょうか。千本と言っておきながら鳥居の実数としては1万ほどあるそうでして、それらは信心深い方々から奉納されたものとのこと。

 この鳥居のトンネルを歩きながら小祠や塚を巡拝する「お山めぐり」は約4kmの道のり。途中に茶店があり、疲弊した参拝客にとってそこはオアシスを思わせます。自動販売機もありますが、進むにつれてジュースの値段が上がっていくのは市場原理を突きつけられますね…。

 3年前にお山めぐりを敢行して精根尽き果てた小生ですが、凝りもせずに去年、再びやってきました。と言っても鳥居を少し見たかっただけなので、すぐに引き返しました。ほんのお散歩程度です。

 千本鳥居を画像で少しご紹介します。




 ↑稲荷、と言うだけあって狐さんがお出迎え。



 ↑千本鳥居の入り口。やはり日常からかけ離れているこの風景は感動します。



 ↑入っていくとこんな回廊になっていて、朱色が鮮やかで何とも言えない美しさです。吸い込まれそうですね。



 ↑少し斜めからだとこの様な移り具合。陽の入り方がまた美しさを魅き立てます。



 ↑外から写してみるとこんなカンジ。人々はこの中を通るのです。

 う~ん、やっぱりキレイ。京都で1番気に入っています。これぞ旅!という雰囲気を単簡に味わえますし。ちなみにこの神社、「おもかる石」っていう石がありますが、それは今度ご紹介したいと思います。

 京都駅からJRに乗っていくと非常に近いので、ちょっと足を伸ばしてみるのも良いのではないでしょうか。ただ、キリ良いところで引き返さないと「どこまで続くのかしら…」と後に引けなくなってお山めぐりの憂き目に遭います。。。


 でも本当なら、何もない、普通に暮らしていられる日常をもっと有難がるべきなのかもしれません。プラスの意味での非日常を味わえる日常、これをキープできていることこそイイモノなのではないでしょうか。
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2008
05.24

勉強ばかりじゃつまらない



 23日の金曜日、りゅーとぴあ(新潟市民芸術文化会館)で、水谷川優子さんのチェロと寺嶋陸也さんのピアノとによるプライムクラシックを聴きに行きました。

 新潟は演奏会や能楽が盛んに行われていて、6月にはジプシー音楽で世界的に有名なラカトシュ、そして9月には何とウィーンフィルが来ます!地元の北海道は外地なせいか、あんまり来ないんですよね。。。


 当日は7時開演で、曲目は

J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲 第1番 ト長調 BWV1007
グリーグ(マーク・ゴトーニ編曲):「ペールギュント」組曲 第1番 Op.46全曲(「朝」「オーゼの死」「アニトラの踊り」「山の魔王の宮殿にて」)
グリーグ(マーク・ゴトーニ編曲):「ペールギュント」組曲 第2番 Op.55より「ソルヴェイグの歌」
ショパン(グラズノフ編曲):エチュード 嬰ハ短調 Op.25-7
ショパン(ピアティゴルスキー編曲):ノクターン 嬰ハ短調 遺作
ショパン:チェロ・ソナタ ト短調 Op.65

でした。アンコールは

ノクターン 第2番 変ホ長調 Op.9-2
黒人霊歌「誰も知らない私の悩み」

の2曲。ペールギュントの第1組曲は有名。曲名が分からなくても聴けば「知ってる!」というような感じです。「朝」はノルウェーの朝をイメージすることが多いそうですが、実は砂漠での朝とのこと。へ~、と感心して、「砂漠砂漠…」と思いながら聴いたのですが、どうも砂漠っぽくない。ジリジリ灼ける印象がしなくって。。。

 全部で2時間強でしたが、短く感じられますね、こういうのは。手術の2時間は何であんなに長いのだ。。。

 で、そのりゅーとぴあで、4月に長岡中央病院へ転勤された新潟大学の小児心身症の先生にぐーぜん会いまして、懐かしかったです。こういう場も非日常は提供してくれますね。

 こちら、新潟が誇る(?)りゅーとぴあ↓


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2008
05.19

故・宮内克男先生

Category: ★本のお話
 自分の父方のじーさまは、児童心理学者でした。もう亡くなって20年くらい経つんでしょうか、随分前ですね。大谷短期大学という北海道の短大の設立にも関わったみたい。亡くなった当時、自分は幼かったので、記憶には殆ど彼はいないというのが何とも残念ですが、致し方のない事実。

 自分も畑は違えど心理と関わることを目指し、ウィニコット先生の本などを読んでいます(国試に出ねぇ…)。今じーさまが生きていれば、子どもの心をどう考えたのだろう、自分にどういうアドバイスをくれたのだろう、とちょっと考えてしまいます。惜しいぞ、じーさま。

 彼は「孫に児童心理学はゼッタイにやらせたくない」と言っていたそうですが、すっごく難しいみたいです、児童心理学って。でも血は争えないのか、自分もそれを必要とするような職に付きそう。。。

 で、そのじーさまは保育・看護系の学生のための本を2冊出しています。


レポート・論文のまとめ方と書き方 増補版-保育・教育と看護・福祉のために
調査資料のまとめ方-資料の数量的処理のやさしいやり方(こっちは共著)

 1969年(増補版は84年)、72年の本でして、勿論Excelなんかない時代。当時は評判が良かったようですが、現代にはどうなんでしょう(内容そのものは保証できますが、計算とかは…)。。。ちなみにAmazonで「レポート・論文のまとめ方と書き方 増補版」の方なんか中古品では1円で叩き売りされていまして、「1円かよ!」とナカナカ見ていて切なくなります(だからリンク貼ってません)。

 でも今になってもほんの少しですが印税が家に入ってくる事実を考えると、新品を買ってくれる人っているんですね。。。どこかの大学で参考図書に挙げられているらしいので、多分それで買う(買わされる?)学生さんがいらっしゃるのでしょう。いやはや、どーも毎度あり、です。

 しかも!しかもです。日頃良く利用する考古堂(新潟古町にある医学書専門店)に、じーさまの本があったんです(入って左手の本棚)!先日それを見つけた時、孫として何か嬉しい瞬間でした。

 ひょっとしたら新大の学生で使ってくれている人がいる、かも?

 もし良かったら手にとって見てみて下さいまし。
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2008
05.13

レベルアップですぜ あんたもせいちょうしたもんだ

 以前、エニックスのドラクエIを紹介しました。そうなるとスクウェア側も必要。ですが、自分はファイナルファンタジーIを殆どプレイしたことがなく(友人から借りて少し…)、記憶はほぼ皆無。そこで、今回はタイトルから察しのつく方もいらっしゃるでしょうが「聖剣伝説」を取り上げたいと思います。



 1991年に発売された、ゲームボーイ用ソフトである『聖剣伝説』。アクションRPGの代表格ですね。聖剣伝説シリーズの最高傑作として自分は崇めています(2も面白いですが)。

 アクション系が上手いと低レベル・短時間でクリアすることも可能で、何回もやり込めます。好きで好きで何回クリアしたことか…。89年のサガ1、90年のサガ2、そして91年のサガ3・聖剣伝説と、この時期のスクウェアはGBに多大なる貢献をしています。

 この作品も泣き所が多く、アマンダ、マーシー、ラストシーンでのヒロインとの別れなどはもう後世に遺すべき名場面ですね。「さよなら」の言葉の綺麗さをじっくり噛み締めました。単純なハッピーエンドではないところがジンとくる…。

☆アマンダ



☆マーシー



☆ラスト



 ボガードとのやりとりもイイ!

 ジュリアスによって深手を負わされた主人公をチョコボが助けます。ボガードが、ジェマ最後の望みに死なれては困ると主人公に言うと主人公は、ヒロインもアマンダも守れなかった自分にジェマの騎士の資格なんてないと自信をなくします。当然ボガードは弱音を吐くなと説得しますが、主人公はジェマジェマうるさい!そんなんだったらアンタがやれば良いだろ!とキレます。ボガードはバッカヤロー!でてけ、と主人公を追い出す。家の外でのサラの発言がまた。。。ボガードは歩けない身体になり、ジュリアスの手下が街を襲っているという情報を聞くたびに動けない自分の身体を憎み、そして主人公が必ず来ると言います。サラは信じていなかったのですが、チョコボが運んできた主人公を見て真実であると分かった、と。



 チョコボまでもが主人公を信じて、身を挺してまで救うなんて、ねぇ。。。後で主人公はボガードに謝って一件落着。こういう主人公の人間臭さも挿入されていて素晴らしい。GBののっぺり2Dレベルであそこまでの感動を呼び起こすのは素晴らしいです。余計なものが無い分、プレイヤーの想像を掻き立てるところがあったのでしょう。

 また、モーグリ状態の恐怖をスクウェア史上最も感じさせた作品です。



 BGMもgoodです。3和音なのがまた妙に哀愁を誘う。。。

 GBAで出た新約(リメイク版)は改良どころか改悪となっていてオススメしません。スクウェア(スクエニ)はリメイク下手過ぎ…。携帯アプリ版はほぼ忠実に移植されているので、GBでプレイしたことのない方、ゼヒ一度。GB屈指の名作・名曲を味わって下さい。


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2008
05.04

目覚ましを買いに

 眩しい朝が東方から、狐の棲んでいる部屋へもやって来ました。

 或朝布団から子供の狐が出ようとしましたが、「あっ」と叫んで眼を抑えながら目覚まし時計を見ました。

 「9時15分!?起きなきゃ早く早く」と言いました。

 びっくりして、あわてふためきながら、身支度をして家を出て乗るべきバス停を恐る恐る眺めて見ましたが、何も待ってはくれませんでした。子供の狐は外の空気に当たり冷静になって始めてわけが解りました。昨夜のうちに、目覚まし時計のアラームを無意識に切っていたのです。その時計の上からお陽さまがキラキラと照していたので、時計は眩しいほど反射していたのです。日光の跳ね返りを知らなかった子供の狐は、あまり強い反射をうけたので、皮肉にも目を覚ましたのでした。

 子供の狐は中央病院に行きました。真綿のように柔かいあくびをすると、涙が、さらっと流れ落ちて小さい虹がすっと映るのでした。

 すると突然、うしろで、「遅刻?」という言葉が子狐におっかぶさって来ました。子狐はびっくりして、廊下をころがるようにして十米も向こうへ逃げました。何だろうと思ってふり返って見ましたら、担当の先生でした。汗が吹き出て、白衣の繊維の間から白い絹糸のように後悔の念がゆらめきました。

 手術見学を終え家へ帰って来た子狐は、「目覚まし時計足りねーよ」と言って、見学のため手洗いをし、ヒビスクラブを落とし切れていない手をお財布に入れました。千円札は、その手に、さらりと触れ、やんわり包んでやりながら、
「もうすぐ奨学金が入るよ、月が変わってしばらくすると、フトコロが暖くなるもんだよ、今時計買うとやりくり厳しいよ」といいましたが、持ち主が遅刻常習犯になってはかわいそうだから、持ち主が一息ついたら、LOFTにて、持ち主のお耳にあうような目覚まし時計と交換されてやろうと思いました。

 休息が風呂敷のような影をひろげて子狐を包みにやって来ましたが、腰痛はあまり強いので、包んでも包んでも引っこまずに浮びあがっていました。

 子の銀狐は家から出ました。バスへ乗りこんで、そこから細い眼を伏せながら、見慣れた風景を無視して行きました。

 やがて、行手にぽっつり黄色い文字が見え始めました。それを子供の狐が見つけて、「新潟は、LOFTが1階分しかないのねえ」と嘆きました。

 その文字を見た時、子狐は札幌と東京のLOFTを思出しました。新潟を出よう、そう決心するに足る比較でした。

 「んん…」本代を除いて自由に使える千円札5枚をしげしげと見つめました。

 「予算の都合上、買う時計は二千円ほどに」と千円札は言いきかせました。

 「いいですとも!」と坊やの狐はファイナルファンタジーIVでフースーヤとともにWメテオを唱える時のゴルベーザの如き物分かりの良さをもって答えました。

 「これだけ理解が良かったら新美南吉も逆に書きづらかったろう」あの童話のようにはいきません。

 子供の狐は、LOFTの文字を目あてに、横断歩道をふらふらやって行きました。自転車がたくさん止まっています。狐の子供はそれを見て、新潟にも混雑があるんだなと思いました。やがてラブラ万代(LOFTの入っている施設)にはいりましたが、GODIVAのチョコレートが左手に見えてしまって、歩く足の速さが落ちているばかりでした。

 けれどエスカレーターが見えていましたので、狐の子は、それを見ながら、LOFTを探して行きました。GAPやBody Shopやその他いろんなお店が、あるものは、お客さんが多く、或るものは、ひっそりとしていましたが、函館でシャッター街に慣れている子狐には閑古鳥の鳴きすさぶお店に愛着が沸くのでした。

 とうとうLOFTがみつかりました。色々な雑貨が、でも見慣れている通りの配置で置かれていました。

 子狐は覚えている通り、トントンと目覚まし時計の売り場へ進みました。

「さて」

 すると、そこではお客さんが3人いて、長々と選んでいましたがやがて、3人でおしゃべりし始め、時間というまばゆい光の帯がLOFTの空間の果てに長く伸びました。

 子狐はその光がまばゆかったので、ほとほと疲れました。3人が去った後、選ぶ気も失せて「あーもう面倒だな」

 すると千円札は、おやおやと思いました。子狐は起きねばなりません。でも待って待って待ちつくし、これはもう心身ともに疲弊したんだなと思いました。そこで、「そこに2100円の丁度いい奴あるよ」と言いました。子狐はすなおに、その時計を選んで千円札二枚と百円玉一枚をレジに渡しました。レジのねーちゃんは事務的にそれを包み、子狐の手に持たせてやりました。子狐は、お礼を言ってまた、もと来た道を帰り始めました。

 「これで大丈夫。だってケータイ含めて目覚まし三つになったもの」と思いました。けれど子狐はやっぱり睡眠時間も大事だと思いました。

 ふとテレビの番組表を見ると、「きらきらアフロ」の文字がありました。何という遅い、何という苦しい、何と言う運の悪い時間帯なんでしょう。

 「観終わったら二時過ぎか…。最近寝るの遅いし、今日もこれだと…」

 子狐は、その番組は寝坊に対する感度が高いと思いました。だって、ここのところ睡眠不足で、更に畳み掛けられると、しかもこの時間。朝も早いからです。

 するとこんどは、明日の朝の起床時間が思われてきました。

 「安全を取るか…。でも最近きらきらアフロ観てなかったしな…」

 するともう一人の自分が、

 「同じ中央病院で実習している子狐さんは夜十一時に寝るって言ってたし、今頃は眠ろうとしているでしょうね。さあ自分も早くねんねしますか」

 それをきくと子狐は急に保守的になって、お布団の待っている方へ跳んで行きました。

 もう一人の自分は、心配しながら、坊やの狐の寝るのを、今か今かとふるえながら待っていましたので、坊やがお布団に入ろうと決めたのを確信すると、ほっとしました。

 子狐はθ波の出る時間を求めました。眼を閉じたので、脳波は怪しく動き、その足あとには、α波の波形がたまりました。しばらくすると眠りに落ち、θ波が出るはずです。

 「あ!ダメだ!」

 「どうして?」

 「どうしてって?」

 と言って、まだセットしていなかった目覚まし時計を、いたずらっ子のように舌をペロリと出しながら見せました。

 もう一人の自分は、「まあ!」とあきれて、「ほんとうにこいつは。。。ほんとうにこいつは。。。」とつぶやきました。

(新美南吉「手袋を買いに」をほぼ事実に沿って改変。原文は青空文庫のファイル参照)



 ということで、寝坊したんです。。。

 もう最悪ですな…。すまいすまいと思っていたのに、しかも外病院廻っている時なんて、、、。しかも2100円が出て行ったし。

 これに懲りて早寝します(新美南吉を冒涜した感アリアリ。。。)。

 本当は寝坊する前、以下の記事を書こうとしていたんです。でも、既述のように、ねぇ。。。


無駄になった1本の記事↓
 最近、朝が早いです(5時50分起き)。中央病院までバスで行くので、その時間も考えて起きねばなりません。

 そこで問題となるシーンが「目覚ましが鳴らない時に起きる」です。この場合、考えうるパターンは以下の5つ。

1. 目覚ましが鳴る前に起きた(時刻設定ミス含む)
2. 目覚ましが鳴らずに、寝過ごした(スイッチ入れ忘れ含む)
3. 目覚ましは鳴ったが、そのまま気付かずに寝ていた
4. 目覚ましは鳴ったが、無意識に消してまた寝た(スヌーズも消す)
5. 目覚ましの故障・電池切れ(可能性低し)

 大きく分ければ、時間前に起きたか寝過ごしたか。前者なら天国、後者は地獄。ですから、「目覚ましが鳴らない時に起きる」という行為は非常に怖い。目を覚まして

あ、これどっち?早起き?寝坊?

と布団の中で恐怖に怯えます。寝坊ならオオゴトなので(市中病院ですから、遅刻は禁忌!時間厳守はマナーです、マナー)、手を伸ばして目覚ましを取り、その時間を見るのがどれだけ緊張することか。。。

 意を決して、パッと見ると

5:42

 よし!8分前!

 ふ~、、、と安心して二度寝して、気付いたら遅刻。。。なんてことは無いようにしましょう…。


 とまぁ、こんな記事だったのですが、「なんてことは無いように」って、もう後の祭り的な。でも二度寝ではなく、ガン寝して遅刻でしたから、まだその言葉は通用しますね。


☆ゴルベーザの名セリフ「いいですとも!」↓ 覚えている人にとっては懐かしいですね


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