2008
04.20

最後まで、魅せる

 3本連続で桜の記事というのも申し訳ない気がしますが、桜には様々な姿があるということで。。。



 桜は散ってなお見る者に余韻を残します。

 風に乗ってたおやかに散って行く様、それは決して空の知るところにない雪を思わせます。

 そして桜の樹が根を張っているその地、散った花の一枚一枚が素敵な絨毯を作り上げる要素となります。




 水面にふらりとやってきては揺らめく、花・風・水・光・陰の織り成す景色も実に綺麗。




 決して赤潮ではありません…。


 桜が終わる少々前から、界隈でチューリップが咲き始めています。新潟県はチューリップの生産が日本全国1位ということも手伝ってか、この近くでは良く眼にします。

 自分はそんなに好きな花ではないんですが…。

 桜にとっては、風に揺らめく枝々は心の代わり、はらはらと落ち行く花は時の移り変わりを嘆く涙なのかもしれません。花が散れば人々は自分に見向きもしなくなる、意識にも上らなくなる。あまつさえ、他の花を愛で始める。散る姿は己の凋落を予見した悲しみか、もう一度人々に桜を印象付けるための最後の力か。

 さてさて、どうなんでしょう。。。
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2008
04.16

周りの空気が違っていると…

 1つ前の記事は白山公園内の空中庭園における桜の風景。今日(4月15日)は、同じ場所の夜桜を見物に行きました(ライトアップされているということなので)。

 昔から夜桜は「花明かり」などと形容されていました。闇夜に浮かび、その漆黒に映える桜の白さ。この際立った桜からは、妖艶な感じすら放たれていそう。でもその迫り来る暗さに飲み込まれはしないかという不安から、どことなく儚さをも感じ取れそうです。この両極端とも考えられる雰囲気が、見る者を虜にするのかもしれません。自分としては、夜桜は綺麗だと思いますが、何か桜が居場所を無くしている様な感じがして落ち着きません。

 まずはやはり恒例の屋台↓ 白山神社には年がら年中屋台が生息しているような気がしてならない。。。




 高校生の集団が焼きそばなどを買ってわいわいと楽しそうに食べていましたが、こういう風景は良いですね。微笑ましい光景です。でも早く家に帰ろーね。

 そして夜桜↓ 自分のケータイのカメラは夜の撮影に向かなくて。。。ちょいと写り悪いです。






 今年は随分と桜を眺めた年でした。出来れば、来年もまた。。。
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2008
04.12

桜の樹の下には屍体が埋まっている!これは信じていいことなんだよ。

 『願はくは 花の下にて春死なむ その如月の望月のころ』と遺したのは西行さん。西行法師は桜を愛してやまない風流人でしたが、日本人なら誰しもこの時期は優しい気持ちになれるのではないでしょうか。風景を染めゆく桜色、それは春の訪れを縁取っているようにも思えます。しかし、世の中には様々な感性の人がいるものです。

 桜は、謎めき生き生きとした美しさを湛えます。眼に映るその姿は生命の躍動を具現化したかの如き光景。それに疑問を持ち、不安·憂鬱·空虚な気持ちになる。考えたその果て、辿り着いた結論は。


お前、この爛漫と咲き乱れ散る桜の樹の下へ、一つ一つ屍体が埋まっていると想像して見るがいい。


 こんな突飛な思考回路を有している人とは、繊細な感覚とゴツい顔貌との絶妙なミスマッチで世に名を馳せる君子「梶井基次郎」です。檸檬型爆弾を創り丸善を爆破しようとしたことで有名なテロリストですが、桜に対しても普通と違うのはサスガです。彼によると、屍体からたれてくる水晶のような液が桜に吸いあげられることでその美しさを供給している、ということらしいです。なんじゃそれ。

 近代科学が発達して以来、人間は何事にも合理的な因を求め、そしてそれに合点がゆくと安心できる。そんな存在になりました。こと不安感に関してはそれが甚だしい。梶井基次郎も例外ではなかったという点では安心できますが、しかしその理由がぶっとんでますよね。。。「無意識の中に抑圧されていたものを自分で理解することで、強迫観念から解放されるんですよ」とおっしゃるおエラ方もいます。ということは、梶井も完全なまでの桜の美しさに依るどうしようもない不安感の解決方法を自分で見つけ、「あの桜の樹の下で酒宴をひらいている村人たちと同じ権利で、花見の酒が飲めそうな気がする」と安心できた、ということなのかもしれませんが、何でそんな明後日の方向な解決策…と呆然とします。タダモンじゃないわね、梶井先輩!

 ですが、この「桜の樹の下には」という作品、ただ桜のぶっとび感を出すのが目的ではなく、梶井自身の生の期限と関わっていると言われています。彼は結核でしたから、日々衰弱していき、死がちらつくような生活でした。それに対して、桜は生命の輝きというものを見せ付ける様に咲き乱れる。桜の持つ生を見ながら死に近づく自分を認識していたのでしょう。桜を見て、それに死を重ね合わせた。そして、死の上に生が成り立つために「屍体が埋まっている」と考えたのかな?と想像できます。決して生と死は対立するものではない、とも思えます。

 作者に死期が迫っているということは、その作品(全てではなく一部でも)にそれが反映されていても可笑しくは無い。「桜の樹の下には」に挿入された薄羽かげろうの話もその象徴と捕らえることができそうです。

 以上の様な背景を見ると、屍体が埋まっていると想像したのも頷け、、、るかな?

 新潟にいるからには坂口安吾の「桜の森の満開の下」を挙げるべきかもしれませんが、やはり自分は梶井基次郎になってしまいます。読んでみると透明感があり、美しい文章。そしてなかなか理解できない内容。このdiscrepancyが梶井フリークを生み出しているのかしら。。。



 さて、なぜそのような話をしたかと言いますと、実はお花見をしてきたからなんです。

 春です。そして1年に長く見ることの出来ないせっかくの桜です。ということで、4月8日放課後の時分、白山公園の空中庭園へお散歩に行き、桜を眺めてきました。空中庭園とは言いますが名前ほど大それたものではありません。でも、特にこの時期においては、清々しい空気の流れる落ち着いた所ではあると思います。

 以下、画像を↓







 屍体は埋まってないことを祈ります(埋まってたら吉野山なんてどんなことに)。。。表面上だけで浅はかな感想と言われようとも「桜って綺麗だねぇ」で済ませたいものです。

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2008
04.08

そなたがくるのを まっておった



 往年の名作、ドラゴンクエストI。

 このゲームはRPGとしてファミコン2番目の作品。最高レベルは30で最強呪文がベギラマという、今思えばちょっと可愛らしいこの作品は、ゲーム史上の大きな転換点といっても過言ではないでしょう。

 最終目標である竜王の城が、ハナっからフィールド上に見えるというのも画期的。ラダトームから橋作って兵士送り込めよ…という突っ込みを誰もが抱いたことでしょう。

 このドラクエI、製作者の異様なまでのこだわりが見て取れるものでして、

・洞窟に入ったら「たいまつ」を使うかレミーラを唱えないと真っ暗
・洞窟内の階数が下がる毎にBGMが暗く、かつ遅くなる(地下7階なんて怖いよ…)
・フィールド上の山地を歩くと山なだけに歩きが遅く(ぎくしゃく)なる
・剣や盾を装備すると、それがきちんとフィールド上で反映される
・ローラ姫がいる時は宿屋の主人がバカ
・戦闘は常にタイマン勝負。1対1で男らしい

などなど、リアリティを追求したところもナカナカです。特に洞窟なんてのは確かに本当は真っ暗で然るべき。プレイ当時の自分の仲間内では、全員が真っ暗な状態で竜王の城のダンジョンを迷わずにクリアできていました。子どもの記憶力、恐るべし…。

 でも、不気味なところもあるんです。それはフィールド上で歩く時、


キャラが常に真正面を向いているんです。。。


 横歩く時も、後ろ歩く時も、常に前を見据えて我々の眼を見つめて離しません。つまり、


完全にカニ歩き


 あそこまでのこだわりを全て無にするくらい滑稽、というかコワイ(ROMの容量小さかったので、仕方ないんです)。ですからこんな事態も↓



 人と話す時はちゃんと眼を見ましょう。

 また、そうやって話す時もコマンドでいちいち東西南北を選びます。例えば右にいる人と話す時は「ひがし」を選択しなければならなず、階段では、「かいだん」をコマンド選択せねばならず、非常に面倒。

 どーしてそこを考えなかったのかフシギでなりません(容量ですよね…)。II以降では技術の進歩によりきちんと直されていてホッとします。

 そして橋を渡ったらモンスターがいきなり強くなっているというのも当時の自分にとっては非常な驚き。見たことないのが現れてボコられた記憶があります…。

 泣かされたのは「ふっかつのじゅもん(パスワード)」。



 IとIIは単純なセーブモードではないのが時代を感じさせます。その呪文を紙に写し間違えた日にゃあもう、、、。そうなるとその前の復活の呪文を写した紙をゴミ箱から探し出す羽目に。それを打ち込むと、「おぉ、レベル低い…」と愕然しますね。この呪文はドラクエIであればまだ許せる長さ。しかしIIにおいて尋常ではない位に長くなってしまい(MAXで52文字。ストーリーも複雑になったので)、写し間違えもクリアするまでに数回は確実に起こります。入力ミスして


じゅもんが ちがいます


って出たらもう、1人でロンダルキアへの洞窟に放り込まれたようなモンです。しかもその間違ったのが「ロンダルキアのほこら」だったらもう泣くよね。。。

 恐ろしいことに呪文のパターンは既に分析されていて、知っている人は自由に呪文を作れてしまうそうです。。。往年のバーコードバトラーの切り貼り最強バーコードを思わせますな…。IIIからは「ぼうけんのしょ」としてセーブモードとなります。でもIIIはセーブ消えやすくて。しかも1番進めてるやつから消えるし。。。

 ドラクエの中でロトシリーズはI.II.IIIですが、ゲーム上の時系列に並べるとIII→I→IIです。特にIIとIIIでアレフガルドに行くとフィールド上の音楽がIと同じになるという演出がたまりませんでした。

 「にじのしずく」、またの名を「鼻水」(by柴田亜美)。これを岬で使ったら橋が出来た、なんてのは結構ロマンチックであったりします。これも好きな場面。

 ちなみにこのドラクエI、ローラ姫は別に助けなくとも進行上差し支えありません(不思議なゲームだ…)。
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