2017
03.31

臨床のワンフレーズ(18):飛行機とカサブタ

 精神症状は、それに頭がとらわれることでまさに精神症状となります。不安はとらわれなければ症状ではなく日常の感情ですし、幻聴だって、とらわれずに聞き流せたりうまく相手をすることができれば症状ではなくなります。ちなみに、ある慢性期統合失調症の患者さんは「幻聴がなくなっちゃうのはさびしいな。少し残るように、薬なんとかなんないか?」と言います。

 精神科医は、あの手この手で症状を軽くしようとしますが、その”軽くする”は、決して量的ではなく質的なものと言えましょう。患者さんには「不安って、普段私たちが持っている気持ちと同じです。不安がなくなってしまったら、それはロボットになっちゃうことかもしれませんよ。大事な感情です」とお伝えすることが多いです。

 そして”症状”は急に改善するととても不自然ですし、良くなったり悪くなったりを繰り返しながら全体として改善していきます。ゆらぎながらだんだんと、というのがこちらとしては安心できるもので、笠原嘉先生はじわじわ改善するさまを”タマネギの薄皮を剥くように”なんていう例えをしていたような記憶があります。自分は少し系統の異なる2つの比喩を使います。

自分「○○さん、症状ってよくなったり悪くなったりを繰り返しながら、少しずつ上向きになっていきますからね。短い間隔で見ちゃうと、良くなった! あぁ悪くなった…、ってなって、それに○○さん自身が揺さぶられちゃいますからね」
患者さん「そうなんですねぇ」
自分「飛行機と同じで、離陸するまでの滑走と安定飛行に乗った時って大きく揺れませんよね」
患者さん「はい」
自分「離陸して安定飛行に入るまでの上昇中って、揺れることありませんか?」
患者さん「あー確かにそうですね」
自分「それと同じで、症状も上昇中は揺らぎがあります。でもそれは安定飛行に入るまでは必要な揺らぎですので」
患者さん「はい」
自分「短期的に見ちゃうと、さっき言ったように症状の揺らぎに翻弄されちゃうので、揺らぎは織り込み済みとして、長期的なスパンで見ていきましょう」

 というのが飛行機の例え。揺らぎをあるものとしてまずは認識してもらうと、とらわれが少なくなります。そして、長期的な視野を持ってもらうことも強調しています。

 もう1つはカサブタの例え。

自分「○○さん、症状ってカサブタみたいな感じで治っていきますよ」
患者さん「はぁ」
自分「カサブタって、つい剥がしたくなるんですけど、ペリっと剥がすとどうなります?」
患者さん「痛いし血が出ますよね~」
自分「ですよね。症状も気になって無理になくそうとすると大変だし、また血が出るみたいにひどくなっちゃいます」
患者さん「それでカサブタみたいってことですか」
自分「そーなんです。カサブタは自然にポロッと取れて気がついたら傷が治ってるっていうのが本来のもので、症状も同じと考えてください」
患者さん「自然にポロッと取れますか」
自分「はい。早く治そうとして剥がすのではなく、そのままにしておく。するとだんだん小さくなってポロッと行きます。大事なのは、なんとかしようと思いすぎないこと。剥がして血が出てまたカサブタが出来て、の繰り返しにならないことが大切です」
患者さん「なかなか難しそうですね…」
自分「ですね。確かに難しいんですけど、これからも診察の時にまた取り組んで行きましょう」
患者さん「はい」

 こんな感じ。

 一回の説明でうまくいくことは少ないので、診察のたびに”とらわれ”や”ゆらぎ”を話題にします。その流れでマインドフルネスを紹介することもありますし、ワークブック形式が好きなら書き込み式のセルフヘルプ本を紹介して、それも診察で話題にしていきます。
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2017
03.23

おくすりごっくん

 患者さんから「カプセルは飲みにくい」というご意見をいただくことがあります。詳しく聞くと「喉に引っかかってしまう」とのこと。そういう時はちょっとアドバイスをするのですが、これが結構良いみたいでして、「すごく飲みやすくなった!」と喜ばれることも。

 ということで、今回は”ごっくん”の仕方について。

 カプセル剤はなぜ飲みにくいのかということですが、錠剤との大きな違いはこれかと思います。

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 カプセルは水に浮いてしまい、いっぽう錠剤は沈みます。これは患者さんの口の中をも再現します。お薬を口の中に入れて、水を含むという状態ですね。この事実を踏まえて、多くの方々が”ごっくん”をする際にとるポジションはこのような感じになっています(出演:ショーン君)。

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 ちょっと顔を上にして飲んでいませんか? これ、実は気道がしっかりひらく姿勢、いわゆるsniffing position(ニオイを嗅ぐような姿勢)に近くなります。本来のsniffing positionとは異なりますが、普通に前を見る姿勢よりも気道がノドとまっすぐにつながりやすいのは事実。

 となると、ノドから気道が真っ直ぐになりがちなので、誤嚥してむせてしまいます。かつですね、顔を上にするということは、カプセル剤は浮くので口の中でも口先に近い位置になります(ノドと距離ができる)。ごっくんと飲んでも水だけ飲んでしまってカプセルはあまり引き込まれずに宙ぶらりん。

 よって、自分はこのようにして飲んでみてねとお伝え。

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 ちょっと頭を下げます(画像は下げすぎか…?)。これはノドと気道との間に屈曲を作ることになり、より食道に入りやすくなります。かつ、姿勢的にカプセルは若干咽頭に近づきますね。この状態で”ごっくん”すると、スムーズに飲めるようになりますよ。

 錠剤に関してはですね、まずは口に含んでから顔を上にします。錠剤は沈むので、この段階でもうノドに近いところに行くはず。そして、飲み込む時に頭を下げて”ごっくん”します。そうすると飲みやすい。もしくは、頭を下げておいて舌で錠剤を喉の奥あたりに移動させても良いです。

 ちょっと練習が必要かもしれませんが、これは飲みやすくなること請け合い(たぶん)。おためしあれ。

 あ、粉薬は、ちょっとアレですね…。がんばってください。。。
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2017
02.06

便利は不便で成り立っている

 世の中、とても便利です。宅配もきちんと来るし、電車も来る。どこかに行こうと思えば、価格競争の高速バスなんてかなり安くチケットが買えてしまいます。お年始もスーパーは営業するようになったし、コンビニや一部のレストランは24時間営業。色んなモノだって安く買えてしまいます。

 見渡せば、本当に便利です。ただ、その便利さは全員が享受しているわけではありません。便利になった人がいるということは、その便利を産み出すために不便を強いられている人がおり、それを忘れてはならないでしょう。しかし今の社会は忘れたがために、この便利が日常と化してしまっているように思えます。その便利が自明になってしまったら、それはおごり・傲慢になってしまうのです。電車が遅れれば駅員さんに悪態をつく。宅配が遅れれば配達員さんに文句を言う。そして、不便を強いられている人たちは、当然のことながら休む時間を削らざるを得ません。そうなると、こころのゆとりもなくなっていきます。残業につぐ残業、バスやトラックの運転手も絶えず車を動かし続け、それは事故にもつながりかねません。お年始から働く人たちは、家族とゆっくり過ごす時間すら与えられないでしょう。

 日本は、サービスが過剰になってしまったように感じます。お客”様”という間違った流れが企業全体を占めてしまい、世の中全体に波及しています。そして、残念ながらそのサービスに慣れてしまい、それを当然と思っている。今一度、みんながこの便利さに気づき、そこから降りることにも寛容にならなければならないところにまで来ているとも感じます。最近のニュースを観るにつけ、不便を被る人のことを考えたらもうサービスの限界に来ているように思えてなりません。人口がどんどん増えてそういった職業に就く人が爆発的に増えたら話は別かもしれませんが、残念ながらそうではない。人や物の運送のありかた、お店のありかた、こういったところを見直す時期に来ているのかもしれません。
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2017
01.23

思い込まずに

 前にも記事にしたことがありますが、今回また少し。

 ポリファーマシーは医療者の間ですっかり有名な言葉になりました。色んな意味を与えられることが多いのですが、いちおうは5剤以上の薬剤が使われている状態を指すというのが定義と言えば定義。

 ポリファーマシーと言うとやっぱり「悪!」というイメージが強いでしょうし、そう考えてもあながち間違いではありません。しかし、”ポリファーマシーする必要のある状況”というのももちろんあります。特に高齢患者さんは高血圧+脳梗塞+糖尿病+脂質異常症+COPDなどなど、色んな疾患を持っています。そうなると、それぞれに対応する薬剤を使うと必然的にポリファーマシーとなります。そんな時に「薬を減らすぞ!」と意気込んで大事なものまで減らしてしまったら、逆に患者さんにとってマイナスとなります。お薬を減らして「お。きれいな処方になったなぁ」と惚れ惚れするのも結構ですが、それによってかえって患者さんの身体の状況が悪くなったら、適切とは言えません(当たり前)。精神科病院の慢性期統合失調症患者さんは特にそうですね。多剤併用がされているのを見ると「減らすぞ!」と意気込みますが、お薬を減らして「よし、リスペリドン単剤にしたぞ!」と満足しても患者さんの状態が悪化して保護室に入ることが多くなった、なんてことは実際にあります。もちろん何事もなく減らせれば良いのですが、多剤の整理は患者さんにとってハッピーな結果が伴わなければ、押しつけの正義感でしか無いのです。若手の精神科医はそこに気づくことも大切。正義って、自分は正義だと思っているからタチが悪いんです。「あれ? ひょっとしてオレのやってることは…?」という疑問の入る隙間を持っていません。「オレのやっていることは正しい! 反対する奴らは敵だ!」という考え方なのですから。思い込みの正義は残酷であるということも覚えておきましょう。

 ポリファーマシーというのはポリファーマシーという現象を指し、それ以外の何者でもありません。判断の眼は含まれていないということに注意しましょう。患者さんの状態によって、善という意味を纏うこともあれば、悪という意味が突き刺さることもあるのです。その”善”や”悪”も何をもってそう言うのかという問題もありますが、医療分野は患者さんを抜きにしては考えてはならないでしょう。もちろん医療経済という視点も入りますが。

 今の患者さんが置かれている状況、そしてこの先の患者さんが歩むであろう道筋、それらは身体的のみならず心理社会的な目線も入りますが、こういうことを考えて薬剤を使用/中止すべきです。しっかり考えた挙句にポリファーマシーとなるのであれば、それには妥当性という祝福が降りてきます。よって、医療者はたくさんお薬が使われているのを見た時にパブロフの犬のごとく「酷い処方だ!」と思うのではなく、いったん判断を停止して目線を外しましょう。患者さんの年齢や疾患、その重症度、周囲のサポートなどなど、繰り返しですが身体的・心理社会的(加えるなら実存的)な要素を考慮した上でもういちど薬剤を眺めるようにすべきです。

 特に熱心な若手の医者や薬剤師の先生はポリファーマシーの深みにハマってしまうことがあり、処方する医者とのいらぬ対立を産む危険性もあります。「ポリファーマシーこれすなわち悪」「ポリファーマシーをする医者これすなわち悪」という考えから自由になることから始めてみることをオススメします。ま、基本方針はお薬の減量で大体は合ってるんですけどね…。

 ”木を見て森を見ず”という有名な言葉がありますが、ポリファーマシーに関しては”薬を見て人を看ず”になってしまってはいけません。どのような意味が付与されているのか、それは人によってまったく異なります。”薬を見て人を看る”ような医療者を志しましょう。そのように意識するだけで、”ポリファーマシー=悪”という定式から脱却できますよ。そして、その際は”診る”ではなく”看る”というスタンスが望ましいと思います。
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2017
01.04

咳止めがひらく医療の世界?

 本日が仕事始めで、現在当直中です。明日はそのまま日直をして、金曜日から通常業務。しかも今、風邪をひいてまして…。喉と頭が痛いです。なんと残念な2017年の幕開けでございましょうか。。。愚痴はこのくらいにして、本日は真面目な話題を。

 有名な咳止めのお薬に”デキストロメトルファン(メジコン®)”というのがあります。これが色々な方面に役立つのではないか…?と言われておりまして。枯れた技術の水平思考みたいな。今回はこの論文を参考にして浅く見てみましょう(図もこの論文から)。

Nguyen L, et al. Dextromethorphan: An update on its utility for neurological and neuropsychiatric disorders. Pharmacol Ther. 2016 Mar;159:1-22. PMID: 26826604

 デキストロメトルファンは50年以上前からある古参の薬剤。モルヒネ誘導体であるメトルファンの鏡像異性体から最初につくられました。治療域(60-120 mg/day)ではでオピオイドの持つ中枢神経作用を発揮しないことが明らかになっています。そんな鎮咳薬ですが、20年ほど前から抗けいれん作用や神経保護作用が指摘されていました。そして、CYP2D6阻害作用を持つキニジンとの併用(合剤)が情動調節障害(pseudobulbar affect)に有用だとして、FDAとEMAに認可されています。これは有名な話ですね。そして今、種々のCNS関連疾患への臨床試験が行われている最中。

 デキストロメトルファンはμオピオイド受容体アゴニストであるレボファノールの誘導体なのですが、種々のオピオイド受容体へのアゴニスト作用を持ちません。他の多くの受容体やトランスポーターに結合することが分かっており、NMDA受容体アンタゴニスト、σ1受容体アゴニスト、ニコチン受容体アンタゴニスト(α3β4、α4β2、α7)、そしてセロトニントランスポーター阻害、ノルアドレナリントランスポーター阻害、電位依存性Caチャネル阻害作用などなど、精神科医が泣いて喜びそうな感じがしてきますね。σ1受容体は刺激することで↑セロトニン、↑ドパミン、↓グルタミン酸をもたらします。抗うつ薬ではフルボキサミン(デプロメール®/ルボックス®)がこの作用を持つということで盛んに製薬会社が宣伝していましたが、「いやいや、うちのサートラリン(ジェイゾロフト®)だって持ってますよ」と別の製薬会社も乗っかってきた経緯があります。

 そんなデキストロメトルファンは、上述のように情動調節障害に使用されます。2010年にFDAが、2013年にEMAがキニジンとの合剤を認可しました。情動調節障害はALS(筋萎縮性側索硬化症)と脳卒中の50%に、アルツハイマー型認知症の39%に、MS(多発性硬化症)の10-29%に、パーキンソン病の5-17%に、TBI(外傷性脳損傷)の5-11%に認められます。情動調節障害の詳しいメカニズムは不明ですが、脳幹の運動核群や小脳に対する皮質の下行調節系が消失し、感情表現の運動調節に対する抑制が効かなくなっているのではないかと言われています。神経伝達物質ではセロトニンやドパミンの減少、グルタミン酸の増加が指摘されています。だからアルツハイマー型認知症患者さんの持つ突発的な焦燥や攻撃性にSSRIが効くのかもしれませんし、たまーにメマンチン(メマリー®)が効果を示すのも納得。抑肝散も言われてみるとセロトニントランスポーター阻害とNMDA受容体阻害の作用を持つから、効くことがあるんですね。ちなみにデキストロメトルファンとキニジンの使用量は、20/10 mgを1日2回もしくは30/30 mgを1日2回。副作用は嘔気、めまい、頭痛が10%ほどに見られ、傾眠、疲労感、下痢が7%前後、口渇が5%くらい。治療初期に見られ重大なものはなく、また重大な心電図変化、心イベント、呼吸抑制も認められないとのこと。副作用を軽減しながら治療するなら、最初は20/10 mgを1日2回から始めて、30/30 mg 1日2回もしくは30/10 mg 1日2回に漸増が適切でしょう。日本では適応外使用となりますが、抗精神病薬を用いるよりもまずこれからトライしてダメならSSRIやトラゾドン(レスリン®/デジレル®)など抗うつ薬を使ってみるという手順を踏んだ方が安全なのだと思います。どうせどれもこれも適応外だし。

 ここからは”治療薬としての可能性”がある分野。

 1つはうつ病への使用です。抗うつ薬は色々とあるもののどれも作用機序では似たり寄ったりであり、1/3の患者さんにはあまり効きません。しかも効果発現まで時間がかかるのもネック。その点、デキストロメトルファンは効果が早いようで期待されています。薬理学的ターゲットについて、三環系抗うつ薬であるイミプラミン(トフラニール®)、そして迅速な効果発現で期待されているケタミンと比較してみるとこのようになるそうです(図のDMがデキストロメトルファンです)。

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(Pharmacol Ther. 2016 Mar;159:1-22.)

 また、AMPA受容体への作用も注目されています。直接結合するわけではないのですが、σ1受容体を介して(?)この受容体の活性を高めて迅速な抗うつ効果をもたらしているかも? と言われます。ケタミンもNMDA受容体への作用が強調されてきましたが、その抗うつ効果は実はAMPA受容体のアップレギュレーションに大きく寄っているのではないかとも指摘されおります。デキストロメトルファンは同時に栄養因子の発現を高めて神経可塑性につながっている可能性もあるようです。この2つをσ1受容体を軸にして図示したのがこちらです。この著者らはσ1受容体が好きなんですかね? それともそんなに魅力的な受容体なんでしょうか。

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(Pharmacol Ther. 2016 Mar;159:1-22.)

 デキストロメトルファンは本当に様々な作用を持っており、このカオスさ、”ダーティさ”がSSRI以降の新規抗うつ薬の持たない魅力となっています。三環系抗うつ薬はダーティの代表格であり、抗うつ効果は新規抗うつ薬よりも強いことが分かっています。ただ、そのダーティさが様々な副作用を産んでしまっているのも事実。新規抗うつ薬は安全性という点では遥かに三環系抗うつ薬を凌駕します。より副作用が少なく安全で、三環系抗うつ薬と類似した効果を発揮できることがうつ病治療の目標ではあります。デキストロメトルファンはそこを突破できる可能性があります。

 次は脳卒中。デキストロメトルファンは脳卒中に伴う種々の神経症状、精神症状を改善させるものの、全体的な機能的アウトカムは残念ながらそうではないようです。脳卒中では以下のことが生じており、これらが治療的なターゲットと考えられます。

メジコン3
(Pharmacol Ther. 2016 Mar;159:1-2)

 デキストロメトルファンはσ1受容体アゴニスト作用、NMDA受容体アンタゴニスト作用、電位依存性Caチャネル阻害作用などによって、これらに関与してくれるのでは? とされています。しかし臨床的にはなかなか思うような改善は認められず、これは脳への移行性や実験動物とヒトとの違い、性差などが挙げられます。

 TBI(外傷性脳損傷)はどうでしょうか。これはデータが非常に限られていますが、脳損傷によるてんかん発作(seizure)や情動調節障害を改善する効果が指摘されています。TBIへの薬理作用は脳卒中と類似しており、σ1受容体やNMDA受容体への作用のようです。そして、炎症性サイトカインやケモカインを抑制することでも神経保護作用を発揮するのではないかとも言われます。

 てんかん発作については、治療抵抗性のものに対する臨床試験で一定の効果がありました。最も大きな試験では、治療抵抗性の部分発作に対してデキストロメトルファンを160 mg/dayもしくは200 mg/dayを上乗せしたものでした。何故効くのかは不明ですが、抗てんかん薬の血中濃度を変化させないことから、直接的な効果があると推測されています。おそらくは、NMDA受容体に作用することで過剰なグルタミン酸を抑えることが主な作用ではないかと言われます。多量ではむしろ発作を増悪させる可能性があり、この増悪については、フェニトインやカルバマゼピンなどのNMDA受容体アンタゴニスト作用を持つ抗てんかん薬が中毒域ではてんかん発作を臨床的に引き起こしたり脳波で発作波を来たしたりすることなどからも説明できるかもしれません。他にも様々な薬理学的作用が指摘され、σ1受容体アゴニスト作用やL型の電位依存性Caチャネル阻害作用を介している可能性があります。

 疼痛に関しても研究が進められており、いくつかありますが、この論文で主に触れられているのは術後疼痛と神経障害性疼痛の2つでした。前者については、デキストロメトルファンの効果は一貫してはいないものの、術前投与によって術後に必要とされるオピオイドの量がより少なく済むことが報告されています。これはデキストロメトルファンが間接的なμオピオイド受容体アゴニスト作用を持つためかもしれません。ただし、手術の種類や患者さんの年齢によってその効果は異なるようです。神経障害性疼痛については大量に使用することでその効果がもたらされるようですが、その分副作用が強く出てしまうため臨床応用は限られています。しかし、キニジンと併用することでその副作用を抑えつつ効果を発揮しようという研究が行なわれています。このデキストロメトルファンの鎮痛作用はNMDA受容体阻害作用に寄るところが大きいのですが、それは脊髄視床路を介して脳に到達する1次上行ニューロンに干渉することでなされるようです。

 デキストロメトルファンは、メトトレキサートの神経毒性にも効果があることがいくつかの試験で分かっています。メトトレキサートの神経毒性は高用量の使用や髄腔内投与によってもたらされることがほとんどであり、メトトレキサートを頻用する急性リンパ芽球性白血病、リンパ芽球性リンパ腫、骨肉腫といった疾患で見られます。神経毒性は急性、亜急性、慢性に分類されます。急性は投与後数時間以内に発症し、髄膜炎様の症状を呈しますが、たいていは一過性であり後遺症はありません。亜急性から慢性の毒性は数日後から数年といったスパンで出現し、脳や脊髄に変化をきたし、進行性であり最悪の場合は死に至ります。亜急性では、けいれんや脳卒中様症状(片側不全麻痺や失語や複視などなど)を、慢性では認知機能低下、行動異常、痙縮などを呈することがあるようです。この神経毒性の機序は不明ですが、ホモシステインからメチオニンへの再メチル化が障害されることが指摘されています。ホモシステインとその酸化物であるホモシステイン酸はNMDA受容体のアゴニストとして働くため、デキストロメトルファンの神経毒性への作用はこのNMDA受容体アンタゴニスト作用がその一部に挙げられます。そして、特に亜急性の神経毒性に対して有望ではないかと言われています。

 パーキンソン病については、その治療や薬剤治療の副作用軽減のために臨床試験が行なわれていますが、その結果は一貫していません。年齢や性別や疾患のステージ、そしてデキストロメトルファンの使用量などがその一因とも言われます。動物実験では、ミクログリアの活性化を抑制することでドパミンニューロンの変性を防ぐことが指摘されており、他にはレボドパ誘発性のジスキネジアをセロトニン受容体アゴニスト作用やNMDA受容体アンタゴニスト作用やσ1受容体アゴニスト作用などによって改善させるかもしれないと言われます。

 自閉スペクトラム症についてはあまり研究が行なわれていません。プラセボとの比較試験では有意差なしだったのですが、明らかに効いたと思われる患者さんも一部おり、それは自閉スペクトラム症そのものが異質性の高い疾患と言うか症候群だからであろうと思われています。やはりNMDA受容体アンタゴニスト作用やσ1受容体アゴニスト作用が有効性を示す機序の一部とも言われますが、詳細は分かりません。一部に有効な患者さんがいるという事実があるため、今後も掘り下げる必要のあるトピックではあります。

 これまで述べられてきたように、動物実験とヒトを対象とした臨床試験とでは結果に乖離が見られていますが、その一因としてCYP2D6活性がアセスメントされていないということが指摘されています。今後の臨床試験はその点を考慮に入れてなされるべきでしょう。そして高用量を投与するとやはり神経症状などの副作用がネックになります。治療抵抗性のてんかん発作や神経障害性疼痛には高用量が有効であるとする報告も多く、リスクとベネフィットを慎重に見極めねばなりません。かつ、高用量の場合はCYP2D6活性が非重要な因子となるようです。デキストロメトルファンの長期使用の欠点や乱用のリスクについては、治療用量であれば重大な影響はないだろうと言われていますが、これは複数の報告をきちんと待つことも大事でしょう。

 他には、レット症候群、関節リウマチ、湾岸戦争症候群、糖尿病性黄斑浮腫、ADHD、うつ病や統合失調症やアルツハイマー型認知症における焦燥、片頭痛(episodic migraine)、種々の原因による舞踏病などへの研究が行なわれています。そして、デキストロメトルファンは単剤で使用するのは現実的ではなく、確立された治療法に付加的に用いるものという位置付けと考えましょう。

 ということで、軽いNMDA受容体アンタゴニスト作用と強力なσ1受容体アゴニスト作用、他にも様々な作用を併せ持つデキストロメトルファンの不思議なチカラをまとめてみました。個人的な思い出としては、昔々に慢性腰痛で診ていた患者さんが「咳止めをください」と言ったのでメジコン®を少しの期間だけ出したことがあるのですが、その時に「いやぁ、この薬はシャッキリしますね」と語ったというもの。その時はその”シャッキリ”にまったく気を止めずにスルーしてしまい投与を終えた後もこちらから聞くこともなかったのですが、ひょっとしたら何らかの良い効果がありそのように表現していたのかもしれません…。しかもその患者さんはデュロキセチン(サインバルタ®)も服用していまして、このデュロキセチンはキニジンには及ばないものの中等度のCYP2D6阻害作用を持つのです…。いやぁ、どうだったんだろう。効いていたのかしら。今となっては確かめるすべもないのですが。。。
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