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2020
08.12

長期入院の是正?

 精神科病院の中には、その収入の多くを慢性期統合失調症患者さんの長期入院に頼っているところが少なくありません。ちょっと信じ難いでしょうけれども、20年以上や40年以上という長期入院の患者さんが存在します。彼ら彼女らの生活は、人生は、ほぼ病棟内という閉じた中で過ごされているのです。

 「わが邦十何万の精神病者は実にこの病を受けたるの不幸のほかに、この邦に生まれたるの不幸を重ぬるものというべし」と言ったのは呉秀三先生ですが、先生は「患者さんを自宅で監禁するのではなく、病院で看ていこうよ」ということを目指しました。それだけ、当時の患者さんをめぐる家庭の状況はひどかった。呉先生の試みは、病者を”患者さん”として位置づけ、より良い環境で生活できるようにというものでした。そのコンセプト自体は良いものだったのですが、そうであるはずの病院がいつの間にか”厄介払いの場”となってしまったのは、患者さんにとって新たな不幸だったように思います。「それってちょっとどうなのよ」という時にライシャワー事件が重なったのも運が悪かったか…。

 「長期入院が問題だって言ってるなら、早くご家族のもとに退院させれば良いじゃないか」と思うかもしれません。しかしながら、長期入院患者さんのご家族は、音信不通であることも多いのです。昔はご家族が患者さんを”簀巻き”にして精神科病院の前に置いていった(そこから長期入院)、なんてこともありました。カルテでは”ご家族の連絡先は不明”という記載もよく目にします。仮に連絡先が記載されていても、残念ながら「もう連絡をしてくれるな」「電話は(患者さんが)死んだ時だけにしてくれ」と発言されるご家族も大勢います。「退院しても大丈夫だと思うけど…」とこちらが考えていても、強力に反対するご家族。「私たちにも家庭があるんです。今さら遅いです。もうここにずっと置いてください」と。患者さんとご家族にどんな歴史があったのかは判明しない部分も多いので、一概にご家族を責めるわけにはいきませんし、ご家族自体も高齢になっており受け入れるキャパシティも低下しいるのも事実ですが、それを聞くと患者さんの一生ってなんだったんだろうと思わずにはいられません。ご家族との関係を見直すには、あまりにも入院期間が長すぎた。そう実感する時も多々あります。

 これは日本の精神科医療の問題点でもあり、地域の問題でもあります。ご家族のもとへの退院が難しくても、グループホームなら何とか、という状況も少なくはありません。しかし、第一に、施設の費用よりも入院費のほうが圧倒的に安いので(これっておかしいですよね…)、ご家族は入院継続を希望します。そして、患者さんがゆったりと暮らせるグループホームや施設が実に少ないのです。患者さんの症状を持ちこたえる能力を持つ施設が乏しいと言わざるを得ません。「ちょっとでも大声を出したらすぐにまた入院してもらいますよ!」と釘を刺されてしまいますし、そんなところでは患者さんも気を遣って不安に陥りやすくなってしまいます。状態が悪化して病院に戻ってくる患者さんを経験したことのある精神科医も多くいるでしょう。また、施設をつくろうと思っても地域住民の強い反対にあって頓挫するというのは珍しいことではなく、グループホームですらなく有床の診療所をつくった夏苅郁子先生も、住民の声にだいぶ苦労されたとおっしゃっていました(@新潟の精神神経学会総会)。患者さんが安心して世に住めるような体制に、残念ながら日本はなっていない。もちろん日本だけではなく、先進的であるとされるイタリアでも難しい状況ではあるようです。あの国は公立の精神科病院を20年以上かけて廃止しましたが、実際は小さな精神科病院とも表現できるような施設が出来て、そこに住んでいる(入院している)人たちも多く、援助に対しても国が大きなリソースを投入せねばなりません。しかもうまく行っている地域とそうでない地域があり、その差はかなり大きいようです。トリエステという町が有名ですが、あそこはイタリアの中でも最高級に成功したところですね。そこだけを取り上げて「イタリアはうまくいっている!」とするのは拡大解釈でしょう。日本の実情を棚に上げるわけではありませんが…。

 日本(に限らないかもしれませんが)は、これまで患者さんを精神科病院に入院させておくことで、国と国民が、見ないようにしていた、差別感情に蓋をしていた、と言えるでしょう。長期入院そのものが患者さんの生活能力を削いだことは否定できませんし、そのような状況では患者さんが「このまま病院で良い」「退院したくない」と発言するのも無理はありません(医原性の入院継続希望…?)。が、患者さんの退院後生活を阻むもののひとつが地域住民である、というのはかなしいことです。

 とは言いながらも、その長期入院によって精神科病院の経営は成立しているということも忘れてはなりません。これは、地域住民も精神科病院も、言い方は悪いのですがwin-winの関係であったとも推測できます。地域住民は「怖い人」「よく分からない不気味な人」を病院に入れておくことで、自分たちの生活が脅かされずに済む。あえて地域自体が退院を促進はしない。精神科病院は、長期入院によって経営が何とかなる。しかも日本の精神科病院の多くは公立ではなく私立病院ですし(ここが色々と厄介)。

 自分は悲観的な見方であり、長期入院の問題が解決されるのは現在の長期入院の患者さんの寿命が尽きることによるしかないのでは、と考えてしまっています。20~30年後、日本の精神科病院は危機を迎えているでしょう。長期入院患者さんが亡くなると、病床数を維持できなくなり、経営が成り立たなくなります。当然、ガラガラになった私立の精神科病院は潰れます。長期入院の患者さんの生命とともに、日本の精神科病院の多くも終りを迎える。でも、それが適正な姿なのかもしれません。

 そんな中、精神科救急、いわゆるスーパー救急にかじを切った病院も登場しており、以前勤めていた病院は早めに移行した記憶があります。その過渡期に自分はいたのですが、長年入院していた患者さんをどんどん他の病院に転院させて、スーパー救急用の病床を確保していった様を見てきました。まだ若かった自分は「ずっとここにいた患者さんを情け容赦なく転院させるのか…(血も涙もねぇ!)」と、憤りを覚えていたのですが、今になって思うと病院そのものを存続させるためにはやむを得なかったのかもしれませんね…。病院が潰れたらその地域の患者さんの行き場がなくなってしまうし、入院患者さんも大変だし。苦肉の策だったのでしょう。でも転院する(させられる)患者さんを見ると、医療って何なんだろうな…とも考えてしまいます。つい最近も医療と経営は相容れないな…と感じてしまう出来事があり、かなり凹んでしまいました。「この病院が雇ってるから先生は処方もできるんだ。自由にやりたいなら開業しろ」と怒られたので…。別に自由にやりたいわけじゃないんですけどね…。まぁしょうがない、と思いながらもどこかモヤモヤ。うーん、苦しい。

 なんだかとりとめのない内容になってしまったので、ちょっとまとめを。長期入院患者さんのこれからは、精神科病院のみならず国民全体が意識を持って取り組まねばならない問題です。しかも差別感情がいまだ根強いこの国で、です。イタリアも20年以上かけて今の姿をつくっており、その中でも成功した地方とうまくいっていない地方がかなり分かれています。公立と私立の割合の違いだけを取り上げてもイタリアの方法を日本にそっくりそのまま持ってくることは出来ないでしょうし、ここは頭を働かせないといけません。しかしながら、自分は長期入院の不幸を解決するのは、その入院患者さんの寿命でしかないのでは、というあきらめの気持ちがあります。それによって、日本の精神科病院も経済的に淘汰されていくでしょう(精神科医も)。
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2020
08.06

三環系抗うつ薬は作用するポイントが多い

 抗うつ薬といえば、SSRI以降の新規抗うつ薬を思い浮かべるでしょう。昔は三環系抗うつ薬(TCA)が使われていたのですが、副作用の問題、そしてうつ病には”セロトニン”が関わっているのではないかという仮説も提唱され、より安全なもの・セロトニンのみに関与するものをつくろうということでSSRIが生まれました。SSRI以降の新規抗うつ薬は”クリーン”と評され、対してTCAは雑多な受容体やチャネルに関与してしまうので”ダーティ”と言われているのです。TCAのダーティなところは確かに怖く、大量服薬すると死亡してしまいます。NaチャネルやKチャネルにも関与するので、心臓の伝導障害が起きるんですよね…。

 ただし、”セロトニンのみに関与”というお題目は初期の初期であり、ノルアドレナリンにも働いたほうが良さそうだということでSNRIやNaSSAが生まれ、でもって薬剤間でも差異をアピールしたい製薬会社は「うちのSSRIはシグマ受容体にも結合しますよ!」などと言い、当初行なわれたクリーン性の主張は何だったんだと思わなくもありません。ま、SSRIにも抗炎症作用はちょっとあるし、結局は新規抗うつ薬ってセロトニンが減ってるのを増やすのが主眼じゃなくてBDNFを増やすのが大事なんだとかも言われています。うつ病のセロトニン云々も結局は”仮説”の域を出ていませんしね。

 ただ、ダーティさっていうのは治療では大事なところであり、治療抵抗性のうつ病で用いられる各種増強療法、その代表は抗精神病薬ですが、これは作用する受容体を散らす意味合いが強いでしょう。抗精神病薬の増強療法は、決してドパミン受容体を阻害する目的ではないのだと思っています。増強療法で抗精神病薬の投与量が軒並み少なく設定されているのは、ドパミン遮断を狙っていない傍証でもあるのではないでしょうか。「精神病性うつ病は”精神病”性だから抗”精神病”薬が必要。はいオランザピンね」という考えは浅いと言わざるを得ません。だって、精神病性うつ病も抗うつ薬単剤で改善すること多いしね…。ちなみに精神病性障害であれば疾患横断的にドパミン生成能が亢進しているという報告はありますが(Neuropsychopharmacology 01 July 2020)、精神病性うつ病でそれが確認されたわけではありません。仮に精神病性うつ病でそういう結果が出てきても、「”精神病”性だから抗”精神病”薬ね」という考え方は薬剤治療を考える上では単純に過ぎるでしょう。ここは自分の治療哲学?でございます。

 作用するポイントを散らして全体の底上げを図る、もしくはヒットする確率を上げるというのが、増強療法の核です、たぶん。抗精神病薬ならセロトニンを中心とした多くの受容体に結合し、プラミペキソールならD2受容体とD3受容体にアゴニストとして作用し、リチウムならGSK-3などのセカンドメッセンジャーに働きかけますし、セレコキシブは炎症性サイトカインに働きます。もちろん、うつ病は雑多な概念なので、どの増強療法が効くかはトライしてみないと分からない部分もあります。一定の目安はありますけどね。

 こうして考えると、ポイントを散らす増強療法というのは、”クリーンなダーティ”を目指していると言えるでしょう。「TCAだと副作用が強くて増量できないし大量服薬も怖いし…」というダーティ中のダーティに比べ、やや扱いやすいのです。

 とは言え、大学病院ではなく単科の精神科病院に勤めていると「やっぱりTCAが必要だよね」という状況に多々出くわします。多くのうつ病は作用するポイントが少なくても大丈夫なので、TCAでもSSRIでも効果は同様、というか副作用が少ない分SSRIのほうに軍配が上がるかもしれません。しかし、治療抵抗性うつ病はSSRIが関与するミニマムな部分では改善できない病態。他のポイントに散らして攻めていく必要があります。そして、そのポイントを多く含むのがTCAです。SSRI+抗精神病薬で「うーん…」なら、より広いTCAは大きな候補。もちろん、TCAが有していないポイントを持っているリチウムや甲状腺ホルモンは、TCAの増強としても使用可能です(リチウムや甲状腺ホルモンの増強療法エビデンスはTCAに付加したものが多いですね)。

 レジデントのうちはちょっと怖くてTCAが使いづらいと思いますが、最初はそのくらいの用心さを持った方が良いでしょう。上の先生の使い方を見たり、実際に使用方法を聞いたり、そうやって少しずつ経験していくのが大切です。大量服薬された日には、患者さんだけでなく医者も真っ青…になります(ホントに怖い)。

 向精神薬については、”抗精神病薬”や”抗うつ薬”として覚えるよりは、”ドパミン遮断薬+α”や”モノアミンアゴニスト”として整理して、主に作用する軸(ポイント)で覚えた方が、治療に幅が出てきます。変な言い方をすれば、抗うつ薬は抗うつ薬ではない、となります(分かりづらい)。ぜひですね、若手の精神科医には、向精神薬の分類を”作用する軸”という目線でとらえなおしてみていただきたく。
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2020
08.02

臨床のワンフレーズ(35):決して無駄ではなかった

 患者さんの中には、こちらが必要だと思う薬剤を服用する気持ちが整わない人もいます。喫緊の時は「何としてでも飲んでもらいたい!」という気持ちにはなりますし、うつ病で思考抑制がかかると飲むかどうか患者さん自身で決めきれない場合もあります。そういう時は「これまで●●さんと同じような患者さんを診てきましたが、医者として、お薬を飲んだ方が気持ちが楽になってくれると考えています」などと言って、決断を肩代わりする勇気を医者側が持つことも大切でしょう。でも、待てる時は「よし、飲もう!」と思えるまで待つというのも悪くはないかと思っています。

 飲む決断ができない患者さんには、その理由を聞くのが一番です。「どうして飲みたくないの?」と聞くと尋問のようになるので、「お薬に対してどんな思いがありますか?」という風に尋ねると良いでしょう。ひょっとしたら、家族や知り合いに向精神薬を服用して強い副作用が出た人がいたのかもしれません。仮に「飲みなさい!」と言って処方して何とか飲んでもらったとしても、ノセボ効果が出てしまいそうで、そうなったら「やっぱり飲みたくない」という気持ちが強くなるかも。そうなった場合、再度飲んでもらうのは至難の業です。

 で、患者さんの気持ちが固まるまで診察を繰り返し、たまに勧めたりしながら、待ちます。「私としては飲んだ方が楽になるかなぁと思ってはいるのですが、飲むにしても●●さんが納得してからっていうのがいちばん良いタイミングだとも思います」「不安な気持ちのまま飲むと、副作用も実際多くなっちゃいますし」などとお話ししながら、機会をうかがいます。対症療法をしながら、そしてプチ精神療法をしながら。「いやいや、お前の動機づけが下手なだけだよ」と言われるとそれはその通りなので何も言えなくなってしまうのではありますが…。そうこうしているうちに、患者さんも「やっぱり飲んだ方が良いような気がしてきました」と不思議なことに述べてくれます。

患者さん「考えたんですけど、飲もうと思います」
自分「そうでしたか。じっくり考えてくれたのは良かったと思います」
患者さん「結局、先生が最初に言っていた通りになりましたね。なんか回り道になっちゃって」
自分「決めてくれたことが大事ですし、回り道とおっしゃいましたけど、決して無駄な道ではなかったと思いますよ。ぐるっと回ったからこそ見える景色もありますし」

 患者さんは「なんだ、最初に医者が勧めた通りになったな。私が悩んでいたのは無駄だったんじゃないか」と思いがちです。でも決してそうではなくて、立ち止まって考えてくれたからこそ、その決断ができたとも言えるのです。そこをお伝えして、患者さんの治療意欲を削がないように注意をしましょう。

 薬という異物を毎日飲むのは、医療者が思うよりも患者さんにとって大きな出来事です。しかも向精神薬は「怖い」「副作用が強い」「薬漬けにされる」「やめられなくなる」という印象を持たれがちになるので、そこは患者さんの気持ちに配慮して勧めるほうが、治療効果も大きいでしょう。
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2020
07.26

フェネストレーションの恐怖…!

 今年度いっぱいでサヨナラはするのですが、自分はある病院で歯科の先生と協同して、口腔顔面領域の慢性疼痛を診療しています。多くは舌痛症(口腔内灼熱症候群:BMS)と非定型歯痛(AO)でして、実働部隊は歯科医2名+精神科医2名と言っても良く、抜けた後の患者さんの引き継ぎをどうしようかと悩んでいます…。自分ももうひとりの先生(先輩)も外来患者さんがいっぱいいっぱいで、その先生にまるごと引き継ぐと完全に外来が崩壊することが容易に想像され…。どうしたら良いのだ。本来なら昨年度で辞めるつもりだったんですけど、さすがにちょっと良心が咎めるなぁ…と思って一年延長しました。でも延ばしたところで実働部隊の人数に変わりはなく(増やしてくれー)、まぁもうしゃーない。こっちの身がもたんのですわ。

 ま、それはそうとして、その非定型歯痛(AO)を診るにあたっては注意が必要。このAOは持続性特発性顔面痛(PIFP)の中のひとつで、原因の不明な痛みが歯に出てくる、というもの。PIFPの診断基準を以下に示します(Cephalalgia. 2018 Jan;38(1):1-211. PMID: 29368949)。


・PIFP診断基準
A. 以下のB.とC.を満たす顔面痛 and/or 口腔内疼痛がある。
B. 1日2時間以上の連日繰り返す疼痛が、3ヶ月以上続く。
C. 痛みは、局在が不明瞭で末梢神経の分布に一致しない。また、鈍い・疼くような・あるいはしつこいと表現される性質の痛み。
D. 臨床的・神経学的所見は正常。
E. 適切な検査によって歯原性を否定。
F. 他に最適な診断がない。 
・コメント
女性に多い。ストレスで増悪。精神疾患や心理社会的問題を高頻度に合併。経過とともに疼痛が頭頸部に拡大していくことも。慢性広範痛症や過敏性腸症候群を合併することも。
口腔顔面領域の小手術や外傷を誘因に発症することもあるが、治癒後も疼痛は持続。神経生理学的検査で異常を呈することも。
外傷後有痛性三叉神経ニューロパチーと連続的な病態かもしれない。
AOはPIFPの亜型と考えられるが、より若年発症で男女比もより均等。


 というものです。精神医学における診断では、DSM-IV-TRでいう疼痛性障害、DSM-5なら身体症状症-疼痛が主症状のもの、になります。ただ、以前の記事でも指摘したように、身体症状症というのは身体疾患の除外を条件にしていません。

 で、この診断基準の中で注意したいのが



口腔顔面領域の小手術や外傷を誘因に発症することもある



 というところ。非定型歯痛は、根管治療(歯内治療)をした後に発症することがあり、紹介される患者さんも「歯の治療をしてから痛みが出てきて…。治療は失敗じゃない、レントゲンでは異常ないって言われるんですけど…」という感じで受診します。ちなみに、BMSやAOにはSNRIやプレガバリンなどを用いて治療をすることが多く、自分のいるグループでもそういう論文をいくつか出しています。うーんマニアックな領域。

 ちょっと本筋から逸れますが、こういう治療後の歯痛は、当然ながら患者さんも医療者に対して陰性感情を抱きがち。歯科医は「治療に問題ない」と突っぱねますし(それも当然なのですが)、でも痛いのは痛いから患者さんの訴えはどんどん強くなります。それが歯科医には「執拗だ」「しつこい」と映り、我々のような慢性疼痛外来に「心因性です」として紹介する…。かつ、患者さんは納得していない…。こんな構図になってしまいます。精神科医からすると、「簡単に心因性なんて言ってくれるな!」という気持ちもあるっちゃあります。心因性っていうのは熟練した精神科医が熟考に熟考を重ねてようやく「おぉ、これは心因性だ…」というコトバに到達するようなものと思います。「治療には何の落ち度もない。患者さんはしつこい。心因性だ」っていうのはどうなんでしょうね。これを他科の先生に言っても仕方ないのですが、心因性という用語は封印してほしいくらい。”心因”については以前に記事にしたので、良ければご一読を(コチラ)。

 さて、脱線から戻って、この根管治療後に発症した”非定型歯痛”として紹介されるものの中に、実は非定型歯痛ではなく”フェネストレーション(fenestration)”によるものがある、という事態が生じています。フェネストレーションは当然のことながら精神疾患でなく、根尖部の解剖学的なバリエーション?でして、専用の治療をすれば治ります。つまりは身体因、ということ。

 フェネストレーションとは、根尖部が歯槽骨の皮質骨を穿孔し、歯槽骨外に露出している状態(Oral Surg Oral Med Oral Pathol. 1970 Jun;29(6):816-9. PMID: 5267621)であり、日本語では「骨穿孔」とも呼ばれるようです。ここが大事なのですが、なんと普通のレントゲン写真では分からず、CTを撮ってようやく分かるもの! だから開業の歯科医では見逃されがち。そして、フェネストレーションのみでは疼痛を惹起しないこともあるのですが、その場合でもその歯の根管治療をすると痛みが出てしまい、CTでフェネストレーションが指摘されないままでは異常が見つからないので”難治性根尖性歯周炎”や”非定型歯痛”と診断されます。で、後者が自分たちのグループに紹介されてくる、という流れ。

 非定型歯痛と言われても、実は…という事態には何度か遭遇しており、「これ怖いわぁ…」と思っています。当然のことながら薬剤治療を行なっても疼痛は改善せず、これを”治療抵抗性の非定型歯痛”などと言おうものなら、完全に迷宮入りです。紹介された時点でCTを撮るか、型にはまった治療を行なっても全く反応しなかったらCTを撮るか、さてどうすれば良いのか。フェネストレーション自体は、下顎よりも上顎、臼歯部よりも前歯部に多いそうです。そして、特に上顎第一大臼歯の近心頬側根と犬歯に認められやすいとされており、この辺りの”非定型歯痛(疑)”なら、CTの閾値は下げておいたほうが良いんだろうなぁと想像中。

 あ、あと片頭痛も非定型歯痛の鑑別に挙がりますね…。普段は痛くなくて発作的に痛むような場合は、実は片頭痛だった…なんてことがあります。「普段は痛くない」というのが診断基準Bから外れますが、この場合も”非定型歯痛”で紹介されることがあるので…。お願いだからしっかり診断して…。もちろん精神科医が身体疾患を診断する最後の砦という意識ではいますが、診断されないまま紹介されるのって、はっきり言って生きた心地はしません。

 知らない疾患は鑑別に上がりません。慢性疼痛を診る精神科医やペインの先生も知っておきたいフェネストレーションですが、歯科医の先生こそ専門なので、やっぱりそこは診断してよーって気分です。お願い!
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2020
07.23

臨床のワンフレーズ(34):良い意味で、悪い意味で

 1分診療と揶揄されるものの中には、以下のような診察風景があるかと思います。

医者「どうですか」
患者さん「変わりません」
医者「じゃあ薬そのまま出しておきますね」

 経験のあるかたも多いのではないでしょうか。もちろんその診察が悪いわけではありません。あまり探られたくない患者さんがいるかもしれないですし、他人と話すことが苦痛な患者さんもいるでしょう。その場合はこのようなシンプルの極致にあるような診察がむしろ好ましい可能性があります。

 でも、たまにはちょっと聞きたいなと思った時は、こんな風に尋ねてみても良いでしょう。

自分「どうですか」
患者さん「変わりません」
自分「お変わりなく。ちょっと変なこと聞きますが、それって、良い意味で変わらない、悪い意味で変わらない、どっちでしょう?」

 いい調子がずっと続いていても”変わらない”ですし、悪い調子がずっと続いていても”変わらない”です。同じ返事ではありますが、意味はだいぶ違ってきます。

患者さん「良い意味で変わらないですね。調子良く来ています」

 というお返事であれば、安心。その場合は

自分「それは何よりでした。この変わらない状態を大事にしていきましょうね」

 や

自分「すごいですね。どうやってそのいい調子をキープできているんですか?」

 など適当な(?)お返事をしてニコニコしておきます(後者は時間がある時用)。しかし、患者さんの中には低空飛行を続ける人も少なからずいます。その場合も”変わりません”というお返事になってしまいます。多くの場合は言葉以外の声の調子や動作で調子の良し悪しの見当がつきますが、そんな時でも言葉にすることで少し状況が進んでいくことを期待します。

患者さん「うーん、悪い意味で変わらないですね…」

 というお返事であれば

自分「具体的にどういったお悩みがありますか?」

 や

自分「そうでしたか…。そんな苦しいなかでどんな対処をしてここまで来られました?」

 と聞いていきます。調子良さそうだと思っていた患者さんから意外にも「悪い意味で変わらないですね…」というお返事が来ることもあるので、状態の確認は言葉で時折行なっておきましょう。

 それでも「いやぁ、ちょっと良く分かりませんね…」と言われた場合、患者さんが自分の感情を言語化しにくい状況にあると考えられるかもしれません。その時は、臨床のワンフレーズ(17)でお話ししたような、”こころのお天気”を聞いてみるのも良いでしょう。
 
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