2017
01.17

ひとつの文字から

Category: ★学生生活
 学生の時、たぶん生化学の時だったでしょうか、ずっとずっと、in vitroin vivoがどっちがどっちなのかが分からなくなる事態が発生しており、何回覚えてもその度に忘れて困るということがありました。

 色んな覚え方を考えたのですが、自分なりにしっくり来て今まで染み付いてるのがひとつあります。in vivoin vitroを見比べると、やはり”t”の文字が際立つなぁと感じておりまして、そこで



in vitro→ t →tube→試験管!



 という覚え方を突如として発明(?)。それ以来なんとか、vitroはvivoよりもワンランク細かい物を見ていると忘れずに今日まで来ています。ちなみに、頭のいい人が「あ? vitroはビードロだろ? だからガラスで試験管だろ」と涼しげな顔で言っていたなぁ、そういえば。超スマートな覚え方だわー、語源なんて。

 でもここ2年くらいはもの忘れが目立つようになりまして。家族に最も心配されたのが、白菜1/4個が安かったので買ったら、すでにこの1週間でそれを2つ買っていたという事実…。あと1/4個買ったらまるまる1個になりますな。エアコンや空気清浄機の消し忘れとか、自分でも「これはもう限界かね…」と感じたのは、前に買って読んだ本をもう一度買ってしまったこと。本でこれをやらかしちゃあオシマイよ。しかも最近は読むスピードが遅くなってしまって、完全に買うスピードに追いつけなくなりました(たまるいっぽう)。だんだん衰えてきたなぁと実感するとともに、でも年齢からするとまだちょっとねぇとも考えております。

 こりゃ早くボケますな。まぁこれも運命か。。。
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2016
10.30

授業を受けてみる

Category: ★学生生活
 満期退学予定とは言え大学院にいるため、上の先生がたが学生さん相手に講義をする際のお手伝いをしてきました。と言っても1日だけで、かつ午前中ですが。TA(ティーチングアシスタント)というそうです。おっさんが1人、若い子に紛れるのは何とも居心地が。。。

 仕事は、講義のプリントと出席票を配るというもの(これを”雑用”と言います)。思い出してみると、自分が学生の頃もそういうことをしていた人がいましたが、彼らは大学院生だったんですねぇ。

 大学の講義で最重要事項になっているのが”出席”でございまして、これは自分が学生だった頃も今も変わらないようです。もちろん出席票を以て出席を確認しますが、欠席が多いとテストすら受けられないなんてのも。何だか小学校中学校みたいだなぁ、と若かりし頃の自分も思っておりました。「講義はこの紙切れ1枚のために出席するものだ」と割り切っている人たちも多いはず。

 学生さんが何が何でも手に入れたい”出席票”は、講義開始とともに配られるものではなく、しばらく経った後(1時間くらい)が目安です。さっさと配ると、学生さんの中には「コレで本懐を遂げた!」との思いからさっさと名前を書いて、後は最後まで出席する学生さんに「ちょっとコレ出しといて」と言って講義をサヨナラする人たちがいるのです。だからちょっと時間が経過してから配ることになっております。恥ずかしいことに、自分は学生の頃、講義を熱心に聞いた記憶がほとんどなくてですね…。出席票のこともあり欠席はあまりしませんでしたが、先生の話を聞かずに本ばっかり読んでいました(途中で抜け出して同期と卓球して遊んでいたことも…。スミマセン)。ひどい時は、生理学の講義の時に話を聞かず生理学の本を読んでいたなんてのも。

 でもって、お手伝いをしたその日は発達障害の講義。人生で初めて一番前に座ることとなり(たぶん)、寝るわけにもいかず講義を粛々と聞いておりました。勉強になることが多く、「ふむふむ」と、ひょっとしたら一番真面目に聞いていたかも???

 そして1時間ほど経ったところで例の紙切れを配りに席を廻るのですが、もちろんその時に席を外している学生さんもいるため、その時は隣の子が「あ、ここもいますんで」と。面白かったのが、席を外した学生さんが机の上に小さなゴリラの置物を置いていたこと。

お隣さん「あ、すいません。ここも1人いるんで」
自分「はいはい。ん? これ、身代わり?」
お隣さん「そうですね(笑)」

 おぉ、最近の若い子は身代わりまで用意するのか。いやぁ、しかし90分×2の講義は聞いていて意外と疲れますね…(講義する先生もお疲れ様です)。その積み重ねが国試合格への路となるのだ。学生諸君、がんばってくださいまし。
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2016
05.25

学生さん向け、現実的?な洋書の読み方

Category: ★学生生活
 学生の時は2年次から専門科目がスタートすることが多く、発生学や組織学、解剖学などがあります。自分の大学では最初の試験が発生学で、見事に追試の憂き目にあったことを鮮明に覚えております…(確か70人くらい落ちたんですよ)。

 自分の成績はあまり安定しておらず、好きな科目はトコトン勉強したんですが、興味の沸かない科目は合格ラインスレスレでして。秀、優、良、可、不可の5段階でしたが、秀・優を獲るか可になるかという凸凹の激しいものでございました(もちろん可の方が多かったですけどね…)。しかも好きな科目の中でも好きな分野とそうでないところが細分化(?)されており、試験では”当たれば強い(マニアック)”という感じ。頭の良いオールマイティな学生さんってホントに隙のない勉強をしますよね。何でこんな科目(失礼…)を真面目に勉強するのだ、と感心してしまった記憶があります。自分は王道的な勉強がダメなので、いつも変化球で逃げていたようなものでした。とは言っても、医者になってからは専門性が出て来ます。自分の場合は精神科でしたが、それを考えると変化球的な勉強スタイルも悪くはなかったかなぁと思っておりまして。もちろんどんな科でも良く遭遇するようなコモンディジーズは診断と初期治療が出来るようにとこころがけておりますよ。臨床研修修了ラインは保っておきたい。

 で、話題は学生時代に洋書を用いるということです。ハッキリ言って、使わなくても適切な知識は身に付きますし学生レベルで困るようなこともないでしょう。しかも最近の日本語の医学書はとっても良いと思います、基礎も臨床も。でも、「せっかく医学生になったんだから読んでみるのも悪くないんじゃない? 受験生時代に英語はたくさん勉強したんだし、医者になったら英語は絶対必要だし、抵抗を減じるという意味でも」というのが個人的な意見。

 「洋書を読む=凄い学生さん」ではありませんが、どんな世界にもバケモノはおり、何でこんなに読めるんだ! という人もおります。そういう人は概して医者になってからもバケモノでして、その意見が大きな位置を占めることも。ただ、”大多数の学生さん”という現実的な事を考えると、そのバケモノを基準にしてはなりません。良いの良いの、バケモノはバケモノなんですから。私たちは現実的なラインを考えて一歩一歩進んでいきましょう。自分自身がちょっと背伸びをしたら届くような、そこが目標。

 バケモノ学生さんやバケモノドクターには生ぬるいように見えるかもしれませんが、多くの学生さんにとって”洋書に触れてそれが長続きして医者になっても英語の文献を読むことに抵抗を感じにくくなる”というのが目標だと思うのです。そのため、洋書選びのポイントを3つに凝縮してご紹介。あくまでも個人的な経験によるものでありますが、洋書入門の参考になってくれれば。

 第一のポイントは、洋書で勉強する科目を絞る、ということ。知識全部を洋書で得ようとするとそれはそれは大変でして、生理学はGuyton先生の『Textbook of Medical Physiology』で、解剖学はMoore先生の『Clinically Oriented Anatomy』で、薬理学はKatzung先生の『Basic and Clinical Pharmacology 』で、、、なんてことになったら確実に挫折するでしょう。私たちの処理速度を完全に超えております。やっぱり”好きな科目”に焦点を当てるのが大事。自分は2年次の時、組織学でJunqueira先生の『Basic Histology』を読んだのが初めての洋書経験でしたが、それは組織学が他の科目よりも好きだったから。基礎医学の中では免疫学が最も興味を惹くものだったので、それも4年次の時だったかしら、Abbas先生の『Cellular and Molecular Immunology』を読んですごく面白かった記憶があります。嫌いな科目だと日本語でも苦しいので、英語なんて論外です。最初は、”1年で1冊”くらいの目標で良いでしょう。慣れてきたら”1年で2冊”にしても構いません。それを重ねていると、臨床科目に進んでからは色んな科目の洋書をちらちらと読めるようになりますし、卒業して研修を開始してからも英語文献に高いハードルは感じません(たぶん)。でもあんまり洋書に手を出し過ぎると消化不良になるので、そこは重ねて注意をしておきます。恥ずかしながら、自分は買っておいて読みきれずにタンスの肥やしになった洋書がチラホラ…。もったいなかった。

 第二のポイントは、あらかじめ日本語で知識を入れておく、ということ。何の知識もないところからいきなり洋書で開始すると、意味が分からなくなることが多いです(経験的に)。組織学なら例えば牛木辰男先生の『入門組織学』を読んでから洋書に進むなど。場合によっては、日本語訳が出ている洋書であれば図書館で日本語訳を読みながら原著を進めていっても良いでしょう。でもせっかくだから違う本にしたいという気持ちも確かに。ただ、洋書の読み始めのうちは慣れない単語もかなり多く、最初は1日で数ページなんてこともザラでした、自分の場合。記念に保存してある当時の『Basic Histology』をめくってみると、「こんな単語も知らなかったのか…」と恥ずかしくなります。例えばepithelial tissueの下には”上皮組織”と書き込んでますし、heterogeneousの下に”異質性の”と…。いちいち電子辞書を使って調べていたので時間がかかりましたね…。ま、そういう積み重ねがあったからこそ今は読めるのでありますが。和訳版を読んでおくと、その辺りのもたつきは少ないと思います。自分が学生の頃は『Basic Histology』も『Cellular and Molecular Immunology』も『Clinically Oriented Anatomy』も和訳が存在しておらず、『Textbook of Medical Physiology』はとても古い版のものしかなかったのです。今の学生さんは恵まれておりますなぁ(羨望)。

 第三のポイントは、通読できる厚さにしておく、ということ。洋書で勉強するのはとても良いことですが、その科目に時間をとられて他の科目の勉強が間に合わず落ちてしまった…という妙な事態にならないようにすることが肝腎です。Guyton先生の『Textbook of Medical Physiology』は素晴らしいのですが、分厚いため原著で読み切ろうとすると正直なところ生活がそれ一色になりかねず。。。しかも生理学は大体2年次で勉強するでしょうから洋書を読み慣れず知識も乏しいため読むスピードがめちゃくちゃ遅く、かつ他の科目も勉強法があまり分からないまま進みます。よって、あまり1つの科目にとらわれている時間は多くないのでございます。せいぜい400-500ページかなぁ、読み切れるのは。そして、学生さんにとって”通読する”ということは大きな達成でもあります。”半年や1年かかった牛の歩みでも、この洋書を全部読んだ!”という経験は嬉しいものであり、自信にもなるのでございます。自分は『Basic Histology』(500ページ)だけは最初に買って通読した洋書として本棚に置いています。若かったあの頃の情熱を偲ばせる、そんな対象。今はその気概がどこに行ったのだ…? (ゲーセンか…???)

 以上、この三点が大多数の学生さんが洋書を読む際の大まかなポイントになるかと。とは言っても今は名著と呼ばれる洋書がほとんど和訳されているので、昔と事情は違うんですよねぇ。。。そこをどう考えるかではありますが。値段も大きく違わないし、新しい版が出てから日本語訳が出るまでのスピードも結構速いし。それに、洋書を読むのは効率性が良くありません。その分、日本語でたくさん勉強したほうが実際は知識が身に付くのかも、とも思ってしまいます。だからこそ好きな科目に絞るというポイントも出て来るのですが、”知識”という点で和書と洋書を比べると、効率を考慮すると前者に軍配が上がってしまいそう。しかしながら、洋書を読む重点はそこになく、将来のための布石という位置付けでございます。あとの利点は、洋書の持つクリアカットな説明や臨床に即した書き方に触れておくことでしょうか。分からないところはごまかさず”分からない”と書かれていますし、疾患のもたらす症状も、ずらずら書くのではなく重み付けがきちんとなされています(特に『Harrison』や『Cecil』はそうですね)。

 最後に、あくまでも通読のための洋書として少し基礎医学の例を挙げて終わりにしましょう。学生さんは好きな科目に絞って、決して無理しない範囲(ちょっと背伸びくらい)で読んでみても良いかもしれません。厚くないものを選んでいますが、何せ学生を終えてかなり時間が経っているので、最近の流行を追えていない恐れが。。。

 組織学は『Junqueira’s Basic Histology』はいかがでしょうか。ただ自分が最初に読んだという理由ですが…。クリアカット過ぎて「?」と思う時もたまーにあります。Ross先生の『Histology』の方が詳しいのですがかなり厚いので却下とします。

 解剖学は日本語(和訳含めて)で良いんじゃないかなぁと。どれもこれも分厚いですからね。ちょっと蛇足ですが、学生さんは『トートラ 人体の構造と機能』もしくは『カラー図解 人体の正常構造と機能 全10巻縮刷版』という本を基礎医学の最中にせっせと読んでおくと解剖と生理が見事につながる感覚が得られると思います。臨床の礎って感じがしますよ。

 神経解剖は『Neuroanatomy: An Illustrated Colour Text』が薄くてイラストも綺麗。ただ、薄すぎて(200ページ弱)コレ一冊でO.K.とは行かないかもしれません。もうちょっと厚くても良いのならWaxman先生の『Clinical Neuroanatomy』が400ページ弱で内容もしっかり。

 免疫学は『Cellular and Molecular Immunology』が好みです。イラストが綺麗で、説明も実に分かりやすい。免疫学といえばJaneway先生の『Immunobiology』が最も有名ですが、厚くなりすぎてしまった感アリ(イラストもそんなに綺麗じゃないし)。

 生理学はCostanzo先生の『Physiology』(BRSではない方)が厚さと内容とイラストのバランスが良好で秀逸。そりゃGuyton先生のが最良ですけど、いかんせん分量がありすぎで多くの学生さんにとって”通読”を考えると難しいかな。。。

 病理学は通読出来る分量で深みを持つものがなく、『Rapid Review Pathology』くらいでしょうか…。でもこれでも800ページ近くあるのであんまりなぁという印象。和訳含めて日本語の本の方が良いかも。

 発生学はベタですが『Langman's Medical Embryology』でしょうか。ただ、自分はこの本を買ったものの組織学の洋書で手一杯になっておりあまり読めず、結局は発生学を落としてしまったのでございます…(赤裸々)。あまり他人様にオススメ出来るような立場でないかもしれません。ちなみに追試ではおとなしく医学要点双書の『発生学』で勉強しました(無事に受かりました)。

 また、多くの科目で『Lippincott’s Illustrated Reviews』シリーズはオススメです。自分が学生の頃はそんなに種類がなかったのですが、今はたくさんありますね…。英語も平易でイラストも多く、特に薬理学と生化学は人気が高いです。

 そんな感じ。バケモノ学生さんにとって物足りないのは重々承知しておりますが、多くの学生さんにとってということでご了承下さい。分厚い医学書については、疑問に思ったところを拾い読みする辞書的な使い方をして、そして総論部を読みましょう。基礎の『Robbins』(簡略版ではない方)も『Guyton』も、臨床の『Harrison』も『Cecil』も、総論部の出来が秀逸であり、さすが超一流の洋書だと思わせます。繰り返し読んでみて、研修医になった後もチラチラ見てみると、「ほぉ」と思わせます。そんな使い方であれば、あえて原著にするよりも和訳されたものを図書館で読んでも良いような。
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2015
09.11

病院見学をする時

Category: ★学生生活
 学生さんは5-6年生の段階で、研修希望の病院を見学することが多いでしょう。多くは”大病院”や”ブランド病院”に憧れるとは思いますが、看板に惑わされずそこで働いている研修医の先生の活躍ぶりを見てみることが大事。そりゃそうだ、と言われそうですが。中にはわざわざ研修医を試すような質問をする学生さんもいますが、それはあんまりやらない方が良いのでは…と思ってしまいます。

 では、どういったところを見るのか? あくまでも個人的な意見なので外れている部分もあるでしょうけれども、思ったことをいくつか絞って述べてみたいと思います。

 まずは


院内での勉強会の体制があるかどうか、研修医の出席率はどうか


 病院の中には研修医が野放しになっているところも多く、そこでは自発的に勉強する人としない人とで大きく差が出てしまいます。勉強会は病院側が研修医全体の底上げを考えてくれている証拠なので、やっぱりあるに越したことはないですし、それは定期的になされるべきであり、幅広い分野であるべきです。ただし、病院の姿勢として研修医の自発性をあえて重視しているところもあるので、その場合は勉強会がなくても手を抜いていることにはならないでしょう。ちなみに、勉強会と言っても製薬会社主催のものではありませんよ。病院や指導医の先生が行なっているものです。

 また、そこに研修医がキチンと参加しているかどうか。勉強会があっても参加しないような研修医が多い場合、「こいつらやる気ねーな…」とちょっぴり思っちゃいます。ただ、勉強会がなくても猛者が集まるような病院なら、それは問題ないでしょう、たぶん(もともとみんな勉強するので)。こんなこと言ってナンですけど、自分は集まって勉強というのが好きではなく1人で黙々と本を読んでいる方が良かったりします…。ま、人それぞれですよね。

 なので、見学に行く学生さんは、もし見学期間中に勉強会が行なわれているのであれば、ぜひそれに参加してみてください。そこで研修医や教えてくれる先生の活気を感じ取ると良いかと思います。

 さて次は

 
うつ病の研修医はいないか


 いきなり深刻なところを突いてしまいましたが…。これは判別するのは難しいかもしれませんけど、何故か研修中断になってしまっているとか、そんなブラックな空気を感じ取ることも大切です。研修医の4人に1人はうつ病になるとも言われている時代、限界の3歩手前くらいできっちり病院側が配慮をしてくれるか、救急外来の連続で研修医をフラフラにしてないか、というのは要注目。もちろん「忙殺上等!」「救急命!」「うつ病カモン!」みたいな学生さんは話が別でしょうけれども(うつ病カモンはいないですな、さすがに…)。

 ちなみに自分は”ゆとり”が大好きで、忙しいのは体力的に無理です。「あ、自分ってこんなに体力がないのか」と研修中に判明いたしました。実は学生の頃や1年次研修医の頃はチラッと感染症とか総合診療に憧れていたんですが「こりゃムリだわ」と諦めて撤退した既往がありまして。今は日々ぐでたま先生やリラックマ先生のように生きていきたいと真剣に考えております。

 さてさて、3番目は


1人の患者さんをしっかり診ることができるか


 これは大事なポイント。勘違いしやすい学生さんもいますが、診る患者さんの数は多ければ多いほど良いというわけではありません。研修医の中にも「これだけ診た!」「病棟の患者さん全部診てるぜ!」というのを勲章的に話す人がいますが、それが医者としての良さを表すとは限らず、特に病棟で多くの患者さんを担当するのはお勧めしません。上の先生や同僚からは「すごい!」と思われるかもしれませんが、それは本質ではないでしょう。

 数を診るということは、動詞が”さばく””こなす”になってしまいます。病棟という環境では、患者さんは孤立する傾向にあり、それは物理的にも心理的にも、です。それは想像に難くないでしょう。医者はそれを慮る存在であるべきで、”こなす””さばく”からは、それが感じ取れません。研修医というどう足掻いても未熟な存在が、患者さんという1人の存在のためにしっかり悩んで考える。そして患者さんのもとに足繁く通ってお話をしながら状態を診る。そういった時間、空気がとても大切なのです。研修医だからこそ患者さんが話してくれる内容もあるでしょう。1人にかける時間がしっかりあり、その患者さんの持っている疾患を勉強する時間も確保できる。そんな環境であるべきです。

 ”さばく””こなす”様なテクニックが”1人と向き合う”大切な時間を上回るような、そんな味気ない診療を若いうちからするのは避けましょう(あくまでも個人的な見解ですよ)。どうせ研修医が終わったらイヤでもそんな技術は身に付きますから。

 救急外来でも患者さんの数が多すぎると、すべてマニュアル的にしか動けなくなります。「他の病院よりも数は少ないけれど、それだけに考える余地があるよ」というのが良い塩梅でしょう、たぶんね。数が少ないと不安かもしれませんが、1人の患者さんから学べることはとても多いのです。その人の疾患の有病率や典型的な経過、病歴や身体所見の尤度比、必要な検査、不必要な検査、初期治療…。それに加えてその疾患の各種鑑別疾患についても同様に学ぶ。みなさんそれを本気でしているでしょうか。いざそれを実行してみると、本当に時間がいくらあっても足りないと感じますよ。診る前に学ぶ、診た後にも学ぶ、そんな時間がある病院は大切です。

 また、「救急車をうちは断らないですよ」を売りにしている病院もありますが、マンパワーが確保されていればそれは素晴らしいことです。でもそんな理念だけが先行して、スタッフは疲弊している、なんてことも往々にしてあります。学生さんは研修医の先生のみならず看護師さんや技師さんの余裕のあり/なしをそっと見学してみましょう。

 では次にまいりましょう。


研修医を守ってくれる病院か


 ウログラフィン誤投与の事件は覚えているかたも多いでしょうけれども、後期研修医が執行猶予付きではありましたが禁錮刑になった痛ましい判決があります(世界ではありえない判決です)。病院は全く研修医を守ろうとせず、組織全体の体裁を守るために研修医を切ってしまいました。こんな病院は最低です。きちんと守るシステムがあるか、それがとっても大事。研修医のみを犠牲にしてしまうような病院に決して行ってはなりません。

 日本には医者個人を追求する悪しき習慣があり、1人の患者さんでミスをすると、それまでに99人を救っていたことなんか無に帰してしまいます。そんな不条理に対しては病院が盾となり、ミスそのものには組織として患者さんやご家族に誠心誠意謝ることが欠かせません。

 そして、こちら。


時間差で見学しよう


 あからさまに研修医の先生を試すようなことは避けた方が良いとお話ししました。でもどんなものかな…と知りたいのなら、長期計画になりますが5年生の時に例えば春にいったん1年次研修医を見学して、秋か冬にもう一度見学します。すなわち、時間経過で研修医の臨床能力がどれだけ向上しているかを見てみるのです。これだと、研修医を直接試す雰囲気をもたらさず、「春に見学してすごく良かったのでもう一度来ちゃいました!」みたいな流れを与えてみんなハッピー。

 もちろん秋や冬に見学して、春にもう一度行って2年次になった研修医のたくましさを感じるのも素敵。新しく入ってきた1年次研修医に教える姿は少し先の自分かもしれないなぁ、なんて思うかもしれませんね。「半年で研修医がどれだけ変わっているか」というのは1つの目安かも? と考えています。

 そして最後は


みんな仲良しかな?


 研修医同士がギスギスしていないかどうか、2年次と1年次の風通しはどうか。やっぱりそれは共に生活していく上で軽視してはいけません。後は救急外来での看護師さんでしょうか。研修医を虫ケラの様に扱う人がいるところは「ちょっとなぁ…」と思いますし、何も出来ません! みたいなのも「あらら…」と思います。

 研修医の先生の雰囲気が良くて、学生さんが「この病院の短所って強いて言えばどこですか?」と聞いても大丈夫そうだと思える病院がポイント。見学後にちょっと飲み会なんか開催してくれると良いですね。また、小さい病院は学生さんが嫌う傾向にありますが、小規模だからこそスタッフの疎通性が良いところも多いです。そこも大切ですね。

 ちなみに自分が研修医だった頃の研修医同士の仲は、うーん、普通でしょうか(たまーに同窓会しますよ)。でも見学の学生さんを積極的に飲み会に誘おう! と音頭を取ってくれる同期がいて、それは頼りになって良かったなーと思いました。それで色んな話(”ぶっちゃけトーク”みたいな)も学生さんに出来ますし。

 ということで、本当につらつらとここまでお話ししてきました。網羅的ではないでしょうけれども、チェックポイントがたくさんありすぎるのも困ってしまうので、これくらいで。1つでも参考になるのがあれば幸いでございます。
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2014
10.08

教授と北欧

Category: ★学生生活
 大学生の時、あだ名が”教授”という同期がいました。

 勉強熱心でガチガチの真面目くん、というわけではなく、ざっくばらんで気合で何とかするような、あまり焦らずどこか余裕のあるような感じ。とてもおもしろい人です。

 じゃあ何でそんな大層なあだ名なのかというと、実験の際にピペットというスポイトの親戚のようなものを使うのがうまくて、”ピペット教授”という名称となり、いつしかピペットが抜けて”教授”になったという経緯。

 そんな教授は大学のある県に残って研修をし、自分は県を離れたので、以来どうなったのかはほとんど知りませんでした。教授のことだから元気にやっておるだろう、と思ってはおりましたが。

 で、今日ですね、腎臓のことをネットで調べていたら、偶然に教授の名前が出てきました。何とスウェーデンに留学しているとのこと!

 あらー、あの教授がスウェーデンですか…。

 もうなんかびっくりして、当直のレジデントに「大学の同期がスウェーデンに留学しておったよ」といきなり言ってしまいました。何言ってんだこいつ的な反応でしたが、唐突に言われればそりゃそうだ。でもそれくらいにびっくりしたのです。

 ひょっとしたら将来は本当にどこかの大学の教授になるかも? なんて思っています。みんながんばってるなぁ。 
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