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2019
05.22

てんかんって奥が深いよね

Category: ★本のお話
 「最近の精神科医は "てんかん" の勉強をしない!」とよく言われます。自分もレジデントの頃は「てんかんってもう神経内科なんじゃ…?」という意識であり、そんなに診ることがないのでは、と思い込んでいた時期がありました、えぇ。

 しかし、てんかん発作の症状には精神症状もあるぞ、高齢発症のてんかんが意外に多いぞ、などなど聞くにつけ、「これって無視できないのでは…?」という意識にシフトしてきたのであります。

 昔は、てんかんと言えば "三大精神病" のひとつだったのです。統合失調症(当時は精神分裂病)、双極性障害(当時は躁うつ病)、そしててんかん。木村敏先生もてんかんで論文を書いていますね。しかし、てんかんの原因が分かり治療薬も登場し、治療する医者は神経内科へと移行した経緯があります。そのため、現代の若手精神科医は馴染みが薄いのです。

 実際にてんかん学会に入会して学術集会にちらっと行ってみると、今までの不勉強を猛省せねばなるまい、という気持ちに。現在は、てんかんの勉強会に2ヶ月に一度お邪魔して、診療でもてんかん発作を常に鑑別に入れて問診するという優等生(?)っぷり。いやぁ、人って変わるもんですね。

 自分が勉強していなかったために患者さんに不利益が生じていたかもしれないと思うと、やはりここは意識を新たにせねばなりません。そして、勉強しなかった自分の愚を若手の精神科医の皆さんにも犯してほしくない、という気持ちもあります。一度てんかん学会の学術集会に行って勉強してみると面白いのでは?と思います。

 でもって、勉強には本がツキモノ。今回はてんかんを学ぶ人のためのテキストを紹介をします。

 自分は中里信和先生の『ねころんで読めるてんかん診療』や榎日出夫先生の『てんかん診療 はじめの一歩』、小出泰道先生の『はじめてのてんかん・けいれん診療 -上手な説明・コンサルテーションの仕方-』『“てんかんが苦手”な医師のための問診・治療ガイドブック』といった本を導入に読みました。

 そんな中で、精神科医にオススメするのであれば、川崎淳先生の『トコトンわかるてんかん発作の聞き出し方と薬の使い方』が良いかなぁと思っています。若手精神科医へのレクチャーをまとめたものであり、情報もピンポイントです。最初は的を絞った本から入るのが大事でして(特に好きでもない分野は)、それにうってつけではないでしょうか、たぶん。

 ただ、ピンポイントなぶんちょっと情報量としては不足気味。高齢者への言及もなく、そこは手薄と思っておくべきです。最初の一冊として使用して、少し抵抗感を減じてから厚めの本、すなわち兼本浩祐先生の『てんかん学ハンドブック』を読んでいくのが良いと思います。『てんかん学ハンドブック』はもはや大定番であり、しかも2018年に改訂され第4版。自分のこれからのキャリアと本の改訂頻度を考えると、医者人生の中でたぶんこの第4版と最も濃密に関わることになりそうです。表紙も何だかポップな感じ。第2版から買っていますが、第4版で表紙がガラッと変わって何だか分厚くなったし、いろいろすごい。マニアックな世界に浸りたいのであれば、吉野相英先生が監訳をされている『てんかんとその境界領域』でしょう。鑑別のために買って読みましたが、なかなかにディープな感じを受けました。しかもちょっとお値段も高い…(10000円+税)。

 ということで、『トコトンわかるてんかん発作の聞き出し方と薬の使い方』と『てんかん学ハンドブック』の辺りでてんかん診療に厚みを出してみてはいかがでしょうか。
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2019
04.12

神経心理学はすぐに忘れる

Category: ★本のお話
 最近、ブログの更新自体も1か月に3回とか4回とか、往年に比べて随分とペースが落ちました。それに合わせて、読んだ本の紹介も全くしなくなったなぁと思い出したのです。忙しかったり、体調がよくなかったり、疲れていたり、そんなのでついつい。でも忙しさのピークは何となく過ぎたような気もするし(気がするだけ)、そろそろ趣味のことでも始めてみようかな、なんて考えることも出てきました。

 今回は、そんな反省も踏まえて、久々に本のご紹介を。

 読んだのは『認知症の心理アセスメントはじめの一歩』(医学書院)です。読んだ、と言っても実は発売当初に買って読んだので1年前なのですが…。

 心理アセスメントと聞くと心理士の先生がするものと思うかもしれませんし、大体そうなのですが、HDS-RとかMMSEはさすがに医者も行ないますし、患者さんに取り組んでもらっている間の様子も知りたいので、外来初診の患者さんのHDS-RやMMSEを心理士の先生にお任せすることはありません。しかし、数分で終わるもの以外は心理士の先生、つまりは専門家にお願いをします。

 その中で、神経心理学的検査はもちろん神経心理学を理解しておく必要があり、これがどういうものかは、本書の "神経心理学は、言語、認識、行為、記憶などの心身の働きが脳のどの部位で、またどのような機序によって営まれているかを明らかにする研究分野" という説明が的を射ているでしょう。例えば「遂行機能は脳のどこの部位が担当して…」というもの。

 この神経心理学は自分の苦手なところで、山鳥重先生の本や武田克彦先生の本を何冊か読んだのですが、残念ながら「読むたびに忘れる」ということを繰り返していまして…。まさに「読む回数=忘れる回数」となっています。もはや永遠の初学者?

 この本は、まさに "はじめの一歩" であるため、言葉もわかりやすく説明されていますし、フルカラーでイラストも多め。「読んでみようかな?」という動機づけを可能にしてくれるのが高ポイント。しかも薄すぎず厚すぎず、かつ安いんですよね(2800円+税)。

 自分は、心理アセスメントそのものを学ぶというよりも、第2章の「部位別にみた脳の機能とその検査」と第3章の「認知症の病型別にみた認知機能障害の特徴とアセスメントの実際」を勉強したという感じです。初学者にもわかりやすく示してくれているので、導入、そしてすっかり忘れた頭には最適。そこからもう一回武田克彦先生の本を読み直そうかな…。疾患そのものの理解はこの本の主眼ではないため、他書でしっかりと学ぶ必要があります。

 第3章ではHDS-RとMMSEなどの下位項目の比較が病型別に載っているものの、これは参考程度にしておいたほうが良いかもしれません。元文献を読んでいないので分からないのですが、検定方法がどんなものか気になりますし、多重検定にもなっており、αエラーの可能性が高いと思います。きちんと補正をかけているのなら良いのですが。

 自分は "認知症の" というよりも神経心理学の大まかな理解のためにこの本を読んだので、全体的に浅い理解にとどまっていると思います。本来なら第4章を最重視すべきでしょう。心理アセスメントをどう活かすかというのが最も大事であり、それをしないと「WAISでばらつきがあるから発達障害ね」という愚の骨頂をしでかす恐れがあるのです。ラベリングのために用いてはなりません。「何のための検査か?」を考えながら、医者であれば依頼をかけましょう。言ってしまえば、患者さんの幸せにどう結びつけるか、というのが心理アセスメントの、そして医療の根本だと思います。診断やアセスメントというのは、そして医療というのは、患者さんがより良く生きるための侍従であるはずです。
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2018
07.28

ケアをひらきましょう

Category: ★本のお話
 医学書院さんの個性的なラインナップに『シリーズ ケアをひらく』というのがあります。どれもこれもエッジが効いているというか何というか、バラエティにも富んでいますし、読んでいて素直に面白い!のです。この "素直に面白い" という感覚って結構大事だなと思っておりまして、そういうシリーズをバンバン出してくれるのはとてもありがたいですね。そしてその多くは専門的な知識がなくても大丈夫。

 このシリーズは全部読んで!と言っても良いのかもしれませんが、優先順位として精神科医、特に若手の先生にまず読んでほしいものが、中井久夫先生の『こんなとき私はどうしてきたか』と、小澤勲先生の『ケアってなんだろう』の2冊です、個人的に。

 前者は、言わずとしれた大御所・中井先生の本。優しい (易しい) 文体ながらも中井先生の真骨頂とも言うべき内容が随所に入っています。特に患者さんに対しての言葉の使い方、セリフの言い回しなどがいきいきと語られており、中井先生の本の中でこれがいちばん実践的なのではないか…?とも思います。この本は別に自分がお勧めしなくても精神科医であれば読むものでしょう (圧迫)。

 後者は、認知症のケアで有名な小澤勲先生。2008年、すなわちこの本が出版されてから2年後に70歳で亡くなっていることもあってか、最近の若い精神科医の中には小澤先生を知らない人も多く、ちょっと残念。自分は学生の頃に神経内科の教授から岩波新書の『痴呆を生きるということ』『認知症とは何か』という本を勧められて読んで「こんな先生がいるんだ…!」と衝撃を受けた記憶があります。その中に超カッコいい言葉がありまして



"痴呆の悲惨と光明をともに見据えるために、また、生と死のあわいを生きるすさまじさと、その末に生まれる透き通るような明るさを伝えるために、この一文を書く。彼らに少しでも報い、彼らの思いを世に伝えるために"



 この熱さが何ともたまらないのです (自分も若かったので、強烈に印象に残りました)。そして、その神経内科の教授に対しても「いつも訳わからん感じだし学生に対して厳しいし何なんやろな」と思っていたのですが、「こういう本を学生に勧めてくれるなんて、この先生はやっぱり患者さんのことをしっかりと思っているやなぁ」と反省したのであります。この場を借りて謝罪を (遅い)。

 この『ケアってなんだろう』という本の中でも小澤先生は "自分たちの出来ることはごくわずか、でもそれをしないわけにはいかない" という内容のご発言をされていて、常に臨床家として生きていた情熱を感じずにはいられません。しかしながら、その情熱さだけであれば、辟易してしまうこともあるでしょう。振り回されてしまうこともあるでしょう。小澤先生は冷静さをも併せ持っており、例えば『ケアってなんだろう』の "そもそも他者の「物語を読む」などというのは、僭越で傲慢なことです。「物語」が忘れたい思い出にふれると、傷つけてしまうこともあります" という文章にそれが現れています。物語を読むのは、少しだけやさしくなるためなのです。それ以上の介入は "腹を探られる" ことになるでしょう。ナラティブナラティブと声高に叫ぶ人たちを見ると、ちょっと自分は鼻白んでしまいます。

 この『ケアってなんだろう』は主に対談集ではありますが、小澤先生の認知症患者さんとの関わりの総まとめ的なものであり、小澤先生の入門、というか精神科医療の入門としてぜひ読んでいただきたいなぁと思います。認知症に限らず、精神疾患を持つ患者さんへの接し方の大きなヒントになってくれるのではないでしょうか。滝川一廣先生とともに、自分のあこがれの先生でもあります。できれば一度お話を聞いてみたかった。

 自分は精神疾患の患者さんを診る時、"症状は苦しいものであるけれども、患者さんが何とかそれで頑張ってやって来た証でもある""患者さんなりにこの苦しい世の中を生き抜いてきたのだ" という目線を持つように心がけています。そして、その苦しさでまた生きていかねばならない患者さんに対していくばくかのお手伝いをするのが医療者の役割なのだとも思います。一人ひとりの患者さんに対して、どのようなお手伝いが良いのかは具体的であり一般に還元されないものでしょう。「こうすればうまくいく!」というわけにはいきません。オーダーメイドのものを患者さんと一緒に悩んでつくっていく、もしくは解決がなされず悩むだけかもしれません、でもそのような一緒に何かをするという過程がケアには大事なのかもしれない、とも考えます (流行語で言うとネガティブ・ケイパビリティでしょうか)。「一人で悩むより二人で悩もう。その時間の積み重ねは無駄にはならないし、うまく行けば希望につながるかもしれないよ」という気持ちにもなってきます。小澤先生の本を読むと、根本的な解決の見えない状況でも何とかこらえてやっていこう、そんな気持ちになれます。

 このシリーズはどれもこれも「なるほどなー」と思わせるもので、最近ですと國分功一郎先生の『中動態の世界』も素敵なのですが、これは専門的な知識がちょっと必要かもしれません。この中動態は精神科と相性が良いような気もしますね。受動と能動との "あいだ" で、私と患者さんとの思いは色づいていくのでしょう。
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2018
07.05

てんかんフェア開催

Category: ★本のお話
 以前、腎臓フェアを開催したという記事 (コチラ) を書きました。初見のかたは「???」と思うでしょうけれども、自分はたまに「〇〇フェア」と銘打って、その領域の入門的な教科書などを買って読むということをしています。要するに期間中はその領域の勉強に集中するよということでございます。

 腎臓フェア以外も英語論文の書き方フェアとか北山修フェアとか山口誓子フェアとか、種々の範囲のものを繰り広げていました。残念なのは、ここ5年くらいでめっきり記憶力が落ちてしまい、フェアで覚えた知識が期間後はどんどん失われていっているという点。以前は自分の部屋の中のどこにどんな本があるかほぼ把握していたのですが、今は見る影もなく…。本が足の踏み場もないくらい床に置かれていても大丈夫だったのに。本の二度買いも増えました。「お!」と思って買って読むと、後半あたりで「あれ? これってどこかで読んだような…?」と気付き、自分の部屋の本棚や床をくまなく探すと、その本が出てきます…。しかも同じ部分に線を引いているし。いよいよもって認知機能を心配する時が否応なくやって来て、家族からも心配される日々。果たして大丈夫なのか。この前アップした "withです" というタイトルの記事も、以前に同じような内容の記事を書いていたことが後で発覚し、だいぶピンチ。

 色々と嘆いても仕方がないので、今回は「てんかんフェア」を開催したのであります。去年からはてんかん学会にも所属し、そして今年からは勉強会にも参加するようにしています。その勉強会ではビデオ脳波モニタリングの映像も見せてくれるので、いい経験になっています。ただ、やはり新米ぺーぺーでして、難しい本は理解するのに時間がかかる。しかも脳波が苦手で読めないし…。だから症状の聞き取りにステータスを全振りするくらいのつもりで勉強。精神科でてんかんそのものの治療って今はあまりしないのですが、精神症状の中にはてんかん発作によるものもあり、誤診は避けたいものです。

 てんかんの本では、メディカ出版さんから出ている中里信和先生の『ねころんで読めるてんかん診療』が初学者向けには良く、そしてどのような科の医者でもマストなのが、医学書院さんから出ている兼本浩祐先生の『てんかん学ハンドブック』でしょう。これはやはりベースに置きたい。

 そのうえで、今回買ったのは

金方堂さんから出ている川崎淳先生の『トコトンわかる てんかん発作の聞き出し方と薬の使い方』
医学書院さんから出ている吉野相英先生監訳の『てんかんとその境界領域』
南山堂さんから出ている池田昭夫先生・松本理器先生監修の『症例から学ぶ戦略的てんかん診断・治療』

 の3冊。

 『トコトンわかる~』はとっても分かりやすくて、それもそのはず、若手精神科医を対象にした勉強会の内容が基になっているのでした。「てんかん、よう分からんわぁ」という精神科医のアナタ!にお勧めできる内容なのです。もちろん精神科医でなくとも初心者にはピッタリ。

 『てんかんとその境界領域』はガチの内容。これは一定以上勉強した人向けだと思いますが、読んで損は全くありません。鑑別診断を熟知するために必須の本とも言えるでしょう。精神科領域でも外せないものがたくさんあります。鑑別診断でここまで詳しいものって珍しいのではないでしょうか。

 『症例から学ぶ~』はシリーズ化しており、片頭痛や認知症や慢性疼痛などがあります。このてんかんも症例ベースで、今まで勉強したことを組み立てて想像しながら読めるので、とても面白いですよ。

 そして、大事なのが発作を目で見て覚えるということ。文章だけだとやっぱりイメージが湧きにくいのです。製薬会社との癒着か!と怒られてしまいそうですが、大塚製薬さんから発作をまとめたDVDを (ねだって) もらいまして、それがとても役に立っています。『てんかん発作症状Library』というものでして、発作といっても患者さんの発作そのものを録画したわけではなく、役者さんが演技をしたもの。とはいえ、自分のようなレベルでは本当の発作と違いを見抜けないくらいにすごく良く出来ています。上記の中里先生監修であり、手に入るのであればGETしたい代物。

 しかしながら、こうやって勉強したこともすぐに忘れてしまうので、フェアが終わった後もちらちらと再読しないと大変な目に遭ってしまいます。年をとるのは怖いですねぇ。読んだ内容をまとめるのも良いかもしれませんが、改めて読み直すと以前は気にしなかったところに「おっ」と思うことも多々あります。まとめてしまうと、以降はそれしか見なくなるかもしれず、新たな発見の機会を失うのかも、と感じてもいるのです。でも読み直すのも結構しんどいのですが。

 あ、今回は小児のてんかんを除いています。一般精神科外来で小児のてんかんを診るのはかなり稀な出来事なので。
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2018
05.08

若手医師にこそ読んで欲しい

Category: ★本のお話
 少し前にも紹介した、医学書院さんから出ている中井久夫先生の『看護のための精神医学』。看護師さん向けですが、精神科医になりたて~少し経ったような若手医師にも読んでもらいたい、と思うのです。

 紹介した際にも引用した以下の名文。


看護という職業は、医師よりもはるかに古く、はるかにしっかりとした基盤の上に立っている。医師が治せる患者は少ない。しかし看護できない患者はいない。息を引き取るまで、看護だけはできるのだ。


 看護師さんにとっては希望の文だと思います。挫けそうになった時、この言葉に救われたというかたもいらっしゃるのではないでしょうか。でもこれを前面に出すと「看護は絶対善である」と勘違いしてしまうかもしれないので注意をしてください。善というのは相手が善だと思って初めて善になります。こっちが善だと思っていても、相手からすると ”ありがた迷惑” になるかもしれません。手当てというのは看護の原点でしょうが、不用意に手を当てることは、患者さんの痛みを強くしてしまうこともあるでしょう。中井先生の名セリフはそっとこころに仕舞っておいて、疲れた時や大変な時にちょっと思い出して、やわらかい明かりを灯す感覚でいるのが良いのだと思います。この文を看護の優位性と勘違いしてはいけません。看護師さんが「私たちは、医者に出来ないことをしているのよ!」と声高に叫んだ時点で、それは傲慢へと転がり落ちるでしょう。この言葉を間違って使ってほしくはないなぁと思うのです。

 そして、これは医者も銘記しておくべきではないでしょうか。若手医師はちょっと仕事に慣れてくると妙な自信を持つようになります。それは大いなる勘違いなのですが、その自信はともすると医者以外の医療従事者を下に見ることにもつながりかねません。「オレが治しているんだ!」という、井の中の蛙な状態ですね。そうなってしまうと、その態度は他の医療従事者に伝わり、彼らの態度もまた硬直化してしまいます。それがさらに医者に伝わり、一匹狼的な様相を呈し誰も近づかなくなる…。まさに悪循環。

 そんな風になってしまう前に、看護は医者のなす狭い医療が持たないしなやかな強さを有しているのだ、というのをこの本で学んでもらいたい、そう思うのです。 "看護のための" 精神医学ではありますが、それは同時に広く "医療のための" 精神医学でもあると感じています。薬剤の効果が乏しい患者さんはいくらでもいます。その時、「オレが!」というタイプの医者は「薬が効かないんなら何したってムダ」と見切りを付けてしまうかもしれませんが、そうならないようにこの文を思い出すべきでしょう。星野弘先生の『分裂病を耕す』(最近 ”新編” として出版し直されましたね)を読むと分かるかもしれませんが、本当に地道なんです。特に統合失調症患者さんとは、侵襲を与えない人として接し、ゆっくりと孤立を緩和していくことが大切なのだと再確認できると感じています。確かに、今の精神科では外来で1日数十人診て、抱えている入院患者さんも数十人、その中には急性期の患者さんも多いでしょう。そんな中ではなかなか慢性期の患者さんに割ける時間は多くないのが実情です。でも何とか少しでも安心できる関わりを増やすことが出来れば、それは治療的に働くのだと思います。そして、その関わりは看護の理想形に近くなるのでしょう。薬剤が効く入院患者さんであっても、医者だけが治している・薬剤だけが治しているのではありません。看護師さんがどれだけ患者さんの状態をチェックしてくれているか、ちょっとした話を聞いてくれているか。私たち医者は患者さんと実際に関わる時間はとても短いのです。多くの時間は看護師さんが患者さんとのつながりを保ってくれている、そこを知らねばならないのだと思います。

 医者にとっては自分自身の限界をしるための自戒として、看護師さんにとっては辛い時の希望の光として、この名文は存在しているのでしょう。

 『看護のための精神医学』の内容を読むと、理想論と思われるかもしれません。中井先生ならではのところは確かにあると思います。でも、理想を持ちながら現実を見て医療をなすことも大切でしょう。理想ばかりでも現実ばかりでもよろしくない。両方に根ざした関わりが求められているのです。そのバランスのために望ましいのは、春日武彦先生の『援助者必携 はじめての精神科』も合わせて読んでおくこと。こっちは現実的な路線を重視しており、実臨床での苦悩と良い意味での諦め(?)が分かるかなと。「あーこういうのってあるよねぇ…。つらいなぁ」と色々と困ったことが思い出されますが、「こうすれば良いんだな」という現実的な対処が身につくでしょう。毛色の違う2冊が相乗効果をなしてくれる気がします。

 ということで、精神科医になりたての後期研修医あたりに読んでもらいたいなと思ったのでありました。2冊とも。
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